「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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訳)激おこぷんぷん丸




さすがに僕も怒ります

 

 [呪術高等専門学校東京校、上空]

 

 織姫の上から森を見下ろす。京都の連中に囲まれている悠仁を見た瞬間、脳みそが沸騰した。

 

 「澱月」

 

 すでに容赦は残ってない。

 悠仁を守るためにつけていた澱月を膨張させて、その内部に悠仁を取り込む。

 こうすれば澱月の肉体でバリアとなるから、これ以上悠仁が怪我をすることはないし毒をばら撒いても無事だ。

 悠仁の安全を確保し、自分は織姫に乗り上空から大量殲滅兵器たる蜃をばらまき、いざ散布______……。

 

 「は?」

 

 澱月の中に取り込んだ悠仁が狩衣の男に変わっている。なんで?

 これでは悠仁まで巻き込んでしまうので、慌てて蜃への命令をキャンセルする。澱月の中に異物が混ざっているのは不愉快なので吐き出した。

 どこに行ったと悠仁を探す。悠仁は少し遠い木の上に立っていた。よかった、怪我してない。

 

「(でも、なんで一瞬で居場所が入れ替わったんだ?)」

 

 まあ、いいか。何だかよくわからないけど、悠仁が無事ならそれでいい。

 

 「「おい」」

 

 だが、京都校(こいつら)は別だ。

 掌印を結び、呪力を巡らす。

 

 「言ったよな、邪魔をすれば殺すと」

 「悠仁になにしてるんだよゴミが」

 

 ……なんか今、言葉が被ったな。

 視線を逸らせばなんか京都のゴリラが陰陽師っぽい人に喧嘩売ってる。仲間割れか? なんでまた急に……

 

 「(ま、いいか。)

 悠仁、大丈夫?」

 

 反転術式の付与を試みてみるがうまくいかない。くそ、傷ついてる悠仁を癒すことができないとは。肝心なところで役に立たないな。

 己の術式の改良点を探しながら悠仁の手当てをする。

 

 「いや、別に見た目が派手なだけだから大丈夫。

 それより順平は……」

 「うん、森中に蜃バラまいたから仲間が撤退したら即発動するよ。呪霊と一緒に京都の奴らみんな鏖殺できる」

 「いやそれダメじゃねぇ!?」

 「あっ、鏖殺は言葉の綾だよ。一網打尽、一網打尽…」

 

 危ない,何普通に殺そうとしたんだろう僕。しかも、悠仁に言われてようやく気づくなんて。

 無意味な殺人なんて、(そんなこと)したら悠仁と母さんに胸を張って生きられないじゃないか、と自制する。

 あの夜の悠仁を鮮明に思い出して胸の奥がぎゅうっとしまった。

 殺しはしない。魂が汚れるから、不必要な殺人はすべきではない。悠仁を傷つけられたという正当性はあれど、便宜上あいつらも同じ術師の仲間だ。

 でも、何もしないなんて選択肢はない。僕の最愛を殺そうとしたんだ、制裁を下さなければ。

 

「ちゃんと殺せよ」

 「それは虎杖次第だ」

 

 なんか話し合いが終わったらしい彼らが撤退しようと逃げの姿勢を見せる。僕は彼らへ与える制裁を考える。

 悠仁一人をこのゴリラと一緒に残すのは気が引ける。でも他ならぬ悠仁が「俺は大丈夫!」と笑うから、僕は制裁を下すために京都校生のあとを追う。体力はまあできた方だと思うけれど、彼らとの差が激しい。このままだと体力切れを先に起こして追跡できなくなる。

 ……となると、僕が取れる手段は二つ。一つは足止め。彼らに追いつくまで物理的に止める。

 二つ目は足を使うこと。織姫に跨がれば、呪力が尽きぬ限り移動は可能。

 でも、別にどちらか一つだけしか選択肢がないわけではない。

 僕は織姫を呼び出して、一直線に真上を指差し命令する。

 

 「ーーーーやれ、織姫」

 

 まずは、頭上から見下ろして索敵する敵を潰す。毒の牙を持つ巨大な深海魚が、小柄な少女に牙を剥いた。墜落したのを見届けて、織姫を僕の元へ下ろす。

 深追いはしない。どうせ、あの高さから落ちたらタダでは済まないだろう。

 

 「ありがとう織姫。もう少し頑張ってくれるかな」

 

 そう囁いて、織姫にまたがる。冷たい鱗の感触。「さあ」と声を変えて、残りの四人の後を追う。

 

 「鬼ごっこしようか」

 

 我が声ながら、馬鹿みたいに低い声だった。

 

 ■■■

 

 

 上空に吉野公平の息子(元呪詛師の疑惑あり)。付近にさらなる呪術師の存在。

 吉野順平の暗殺について話し合っている先輩たちに血の気が引いていく。

 頼みの綱は先輩たちだけど、上空で巨大な式神(リュウグウノツカイ)(多分あれ吉野順平の式神)に西宮先輩が撃墜されたのを目撃した瞬間、「あ、死んだ」と思った。

 

 「真依、メカ丸、西宮のカバー」

 「まあ、あの人いないと困るしね」

 「御意」

 「三輪は私についてこい」

 「はい」

 

 冷静に「はい」なんて言っときながら、私の内心は冷や汗でダラダラだ。表には出さないけど「ヤバイヤバイヤバイって!」と内心悲鳴をあげている。

 何を隠そう、三輪霞(わたし)は予備校上がり。つまり革命派よりの術師だ。気分的に派閥とかよくわからないから中立だと思ってるけど。でも、一般的に見れば私は革命派。

 だから、ある程度知っている。吉野公平という()()()のことは、割と結構。

 いや、少し謙遜した。ほぼ知ってると言っても過言ではない。吉野公平の偉業も悪業も、あらかた知り尽くしているとも。

 これは三輪だけに限ったことじゃなくて、塾生ならたぶん誰でも知ってるだろう。

 別に授業で聞かされるとかそういう訳じゃないんだけど、予備校で過ごしていたら知らず知らずのうちに知ってる革命派のプチ・常識みたいなもの。教師が革命派なんだから仕方ないだろう。あの人たち吉野公平大好きだもん。

 なので、実の所吉野公平のことを「ドン引きレベルでやばい呪詛師」とは思えないのだ。悪い人だとは思うけど、極悪人ではないと思う。

 保守派が多い京都校の中で革命派を名乗るほど私のハートは強くないからそんなこと言わないけれど。真依なんて御三家だから吉野公平のこと、死んだ今でも怖がってるし。

 閑話休題。

 でも、鈍感と噂な超絶一般人の私ですらちょっと「あ、染められてるかも」と思うわけですので、保守派の人たちにどう見えているのかなんてお察しというところ。

 まあ、ようは非術師出身はほぼ自動的に革命派所属的に認識されてしまうのだ。

 仕方ないけど、そもそも予備校の名前が吉野塾であることからお察しだよね。あらゆる方向に喧嘩売ってる名前だし。

 

 「(呪詛師を英雄のように崇める塾長は確実にヤバい人だけどさ。まあ、私たちにとってみれば実際救世主みたいなものなんだよね)」

 

 塾ができた背景を考えると、なんとも言えない。非術師生まれの使い潰しとか他人事ではない。

 だから吉野公平は悪人だけど極悪人ではない、なんて。

 ちょっと己に施された洗脳教育の気配を感じて、頭を抱える。

 とにかく、塾生は吉野公平を大なり小なり尊敬してる部分がある。尊敬までいかなくても、「やつはどうしようも無い極悪人だ」と言われていたら「たしかに悪いけど、一概にそうとは言えない」と口を挟みたくなる程度に気にかけている。

 吉野公平が動いたからこうやって予備校ができて、何も知らない自分たちが本格的な呪術師になる前の下準備ができることを知っているから、感謝してる。

 ある程度呪術師として働けば、この世界の残酷さが見えてくるから。

 下積みがなければ本当に使い潰されていたかもしれないと考えて、ゾッとするのは通過儀礼だろう。

 というか、革命派リーダーの夏油傑や塾長の灰原雄が「心底尊敬してる先輩」だと公言してるのだから、影響受けちゃうのも仕方なくない?

 なにかと話題には事欠かないし、私たちの人権はある程度保障されてるのは彼の唱えたという愛情理論のお陰だし。

 まあ、私としてはちょっと行きすぎてると思わなくもないけど、「生きるために必要な心構え」的な捉え方をしてるけど。

 でも、思想自体は悪く無いと思う。

 愛してるから守りたい、愛されてるから守りたい。

 愛の内側にいるものたちは一致団結するし仲間意識が生まれてチームワークに磨きがかかるし、メリットが多いのは理解してる。

 

 「(でもそれって()()()()()()()()()、なんだよね!)」

 

 が、それが裏返った時が怖い。ノーリスクハイリターンなんて上手い話はない。

 可愛さあまって憎さ百倍、愛と憎しみは紙一重、愛してなければ価値などない。

 吉野公平の愛情理論を推している人間たちは、愛の内側にいる人にはとことん優しいけど、外側にいる人間に対して一切の容赦がないのだ。

 そもそも、愛情論者(かれら)の理想を体現する人間こそが吉野公平。

 家族を殺されて呪詛師に堕ちたと聞いていたのだが、先ほど聞かされた【人造呪霊】という凄まじいパワーワードから察するにもっと酷いことされてそう。

 つまり、ここまで長々と三輪が何を言いたいかというと……

 

 「逃げるな、呪術師!」

 「(やっぱりーーー!!)」

 

 吉野公平の息子たる吉野順平の過激報復の可能性。雨のように降り注ぐ貝がまさにそれ。瀕死なんてもんじゃない、殺しにかかってる。

 

 「鼻と口ふさいで!!」

 

 吉野順平の術式がどれだけのものか知らないけど、吉野公平と同じならこの貝は【蜃】に違いない。

 毒の霧を吐いて体の内側から腐らせる毒ガス兵器。吉野公平により殺害された呪術師112人のうち、半数以上がこれにより殺された。

 

 「僕が目的なら、最初から僕を殺しにくればいい。そうしたら、僕だって誠実に対応するさ。

 でも、悠仁を巻き込んだら話は別だ」

 

 濃厚な毒の霧。咄嗟に呪力でコーティングして鼻と口を守ったけれど、いつまで持つのか。

 目の前にいるのは本当に吉野順平なのか。吉野公平なんじゃないかと、ありえない錯覚に襲われる。

 

 「悠仁は僕の最愛だ。人の最愛に手を出しておいて、ただで済むと思ってるのか?

 僕はオマエらを愛さない。愛せない人間に慈悲はない」

 「(終わった……)」

 

 もうだめだ。私たちに慈悲はない。夏油傑が最初に言っていた通り、死ななければ家入さんがなんとかしてくれるだろう。

 なら、私は瀕死でもいいから生き延びることだけを考えよう。

 諦観に身を任せる。今の私にはそれしかできない。

 

 「おい、勝手なことしてんじゃねーぞ。

 棘から離れるなって言っただろうが」

 

 真依によく似た人が、守るように私の前に立っている。その人を見て吉野順平がぴたりと止まって、苦い顔をして目を逸らす。

 

 「離れたのは、すみません」

 「おう。

 ならここは私らに任せて、お前は棘と一緒にボス呪霊殺れ」

 「……別に、殺す気はなかったんですけど」

 「そーゆーのは毒ガス兵器回収してから物を言え」

 「……」

 

 無言で蜃を引っ込める。それでようやく、私はほっと息をついた。足の力が抜けそうになって、でもそれはダメだと自分を奮い立たせて両足に力を入れる。

 手だけはずっと刀に添えられていた。

 

 「さっさと団体戦終わらせるのがいいってお前、さっき納得したよな?

 虎杖守りたいんだろ?」

 「……わかりました」

 

 名残惜しそうに私たちを睨みつけて、吉野順平が姿を消した。

 コンマ数秒後、なんか東堂先輩の雄叫びが聞こえた。なんか楽しそうですね、はあ……。

 

 ■■■

 

 「いてて……あれが吉野()()の織姫か……。毒の牙、厄介だな」

 

 噛まれた肩が熱を持ってジクジク痛む。毒のせいだろうか、手が小刻みに震えてる。これ、ちゃんと抜けるかな。解毒薬とか持ってないから、このままだと少しまずいかも。

 

 「!!」

 

 木の上で休んでいたら、突然揺れた。木の下を見る。

 ……なんか、居るんだけど。

 

 「「にーしーみーやーちゃーん。

 あーそーぼーっ」」

 「(ガラ悪っ! 可愛くない)」

 

 まじで勘弁してほしい。


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