一部が終わっても夏油さん、あなたには語り手を続けてもらいますよ……!!
わざと、呪霊の手が虎杖を解放する。まるで虎杖と順平くんを争わせようとでもいうように。
「(ああ、最悪だ。)」
たった、コンマ1秒だった。いつもならば反応できた。
疲労があった。処理能力がおくれた。そんなのただの言い訳だ。
私は、
「順平、順平っ!」
「順平くん、押さえ込め!
このままだと全員死ぬぞ!!」
虎杖が異形へとカタチを変えていく順平くんの肩を揺らし、語りかけ続ける。全身毒と化した彼にああやって触れられるのは宿儺の毒すら耐えられる特異体質の虎杖悠仁だけだろう。
そんな風に、理解を遠ざけたいと思ってしまうほどに、世界は残酷に回っている。
「夏油先生、ナニが起きてんの?
順平は大丈夫なのか!?」
「私がなんとかする! だからそのまま語り続けろ虎杖!
順平くんの意識を落とすな!」
泣きそうな顔で、嘆くようにそう叫んだ虎杖に私も叫ぶ。
封印しようにも、私一人では限界だ。忌まわしい研究所から生まれたであろう特級呪霊と特級人造怨霊を同時に相手取るのはいくら私でも無理がある。
「ねえ、呪術師。アンタが教えてよ。
順平の本性をさ!!」
「だまーーーーっ」
「最悪の呪詛師、吉野公平の息子でしょう。」
鉈を持った男が、廊下の先に立っていた。眼鏡を押し上げて、悠然と。
「やっぱり、この子は順平くんだったんですね、夏油さん。」
「七海……。」
静かな怒気。「なぜあなたがここに居る」という疑問すら怒りになっている。
しかしそれは付属品。七海の怒りの正体は私の不義理にある。
「どういうことでしょうか。順平くんは“あの日”、死んだのでは?
だから、吉野先輩はあんなことを……。」
「それは後で話す。
だから七海と虎杖はあのツギハギを追え。」
「……わかりました。」
必ず聞き出す、という意思が込められた瞳。
それでも、今はそれでいい。このテロが起きた時点で順平くんの正体は隠し通せない。
なら、どのみち全て白状するしかない。
「二人を二度と
しかし、それよりも優先すべきことは「凪さんと順平を守れ」という愛の呪いだ。
だから、私は特級人造呪霊と対峙する。
「(順平くんをどうにかするには、もう一度眠らせるしかないーーーっ!!)」
覚醒の鍵となる記憶をもう一度底に沈める。順平君を殺さずにどうにかする方法なんてそれしかない。
しかし、それだってリスキーだ。
私が使役する封印呪霊は、何かを封印するために「楔」を打つ必要がある。
今回の場合それは記憶で、楔となった記憶は消える。消えると言うより、【記憶の奥底に沈み込められる】と言うのが正しいか。
だが思い出さなきゃそれは記憶の削除だ。その記憶が大切なものであればあるほど、封印の強度は上昇する。
ゆえに前回は
「(今回も、吉野公平の記憶を楔として再度封印をすることはできる。)」
しかしあくまでそれは応急処置。
現在の半覚醒状態を維持すると言うだけ。つぎはぎの呪霊が言ったように
一番消したい研究所での記憶にプロテクトがかけられていて消せない。
特級呪霊になった原因の記憶が消せない。魂を丸ごといじられて、それができない。
と言うことは、再び封印してもきっかけひとつでいつでも目覚められる状況になると言うこと。
「ああ、ちくしょう!!」
本当に、あの
「あ、ああ……。ああああああーー!!!」
聞いているだけで苦しくなる声が、学校という小さな世界に響き渡る。
蜃、氷月、織姫。先輩の式神そっくりのそれらが、呼ばれ続ける。
先輩そっくりの順平君がやっているから、まるで先輩がそこにいるように見える。
「ゔああああ!!!
どうして! なんで!! やだ、嫌だ、悠仁が!
悠仁、悠仁、悠仁悠仁悠仁!!!」
でも、まだ大丈夫。虎杖が順平くんの最愛になってくれていて助かった。だから、まだ「詰んで」ない。
順平くんには「愛」がある。
「ごめん、順平くん。眠ってくれ。」
封印呪霊で無理やり押さえ込み、眠らせる。
ふ、と。順平くんは力を失い崩れ落ちる。それを低級呪霊で受け止めた。
涙の跡が残る寝顔は幼く、あどけなく。かつての順平くんそのものだ。
「ごめんね。」
守れなくてごめん。君を、君たちを守ると誓ったのに、私は失敗した。
「それでも、君を助けるから。どんな手を使ってでも、君を救って見せる。」
人造呪霊は覚醒した。もう取り返しはつかない。このまま呪術師になるとして、術式を使えば使うだけ呪霊の眠りも浅くなり、覚醒へと至るだろう。
しかし、順平くんが生き残る道がたった一つだけ残っている。茨の道でチキンレースをするような、酷い解決方法だけれど。
それができたら順平くんは【いつ爆発するかわからない不発弾】ではなく特級呪術師として表舞台に立てる。
「君を、殺したりなんてしない。」
最後にそっと、順平くんの頭を撫でた。そして、その交流を最後に。
私は、順平くんを格納呪霊に飲み込ませた。
■■■
「ん、なんだここ?」
ぱちり。目を開けた瞬間、違和感に気づく。
「(なんで私、何故か純和風な木造住宅の一室に寝ているのだろう。)」
梁が見える天井。畳の匂いと障子越しの朝日。
「夢?」
こてり。首を傾げる。こんな純日本家屋みたいな場所、見覚え無いんだけどな。
まあ、夢だからそんなもんだろう。変な夢だなと思いながら、布団から抜ける。が、体を動かした瞬間走る激痛。体が痛い。腰、特に右足の膝下がありえないぐらい痛みを訴えていて、立ち上がれない。
恐る恐ると布団の中を除いて、「ひっ」と声を上げた。
足がない。血は止まってるみたいだけれど、布団の中は赤く濡れている。
そうだ、思い出した。私は、見えないなにかに食べられてーーーっ
「大丈夫ですか、凪さんっ!」
からりと扉が開いて、入ってきた男も見覚えがない。長髪をハーフアップのお団子にした着物姿の男の知り合いなんぞ凪は知らない。だがらどこか懐かしく感じている自分がいる。
「は、えぇ?
いや、アンタ誰よ。」
パニックは第三者の登場で一時的に静まる。長髪の男は、グッと息を呑んで瞳を動揺で揺らした。
「私は……。」
沈黙。一拍置いて決意。覚悟。
「私は、夏油傑。呪術師です。」
「ああ、公平の後輩……ん?」
なぜか、するりとそう言葉が飛び出た。
公平って誰だっけ。知らない名前に首を傾げる。
自分で言ったはずの言葉なのに、ひどく悲しかった。
悠仁の師匠(先生役)が五条悟なら、順平の師匠が夏油傑なのは是非もないよネ!
明日が一章最終話!