『非術師出身の呪術師はどっちの世界でも生き辛い。
見える世界でも、見えない世界でも。
お前らも経験あるだろ?』
『 一緒に世界を変えよう、息苦しい水槽を息がしやすい水槽に変えるんだ。
これは、そう、革命だ!』
「なあ、夏油。これってなんかの悪い夢か?
こいつら呪霊じゃないよ。いや呪霊だけど、人間だ……っ!
どういうことだ。僕たちは何と戦ったんだ?
僕は今、何を殺したんだ!?」
ついさっき約束したばかりの理想の形が、アルミ缶を潰すようにメキメキと歪んだ音がした。
【____三時間前】
「一級呪霊の巣って、本当にここですか?」
やや山奥に立ってある研究所は、到底そうは見えなかった。なにせ、綺麗なのだ。新築の箱型の研究所。白い壁とガラス張りの、近代建築物はいかにも「理系」が好きそうな感じの建物だ。
最近流行りのバイオテクノロジーを研究所しているとかで、人里離れたこの山に建てられたらしいその建物をみて、私は眉を顰めた。
呪力を感じないのだ。目をこらしても残穢なんて存在しない。
それに、繰り返し言うがこの研究所は綺麗すぎる。呪霊が根城にするようなのは総じて学校や廃屋といった場所。汚かったりボロかったり、見た目からして「恐ろしい」と思う場所。
だけれど、この研究所は山奥にあると言う以外そういった「怖い」と思わせる要因が薄いし、何度も繰り返し言うが「新しい」
バイオテクノロジーに理解がないちょっと前の時代から立っているとして、怪しい研究をしている研究所と恐れられているというのもなんか違うような気がする。
「はい、たしかにここで間違ってないです。」
見慣れない補助監督が資料をめくりながら言う。新人だろうか、吉野先輩と歳が近そうだな、と思って、隣にいる先輩を流し見る。
「あと、もう一つ気になったんですけど。
呪霊討伐はいつものこととして、『研究資料の持ち出し』まで任務の内容に入るものなんですか?」
「そりゃあ、夏油。なんかすごい研究してたんだって!」
吉野先輩が「僕も気になる」とちょっとワクワクしながら言う。
「バイオテクノロジーってあれじゃん、ホムンクルスとか作るアレだろ?
素晴らしいね、僕大好きだよそう言うの。
将来ノーベル化学賞受賞とかするかもしれない。素晴らしいね。」
「あー……先輩、サイコホラーとか、SFホラーとか好きですもんね。」
「ああ、好きだよ。
だべりながら、研究所に向かって進む。補助監督が帳を下ろし、「お気をつけて」と一礼する。いつもの流れだ。
先輩が研究所の扉についてる機械を「スゲェ! 虹彩認証だ、実用化されてるの初めてみた!」と良くわからないことではしゃいでいた。
「先輩。」
「ん、んん。いや、別に遊んでるわけじゃない。ただちょっと興味を惹かれただけでさ。
でもほんといい仕事してるなぁ……やっぱりバイオテクノロジーはすごい。10年後の日本は本当にSFになってるかもしれない。」
「私はそういうの、別に興味ないので。」
「はー、五条なら僕の気持ちわかると思うんだけどなぁ。
……それじゃ、僕らは僕らの仕事に取り掛かろう。」
さっぱり興味のない私をじとり、と睨め付けて先輩は舌打ちをする。でもプライベートな先輩はそれで終わって、呪術師の顔になった先輩が指を3本たてた。
「やるべきことはシンプルに三つだね。
・中の呪霊は討伐。
・生存者確保。
・研究資料強奪。」
「私が偵察用に呪霊飛ばしているので、突撃は待ってください。
あと、生存者見つからなくても一気に毒殺するのはやめて下さい、いいのがいたら取り込みたいんで。」
「はいよ。」
先輩が武侠を託つように呪力を練り上げている。伝令に便利な偵察の呪霊が逐一送ってくる情報を精査して、ピクリと眉を動かす。
「……生存者多数?」
「ん? 研究者の人生きてるんだ。シェルターでもあったのかね。」
「いや、でも……。
(これは、少し違くないか?)」
得も言われぬ、漠然とした不安。得体の知れない「なにか」があるような気がして、唾を飲んだ。
これは本当に人なのか。私の呪霊は何を見つけた。
「(ああ、そういえばここは
もしかしたら、さっき先輩が言ってたようなホムンクルスとか、そんな感じの培養された人間の何ががあって、それを勘違いしたのかも知れない。
もしそうだとしたら面白い、私も少し勉強したほうがいいかも知れない。
「ああ、見つけた。」
報告にあった呪霊の巣らしきものを見つけて、先輩に声をかける。私の呼出した呪霊を先行させ、道を歩く。
綺麗な廊下だった。ひび割れひとつないタイルの廊下。壁に染みはひとつもなく、ガラス窓に曇りもない。
研究施設とはこんなにも白いものなのかと少し感心しながら、自分ならここで生活したくはないなと思う。白ばかりでは気が滅入る。
本来ならさらに白衣の研究者たちが歩くのかと思うとうんざりしてしまう。
【test room】という教室札の部屋の前で止まる。
「ここです」「じゃあ入るか。」と目配せして、軽いノリで扉を開ける。
ハッキングでセキュリティシステムを突破したとか、そんなのではない。私の持つ火力高めの呪霊で、壁ごと扉を破壊しただけだ。
部屋の中は大量のパソコンと、中央に巨大なスノードームのような、硝子のドーム。
「なあ、ここは本当にバイオテクノロジーの研究所で合ってるんだよな。」
「……そのはずなんですけれど。」
先輩が、ガラス張りの悪趣味なドームを見下ろして言う。私も、同じように「下」を見ながら言った。
ガラスドームの下。数十を超えて百に届きそうな数の呪霊が、お互いを殺し合っていた。
なんで、そんな場所に呪霊が犇めいているのだろう。初めて見る現象に首を傾げた。
「なんだっけ、こんな感じの中国の呪術あったよな。」
「ああ、蠱毒ですか。」
「そうそう、それ。
で、今から突撃するんだけどさ。パッとみた感じ、欲しいのある?」
「ないですね。」
「じゃ、僕らは高みの見物してますか。
ーーー氷月、織姫。」
織姫、と言って先輩が出したのは巨大な魚。おそらく深海魚。
「(これは、リュウグウノツカイか?)
……新しい式神ですか?」
「いや、夏油との任務だとあんまり使ってなかっただけで、元からいたよ。物理攻撃と人命救助特化型。」
いつもはそう言うの夏油が率先してくれてたでしょ? と、ガラスドームを景気良く破壊した先輩言われて「たしかに」と頷く。
「じゃ、やりますか。」
呪霊の群れに向かって、ちょっと気持ち悪くなるぐらい大量のクリオネが特攻していく。リュウグウノツカイもその中にいたのだろうけれど、クリオネの中に紛れてどこにいるんだかわからなった。アレだけ大きいのに。
「蜃は使わないんですね。」
「そりゃそうさ、まだ生存者がいるんでしょ?
毒の海にするわけにはいかない。
臨機応変に対応できてこそ一流ってことさ。
……ん、氷月が食われたな。」
「それじゃあ、やりますか。」先輩は言った。部屋を物色して見つけたスピーカーとアナウンスマイクを起動させて、楽しそうに語り出す。
「『毒を以て毒を攻む』って諺知ってる?
悪人を除くのに悪人を使う、悪自体の矛盾を利用して悪に反対するっていうたとえなんだけどさ……。
ところで、
「(術式開示か。)」
先輩が無闇に良くやるからすっかり見慣れてしまった。だけど今日は何か様子がおかしい。何か変だ。
私は口を出さずに拝聴する。先輩の連勝記録を覆すために、手の内は知っておいた方が便利だ。
「正解は、呪霊も僕の毒になる、だ。
ーーーー拡張術式・以毒攻毒。
さあ、伝染病のようにどんどん広がってくれ。」
毒殺された呪霊がパタパタ倒れていく。先輩の支配下に下っていた/下っていない関係なく、全て。
「……えげつない。」
「褒め言葉だよ。」
先輩一人で全て片付いてしまった。私は引き続き生存者の捜索を続けて、先輩は研究資料の強奪に移ろうとして、ふと気づく。
呪霊の骸が消えない。
「どう言うことだ……?」
「下に降りてみますか。先輩もどうぞ。」
「ああ、ありがと。」
飛行系の呪霊を呼び出して、ドームの下に降り立つ。死屍累々。確かに絶命しているはずなのだが、依然そこにある。
「そういえば、この呪霊は服を着ているな。」
「そういえば、そうですね。」
ーーー揃えたように、皆同じ「服」を。制服とは見えない。貫頭衣のような服だ、制服には適していないだろう。
脱がせやすいそれはむしろ、「管理する」のに楽そうだ……。
ガラスに反射して、人影が映る。私と、先輩、そしてーーー呪霊の骸。
「(まさか……っ!)」
いや、まさか、そんなはずない。なのに嫌な予感がついて回って、私を焦燥させる。
呪霊の骸をよく観察した。何か違和感はないか、いや、違和感だらけなのだけれど。それでも、明確に「おかしい」と思うものを。
「なあ、夏油。これ、どう思う?」
先輩が、呪霊のいくつかの手首を持ち上げて言う。呪霊の手首には、揃って似たような「バーコード」の刺青。
そして、先輩自慢のデコモの最新機種の折りたたみ携帯の画面に映る、【呪霊の写真】
明らかな異常が、そこには存在していた。
こっから不穏回、始まります。