「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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*今日から3話連続投稿です。





女だからと舐めてますか?

 「順平もだいぶ呪術の扱いに慣れてきたね。」

 「そうでしょうか?」

 

 人形を踏み付けにしながら、食い入るように書類を読み込んでいた順平が顔を上げる。夜蛾が知ったらキレそうな雑な扱い。それでも呪骸は大人しいままだ。

 

 「(本当、飛んだ()()だよ。)」

 

 「足でやれ」と自分で言っておきながらではあるが、手のひらと比べて足の裏では繊細なコントロールが難しい。

 それをここまで上達させるとは、師匠として鼻が高い。あんまり鍛えたっていう実感薄いけど。

 

 「コツでも掴んだのかな?」

 「コツっていうか……なんなんでしょうね……?」

 

 「やらなきゃ死ぬというか……殺せないというか」と口籠る順平。そこまで特級呪霊に殺意をみなぎらせていたのかと感心する。

 同時に感じたほんの少しの違和感。言葉に滲む高濃度の殺意。

 あれは、死線をいくつも潜ってきた人間の、さらりとしているがどす黒く洗練された……。

 

 「(いや、流石にそれは()()()()だろう。)」

 

 つい先日まで一般人だった順平だ。殺人経験なんてあるはずない。

 だけど彼の愛の重さは一級品だから、洗練された殺意もそれゆえだろう。愛とは大概そんなものだ。

 そう、自分を納得させて笑ってみせる。次のステップに進むために何が必要か考えながら。

 

 「呪力のコントロールはもう言うことがないね。いつのまにか式神も使えてるし術の理解も申し分なし。

  ()()も含めて、実戦形式の勉強をしようか、 ちょうどいい先生役もいることだし。」

 「え!」

 

 体術のワードに順平が反応した。何を考えたのかなんて、あっさり分かる。

 おそらく、というよりも確実に「虎杖」のことだろう。全く、好悪の激しいことだ。

 

 「(まあ、期待に添えるとは言ってないけどね。)」

 

 この子は、そうそう甘い話はないといい加減理解した方がいい。

 

 

 

 


 

 

 

 「(体術の授業……多分悠仁も一緒だよね。)」

 

 体術の練習と聞いたときから期待していた。

 ちょうどいい先生役、それが悠仁だったりしないかと。

 悠仁のバトルスタイルはゴリゴリの近接だし、体術の授業に力を入れてるとか聞いたような気がする、記憶を捏造したわけじゃなければ。

 先生が悠仁じゃなくても、一緒に練習とか、そういうのできるかもしれない。

 

 「悠仁に会いたい……。」

 

 はあ。ため息混じりの声はどうしようもないほどの渇望の色。一度口に出したら欲というものはどんどん湧き上がってくるもので。

 

 「(無事をこの目で確かめたい。君が生きてる姿を目に焼き付けたい。君の幸福のために生きたい。

 悠仁、悠仁悠仁悠仁悠仁悠仁悠仁。

 生きてるよね、生きてるに決まってるけど。でもこの目で元気な姿が見たい。せめて写真だけでも撮っておくべきだった……。)」

 

 何から話そうか。ああ、でもそんな時間ないかなぁ。でも、休憩時間がないわけじゃないしその時にでも……。

 

 「……!」

 

 扉の向こうから足音が聞こえる。二つだ。ああ、やっぱりそうなんだ!

 期待を込めて、扉に熱い死線を送る。コレだけ感情が乱れてるのに熊が暴れないのは順平の特訓の賜物だ、主に夜(夢)

 そして扉が、開く!

 

 「いらっしゃい、ゆう……じ………。」

 

 弾んだ声が萎んだ。

 聞こえた声は悠仁の声も夏油の声でもなく、なんか知らない女の声。

 

 「ねえ、あんたが吉野順平?」

 「うわ、マジで足だけで呪力操作してる。キモっ!」

 「誰だよ、お前ら。」

 

 ギャルだ。同じ顔のギャルが二人いた。制服的にこの二人も高専生なんだろう。

 「夏油先生は?」と聞いてみたら、カメラと怪しい人形抱えた二人が僕を睨んだ。

 

 「誰って、アンタのセンセーだけど。

  てか、敬語使えよ。」

 「仕事に決まってるでしょ。

 夏油様はお忙しいの、身の程を弁えろ。」

 「本当ならあんたに構ってる時間なんてないんだよ。

 毎日つきっきりで面倒見てくれるとか、そんな暇人呪術師はどこにもいないっての。

 あと、口の聞き方には気をつけな。うっかり殺したくなるでしょ?」

 

 ちぃ! と二つ重なった舌打ちの物騒なユニゾン。今のではっきりわかった。こいつら、僕の嫌いなタイプの女だ。

 

 「もうわかってると思うけど、今日私たちがここにきたのは夏油様に頼まれたから。アンタに呪術師との戦い方を教えてやってくれって。」

 「ま、よーはウチらが稽古つけて(しごいて)あげるよってコト。理解した?」

 「つーか、理解しろ。」

 

 理解はした。したけど、嫌だ。完全に悠仁の気分だったから、落差で苛立つ通り越して泣きそうだ。

 

 「……悠仁は?」

 「宿儺の器は今神奈川。」

 「前の任務の後始末してるってさ。」

 「「つまり、ここには来ない。」」

 

 最終告知。僕の気力がどっと減った。項垂れる僕をお構いなしに、女どもは姦しい。

 

 「じゃー、はじめよっか。ーーー美々子!」

 「おっけー奈々子。」

 「「はい、ピース!」」

 

 両サイドにサンドイッチするみたいに囲まれて、パシャ!と聞き慣れたシャッター音。記念撮影とか?

 「女子のやることは意味わからない」と呆れた瞬間、世界が変わる。

 宙に浮いたままのぬいぐるみ。ひっくり返して、溢れそうな状態で静止したペットボトル。進まない時計、聞こえない環境音。

 

 「(ーーーー時間が、止まってる。)」

 

 まるで、()()()()()()切り取られた空間。止まった時間の中で、新しく発生した音だけは響く。

 そう、二人の足音や、呼吸音のように。

 

 「時間止まってるんだけど、何をしたの?」

 「べつに、時間が止まったわけじゃない、ウチらが()()()()()()()()()()

 止まったように見えるけど、写真の外は普通に時間が流れてる。

 まー、体感時間はバグるけど?」

 

 黒髪の陰湿そうな方が「はっ」と鼻で笑う。金髪の方がスマホを見せびらかすようにひらひら振った。

 

 「ウチの術式は『呪撮』、写真に映った空間を支配ができる。

 術式は発動のステップはたった一つ。

 一つ。呪いたい相手を被写体として写真を撮影する、以上。」

 

 スマホに映った写真を見せつけながら、軽薄に笑う。

 うっすらと細まった目。バカにするように寄せられた眉。しかし瞳には恐ろしいほど色がなく、細い5本の指がスマホをゆるりと掴んでいた。

 足を開いて、重心を片足に乗せて。スマホを持ってない方の手は「美々子」と呼ばれた黒髪の女の肩にまわっていた。

 黒髪の方も、人形を手慰みに弄んでぼーっとしてるだけで、順平に興味をカケラも示していない。

 勝敗が決まったゲームを眺めるみたいに退屈そうな表情(カオ)

 

 「写真の世界は撮影者(ウチ)がルール。撮影した瞬間、切り取られたこの世界は私の世界。どんなことでも自由自在。ま、領域展開の紛い物、みたいな感じ?

 呪霊だったら単純計算でウチの実力よりも二級以上の差があればほぼ無条件で支配できる。

 【存在する事を許可しない】とか、【生きる事を許可しない】とか言ってね。

 つーか、チェキなら写真破くだけで低級は祓えるし、なんなら写真撮るだけで行動不能(スタン)とかもできる。」

 

 なんだそれ、チートかよ。思わず口に出しそうになった言葉は飲み込む。この二人は、二級以上だって言っていた。

 僕がならなきゃいけないのは特級で、夏油も特級。

 この二人に余裕で勝てるようにならなければ特級を倒すなんて夢のまた夢、口先だけで終わってしまうということだ。

 

 「(僕だって、強くなってる。)」

 

 夢の世界で死んだ数だけ、僕の呪術は研ぎ澄まされていく。父のお墨付きだから、これは確かな事実。

 あっさり負けるほど弱くない……はずだ。

 

 「今日なら、そうだなぁ……

 【ノルマ達成するまで世界から脱出することはできない。】

 【ノルマは敵を戦闘不能にした回数とする。

 今回の場合、枷場奈々子・枷場美々子が吉野順平を戦闘不能にした回数。

 吉野順平は枷場奈々子・枷場美々子を戦闘不能にした回数の合計とする。】

 【このゲームが実行されている期間、枷場奈々子、枷場美々子、吉野順平の3名は何があろうと命を落とすことはない。】ってことで。

 対呪術師戦のオベンキョーだし、ちょうどいいっしょ。」

 「戦闘不能の基準は?」

 「うーん、マウント取ったらとか?

 まあ、勝ち負けなんてシンプルにわかるっしょ。

 写真の世界から出れたら今日のところは終了。時間もちょうどいいだろうし。

 ノルマは……何回にする?」

 「20回で終わりでいいんじゃない?

 あ、ハンデつけとく?」

 「ウチら20回、アイツ5回ぐらいがちょうどいいんじゃね?」

 「じゃーそれで。

 なんでもいいけどさ、早く終わらせようよ。さっさと伸して野薔薇と原宿行こ?

 ジャージ買いに行くって約束したし。」

 「あー、そういえばあいつ、昨日穴だらけになったんだっけ?

 やっぱ気に食わないわ、禪院真依(あのオンナ)。」

 「育ちの悪さが性格に出てんだよね。これだから御三家は。」

 「だめじゃん、美々子。それだと真希まで性格腐ってることになるよ。」

 

 ふざけた態度にふざけた会話。ノルマもなにもがめちゃくちゃだ。僕をバカにしきっている二人に苛立ちが募る。

 

 「ずいぶん余裕だね、僕のノルマの方が先に終わるとか考えないの?」

 

 怒りを押し殺して笑顔を作って見せる。が、隠しきれない苛立ちが低く唸るような声に変わって現れた。

 

 「かっちーん。

 何あいつ、ゲロムカつくんですけど。なに、ウチらのこと舐めてる?」

 「奈々子ぉー、ノルマ50回に変更しよ。

 そんでー、条件追加。」

 「【戦闘中は両者呪術の使用を禁止する。】

 術式頼りの貧弱式神使いにはちょうどいいお灸っしょ?」

 「ははは、ウケんね。ナイス美々子!」

 「やれるものならやってみなよ!」

 「ふぅん……じゃあ、やろっか?」

 「来なよ、転がしてあげる。」

 

 僕の啖呵に口角と眦を釣り上げて、双子が凶悪に笑った。





【追加設定】
枷場奈々子
「口の聞き方には気をつけな。うっかり殺したくなるでしょ?」

[術式]
呪撮
[備考]
『呪撮』…被写体となったものを同行する術式→写真版マン・イン・ザ・ミラーな術式になった
「写真(インスタントカメラのネガでも可能)」を出入り口にして対象を写真の世界に引き摺り込む能力
写真の世界は「全てが止まった世界」になっており、全て保存された状態。故に、その世界に秩序(ルール)は存在せず、全て術者:枷場奈々子の宣言により決まる。
写真の世界で起きたことは術者の任意で現実に反映可能。
しかし、一度使った写真は二度と使えないし、対象となる相手がぶれたりせずしっかりと撮影できていない(ぶれたり、見切れたりしてるとNG)と術式は発動できないので取り直す必要がある。
つまり強制縛りプレイ


枷場美々子
「夏油様はお忙しいの、身の程を弁えて」

[術式]
絞霊呪法
[備考]
絞霊呪法…呪具である人形に相手の「一部」を入れることで絞首が可能。超遠隔タイプ。
速い話が釘崎野薔薇の首吊り人形版である。(*呪い返しはできない)
釘で打つより紐を引く動作の方が早いのでスピードでは野薔薇に勝るけれど一撃のインパクトでは負ける。

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