「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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今回のあらすじ。
教育熱心で親バカなスパルタな親は大体子供に過度の期待を抱いてる。


お待たせしました、再登場です!






胡蝶の夢とかいうやつですか?

 ()()()()()と同時に、状況を把握する。

 なんだかよくわからない場所だ。どこまでも敷き詰められた石畳。不自然に乱立する()()()()()。ぐるりと囲うように立ち並ぶ白い壁。

 しかし天井はなく、吹き抜け窓がひろびろとアーチを描いて広がっている。

 剥き出しの空。西に太陽、東に月。浮かぶ満月は異常な速度で満ち欠けを繰り返す。

 

 「やあ、順平!」

 

 その人を見た瞬間、「ああ、夢だ」と理解した。知らないけれど、知っていた。

 目元に涙ぼくろがある、両耳にピアスを開けた少し歳をとった僕そっくりな人。

 瓜二つの顔。僕よりほんの少しだけ垂れ目がちな瞳を彩るのは、とろりと恍ける蜂蜜のような愛。抱擁。

 耳元に息がかかってくすぐったい。感極まって僕を鯖折りにする男が、ぐすりとしゃくりあげる声を鼓膜が拾った。

 

 「ああ、ずっとこうやって会いたかった。会いたかったんだ、順平!

 大きくなったね、よくがんばったね。顔を見せて、君をもっとしっかり目に焼き付けたい。」

 

 まだ思い出してはいけないから記憶にはないだけで、僕はこの不審者(ひと)を知っている。記憶にないけど記録で知ってる。

 この人は、この人こそが……

 

 「……父さん。」

 「ん?」

 

 ぽつりとこぼれた吐息混ざりの声に、「なぁに」と首を傾げる。

 ああ、やっぱりそうなんだ。この人が、僕の父。僕と母さんを世界で一番愛していた人。

 

 「父さん、父さん……お父さんーーーっ!!」

 

 僕は父さんに離すようにお願いして、自分から父さんの胸の中に飛び込んだ。

 父の腕の中にぬくもりはない。でも、確かな愛を感じた。

 

 「うん、順平。僕はここにいるよ。」

 「なに勝手に死んでるんだよ。僕と母さんおいて何してんだよ!」

 

 背中をリズム良くポンポンと、優しく叩かれる。久しぶり(はじめて)のぬくもりに鼻の奥がつんと痛んで。

 こぼれ落ちそうになるものをグッと堪えて、喘ぐように叫ぶ。

 

 「僕は、復讐してもらうよりも父さんと一緒に生きたかった。」

 「ごめん。言い訳もできないや。」

 

 優しく、壊れ物を扱うように。

 父さんが僕を抱きしめる。夢なのに痛みを感じる不思議な夢。圧倒的不自然な中に存在する、生々しい感触(リアル)

 頭がバグりそうになる。満月は一周回って上弦の月。

 僕の頭をゆっくり撫でていた父さんが、はっと。

 何かを思い出したように目を見開いて「ああ、いけない!」と拍手を一つ。

 

 「やばいやばい、感動の再会のあまり本題を忘れていた。

 ごめんね順平、あんまりゆっくり話してる時間はないんだ。」

 「なんでだよ。時間なんて気にしなくてもいいじゃないか。

 ……どうせ、夢なんだし。」

 「ところがどっこい、夢だけど夢じゃないんだ。」

 

 静かだけれど、愉しそうに弾む声。父は笑った。国民的アニメのワンフレーズを引用して、「ニヤリ」と。

 

 「うーん、なんで説明したらいいだろう?

 より現実に寄せた非現実、と言ったところかな。」

 

 手のひらが丸い頭に沿うように動く。髪を手櫛で梳きながら、聴き心地のいい、優しげで穏やかな声が「しとしと」と降り注ぐ。

 

 「順平、君は強くなりたいんだろう?

 でも一週間で特級に打ち負かして調伏するなんて、無理だ。ゲームならクソゲーだってコントローラー放り投げるレベルでね。」

 「でも!」

 「まあまあ待ってよ。無理とは言ったけど不可能とは言ってないだろう?

 だから、裏技を使おうと思って。」

  「裏技?」

 

 予想外の言葉に、思わず聞き返す。「そう、裏技」とさらに鸚鵡返し。

 朗らかに細まった目元と、ゆるりと弧を描いた唇。両手が僕の頬を包み、視線が交わる。

 焦げ茶の瞳に僕が写っていた。

 

 「ここは夢だよ。無限に引き伸ばされた一瞬。瞬きの時間が1年にも2年にもなりうる世界。

 現実の時間を呪力の制御に使うなら、夢の時間は術式の理解に使おう。

 ねえ、順平。僕が、君を鍛えてあげる。僕の全てを使って特級呪霊を調伏させてあげる。」

 

 言い切った瞬間、一変。

 表情は残虐に。

 態度は軽薄に。

 言葉を愉しそうに弾ませて、大袈裟な身振りで腕を広げる。

 

 「と、いうことだ!

 早速訓練を始めよう。まずは調伏の練習だ!

 僕の式神の蜃と織姫を伝授するから調()()しろ、今晩中に両方を。」

 「は?」

 

 意味不明すぎて、単音が唇からこぼれ出る。世界が変わる。変わってないけど、空気が変わる。

 世界の支配者気持ち一つでくるりと、がらりと。

 

 「ここは夢だからさ。非現実なことも可能になる。今から順平の脳に蜃と織姫の情報を送り込む。

 いきなり知らないことを大量にぶち込まれて脳が混乱すると思うけれど、順平ならやれるよな。」

 「ちょ、ちょっと待って。父さんが何言ってるか全然理解出来ないんだけど……⁉︎」

 

 とてつもなく、嫌な予感がする。

 

 「理解なんてしなくていいんだよ、順平。

 ただ、これだけは覚えておきなさい。

 愛は無敵の呪いだよ。愛さえあればなんでも出来る、それはどんな無茶でも愛の力で押し通すって意味だけどね!

 さあ、がんばれ息子。愛があるなら気合いでやれ。

 道理をねじ伏せろ、無理が通れば自ずと道理は引っ込むもんだ!!」

「待っ……!!!」

 

 カァン! と金属をぶつかり合わせたような甲高い音。ぐるりと逆回転する脳みそと、いきなり詰め込まれた術式の知識。急速な記憶の奔流に目眩と頭痛がして、膝をつく。

 蜃と織姫の運用方法と、術式の数々。

 そして、理解してしまったからこそわかる。今から始まる()()の意味。その無茶振りの内容が。

 

 「さあ、調伏の儀を始めよう。まずは蜃から行くぞ!

 気張れよ愛息子!」

 「ふっざけんなクソ親父ーー!!」

 

 なんの準備もできてないのに、突如始まる儀式。悲鳴まじりの怒声が響く。

 荒ぶる心。乱れる呪力。コンディションは最悪だ。

 それでも、式神は待ってくれない。有名忍者漫画の口寄せの陣みたいなのが地面に浮き上がり、泥が吹き上がる。

 無形の泥が一塊(ひとかたまり)になって、形になる。

 

 「澱月!!」

 

 泥が巨大な蛤になる前に、僕は咄嗟に叫んだ。

  ぼよん、と巨大な澱月が顕現する。澱月の体内に飛び込んで、蜃が吐き出す毒霧から逃れた。

 とうとう顕現してしまった凶悪な貝。僕は盛大に舌打ちをする。ああ、くそっ! 準備不足だ、作戦も何も練れてない!

 

 「(どうする、調伏する条件は()()()()()()()()()()()()()()()()

 蜃に勝つのに必要な条件は()()()()()。でも澱月の力では貝を壊せないし、何より貝はクラゲを食べる!!)」

 

 つまり、蜃を調伏するには自分の力で蜃の貝殻を破壊する必要がある。

 

 「(くそ、これなら先に織姫を調伏したかった!)」

 

  可能といえば、可能だろう。術式でドーピングして思い切り殴ればいける。ドーピングせずとも、呪力を手に集めて力任せに殴っても破れなくはない。

 それでも、それをするには至近距離まで接近する必要があり、接近したとしても毒の霧を吸わないようにしなければならない。

 

 「(わかってる、呪力で鼻と口をコーティングすればいいだけだ。もしくは、肺を守ればいい。

 でも、僕まだそこまで呪力をコントロールできない!!)」

 

 そもそも、呪力の制御を始めて1日目でこんな試練を課すか普通!

 

 「(くそ、このまま澱月の中にいても息ができないからいずれ窒息してしまう。

 時間をかけるわけにはいかない……!!

 やるしかないのか、コーティング……っ!)」

 

 付け焼き刃のあやふやな知識で出した「答え」は、どうも的外れなように感じる。

 もやもやとまとまらない思考回路に、気持ちの悪さすら感じる。

 

 「いや、父さんは僕にできると確信したからこの試練を与えたんだ。なら、あるはずだ。

 なにか、突破口が……。」

 

 時間はない。でも観察しなければ始まらない。

 こうしている間にも、大気が蜃の毒に侵食されている。焦る気持ちを飲み込む。汗がツゥー、とこめかみを流れた。

 澱月の中で息を潜めるのも時間の問題。早く、早く、なにか解決策を_____!!

 

 「蜃が毒霧を吐くのをやめる時間がある……?」

 

 気づいた瞬間、「カチ」と何かがハマったような感覚があった。

 例えるならルービックキューブを全面揃えた瞬間とか。

 新しい数式の解き方を閃いた時とか。

 

 「(そうだ、人間が呼吸するように、貝だって呼吸をする。吐き出したら、その分取り込まなければいけない。

 報告書を読む限り、父は蜃を運用する時は必ず複数匹使っていた。それは、呼吸によるタイムラグを消すため。)」

 

 それなのに、今回はたった一体。手加減されているんだと理解した。

 それがフェアな儀式かと言われれば「否」だろう。だがアンフェアだろうが勝てば官軍。文句は言わせない。

 

「(その一瞬を狙えば……)」

 

 でも、それは蜃との距離を詰める時間で消費される。せっかくの隙も接近で消費されるのでは意味がない。

 

 「(……なら、毒を吐けない状態にする?)」

 

 蜃に麻痺毒を投与するとかはどうだろう?

 触手を突っ込むだけじゃ食べられておしまいだけど、蜃が吸い込む瞬間に合わせて毒粘液の爆弾を打ち込むならその限りじゃない。

 

 「……澱月。」

 

 一か八かだ。勝率はすこぶる低い。ほとんと「賭け」だ。それでもやる。

 体をドーピングして限界まで昂めつつ、蜃が呼吸を吸い込む瞬間を見極める。

 

 「(……今だ!)

 やれ、澱月!!」

 

 叫んだ瞬間、僕も駆け出す。術式で強化された肉体なら50メートルを3秒で走り切ることだって理論上可能だ。

 

 0秒。蜃が毒霧を吐くのを停止する。

 

 1秒。澱月の毒爆弾。同時に僕は澱月の中から飛び出して駆け出す。

 

 2秒。毒はまだ蜃に届かない。僕と蜃の距離は残り10メートル。

 

 3秒。澱月の毒爆弾が蜃に直撃する。

 

 空気と一緒に毒を吸い込んだ蜃は、痺れて行動を停止する。霧は吐き出さない。

 それでも、まだ僕の勝ちは確定していない。

 助走の勢いのままに飛び上がる。対空した状態で身を翻し、拳を引く。

 

 「ぶっ壊れろ!!」

 

 4秒目。重力による加速も加算された一撃で、貝殻を殴りつけた。

 

 ガシャン!

 

 陶器のお皿が割れたような音。限界値まで強化された膂力でパンチラッシュを繰り出す。型も何もあったもんじゃない喧嘩戦法。

 何度も何度も拳を打ちつけ、殻をぼこぼこに壊す。ドーピングが切れて、腕がだるくなり、だらりと両腕をおろす。

 目の前にはすっかり殻が壊れた貝の残骸。

 

 「お見事!」

 

 持ちうる限りの全てを出し尽くして、地面に倒れ伏して喘いでいる。

 「ゼェー、ヒュー」と肺に穴が空いたようなひどい呼吸音。体力のなさが浮き彫りになる。

 

  「でも時間をかけすぎだ。蜃一体に手間取るから、織姫を調伏する時間がなくなった。今晩で二体は無理だったか。

 仕方ないから織姫は明日に回すとして、()()()呪力コントロールしながら戦略考えておきな。」

 

 暗くなっていく視界。呑気なわりにスパルタな声に中指を立てながら。

 僕は、微睡の淵に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、順平くん。朝だよ。」

 「……おはようございます、夏油先生。」

 

 夢で眠りに落ちて、現実で目覚める。

 全く休まった気がしない中、問答無用で渡される人形。

 

 「さあ、今日もキビキビやろうね。」

 

 鬼か悪魔にしか見えなかった。


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