「僕の愛の為に死ね。」   作:倉之助

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【注意喚起】
この後なのですが、ミミナナと順平が喧嘩します。結構クズめな理由で喧嘩します。
ミミナナもそれに応戦するし、二人は愛情理論に洗脳されてます。

*なお、今話はアニメ版みて、「順平ってつばささんのせいで女に対して超偏見持ってそう」「潜在的無意識で女見下してそう」と言う感想を抱いた作者が、その前提をもとに書いてます
心の準備をよろしくお願いします。



愛には責任が伴います

 「『女に腕力で負けるわけない』、とか考えてんならマジ草だわ。」

 「私たちは二級呪術師。でも準一級から一級の呪霊の祓除経験もある。夏油様付き添いでだけど、特級だって祓った。」

 

 何分、何時間経ったんだろうか。もしかしたら僕が思っているよりもずっと短い時間かもしれないし、それより長いかもしれない。時間が流れない世界では時間経過が分からない。わかりやすい指標たる太陽すら停止している。

 ああ、関係ないことばかり頭に浮かぶ。ゲホゲホと蹲り、咳き込みながらここ数日を振り返った。

 三日。日数にしては「たったそれだけ」だけれど、僕は確かに強くなった。でも、そんな自信も崩れるほどに圧倒的に負けた。手も足も出なかった。

 

 「呪術師始めたばっかのアンタに負けるわけないじゃん。

 呪術も、体術の扱いも。小細工抜きで、格上と戦ういい機会だったでしょ?」

 

 クスクス、女の密やかな嘲笑が耳の奥で響いく。

 勝負は、「勝負」などと呼ぶのも烏滸がましいほどあっさりついてしまった。

 まず、大前提から僕は間違えていた。僕は確かに強くなった。これは絶対に間違いではないけれど正しくもなかった。

 僕ができるようになったのは呪力の操作と式神の運用方法だけ、体術は一切訓練していない。

 ドーピングしていない、僕の身体能力の素のポテンシャルは引きこもりしていた頃のまま。見切れないし、思うように動けない体。

 それゆえの蹂躙。一方的な暴力。

 

 「はぁーい、これで50回。ウチのノルマ終了!」

 

 頭を踏まれて嘲笑われる。僕のノルマは5回。彼女の十分の一。なのに、一度も勝てなかった。僕は彼女を戦闘不能にするどころか、傷ひとつつけることもできずに完敗したのだ。

 屈辱がないなんて、そんなわけない。屈辱で打ちひしがれている。

 「呪術さえ使えれば」と戦いの合間に思うたびに僕は自分の甘さを思い知り、女に勝てない現実に失望する。

 

 「美々子、こうたーい!」

 「ん、思ったよりペース早いね。」

 「だって弱すぎんもん。今まで術式に頼りっぱなしだったのがよくわかるわ。

 こんなんで特級になるとかギャグ?」

 「威勢がいいのも最初だけだったしね。」

 

 髪を掴んで、引っ張られた。ぶちぶち何本か髪の毛が抜ける。

 無理やり見上げた頭上では、加虐的な笑みを浮かべて双子が僕を見下(みくだ)している。

 

 「女なら勝てるとか考えてるなら大間違いだっての。鍛え方が違うんだよ。

 呪術師の女舐めてんじゃねーぞ?」

 

 顔を覗き込まれた。ヤンキー座りの彼女と強制的に視線が交わる。

 それが以前、()()()()()()()()()()とダブって見えて、反射で睨んだ。内側で弾けた感情は『不愉快』、ただ一つ。

 

 「あ? なにその目、ふざけてんの?」

 

 フラッシュバック。トラウマになり果て、僕の中心にズドンと座る忌々しい記憶の数々がカチカチテレビのチャンネルを変えるように切り替わって。

 それがどうしようもなく僕の今の状況に重なるのは、彼女たちの言動のせいだろうか。

 ああ、吐き気がする。現実なのか幻覚なのかだんだんわからなくなってきた。僕の頭はイカれたのか。それとも、この女どものせい?

 これは【稽古】で、対等な条件での勝負だろう……本当に?

 

 「ふざけてるのは君じゃないか……」

 「あ"?」

 

 思わず飛び出た反逆の言葉は、かすかにふるている。

 こんなことが、前もあったような気がする。前も似たようなことをして、その結果なにがあったかも鮮明に覚えている。

 それでも、不満の言葉は脳みそをぐるぐる回っていて、 「言うんだ、言ってやるんだ」と自分に言い聞かせて。

 爆発したように飛び出る言葉は濁流のように溢れ出る。

 

 「だってそうだろう!?

 こんなのが稽古なわけない、こんなリンチみたいなことされて、強くなれるわけないじゃないか!

 夏油先生も、なにを考えて君たちなんかーーーっ!」

 

 奈々子の顔が、怒りに染まる。ぼくのことなんてどうでもいいと言いたげな無感情で流していたくせに、唐突に。

 無言で胸ぐらを掴まれ、押し倒される。後ろに大きくひかれた腕は「ぱしん」と背後の人物に掴まれて止まった。

 

 「やめなよ、奈々子。意味がないよ。」

 「……ああ、うん。そうだね。

 ありがと美々子。」

 

 どさり。離されて、浮いていた体が地面に打ち付けられた。受身に失敗して、背中を打つ。鈍痛に眉を顰めた。

 

 「謝ったりしないのかよ。」

 「なんで奈々子がアンタに謝んなきゃいけないんだよ。

 逆だろ、お前が私らに謝れ。」

 

 上から、芋虫でも見るような眼差しで美々子が僕を睨む。

 顔の横スレスレに叩き込まれた足。角度でスカートの中が見えそうだとか、そんなことを考える余裕は無かった。余裕なんて奪い尽くされていた。

 この強烈なプレッシャーに。殺意一歩手前の嫌悪や、怒りから生まれたどす黒い呪力に。

 全身に叩き込まれる二つの目には見えない力。喉の奥が締まって、カラカラと喉が渇く。

 それなのに体は、特に手足が冷たく感じる。なんだ、これ。こんなの僕は知らない。

 

 「夏油様の選択が間違ってた?

 ふざけんなよ、お前。こんなことしてんのも、お前が私らに教わるつもりがないからじゃん。

 アンタは「見下されてる」とかいうけど、そもそも私を見下してるのはお前だろ。」

 「そんなことは……」

 「あるだろ。」

 

 断言。決めつけは嫌悪すべき悪徳であるはずだ。なのに、今回に至っては何も言えない。

 だって、それは図星だ。無意識の嫌悪と侮蔑が見抜かれて、心臓が嫌な音を立てる。ギリギリと握りつぶされるみたいな、鈍い音。

 

 「ウチらだからってゆーか、女だからやなんでしょ?

 なにがあったか知らないけど、女だからって一括りにすんな。

 ウチらは呪術師だ、そこらの猿女とは違う。」

 

 ぎりぎりと、首を絞めるような。二人は直接手を下してない。呪術は未だに使用不可。

 ゆえにこの圧迫感は美々子の術式でもなんでもなく。ただの錯覚。ただの殺意。

 

 「呪術師に女も子供も関係ない。弱けりゃ死ぬ、強くても死ぬ。

 呪術師に高尚な倫理とかねーんだよ。潰されたくなきゃ強くなるしかないの。

 男尊女卑が跋扈するクソみたいな業界だ。

 御三家の連中なんて、未だに女に人権なんて認めてない。

 なにをしても許されると思ってる。」

 

 言葉が刃のように、僕の内側をグサグサ突き刺す。愛せないクズと同類だと、遠回しに言われている。

 屈辱だ、これは何よりも耐え難い屈辱だ。でも、そんな弱さを突きつけられて屈辱に感じる僕こそが忌むべき対象だ。

 

 「私たちは、夏油様の弱点なんだよ。

 私も、美々子も、それからアンタら親子もそうだ。

  私たちが弱いと夏油様に迷惑をかける。夏油様はお優しいから、私たちが人質に取られたりしたら助けてくれるの、見捨てたりしない。

 夏油様の慈愛に胡座をかいているだけじゃダメなんだよ。」

 

 夏油に対する二人の愛は清く、まっすぐで。僕の悠仁への愛とはまた別のエゴイズムに塗れている。

 どこか歪んでいて、しかし正しい。強い衝動で段々と声量が増していく。

 

 「強くなるしかないんだよ!

 私たちが夏油様の弱みだって誰もが理解してんなら、誰も手出しできないぐらい強くなんなきゃ大好きな人が困るって自覚しなきゃ始まんないの!

 たとえ昇級を妨害されようが、見くびられようが、実力で屈したら終わりなの、私たちは!!」

 「だからアンタも自覚しろ。夏油様に守られるという意味を、慈愛されているという事実を、もっとちゃんと真剣に考えて理解しろ。」

 「あのお方の優しさに漬け込むな。あの方に愛されるというのなら、誠意を見せろ!」

 

 交互に言葉を回す。双子の神秘と片づけるには生ぬるい、愛ゆえの言葉。

 

 「私たちは夏油様を愛してる。あのお方のためなら、命だって捨てられる。

 でもそれを夏油様は望まないから、私たちは死ねない。

 アンタもさ、愛のために強くなるっていうなら、愛してる者のためだけじゃなくて、愛してくれてる誰かのために強くなりなよ。」

 「アンタの中に残るくだらないプライドなんて捨てて、私たちに教えを乞え。」

 「……ごめんなさい。」

 

 謝罪の言葉はするりと飛び出る。「ごめん、僕が間違ってた」と。似たような言葉しか言えない。

 情けない、本当に、情けなくて涙が出る。

 僕は強くなったはずなのに、精神ではなにも変わってないじゃないか。

 それどころか、教師として夏油が選出した人選を疑って、内心女だと見下して、向こうにそれを見抜かれてて。

 

 「(……僕は、変わらなきゃダメだろうっ!)」

 

 いつまで過去に囚われているつもりだ、吉野順平。今の僕はあの頃の僕とは違う。愛を知らない愚かな人間不信者には、最愛(ゆうじ)の隣に立つ資格はない。彼女たちは正しい。

 彼女たちを僕が愛せるかどうかなんてまだわからない。愛せないという第一印象は変わらないし、覆すのも難しい。が、だからと言って曇りきった色眼鏡をかけて、現実を捻じ曲げていいわけがない。

 でも、それでも。僕は、僕を愛してくれる人のために強くなる責任がある。

 

 「ごめん、僕が間違ってた。」

 

 二人とも、誰かのために強くなろうとしている。愛に生きてる。僕と同じだ。なにも変わらない。

 それを、僕は「女だから」なんてゴミ屑と一括りにして……。ほんと、最低だ。

 

 「だから、今度はちゃんと、僕を鍛えてくれないかな……?」

 「はー、今更かよ。てか、敬語使えって。」

 「でもま、ちょっとマシになったんじゃない?」

 

 誠意を持って謝った僕を、双子は「やれやれ」なんてわざとらしく肩をすくめて許す。その演技くさい仕草は夏油のふとした拍子に見せる仕草にそっくりだ。

 

 「ウチらの教えは厳しいよ?」

 「吐いても泣いても止めないから。あと、教わる気がないって思ったらすぐやめるから。」

 「よろしくお願いします!」

 

 清々しい気分だ。また一つ、僕は愛を知った。愛に伴う責任を理解した。

 女に対する嫌悪は、多分ずっと僕の中に残るだろう。しかし、偏見は瞳を曇らせ愛を濁す。

 枷場美々子と、枷場奈々子。

 この二人はどこぞのビッチとは違う。呪術師の女はあいつとは違う。

 ようやく訓練らしい訓練になるって、双子は楽しそうに、そして性格悪そうな顔で笑った。

 

 

 


 

 

 体感、三日。休憩含めて、あれだけ長いこと写真の世界にいたのに日付は変わっていなかった。それどころかまだ昼間と言っていい時間帯だ。

 時計の針が指しているのは、かつて「放課後」と呼んでいた昼下がりの時間帯。

 

 「たった六時間……。」

 「なに、バグった?」

 

 髪をくるくる弄りながらスマホを操作している奈々子が尋ねる。

 地獄耳か? なんてことは言わない。言わぬが仏、雉も鳴かねば撃たれない。

 散々上下関係を叩き込まれた成果は確かに出ている。

 

 「休憩終わったらまた【写真の世界】で実践ね。」

  「私たち原宿行ってるから。三時間ぐらいで戻ってくるけど、筋トレメニュー置いてくから呪力操作の練習と並行してやっといて。」

 「6時くらいには帰る。あ、あんたのスマホに写真送るから絶対ファイル開けよ。」

 「「じゃ、行ってきまーす!」」

 

 ぱたん。一気に静かになった部屋。さっきまでいた写真の世界と似たような風景だけれど、瞬間ごとに経過する時間の風景に安心する。

 慣れた呪力操作と同時進行で筋トレをして、久々に殴られた。

 そんなことをしていたら、気づけば時計の針は6時手前まで回っている。

 ぴろん、とスマホが鳴った。メッセージアプリに通知が一つ。自撮り写真のトプ画と【ななこ】の文字。

 ……いつの間に登録していたんだろう。

 

 「写真開けとか言ってたっけ。」

 

 写真のフォルダファイルを開く。買い物袋をぶら下げた美々子と奈々子が何やらポーズを決めて写ってる。

 なんでいきなり、と呆れと苛立ちがゆらりと胸の奥で揺れる。

 

 「……って、うわ!?」

 

 ぐにゃりと一瞬歪んだ写真。スマホの液晶が黒くなり、水面に水滴を垂らしたような同心円が広がる。

 スマホが一気に重たくなり、思わず放り投げる。

 

 「はい、到着(とーちゃく)っと。」

 「ん、6時ぴった。」

 「おい……」

 

 スマホを踏み、重そうな荷物共に現れた二人。なにが起こったのか理解した。理解はしたが、納得はしない。

 ガラスの保護フィルムをしていたとはいえバキバキに割れた画面のこととか、色々と。

 

 「スマホ、弁償してくれんだよね?」

 「フィルム割れただけじゃん。」

 「ほらこれ、予備のフィルム。買ってきてあげたんだからいいでしょ?」

 「百均のじゃないか。」

 「別になんでもいいじゃん、気に入らないなら買い換えれば?」

 

 悪びれることなく、続ける二人。荷物を部屋の隅に積んで、「それじゃ」と告げる。

 

 「夜パート始めよっか。」

 「はー、たるぅ」

 「……。」

 

 気だるそうに、ごきりと首をならした奈々子が言った。美々子があくびと共に言葉を漏らす。

 やっぱり僕、こいつら()()だ。

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