さて、やる気に満ちている悟は置いておいて。私たちは先輩が食事を終えるのを駄弁りながら待つことにした。
さっさと校庭に出て待ってるとかやる気満々みたいでなんかダサいし、そう言って窘めたら悟も落ち着いた。
「そういえば吉野先輩、進路どうすんですか。歌姫先輩は教免取るって聞きましたけど。」
ふと、硝子がそんなことを聞く。私も気になっているところだ、と便乗したら先輩が軽く答える。
「んー? そりゃ就職だけど。
僕、一家の大黒柱だよ。」
「5年生なのにバリバリ働いてますしね。歌姫先輩もですが、せっかくのモラトリアム期間ドブに捨てる生き方するのってどうなんです?」
「喧嘩売ってんのかお前。」
妻帯者だって言ってんだろ、と硝子の頭をチョップした先輩。硝子が「暴力反対〜」と不満にぼやいて、「教育的指導だ馬鹿野郎」と先輩が笑った。
「行くとこないなら俺が雇ってやろうか? 俺専属の下男にしてやるよ。」
「あっはっは、冗談は性格だけにしろよ。」
「おいコラ」
でもま、と。公平は親子丼を食べる手を一度止めた。満腹になって隣で寝こける順平を優しく撫でながら、先輩は親指で制服の渦巻きボタンをチョンと小突く。
「高専の非常勤講師ってことになるんじゃねーの? 教員免許取ってる暇ないし。
メインは呪霊討伐で、後輩の引率とかじゃない?」
「なんだ、今と変わらないじゃん。」
「そういうこと。」
呪術師以外の職とか今更ねーよ、と笑いながら、先輩は食事を再開する。無駄に味わってチンタラ食べていたけれど、残り数口といったところ。そろそろ食事も終わるだろう。
「じゃあ、来年から先輩のことせんせーって呼ばなきゃいけないのか。」
「まあ、まだ正式に決まったわけじゃないけどさ。」
「ふぅん?」
悟がいたずらを思いついたように「ニヤッ」と笑う。ああ、悪いこと考えてるな、と理解したが、私も硝子も止めなかった。
悟が先輩を挑発するように指を2本、「クイクイッ」と動かす。先輩の眉毛が片方ピクリと動く。
「公平センセ、授業の練習付き合ってやるよ。」
食事を終えて、箸を箸置きに置いて、隣で寝ている我が子の耳を両手で塞いでから、大きな声で「ごちそうさま、最高においしかったよ凪さん!!」と鼓膜破れそうなほどの大声で叫んだ。
キーンと耳を痛めてる私たちを見てニヤリと笑って、親指で喉を掻き切る。
「いいぜ、愛の力でボッコボコにしてやるよ。」
「うるせえ、公害撲滅運動だわこの野郎。」
そうして、私たちは先輩をギタギタにする作戦を立てながら、三人仲良く校庭に向かって歩き出した。
■■■
「お前らには愛が足りない。」
昼休み終了後、五限目。
術式コミの護衛訓練の時間。第一ラウンドは先輩からのありがたい指導によりボコボコに負けて終了した。
全く、この先輩はなかなか強い。フィジカル面で劣るわけではないのだが、テクニックで差をつけられてしまう。
わずか3歳と言う歳の差は大きくて、実戦経験による勘の賜物だろう。
「愛とはすべての人間に公平に与えられる権利だ。愛するということは自由で、平等なものだ。
愛が人を強くする。お前らは愛する心が足りてないんだよ。」
断じて、愛の力なんぞではないと、私は考える。この男は尊敬できるのだが、愛情至上主義なところがいただけない。
口を開けば「愛」ばかり唱えるところが、吉野先輩の尊敬できないところだ。
あと、嫁バカと親バカなところと手が早いところも尊敬できない。だが責任とってしっかり大黒柱やってるところは尊敬できる。
自分なら14歳の時に彼女が妊娠しているとわかった時、「結婚します! 責任取ります!」と即断・実行できる自信はない。家族を養うために呪術師になった先輩はいい父親なのだろう。
「まあ、自分から行動しないと愛は得られないかもしれないが。
何かを愛するだけなら誰だってできる。成就するかは別としてね。」
愛、愛、愛、と洗脳されそうな調子で喋り続ける先輩の演説をしっかり聞いているものなんて、灰原ぐらいしかいない。
素直な灰原は「愛の力で僕も頑張ります!」と先輩に影響されまくっている。
灰原に巻き込まれて愛の演説を強制拝聴させられている七海には同情する。
灰原と先輩が揃っている現場を目撃した瞬間、うんざりしながら回れ右する七海を夏油ら2年生は何度か目撃しているのだ。
「愛を知るにも深めるにも、特訓は必要だ。お前らみたいな愛を知らない哀れな男どもは僕のような愛情溢れた先輩から愛に満ちた教育的指導が特に必要だ。
というか、護衛訓練だって言ってんだろ。単独行動で護衛対象者掻っ攫われてんじゃねーぞ。
硝子ー、反転術式おかわり!」
「はいはーい。」
治療されて、ガワだけ綺麗になっても中身は未だズタボロだ。悟がゼーハー肩で息をしながら中指を立てる。
「ちょーし乗ってんじゃねーぞ公平。次は術式無しだ。」
「五条は術式使った僕に勝てないって負けを認めるのか。はー、どいつも揃ってビビリかよ。自称・最強な二人が聞いて呆れる。」
「は〜〜??
そんなことありませんけど〜?」
煽り耐性の低い悟がこめかみに血管を浮き上がらせて、凶悪な笑みを浮かべる。私は悟よりは煽り耐性が低くないので穏やかに微笑んで見せるが、「うわ、夏油顔やばっ」と蚊帳の外の硝子が紫煙と共に言葉を吐き出した。失礼なやつだ、私の顔のどこがやばいと言うんだか。
「つーか、術式ありだと俺らが不利すぎるだろ。常時展開の毒霧だぞ、息吸うなってか?」
俺はともかく傑が死ぬぞ、と悟が苛立たしげに吐き捨てる。先輩はキョトンと目を丸くして首を傾げる。
「そうだが?」
想像通りのアンサーをありがとう、後輩からの感想は「最低」の一言に尽きる。私たちのことを屑だと言うが、年下を甚振り楽しそうにマウントを取っている吉野先輩のほうがよほどクズだ。
「後輩を実力でねじ伏せる時ほど楽しいことはないなって常々思っているよ。」
「お前マジでゴミ屑だな。」
「『やるからには常に全力でやれ』っていうのが僕のセオリーなんでね。」
むしろ、防がれたら楽しみが減るから困っちゃうぜ、と邪悪に嗤う。
「で、そろそろ毒抜けた?」
「ええ、まあ。」
「とっくに抜けてるっての!!」
「あっはっは! 見栄張ってんなよ、ウケる!」
グラウンドの地面に寝転がって、苦しそうに呼吸をする後輩に対してかける言葉がそれでいいのか。ほんとうに尊敬できないドクズだな吉野公平。
私は内心で毒吐く。
「これでも、耐毒訓練してるし、肺も皮膚も呪力でコーティングしてるんだけどね。」
「コーティング溶かす呪い混ぜてるからね。」
「はー?
呪力溶かす呪毒とか意味ワカンねぇよ。
内側からも外側からも狙ってくるとか陰湿すぎ。」
「覚えておけよ、世の中は卑怯な奴ほど強いんだ。」
悔し紛れに言い訳みたいな弁明をしてみるが、結局先輩の反則的な術式の威力を証明するだけ。
ケッと唾を吐き、親指を地面に向けた悟が舌打ちをする。吉野先輩は「褒め言葉をどーも」なんてニヤニヤ笑って私たちの顔を覗き込む。
「さあ、ほら。寝てないで立てよ愛なき屑ども。まだ僕の愛のある指導は終わってねーぞ。」
「テメーにだけは屑って言われたくねーな。」
「同感だね。」
「つーわけで、ソッコーで潰してやる!! 合わせろよ傑!!」
「君が私に会わせろよ、悟。」
「つーかちゃんと私を守れよ。」
ぎゃいのぎゃいのと騒がしい後輩に、吉野先輩が呆れていた。
第二ラウンドも、私たちが先輩を倒すことに集中しすぎている隙に硝子が死亡(赤いペイント弾に被弾)して敗北した。