二日目、昼。状態:満身創痍。
「ふざけてるのかな?」
「ふざけてないです……。」
足で人形を踏みつけながら(というか暴れないように足で締め付けながら)必死こいて資料を読もうとする僕をみて、夏油が言った一言がそれ。
ゴミを見る目だった。
「全然集中してないよね。君、ほんとに強くなる気ある?」
「あります、ありますけど……っ!!」
足の拘束から抜け出した熊が腹を殴打した。吐き気が込み上げるが必死で耐えた。ちょっと迫り上がってきたものを無理矢理飲み込む。文字通り『ゲボまずい』
「裸足になって、足の裏で押さえな。殴られるのを前提にして封じ込めにかかるようじゃ、いつまで経っても上達しない。
恐れるな、殴られろ。それで痛みで学習しろ、呪術の感覚を。」
「(無茶苦茶言ってるのわかってんのか……っ!)」
返事は「はい!」と叫んでみるけど、内心は不満でいっぱいだ。ただでさえ無茶苦茶なのに、今夜の調伏の儀に備えて作戦も考えなくちゃいけない。
僕の脳みそは並列演算できるほど高性能にできてないのだ。
「(資料を読むのは一回やめて、呪力を流すのに集中しよう。
このままじゃいつまで立っても上達しないっ!)」
僕の術式の理解度は未熟だ。でも無理矢理詰め込まれた知識はある。応用どころか基礎すら危ういが、理論だけは全部入っている。
「(蜃は調伏できた。なら、織姫だって可能だ。)」
……理論上、は。
「(それに、夏油が言っていた通り、僕の術式の要となるのは呪力のコントロールだ。
いろんなものを一気にやろうとして、『全部中途半端になりました』なんて目も当てられない。
「(乱さない乱さない、呪力を意識しながら考えろ。)」
今晩をどう乗り切るのか。どうすれば『朝』を向かえられるのか。
凶悪ゆえに頼りになる、父が作った式神を継承する方法を。
■■■
「夢の中でおはよう順平!
この世界も2回目だ。前回の反省も踏まえて、早速織姫の調伏を始めるよ!」
「展開が早い……っ!」
やはり始まった正夢。現実のような非現実で夢のような現実。
昨晩のように地面に浮かび上がる陣。泥が吹き上がり形を作る。
「□□□□□ーーーー!!」
音のない不協和音。人間の耳には届かない音域の咆哮。
「ああ、もう!」と自棄っぱちにさけんで掌印を組む。
「闇より出て闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え!!」
初めて展開する帳はひどく不恰好で狭かった。
「(くそ、もう少し広くしたかったのに……っ!)」
呪力のコントロールがうまくいかない。下手に穴が開かなかったのは、一朝一夕の付け焼き刃にしては上等かもしれない。掌印を組み直す。泥のような不形の呪力が形を作る。
「澱月、蜃!!」
二体の式神は問題なく現れる。昨日調伏したばかりの蜃も呼べて、内心安堵する。
織姫の情報は頭に入ってる。無数に生える歯、銀白色の鱗、触手のような鰭。
それこそが奴の本質。鉱物毒。噛まれただけで被曝/被毒する。
体長は通常状態で2メートルほどだが最大限13メートルほどまで伸縮可能。頭の鰭も触手のように動く。そして毒。
蜃のようにぶん殴って勝つ戦法は無理。近距離・中距離戦に向いている式神。サポーターとしてならば遠距離戦にも優れる。しかも呪霊を食べる。(対毒もバッチリ)
澱月(氷月)が近・中距離型で蜃が距離が関係ない特殊タイプだとすれば、織姫は近接特化。
「(戦うならば蜃の毒霧と澱月の毒針による遠隔攻撃。)」
「やれ、蜃」と指示を出した。薄く開いた貝殻から、毒の霧が吹き出した。
呪毒操術の強みは【応用力】
戦闘スタイルは父さんがよくやってた定番殺法が一番有効打だろう。でも今の僕では決定打が足りない。織姫を倒す、決定的な一撃が。
だから、僕は考えた。たった1日、資料を読み込みながら考えた。熊にはひたすらボコられた。
ボコられながら齧り付くように報告書を読んで、そして見つけた。
2006年の、六月の任務。報告の上では呪霊襲撃により壊滅していたという研究所。僕は真相を知っている。
脳が逆回転して得た知識。その中に一つ、父と夏油傑が共に犯した原罪の日の記録。
あの時、夏油が僕に語った拡張術式を思い出したのは偶然か必然か。
「やれ、澱月。」
巨大なクラゲが一度バラバラに分解されて、ミニサイズのクラゲが無数に現れる。
ふよふよ浮いていたクラゲ軍団は僕の視線に「心得た!」と頷いて(そのように見えるというだけだけど)、織姫目掛けて特攻していく。
織姫の巨大を覆うように、張り付くように展開する澱月の群れ。
織姫を囲んでいた澱月がどんどん減っていく。
いつのまにか帳の中いっぱいに充満していた毒霧に、僕は思わず笑ってしまった。喉が閉じたまま、息を吐くような。
「クク」と、悪役同然の笑い声が。
「食ったな?」
澱月を。
「毒を吸ったな?」
蜃の霧を。
「僕の毒に侵されたな?」
内側からも外側からも、織姫の肉体は僕の毒にどっぷり浸かってる。
効果がないって? わかってるさ。こいつに毒殺攻撃は対して効かない。でも、故に、
「毒を持って毒を攻める。お前という毒よりも、僕の毒の方が質としては弱いかもしれない。
だけど、それがどうした。質を上回るだけの量で攻めれば僕の勝ち。
僕の毒に侵されている
【強制調伏・以毒攻毒!!】
搦手を使わないと勝てないなら、卑怯でもなんでもやっちまえばいい。
力量差を無理やりねじ伏せる。それしか僕に勝ち筋はない!
「うん、今回は早速正解してくれてよかったよかった。」
倒れ込む僕の顔を、父が覗き込んだ。昨日と同じくゼェハァ病人みたいに息をする僕を無理矢理起こして、悪魔のように微笑んだ。
「じゃ、式神使って上手に戦ってみよう。
調伏したからには使い慣れないとね!」
「僕、調伏終わったばっかりなんだけど。」
「でも、弱いぜ?」
「……。」
あんまりな言葉に、思わず父を睨む。なんか、もっという言葉はないのか。
むすっと、気持ち頬を膨らまして沈黙する僕。上から、「うぁー……」と微妙な声が降って来る。
「あー、一つ忘れ物してたかもな。」
「何?」
なんとか息を整えようとする僕の頭を、押さえつけるようなちょっとした衝撃。ぐしゃぐしゃとかき回す指の感触。
「よく頑張りました、順平。もう少し頑張れるな?」
「_____うん。」
それは、なんかずるいと思う。