「おい、特級呪霊ってなんのことだよ。」
長い髪の女の人がじろりと僕を見ながら、五条さんにそんなことを聞いた。僕はなんか居心地が悪くてこっそり悠仁の背中に隠れる。うわ、なんか視線増えた。ギャルっぽい茶髪の人とヤンキー臭するイケメン。……どうしよう、外見が地雷なんだけど。悠仁の友達だから多分いい人なんだろうけど、現段階ではちょっと……うん。
悠仁は「どしたん?」と首を傾げつつも背中を貸してくれた。ありがとう悠仁、愛してる。
「ん? なに、気になるの?」
「そりゃなんだろ。憂太と同じか?」
「いいや、違うよ」
僕が喋らずとも進んでいく会話を聞き流す。「このまま有耶無耶にならないかな」と心の中で唱えてやり過ごそうとしていたけれど、やはり現実はそううまく行かない。
「ま、簡単に言えば悠仁と同じだ。順平は
結論として言えば、僕の敗因は五条悟という人間に全てを任そうとしたことだろう。あっさりと暴露された僕の秘密に顔が引き攣る。
二の句が紡げずパクパクと口を開閉する僕。「ちょっと先生!」と抗議する悠仁。しかし夏油先生まで「まあまあ、悟に任せておこう」なんていって五条の味方をしだす。
同じ東京の級友(予定)も僕らを流し見するだけで拝聴の姿勢を崩さない。他人に対する配慮が足りないんじゃないのか?
僕が言えたことではないけど。
「厳密にはちょい違うんだけど、其処ら辺は今関係ないしいいよね。
で、受肉した呪霊なんて上の連中はおっかなくて仕方がない。それに順平はあの公平の息子だ。
存在がバレた瞬間秘匿死刑が確定してしまった訳ですけれどもね。
そこは
めんどくさいの抜かして簡単に言えば、執行猶予の一週間で呪霊調伏したら死刑は無効。出来なかったら有無を言わさずに殺せってなったわけ。」
「無理だろ」
「そう、誰もがそう思ってた」
ピタリ。すらすら動いていた口が止まり、アイマスク越しの瞳が僕に向けられる。すこしビビる。
「でも順平の呪霊の場合、宿儺とちがって
無理矢理生得領域奪って、
公平といい順平と言い、マジで愛の呪い体現してるよなコイツら。」
「まあ、僕は運が良かっただけなので。」
「まったまた〜、魂すり潰されて復元してを繰り返して領域争いに勝ったんでしょ?
呪術学んで一週間ちょいでよくやるよ」
「一週間!?」
「そそ、キッショいよね〜!」
「こら、悟」
五条の軽口を夏油が裏拳叩き込んで黙らす。教師までガラが悪い。
「本格的に学んだのが一週間ってだけで、最初からちゃんと術式は使えてたんだよ。
そもそも順平は
一日二日ですでに式神を出せてたし、術式反転もどきのドーピングも出来てたしね。」
呪霊にいじられた、と言われたあたりで目を逸らした。「ありえねぇ」と言いたげな複数の視線で針の筵だ。僕の愚かさを改めて実感してしまい気まずくなって、身を縮こまらせる。
「それを抜いてもセンスがいいよ、順平は。
「あ、そうそう。最近食堂のパートの人増えたでしょ? あの人順平のお母さんね。」
「食堂の人って、凪さんのことですか?」
「そーそー、恵は会ったことあるんだ」
「そりゃあるでしょ」
母さんの話になって、ようやく顔を上げた。なんの料理が上手いとか、善人らしい善人だ、とか、母さんが褒められるのは気分がいい。
逸れた話を戻すように、夏油がパンパンと2回拍手を鳴らす。集まった視線に臆することなく「にこり」と笑い、「ま、そういうことだから」と穏やかな口調で切り出す。
「ま、そういうことだから、仲良くしてあげてよ。
別に順平だって悪いやつじゃない」
「悪い奴とヤベー奴は別物だろ」
「吉野先輩をヤバい奴みたいに言うなよ。
実際にヤバい人だったけどさ」
「ぶははっ! 認めてんじゃん! これどうなの順平ー?」
「まあ、客観的に見たらそうなんでしょうね……。
どうしようも無いゴミ共だとしても、父さんが人を殺したのは事実ですから」
「おう、よくわかった」
メガネの女の人がうんうんと頷く。「こういう感じにイカれてんのね」と茶髪の人が追従し、マッシュルームヘアの人が「明太子」と頷いた……いや、明太子って何?
「それで、どうする順平」
「何がですか?」
「交流会のことに決まってんでしょ。出るの、出ないの?」
「ーーーー……」
五条の言葉に疑問で返す。その疑問に奈々子が答えた。僕は熟慮する。母さん、悠仁、真人さん。あの学校での出来事や、夏油や枷場姉妹の指導。夢の中で父に教わったことと、僕の中の特級呪霊。いろんな場面と景色が浮かんでは消えた。
考えて、たどり着く。
「……僕が強い呪霊を殺したら、悠仁の役に立てるかな。」
「あ、やっぱり基準俺なのね」
呆れたような悠仁の言葉に、「そりゃそうでしょ」と僕は内心答えた。気味悪そうに僕を見る女性陣の視線が痛い。
でも、関係ないと僕はそれを無視する。そして返答待ちの五条の目を覗き込んで(アイマスクで目は見えないから、実際はそういう振りになるけど)、僕は告げる。
「出ます、交流会」
「言うと思った」
語尾に音符がつきそうなほど、弾んだ声音。男がやっても不気味だ、というのが僕の感想だ。