「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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バトルパート開始です
頑張ります


愛を証明するために

 余裕ぶって棒立ちをする真人と対象に僕は掌印を組んで臨戦体勢に入る。

 相対した視線。先に動いたのは僕だった。

 

 「澱月!」

 

 巨大なクラゲの式神。無数の触手が真人に向かって槍のように突き刺さる。歪んだ口元。地面が抉れて、砂埃が立つ。轟音。

 

 「……これでやられてくれるほど、甘くなんてないですよね」

 「そりゃね」

 

 もくもくとたつ砂色のベールの向こう側。一歩も動かずに悠然と立つ人影に唾を飲み込む。

 間髪を入れずに第二波。先程の澱月の攻撃と同時に撒いた小型の蜃(*さっき回収したやつ)が毒霧を吐き出す。草木は枯れ落ち、たまたま上空を飛んでいたカラスが腐り落ちる。

 僕は両足に力を入れて、少し腰を落として、そして汚染地帯に飛び込む。僕に僕の毒は効かない。

 拡張術式(ドーピング)で身体強化。一気に脈拍を上げた心臓、狭まる視野。

 体が軽い。クラクラするほどの万能感。脳が興奮してる。

 爽快、多幸、酩酊、そして万能感。

 今の僕ならなんでもできる。戦闘に対する恐怖はない。

 拳に呪力を纏わせて、思い切り殴る。

 

 「たった二週間ちょっとでずいぶん上達したね、順平」

 

 ________渾身の一撃は、いとも簡単に受け止められる。片手で受け止められた拳を握り返し、真人が片手で僕を持ち上げる。そして、投げた。

 木に激突して、そして折れた。樹の幹も、僕の肋骨も。

 息が詰まって、「かはっ」と喘ぐ。立ち上がろうと四つん這いになったその背を踏みつけられる。背骨が軋む。

 ぐしゃりと地に崩れ落ちる。腹を蹴られてまた吹き飛ばされた。まるでサッカーボールだ。

 状況把握のためにあげた両目に映り込むのはドアップのつぎはぎ顔。

 

 「はい、残念」

 

 俺の勝ち、と。手のひらが僕の頭蓋を覆う。ぐわんと激しい衝撃。内側から心臓を握りつぶされたような埒外な苦痛。

 

 「(くそ、術式を使われた……っ!)」

 

 何をどう変わったのかわからない。ただ、僕が数分前の僕とは別の何かになってしまったと理解する。

 だって、だって、こんな。魂が物理的に分たれたとしか思えない。思考が両立しない。もう一つあった僕が別の何かに飲み込まれる。

 ずいぶんと昔にふたつに分かれて、ようやく融合し始めていたであろう片割れがもう永遠に届かなくなった。

 そんな感想を抱く。残るのは漠然とした不安感。

 

 「なあ順平、もっと正直に生きなよ」

 

 意気がって始めた戦いは見るも無惨な敗北だ。

 ボロ雑巾みたいになっている僕と、つけたそばから傷を治され無傷な特級呪霊。悔しいほど突きつけられる力量差。

 

 「君は選ばれた側の存在だ。

 俺は君が作られた目的を知ってるよ、今こうして生かされてる理由もね。

 でもその過程を楽しんで生きてもいいと思うんだ」

 

 しゃがみこんで、僕の顔を覗く。楽しそうに笑ってやがる。構図にフラッシュバックするトラウマ。口の中は血の味だった。

 

 「……全部、最初から知っていたんですか。

 だから、僕に近づいたんですか?」

 「記憶の改竄はやめろよ、最初に近づいてきたのは順平だろ?」

 「……そうですね」

 

 正論だ。でもそれが耳に痛くて、塞ぎたくて仕方ない。

 

 「なあ、こっちに来いよ。虎杖悠仁は本当の順平を理解してくれないよ」

 「黙れ、お前が僕の何を知っている」

 「順平が人造呪霊になった理由とその後の目的、かな」

 

 だからこうして誘ってるんだ、なんて。手を差し伸べる呪霊は傲慢だ。「排泄物」といって人の心を理解しないこいつに僕の何がわかるんだ。

 理由がなんだ、目的がなんだよ。お前に僕は理解できない。

 そう、言いたいのに。言葉にならなくて口をモゴモゴさせるだけで終わってしまう僕が情けなくて、強く拳を握りしめる。

 

 「これは俺の仲間にも言った事だけどさ。人間が食って寝て犯すように、呪霊は欺き、誑かし、殺すことでいつの間にか満たされる。これが呪いの本能なんだ。

 魂は本能と理性のブレンド、その割合は他人にとやかく言われるもんでもないけどさ……順平の魂は窮屈すぎて見てられない。

 人間の理屈で本能を抑えるなんてナンセンスだ。

 理性を獲得したところで俺たちは呪霊、本能的に生きろって」

 

 ケラケラ、ゲラゲラ。不愉快な笑い声が鼓膜に反響してる。頭を上げろと髪を掴まれ、覗き込まれた瞳の奥は洞穴。

 

 「順平はさ、本当は全部ぶっ壊したいんだろ」

 

 どきりとしたのは一瞬。図星をつかれて取り乱す段階はとうの昔に超えている。

 

 「……たしかに、何もかも壊してしまいたいと思う気持ちがないとは言えません」

 

 無理矢理、立ち上がる。なけなしの呪力を回して反転術式を使う。ある程度回復したらそれもやめた。

 

 「でも、だからと言ってあなたにとやかく言われる筋合いもないんですよ」

 

 もう一回、立ち上がれ。そうしないと僕は()()()()()

 

 「……順平、なんか変わった?」

 「変わりたいと思ってます。けれどそんなすぐに変われるほど、僕は優れた人間じゃない」

 

 そう、真人さんと共にいる時から僕は何も変わってない。

 今も、僕が嫌いな人間が死ぬボタンは押せない。でも僕のことが嫌いな人間が死ぬボタンは押せる。

 その行為に罪悪感も嫌悪感も存在しない。今も昔も同じだ、人は簡単に変われない。

 

 「それでも、()()()()()から!」

 

 今の僕は、愛してる人が寿命以外で死ななくなるボタンがあるなら血反吐を吐いたって押す。それを押したせいで僕のことが嫌いな連中も生き続けてしまうとしても、絶対に押す。

 そう決めたから、そうする為に生きる。

 

 「もう、弱いのは嫌なんだ。目を逸らすのは嫌なんだ。

 変わりたいんだ、変わりたいと思ってるんだ」

 

 だったら、行動するしかない。愛を口先だけの軽い言葉にしない為に、行動を伴ったものにする為に。

 だって愛情論者(ぼくら)は愛を証明する義務がある。

 嗚呼、あまりの変わりように我がことながら笑ってしまう。でも、友情(あい)を抱いてしまったから仕方ない。

 僕の変わるきっかけなんて、悠仁にしてみたら些細なことなんだろう。でも僕にとっては世界がひっくり返るほど衝撃的だった。

 だって友情なんて嘘っぱちだと思ってたんだ。少しのことで簡単に崩れ落ちることを知ってたから。

 そんな僕にとって、君がどれだけ衝撃的だったか。

 呪霊に堕ちる僕を必死に引き留めた悠仁。僕を守ろうとした悠仁。僕のために涙を流した悠仁。

 封印の楔に使われても鮮明に残り続ける光景(きおく)

 君のおかげで、僕は決めた。

 母さん以外の誰にも愛されてないと思ってた。でもあの時、たしかに僕は悠仁の『愛』に引き止められた。

 悠仁の友愛が僕を人間に留めた。なら、僕はその愛に報いるために精一杯を尽くす。

 

 「真人さん、僕はかつてあなたにこう言いました。

 『好きの反対が無関心だと最初に言った人はちゃんと地獄に行ったでしょうか』、と。

 やっぱり日本人の意訳は間違ってると思うけど、でも。今は元ネタの方に共感してます」

 「ああ、そう言えばそんなことも言っていたね。

 好きの反対じゃなくて、愛の反対が無関心ってやつ?」

 「……覚えてたんですね」

 

  渦巻く呪力。僕の中に生まれたもう一つの(ナニカ)

 全部利用して、全力を尽くす。

 

 「好きの反対は嫌いです。コレは絶対に変わらない。悪意を持って人と関わることが関わらないより正しいなんてあり得ない。

 でも愛の反対は無関心で正しい。

 まあ、厳密には愛の反対が無関心なんじゃなくて、無関心の反対が愛なんですけれど」

 「何が違うの?」

 「ニュアンスの問題です。

 だってそうでしょう。自分に無関心な人間が何人死のうが、誰も何も思わない。せいぜい上から目線で「可哀想」だとか同情(マウント)をとるだけですよ。

 でも、関心がある人が死ねば何かしら思うところがある。

 嫌いな人が死ねば胸がすく。

 好きな人か死ねば胸が痛い。

 愛とは、この心の変動の最上級だ。愛のためならば、人は他人(だれか)のために死ねる生き物だから」

 

 僕が魂を意識すればするほど、分かれていく。作り変わる。力の塊だったかつての呪胎(ぼく)が孵化する。より呪霊らしく、意思を持つ。

 成り代わられるのだけは阻止しなければ。僕と呪霊(ぼく)を引き離す為、より精緻な呪力操作を意識する。

 

 「関心を寄せる必要のない有象無象はどうでも良い。愛せないゴミは消せばいい。

 真人さん、僕はあなたを愛せない。あなたが生きてる限り、僕はさっぱり安心できない。

 だからここで排除します」

  「ははっ!」

 

 真人が笑った。思わずでた、吹き出し笑い。目がつぃっと細まって繊月みたいだ。厭らしく、悍ましい。人間臭い笑い方。

 

 「やっぱり順平は呪霊だよ。

 愛だなんて綺麗に飾ってるけど、順平の本質(それ)はただの執着だ。呪霊(おれら)と何も変わらない」

 「違いますよ」

 「違わないさ」

 

 だって、と。

 

 「順平の理論だと、俺だって人を愛してることになるよ」

 

 吐き出す言葉は嘘くさい。本人も不本意っぽくて、「オエ」とわざとらしく嘔吐く。

 

 「俺は人間を知りたくて仕方がないんだ。興味深いから人間で遊ぶし、理解したいから人間で実験する。この世の全ての人間に対して関心を持ってるからそうするんだ。

 そんな俺は、全人類を愛してるってことになるのかな?」

 「___そう思うなら、真人さんのそれは愛なのでしょう」

 

 真人の言い分は正しい。僕の提唱する理論に則れば、それは「愛」といえる。

 ________でも、そうだとしても。

 

 「僕はあなたの愛し方が嫌いだ。

 正しいと思えないし、僕の美意識に反するので。

 どの道、僕の心は決まってる」

 「愛とかどうとか、取ってつけた理由で衝動を誤魔化すなよ!」

 「取ってつけただなんて言い方はやめてください。心の底から、本心です」

 

 ぶちり。太い縄を力任せに引き裂く音が耳の奥で聞こえた。一際激しい痛覚刺激を最後に、ずっと続いていた激痛が嘘のように消える。完全に分たれた魂。喪失感は嘘みたいになかった。代わりにあるのは理由の分からない穏やかな安堵。

 

 「愛の呪いは同じ愛の呪いで倒します。

 僕の限られた人間への愛のほうが、真人さんの全人類への(きょうみ)より固くて強いし大きい。

 ________僕は、僕の愛の為なら死ねる!!」

 

 宣誓。僕は僕に誓おう。僕は全力で愛を体現すると誓おう。

 

 「愛は無敵の呪いです。だから、僕の愛の為に死ね!」

 「ぷ、あははっ!

 ______あー、キッショ」

 

 真人が冷めた目で僕を見下ろしていた。僕は激情(あい)で視界を赤くしながら睨んだ。

 一回戦目、僕は言い訳のしようがないほど真面目に負けた。

 なら、挽回するまでだ。

 

 「何度だって言うよ、順平。

 お前は呪いだ、どうしようもないほどにね」

 「僕は人だ、お前らとは違う」

 

 負けられない。なら負けなければいい。勝て、吉野順平。愛の為に勝て、(ころ)せ。

 

 「順平程度じゃ俺に勝てないよ。魂の格が違うんだ。

 本当なら次会った時は順平を本当の呪霊にしてやろうと思ってたんだけど……俺もいろいろ忙しいからさ。

 邪魔しないなら、見逃してやるよ」

 「お前の言うことなんて誰が聞くかよ」

 

 虚勢だ。何度目になるかわからない強がり。だけど、それがどうした。

 恐怖は飲み込む、殺意は吐き出す。勝てるだ負けるだはどうでもいい。愛は道理をねじ伏せる。

 

 「お前は、ここで僕に祓われるんだ」

 「……はあ、まだわかんないのかなぁ。だから順平は馬鹿なんだよ」

 

 順平如きが俺に勝てるわけないだろ。

 直接的な言葉は初めてだ。確かにそうだろう。突貫呪術師の僕が歴戦の特級呪霊に敵うだなんて誰も思わない。

 

 「(_____それでも。僕は、真人(アンタ)を祓わないといけないんだよ)」

 

 理由なんて無限にある。生かす理由はどこにもない。

 

 「ここで祓わないと、いつかまたお前は悠仁と母さんに危害を加える。僕を絶望させるためだけにそうする。

 少しの間とはいえ近くで見てたんだ___あんたの悪趣味は十分理解してる」

 「なぁんだ、バレてたんだ」

 

 隠すつもりもないくせに白々しい。また一つ、愛せない理由が増えた。

 

  「僕は、母さんを愛してる。悠仁を愛してる。

 愛してるから守り抜くし愛してるから頑張れる。

 愛してるからなんでもできるし愛してるから僕はブレない。

 愛されてる限り、僕はその愛に報いる義務がある。愛があるから僕は無敵だ。

 愛という崇高な感情を理解できない呪霊(けもの)になんて、僕はならない。

 僕が前に進むために、過去を清算する」

 

 お前と関わったのが間違いだとは言わない。この呪霊(まひと)に関わらなければ、僕は一生愛を知らないままだった。

 同時に、自分の運命も宿業も知らずに済んだだろうけれど。そんなのはマイナスに成りさえしない。

 

 「僕の最愛を傷つけるお前を僕は愛さない。愛なきゴミに価値などない」

 

 ____領域、展開。

 

  「だからいい加減死ねよ、呪霊(まひと)

 

 【飲鴆攻毒宮】

 

 そして世界は【毒】に変わった。


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