一括予約投稿じゃなくてごめんなさい
たとえ無茶でもやるんです
「やあ、久しぶりだね順平くん。改めまして、私は夏油傑。今日から一週間、君をみっちり鍛える師匠役だ。」
「えっと、よろしくお願いします……?」
見たことがある人に「あ」と小さく声を上げた。
あの日、真人さんの真の目的を知った日に遭遇した破戒僧のような人。あの時は全身血まみれで形相も仁王のようだったけれど、今日はそんなことは全くない。二度目ましてという実感は薄い。
「(まあ、初対面のような、というのも妥当だろう。だって、あの時の記憶が薄ぼんやりとしていて、はっきり思い出せないのだから。)」
僕が曖昧に言葉を濁したからか、表情に出ていたのか。夏油さんが苦笑う。
そしてパチンと軽く手を叩いて、「本題に入ろう」と。部屋のおどろおどろしさとは真逆に穏やかに告げた。
「悟から聞いていると思うけど、君は早急に強くなる必要がある。
それは君が一番わかっていると思うけれど……君は、自分のことをどれだけわかってる?」
どれぐらい、と言われても。僕が知ってることなんてほとんどない。0と言ってもいいくらいに。
だけど唯一知っていること、それは……
「……僕は、呪霊なんですよね。」
「ああ、そうだ。」
肯定。知っていたけれど、落胆する。
夢だと思いたかった。悪夢だと断じたい、幼少期の薄ぼんやりとした記憶。それが真実であるのだと断言されてしまって。
悔しさで、唇を噛む。なにがそれほど悔しいのかわかってないのに。
「正確には半呪霊、最初から受肉している呪霊。例えるならば、呪霊と人間のハーフに似てるかな。
正式名称は
「……。」
地獄の底。言い得て妙だ。あれは確かに地獄だった。詳しいことは覚えていなけれど、地獄ということだけは確かなんだ。
記憶になくても恐怖が、怒りが、激情が。深く、深く。魂まで刻まれている。魂が覚えている。
許してはいけない、誰かの存在を。
「で、僕はいつまでこうしていればいいのでしょうか。」
「現状が不満かい?」
「そりゃあ……。」
不満だ。昨日の晩からずっと札だらけの部屋に閉じ込められて、不満を抱かないわけがない。
「そっか」と微笑む目の前の男も、言葉だけで僕を解放する気はないらしい。
「お互い座って話すには、こうしてるのが一番安全なんだ。君にとっても、私にとっても。」
「はあ、僕に。」
どこがだ。意味がわからない。不満に眉を顰めて首を傾げる。夏油が目を細めて、「ああ、そうだ」と。例え話に興じる。
「今の君を喩えるちょうどいい言葉がある。
使い古された表現だけど、これが一番的確だ。」
「不発弾……。」
あまりにも物騒な物言いにちょっと気を悪くする。でもそれが僕に対する正当な評価であるのだと態度でわかって、拳を握る。
「君の術式は呪霊と連動していることは知ってるね?
今は私が無理矢理封印しているが、一度解けた封印は脆い。
君がこの先術式を利用すればするほど、封印が解ける可能性も上がる。
つまり、だ。君が呪術師として活動を続ける限り、特級呪霊が目覚めるリスクが常について回る。」
夏油に気を使う様子はない。さらさらと流れるように言葉が羅列していく。
「次、君が呪霊に覚醒した時。その場に私がいる確証はない。悟がいる確証もない。その時の状況だってわからない。
君の最愛のすぐそばで覚醒してしまったら?
「殺してください。」
即答。迷うまでもない。一言目を聞いた時点で答えは出ている。
「僕を殺してください、今すぐに。」
「何を言ったか、理解しているのか?」
「はい、これ以上なく。」
僕を、殺してください。三度目同じことを告げた。夏油の目をしっかり見据えて。
「僕が母さんや悠仁を殺す可能性がある。その事実があるだけで、僕は自分が生きているのを許せない。たとえ可能性の話でも、あってはならない。
その『もしも』が現実に起こったらと考えるだけで怖気が走る。僕は、絶対に僕を許せない。だからーーー」
「却下だ。」
すぱり、と。一刀両断。
「よりによってこの私に、
胸ぐらを掴まれた。無理矢理視線がかち合わされて「ぐえ」と小さく呻く。
激しい感情の波に晒される。夏油の瞳の中で狂気的なナニカが、轟々と渦潮のように渦巻いている。
轟々と、赤く燃えているようにも見える。
「私は、君を殺さないよ。何があっても君たちを生かす。」
その正体は、愛だった。おぞましいほど変質した、愛だった感情だ。
付随する感情が混ざりすぎて、訳がわからなくなった感情群。
その末路、とも言える男が順平の頬を精気を感じさせない手のひらが伸ばされて、無理矢理顔を上げさせる。指先が、指の腹が。頬肉に食い込むほど強く。
「順平くん。私はね、君のお父さんの後輩でね。あの人の遺言の受け取り人なんだ。まあ、簡単に言えば呪われた。
『君と凪さんを何がなんでも生かしてくれ』って、ね。
だから君を殺さない。私は私のために君を生かす。【敬愛】を証明するために。」
「でもっ!!」
それで母さんや悠仁を殺してしまったら……。
さっきまで頬に伸ばされていた手が一瞬離れて、頬に感じる衝撃。
「バチン!」と見事な音を立てた鋭い一撃。強烈なビンタをかました夏油を呆然も見つめる。
「嫌なら強くなれ。」
不安しかない脳みそに、すっと入り込む。その回答はシンプルだ。単純だからこそ正しいのだ。
「順平くん。
さっき言った『もしも』を、全てただの杞憂にする方法がね、たった一つだけある。」
え、と小さく声をあげる。地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸。掴むには、魅力的すぎるソレ。
ごくりと唾を飲み込む。言葉を待つ。
「君の中にいる呪霊を【調伏】しろ。」
「呪霊を、調伏……?」
「
こんなふうにね、と夏油が呪霊を呼び出してみせる。特級仮想怨霊、化身玉藻前。
高専に登録される16体の特級呪霊のうちの一体。最近、未登録の特級(火山の呪霊や真人とか)が確認されたから、16体以上になっているけれど。
戯けるように、興じるように。夏油は
「うまく調伏出来たら、君は呪霊がいつ覚醒するかなんて言う恐怖に怯える必要は一切無くなる。
それどころか、逆に呪霊の力を手中に収めることができるし、呪術師としてかなり強いっていうことになるだろうね。」
「!!」
その言葉がただの不可能たなんて、僕は知らなかった。ただ、知っていても同じ選択をするだろう。
だって、【不可能】を【可能】に変えることができれば、それは……。
「だがそれは茨の道でチキンレースをするようなものだ。
君が特級呪霊に勝てるようになるのが先か、君の呪霊が目覚めるのが先か。
……さあ、吉野順平。」
頭上に垂らされた希望の糸。それを垂らした
「一週間だ、一週間以内で調伏しろ。
時間が切れたらゲームオーバー、君も虎杖も死ぬ。」
「は?」
言われた言葉を反芻する。頭蓋骨の内側でわんわん反響する。エコーがかかった「その言葉」が、順平を呪う。縛る。
「悠仁が、死ぬ?」
「そうだよ、虎杖が死ぬ。」
「なんで」
「危険だからだ。」
即答、即答即答即答。言葉を言い切る前に被せられる。
初めから決められてた台本を諳んじるように、夏油傑がすらすら流れるように言葉を吐き連ねる。呪いが積み重なっていく。
「私も本意じゃないんだが、君の
君に残された生存期間はたった一週間だ。
そして虎杖はすでに秘匿死刑が確定している死刑囚、執行猶予期間中だけどね。」
「どうして……。」
まったくどこから情報が漏れたのか、なんて言って。大袈裟に腕を広げて肩をすくめて。
ああ、そうか。そうなのか。僕は一週間後に死ぬのか。よかった、悠仁と母さんを殺す前に死ねる。
未練はあるけど仕方ない。まあ別にいいんだ、僕のことなんて。死刑だなんて。
「なんで、なんでだよ。なんで悠仁が殺されるんだよ!
僕が死ぬのは
「おかしくも間違ってもないんだよ。
濁った
私たちとは生きる水槽が違うんだと言った夏油が、「ふう」とわざとらしいため息を吐く。小さな動作にすら腹が立つ。
「虎杖悠仁は両面宿儺の器だ。常にその死を願われているし、実際一度誅殺されている。」
「あ"?」
ドスの効いた低い声。地獄の底を這いずるような声。「懐かしい」と夏油が微笑んだ。
重たい殺気も、焼けつきそうな怒りも、君のお父さんそっくりだと。
父の情報を知れて嬉しいが、今はそれどころじゃない。いまは、そんな些細なことはどうだっていい。
「教えてください。どういうことですか。悠仁が殺されたって、なんで、そんな!
じゃあ今、悠仁はどうなってるだよ!!」
「落ち着いて、順平くん。
全部教えてあげるから。」
いやらしく笑う夏油傑に唇を噛んだ。屈辱だった。手のひらの上で転がされていると、深く考えずともわかる。
この男の策略に嵌っている。だけれど、わかっていても。
その手のひらの上で僕は踊らねばならない。墓穴に自ら飛び込まねばならない理由があるから。
「虎杖はね、生きてることを疎まれているんだ。」
それこそ、信じ難い言葉だ。なぜそんなことになっている。虎杖悠仁だぞ?
善良を捏ねて形にしたような男じゃないか。あんなにも素晴らしくて眩しくて愛おしい人間がどうしてその生存を疎まれるのだ。
生存を疎まれる奴っていうのは僕を虐げ喜んだクズみたいな人間であって、悠仁のような誰がどう見ても「善人」のような人間のことでは断じてない。
夏油は話を進める。台本通りに進む現実に内心ほくそ笑みながらも、表には出さずに。
言い聞かせるように、「愛」を煽るように。
「あんなに善良で、善人で、愛おしい呪術師なのに。
【両面宿儺】という呪霊の器だというだけで常にその死を願われている。」
「なんだ、それ……っ!!」
悠仁と、なんの関係もないじゃないか…っ!!
その慟哭を聞いて、夏油は薄く唇を引き上げた。それは確信だった。やはりこの子は
ゆえに、糸を垂らす。
「だけど、君が呪霊を調伏できたら話は別だ。」
それは、まさしく
「君が特級呪霊を調伏できたら、君は特級相当の実力を持つ呪術師という証明になる。
強さは力だ。虎杖を守るのにも役に立つ。
虎杖だけじゃない、君のお母さんだって守れるよ。」
「……。」
沈黙。もしくは熟慮。わずかに震える指先と、期待で熱を帯びた吐息。
「ねえ、夏油さん。」
ハイライトの消えた昏い瞳。闇落ち寸前の、限界に近い人間の
自分自身、ヤバい顔してるのがなんとなく分かってる。
「僕が呪霊を調伏できたら、悠仁の死刑を撤回できますか?」
「難しいね。でも、君が虎杖の中の宿儺だけを殺せたらそうなるだろう。」
「殺せますか?」
僕は、殺し方がわからない。
知りたい。欲しい。喉から手が出るほど。
「僕が強くなれば、両面宿儺を殺せますか?
僕が強くなれば、悠仁を守れますか? 救えますか?
僕が強くなれば、母さんは無事ですか? もう二度とあんなことにはなりませんか?
僕が強くなれば、大切な人を守り通して、寿命いっぱいまで生きて、生きて、生きて。僕たちの人生を謳歌できるでしょうか?」
「はは!本当に先輩の子どもだよね。」
どこで芽生えたのかわからない愛情至上主義。天然物の狂気。
可愛く幼な気な少年などどこにもいない。いるのは愛情信仰の狂信者が、一人。
「守れるよ、全部。順平が特級呪術師になれば、だけどね。」
「じゃあなります。特級呪術師。」
軽々しく吐かれた音は、聞くものが聞いたら激怒するだろう宣言。
しかし、夏油傑は激怒する側ではなく笑って歓迎する側の人間で、もう1人の親友も右に同じだ。
「覚悟はあるんだね?」
「はい。」
覚悟なんて、とっくの昔に。
「僕は悠仁を守りたい。
僕は悠仁に救われた。今度は僕が悠仁を救う。」
傲慢な宣言。世界を舐め腐ってる若造の蛮勇。一般社会不適合者。
____だが、それでいい。呪術師なんてみんなそんなものだ。
「一週間で調伏します。そのための力を、僕にください。」
「うん、いい返事だ!」
愛の名の下に傲岸に主張しろ。
愛の名の下に無鉄砲に行動しろ。
愛の名の下に囲い込んで、
愛を免罪符に暴虐に振る舞え。
そっちの方が、
そう言って、愛の紳士は吉野順平を歓迎した。
【死刑執行まで後七日】