【三日目】
「……。」
夏油傑は考えていた。己の新たな弟子の凄まじい成長速度について。
「(呪力の制御を始めて三日目で新たな式神が二体、か。蜃はともかく、高度な術式理解が必要な織姫までも、だ。
術式に対する理解が早すぎる。いくらなんでも不可能じゃないか?)」
昨日と今日でえらい違いだ。順平の中の人造呪霊の影響だとしても異常だ。
何か裏があるとしか考えられない。
そもそも、先輩の資料を読んだからと言って式神を新しく構築・設計するなんて不可能だ。
順平が式神使いとして異常なセンスを持っていたからとしても、式神が強すぎる。すでに三級程度の実力があるだろう。
「そもそも本当に自分で
思い浮かんだのは伏黒恵の術式。十種影法術。
すでに「相伝」として存在する強力な式神を調伏し、使役する術式。
なんらかの方法で先輩の式神を調伏して、まるごと引き継いだとすればあの完成度にも納得がいく。
「……考えすぎか。」
引き継ぐといっても、すでに元の所有者が死亡している。
先輩が順平に式神を継がせるための準備をしているところなど見たことはないし、そもそも過去の時点で順平が先輩と全く同じ術式を継いでいるとは明らかではなかった。
……あ、いや。悟なら知っていてもおかしくはないな。悟経由で吉野先輩が順平の術式を知っていたなら、己の式神を順平に引き継がせる準備くらいしていてもおかしくはないな。
「(まあ、悪いことではないのだし。あまり考え過ぎなくてもいいか。)」
順平の呪力制御はメキメキと上達している。たまに気が抜けて殴られてるようだけれど、集中力は申し分なし___あ、殴られた。
でも足でこれなら手を使った呪力の制御ならほぼ完璧だろう……と、また殴られた。
さっきも殴られていたというのに。集中が切れたか。
「はい、休憩。」
ぽん、と肩を叩く。気が抜けたのか、驚いたのか、ビクッ! と大袈裟に体を跳ね上がらせて、熊が順平の顎に強烈なアッパーカットをお見舞いする。
流石に可哀想だったので、人形を持つ役は私が変わってやる。差し出した麦茶を一気飲みした順平が、ギラギラした瞳でこちらに向けて手を差し出す。
「はぁ……っ、まだやれます!」
「効率が悪いって言ってるんだ。最短で強くなるって言ったくせに遠回りするのか?
時間としてもちょうどいい。昼休憩だ。」
「……わかりました。」
ようやく肩の力を抜いた順平に、微笑む。
「話の種に、君が今一番聞きたいことを教えてあげよう。
凪さんは無事だよ、五体満足。高専で保護して、今は食堂でパートしてる。
私の養い子を護衛につけているから安心だ。二級呪術師なんだ。」
美々子と奈々子の顔が「ぽん」と浮かぶ。そろそろ順平も体術を学んだ方がいいだろう。呪力コントロールもなんでか知らないけどできてるし。
「虎杖は療養中。今は元気にしるよ。最終調整がてら実戦訓練をしてる。
ね、順平。君が思うほど、事態は深刻じゃないんだ。
明日世界が終わるってわけじゃないんだから、ほどほどに肩の力を抜きながら死ぬ気でやれ。」
「矛盾してるじゃないか。」
「でも、不安は無くなっただろ。」
ぱちり、目を大きく見開く。予想外の回答だったのか、ぽかんと間抜け面を晒して、「……は?」と疑問の色しか乗ってない単音が空虚に響く。
「不安は余裕を奪う。余裕がなくなると視野狭窄に陥る。術式を理解するために机に齧り付いているのに、それじゃ意味がない。
呪術は君が思うより自由だよ。先輩の運用方法は【最適化された
順平は、順平の呪術を見つけな。」
「僕の呪術……。」
軽い気持ちのアドバイスなのだが、やけに深刻に受け止めている順平に「ん?」と首をかしげる。
映像でしか先輩のスタイルを知らないはずの順平がどうして……?
「見つけられるでしょうか?」
「好きにすればいいさ。
なんでも出来るように見える先輩だって、できないことはあった。」
これも、考えすぎなのだろうか。それでも考えてしまう。
もしかしたら、順平の特異性は「人造呪霊」だけではないのかもしれない。
「例えばだけど、【領域展開】
術式を付与した生得領域を具現化すること。術式の最終段階で呪術戦の極地だ。自分の呪術の理解を極めて初めて行使できる。
これができる呪術師はほんの一握りしかいない。
あとは【極の番】
領域展開を除いた呪術師の奥義みたいなものだ。領域展開が術式の
「……それができたら、勝てるでしょうか。」
「勝てるんじゃない?
でも呪術習い始めて三日の順平じゃ無理だろう。
一度、全て調べ直してみようか。見落としている部分があるかも知れない。
調べ物は灰原に投げることにして、私は手を叩いて立ち上がった。
「さあ、休憩も終わりだ。続きをやるよ。」
「はい!」
ぐちゃり。肩の肉が抉られる。必死に飲み込んだ悲鳴が喉に残る。
圧倒的不利な状況。反撃のために脳みそを回す時間すらなく、大量のクリオネにまとわりつかれた僕の視界は暗転する。
「はい、また死んだ。
ほら、回復したなら起き上がって。時間は待ってくれるけれど、僕は待ってくれないぜ。」
「くそ……っ!!」
休憩する? と手が伸ばされる。僕は「必要ない」とそれを振り払った。
ああ、今晩だけで3回も死んだ。夢の世界だから死んでも何度も甦る。回復する。夢だから痛くもない。でも恐怖はある。
何回やっても何回やっても僕は負け続ける。氷月しか召喚してない父に、だ。
僕は式神を総動員しているというのに。
「順平はまだ式神の運用に慣れてない。無駄な指示や意味のない攻撃。
式神使いのイロハが圧倒的に不足している。要は実践不足だね。
考え込む癖もなおした方がいい。判断が遅れる。
……焦っても仕方ない、こればっかりは慣れだからね。」
だからこうして戦ってるんだ、と微笑む父。普通にやってる事はサイコパスじみているのに、そこに溢れるほどの愛があることを知っているから憎めない。
「式神運用の知識はあるのに、なんで勝てないんだろう。」
「そりゃ、知識があるだけだからだ。
知識のinputだけじゃ強くなれないよ、outputをしていこう。」
「勉強でも同じこと言われた。」
「あっはっは! 結局、世の中の法則なんて大体共通してるのさ。」
つん、と額をつつかれる。痛くはないけどなんか痛い気がして、「痛い」と言ってみる。
ケラケラ笑われた。でも、なんか嫌な気はしない。
「どんどん戦おう。たくさん戦おう。
僕に立ち向かえ。僕を屈服させてみな。殺すつもりで襲ってこい。
そしたら僕は、全力で順平を叩き伏せるから。」
子獅子を崖下に突き落とすようにね。なんて、肩をすくめる。
「殺すって……。」
「僕は順平を今日だけで3回殺してる。どれだけ心苦しくても、それが順平に必要だとわかってから。
死線というものは、超えた数だけ強くなれる。殺されなれるのもダメだけどさぁ。」
ようやく息が整ってきた僕と、最初から汗ひとつ書いてない父。
どうしようもない実力の差は、死線を超えた数のせいなんだろうか。
「どうせこれは泡沫だ。目覚めれば全て無かったことになる。
本能を鈍らせるな、危機感を鍛えろ。死闘の果てに強くなれ、順平。」
「もういいよ、何度も言わなくたってわかってる!」
僕はどれだけ危機感がないと思われているのだろう。耳タコだ、とため息ついて、肩を落とす。
体育座りになって、膝に頬を押し付けた。下から覗いた父は、やっぱり僕の顔に似てた。
「ねえ、父さん。僕は呪霊を倒せるかな。」
「倒せるさ、だって順平は凪さんと僕の息子なんだから。」
吐いた弱音は、力強い言葉で肯定されてどこかに消えた。
ああ、そうだ。そうだよなぁ。
僕は、吉野順平だ。母さんと父さんの息子だから、強いんだ。
根拠もないのに自信が湧いてくる。
不思議だ、大した褒め言葉でもないのに、やたらとやる気が湧いてくる。
「僕、頑張るよ。悠仁と母さんを守るために、父さんを殺してみせる。」
「うん、いつか本気の僕を殺してみせな。」
殺すよ、と歯に噛むと父が「頑張れ!」と頭を撫でる。
「続きをやろう」と手を引かれて、僕は「次こそ殺す」と大口を叩いてみた。
普通の親子では考えられない、限りなく物騒な会話だけれど。
そこに親子愛が確かに存在していた。