『開始1分前でーす。
ではここで歌姫先生にありがたーい激励のお言葉を……もらってもしょーがないので夏油先生よろしくお願いします』
『どういう意味よそれ!!』
『マイクありがとうございます五条先生。はい、それではみなさん死力を尽くして頑張ってください。
死にさえしなければ脳みそ吹き飛んでても家入先生が直してくれます。両校、瀕死になるまで競いましょう』
『ダメにきまってんでしょーーが!!
ある程度の怪我は仕方ないとしても瀕死に追い込む必要はないでしょ!
必要なのはそう、あれよ。助け合い的なアレが……『はいスタートォ!!』
『まだ喋ってんだろうが!』
『先輩を敬え!!』という絶叫と、機械の
「(……何してんだろ、あの人たち)」
「アホくさ」
僕がそう考えたのとほぼ同時に、釘崎さんが呟く。全力疾走に合わせて走ってるけど、このままのペースを続けたら息切れして倒れそうだな、となんとなく考える。
体力は節約しないと。
「ボス呪霊どの辺にいるかな?」
「放たれたのは両校の中間地点だろうけど、まあじっとはしてないわな」
「(……四足歩行じゃない)」
パンダが二足歩行で動いて喋るのを、未だ受け入れ慣れてない僕はなんとなく白黒の巨体を目で追ってしまうが、悠仁はそんなことさっぱり気にしてないようで己の右側には目も暮れずにまっすぐ前を見ている。
僕は無理だ、めちゃくちゃ気になる。C級映画に通じる
「
あとは頼んだぞ悠仁」
「オッス!」
「順平は棘とはぐれんなよ!」
「はい…」
「高菜!」
真希さん(名前で呼べと言われた)の言葉に僕は頷き、狗巻さんが「俺に任せな!」とでも言いたげに自分の胸を拳で叩いた。高菜にどんな意味があるか知らないけど。まあTPO的にも、この解釈であってるだろう。
おにぎり語で喋る不思議キャラの先輩が「こっち見ろ」とダブルピース決めて真横を走る。
「よろしくお願いしますね」
「しゃっけ!」
きらりーん、アイドルウインクで横ピース。走っているのに元気だな、と辺なところに感心する。
何かを期待する瞳がだんだんと光を失い、ため息のテンションで「……ツナマヨ」
……ごめんなさい、意味わかんないです。
いやでも僕、返事するだけでも苦しい元引きこもりのもやしなんです。だからノーリアクションなのも仕方がないわけで。
決してウザがってるわけでも疎んでるわけでもないので悲しそうな顔しないでください。後で弁解するので聞いてください。流石に罪悪感を感じる。
「バゥッ!」
先頭を走っていた黒い犬の式神が吠えた。正面に呪霊が現れる。足を止めないまま、真希さんが大刀を構えて、そして……
「先輩ストップ!」
伏黒くんの言葉とほぼ同時、パイナップルみたいな髪型の半裸ゴリラが森林破壊しながら現れ、ついでみたいに呪霊を祓う。
「ぃよぉーーーし!!
全員いるな!」
まるで獣が吠えたみたいな大声で、瞳孔かっぴらいて明らかにイカれた表情で笑って。
す、と視線が右へと逸れた。空白。そこにいた
パイナップル男が「まとめてかかってこい!!」と言う次の瞬間には、悠仁の膝が顔面に叩き込まれる。
「散れ!!」
指示に従い、走る。狗巻さんを一瞬見失ったけれど、薄いクリーム色みたいな髪は目立った。森の隙間に見える明るい色目指して全力で走る。
「東堂一人でしたね」
「やっぱ悠仁に変えて正解だったな」
「わかっちゃいたけどバケモノね」
「そ、だから無視無視」
「ツナ」
「ぜぇ……ゆうじは、ハァ、つよい、から……」
「いや、知ってるし。
あんたさ、しんどいなら無理して喋んないほうがいいわよ」
東堂とか言う人の登場シーンのインパクトは強烈だったけど、悠仁だって十分強い。保険も置いてきたしどうにかなることはないだろう。
と、いうことを言いたかったけれど、「もう喋んな」的なことを釘崎さんに言われて、背中をさすられた。
「(……優しい)」
悠仁の言う通り、高専はいい人がたくさんいるみたいだ。
しばらく全員纏まって走っていたけれど、ふと伏黒くんとパンダが立ち止まって背後を振り向く。
「「変です/変だな」」
僕は止まった表紙にずしゃりと倒れ込む。横にいた狗巻さんにびっくりした顔で「こんぶぅ!?」と叫ばれた。
あまりの体力のなさに呆れられたのか、真希さんに「もうお前式神使えよ」と言われた。早速織姫を出した。なんか、織姫にも呆れられてる気がする。
脇腹を労りながらうつ伏せに乗っかる。そんな僕をよそに、伏黒君たちの話し合いは進む。
「京都校が纏まって移動してる……悠仁と別れたあたりだな。
これ、京都校全員揃ってないか?」
「
「いや、二級なら余程狡猾でないかぎり玉犬が気付きます」
ふと、右肩に手を置いて、伏黒くんが目を瞑る。一瞬の熟慮。足元の黒い犬が肯定するように一つ吠えた。
「……
「は?」
「なんで?」と言う疑問と「ふざけるな」と言う怒り。
「敵がまとまって悠仁のところにいるなら、視界でも共有して様子を見てみようかな」なんて、そんなこと考えていた脳みそに伏黒くんの出したアンサーがガツンと響く。
冷え込んで、カチンと
「何ソレ!
意味わかんない!!」
「……ありえるな。」
怒りすぎて、一周回って冷静だ。
「確かにそこまでの敵意は感じなかったが、ありゃ悠仁生存と順平新加入サプライズの前だろ?
楽巌寺学長の指示なら全然ありえる。」
「こんぶ」
「考えすぎだって言いたいところだが
……なくはない」
でも、と。紫色のフレームに縁取られたレンズの向こう側がすっと動いて、琥珀色が僕を射抜く。
「だが、それなら奴らの本命はお前だ、順平」
時が一瞬、止まった気がする。
「……え、なんで僕?」
疑問の答えは実にシンプルで、「吉野公平の息子だから」の一言で終わる。
誰もそれに疑問の声を上げず、逆に「ああ」と納得すらしてた。
どう言うことだかわからない。封印の弊害で未だ薄ぼんやりとした父との記憶が、古いビデオテープを見てるかのように再生される。
ざざ、ざざ、と。画質の悪い映像が繰り返し繰り返し頭の中の映画館に上映されている。
必死になって思い出した父の顔は、上半分が隠れて口元だけ。母さんそっくりの豪快な笑い方が……あれ?
「吉野公平の存在はタブーなんだよ。老害とはいえ百戦錬磨の呪術師を鏖殺した上にあの悟を殺す一歩手前まで追い込んだ男だ。
しかもお前は父親に思想が似てる元呪詛師。危険分子として排除されるには十分だ」
「じゃあ直接僕を狙えばいいじゃないか!」
今、一瞬。何かを思い出したのに。
「お前と戦う前に、まず邪魔な
まあ、これも全部推測に過ぎねえ。今私たちがやるべきはさっさとこのふざけた団体戦を終わらせること___」
「(そうだ、澱月!)」
そんなはずはないと、信じたくなくて僕は片目を手で覆う。どうか、間違っていてくれと懇願する。そして、澱月が送ってきた映像を見て、僕の頭は再び冷えた。
「______。」
水鏡のような歪んだ視界。血塗れの悠仁が倒れている。
ああ、そうかそうか、確信した。
悠仁は、僕の最愛は、クソほど愛せないゴミどもに害された。
「おい、聞いてんのか順平」
どっど どどどうど どどうど どどう
暴風によく似た衝動が、僕の中でバチンと弾けた。
「殺す」
「おい!」
何か言われた、でも今は聞こえない。
今、僕はただ己の
というわけで、愛情バーサーカー2世な順平が呪術の世界で頑張る話が本格的にスタートします