「じゃ〜〜〜ん!
故人の虎杖悠仁くんと、新入生の吉野順平くんでぇ〜〜〜〜っす!」
「はーいおっぱっびーー!」
「……おっぱっぴー」
うっわ、悲惨。美々子と菜々子は双子特有のシンクロで同じことを考える。まあ他人事だけど。
しぃん、と恐ろしいほどの沈黙に支配された現場。重たい空気に押し潰されそうなのは主役に立たされた悠仁と順平の二人。芸人がスベッたとき以上に重い空気。
見てるこっちまで息苦しくなる空気だ、当事者二人には同情する。
根暗の順平なんて、耐えきれずに箱の中に引き戻ってる。虎杖はいまだ固まったまま動かないけど。
「「(あーあ、かわいそ)」」
どれもこれも、全部五条悟のせい。夏油様発案のサプライズ企画ならこうはならなかった。*1
元凶はテコ入れでもするように拍手を鳴らして沈黙を引き裂く。
「ちょっと順平、ノリ悪いよ〜。もっと勢いよく出てこないと!
悠仁見習って!」
「ほんとやめてほしい」
「あ、もしかしてもっと派手なのが良い感じだったりする?
お姫様抱っこしてあげようか?」
「だれが好き好んでそんな地獄に飛び込むかよ。
……いや、あの、こっち来ないでください、冗談じゃなく」
「遠慮すんなって」
「いや、ほんと、真面目にやめてください。来るな、やめろ!!」
「順平は人見知りだからね、私がやってあげよう」
「やめろ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、「ああもう! 出ますよ出ます!」とらしくもなく大声を出して箱を跨いだ。
ファスナータイプの学ランにカスタムされた制服。順平の希望で両開きとなったファスナー。
本人は「機能性重視」とか言ってたけど絶対オシャレ的なこだわりとかそんなんだろ。下側の部分をちょこっと開けて、ベルトとシャツがのぞいてる。
襟に二つ並んだ高専のボタン。苛立たしげに掻き上げる前髪。
その拍子に、俯いていて見えなかったそいつの顔が露わになって、息を呑んだものが多数。教員たちの顔面が蒼白に変わっていく。
そのまま虎杖の隣に立った順平の背中を、五条が思い切り叩いた。
遠慮もクソもなく「ほら、自己紹介して」とバシバシ
睨むような鋭い目つきでぐるりと見回して、苦々しく顔を顰めた。
ボソボソと小さな声で、ようやく行われた自己紹介は静まり切った空間にはよく響いた。
「……吉野順平です。今年で17歳だけど一年に編入しました。よろしくお願いしま「なぜ、生きてる」」
強烈な
ほとんど同じタイミング、否。食い気味に被せられた言葉が重く響く。
呪力のこもった言葉と勘違いするほど、おどろおどろしい低い声。楽巌寺学長が目を見開いて睨んでいた。
……なぜか、宿儺の器たる悠仁ではなく術式をもった一般人でしかない順平を。
「なぜ生きてる、吉野
最悪にして最恐の呪詛師の名に「え」とを声を上げて身を固まらせたものが若干名。
知っていてなおどうでもいいとあくびするのが二名、「だれ?」と首を捻るのが一名。
「その公平の息子くんだよ、おじいちゃん」
見覚えあるっしょ、なんて言って吉野を前に押し出した。順平は心底嫌そうに顔を歪める。不本意だと表情が語っていた。
「吉野公平って、冗談でしょ」
禪院さん……真衣さんの方が、うっすらと青ざめながら吉野を指さした。指はかすかに震えている。
「だってそれ、最悪の呪詛師の名前じゃない」
「そうだよ、その吉野公平」
夏油先生まで五条先生と一緒になって、また俯き出した吉野の顔を強引にあげる。頭部を鷲掴みにされた吉野はものすごく嫌そうに顔を歪めた。
「十年くらい前に派手に上層部ぶち殺がした最悪の呪詛師。
その吉野公平の息子で、公平と全く同じ術式受け継いじゃってるのが順平ね。
ホラ、色々危険だから(傑の独断で)存在を隠してたんだけど、前の学校で盛大にテロって呪殺未遂!
で、高専預かりになりました〜、はい拍手!」
拍手の音はたった一つ。律儀な虎杖だけが「わー!」と場を盛り上げるように声を上げて、究極に空気の読めない拍手を送っている。
「ちなみにテロの理由は【吉野先輩とほぼ同じ】って言ったら通じるかな。
あ、テロって言うけど大丈夫。被害者死んでないからセーフってことで」
「うんうん、セーフセーフ」
特級二人に挟まれて、居心地が悪そうに身を縮こませる順平。虎杖が「先生たち順平いじめないでよ」と仲裁する。
「どこがセーフだ、完全にアウトだろ」
「殺さなかったんだからいいじゃないか。非術師家庭出身によくある
それに、テロった時は呪術師じゃないんだからノーカンさ」
「愛せない輩に慈悲なんてかける必要ないですしね。誰も殺してないなら脱法です!」
「呪術規定の穴を突くようなこと言うんじゃない!」
「こいつらが一番
夜蛾学長が腹を押さえて怒鳴る。きっと胃に来てるんだろう。京都の庵さんは額に片手を当てていた。
「憂太よりやべぇやつ来たな」
「しゃけ」
「親が親なら子も子ね」
「イかれてんな、お前」
「一斉攻撃じゃん、ウケる」
パシャー、と撮影する奈々子の肩を、野薔薇が「おい」と声をかけて掴む。
「なに、痛いんですけど」
「あれ、知ってただろ」
親指が横を向く。視線を流さなくてもなにを指してるのかわかって、「ああ」と一言ぼやいた。
「悠仁のこと? まあ知ってたけど」
「教えなさいよ」
「だって夏油様が秘密にしろって言ってたから」
「ちっ」
ファザコンがよ、だからなんだよ。バチバチガン付け合う野薔薇と奈々子から一歩距離をとって、他人のふりをする美々子。一年女子の様子に苦笑いして、甘く穏やかな声が二人を呼ぶ。
「美々子、奈々子、おいで」
「「はーい」」
素直な返事と、華麗な猫被り。ぶりっ子二人に毒気を抜かれて、野薔薇は新たに湧いた疑問をぶつける。
「は? なんで
「なんでもなにも、うちら交流会参加しないし」
「一年で出るのは野薔薇と恵と悠仁だけだよ」
「吉野は?」
「さあ、補欠?」
「あいつは参加するでしょ、悠仁でるし」
わいのわいのと
「そいつは秘匿死刑が確定している。宿儺の器のように執行猶予期間などない」
「あー、そうそう、あったねー
もうとっくに
「なに……?」
「言わなきゃわかんない?
調伏成功したんだよ、あの特級呪霊。一週間でキッチリね。
これで提示された条件もクリア、自由の身ってワケ」
「馬鹿な、不可能だ」
「だっよね〜〜!
でも実際やっちゃったんだから諦めなよ、
「私からも保障しますよ。なんなら証拠を見せましょうか?」
今にも中指を立てそうな悟を制しながら、夏油様が笑う。ギリギリ歯を噛み締める音がこちらにまで聞こえてきそうな憎ましげな顔。
「糞餓鬼どもが……」
京都姉妹校交流会は始まりから波乱の予感しかなかった。