「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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 _人人 人人 人人_
>  伏線回収回  <
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※順平の成長の速さとひっぱりに引っ張り続けた某人物が再登場します


「愛のためだ、お前は死ね」

 「僕の最愛を傷つけるお前を僕は愛さない。愛なきゴミに価値などない」

 

 ____領域、展開。

 

  「だからいい加減死ねよ、呪霊(まひと)

 

 世界が切り替わる。帳のように呪力が広がり、その内側に生得領域が広がる。

 毒の沼と咲き誇る蓮の花。沼の中に一本、聳え立つ紙垂の巻かれた大木。

 順平が呪霊から奪った領域。術式が付与されぬ未完成な生得領域。未だ完成にはいかない不完全な奥義。

 その空間にいるだけで毒に侵される毒の宮殿の上で順平は全てを見下ろした。

 出せる限りの式神を呼ぶ。いつもなら環境や僕以外の人に配慮して出さない特大サイズの蜃を複数体。

 僕の傍には僕を守るように、そしてカウンター攻撃を与えられるように侍る澱月。

 必中となった毒攻撃は真人を内側から攻撃する。

 腐敗しろ、壊死しろ。壊れて崩れて死んじまえ。

 人間ならばとうの昔に致死量を超えている毒に侵されながら___真人は「ひゅう」と口笛を鳴らす。

 

 「へー、やるじゃん」

 

 多少なりとも攻撃を受けている。自分も、何もしないでこの場にいたら消滅するだろうとは思う。そう、()()()()

 

 「でも残念」

 

 【領域展開、自閉円頓裏】

 

 「これ以上、君に構う時間はないんだ」

 

 形勢逆転。せっかく展開した領域が押し返され、一気に崩壊する。それこそが不完全たる証明であり、同時にそれは敗北を意味する。

 崩れかける自分の生得領域を必死に維持するために呪力を回して奥歯を噛み締めた。じっとりと背中が濡れていた。冷たい汗が米神を伝う。

 

 「まだ、まだだ……っ!

 僕は、まだ……!!」

 「いい加減うざい」

 

 接近されて、腹を殴られる。倒れたのと同時に顔を踏みつけられた。鼻血が吹き出る。

 

 「いい加減理解しろよ、何もかも無駄なんだよ。人間のままじゃ俺には勝てない。

 呪霊になれよ、順平。あの時みたいに本当の自分を曝け出せよ、ホラ」

 

 ダメ押しのように鷲掴まれた頭部。指先から伝わる圧力。多分頭蓋骨にヒビが入ってるかもしれない。いつのまにかできていた頭の傷から大袈裟に血が流れる。

 反転術式でなんとかしようとした。いまだ僕の魂に触れる真人が何かを確信して「ああやっぱり」

 引き伸ばされた唇。顔を覗き込む。蔑みを煮詰めた侮蔑の塊に、血まみれの僕が映ってる。

 

 「順平さ、それ反転術式とかいってるけど違うよ。順平が反転術式って言ってる回復(それ)はただ、呪力で肉体の補填をしてるだけ。やってることが呪霊なんだよ。

 反転術式なら術式反転が使えるはずなのに、使えないのがいい証拠。そもそも呪力の核心もつけてないくせにできるわけないだろ。

 そんなこともわからないなんてさ、順平は本当にバカだね」

 

 突然、夜が来た。新月の夜だ、真っ暗な夜だ。黒いヴェールが僕を起点に周囲を覆ってた。相手の顔すら見えないぐらいの真っ暗闇の中で、声だけやたらと響いてる。「だから死ぬんだよ」と、ありもしない声が聞こえる。

 自分の心臓の音が耳の奥から聞こえる。心臓は早鐘を打っているのに、手足の先は冷え込んで冷たい。

 

 「……僕が、呪霊」

 

 すとん。自分でも心のどこかで疑問に思っていたものが、たった一言で埋まってしまった。理にかなってしまった。解決してしまった。

 ああ、そうなのか。拍子抜けするほど納得してしまった。でもそれを受け入れるわけにはいかない。その答えは受容できない。

 

 「ちがう。そんなのは間違ってる」

 

 だって、だって、だって。吉野順平(ぼく)は人間でなくてはならないのだ。

 たとえ僕の半分が既に呪霊だとしても、もう半分に偏っていなければいけないのだ。そうでなければおかしいだろう。僕の、僕のこの、想いも、気持ちも、そういう人間らしい衝動が全部嘘になってしまう。

 

 「違わないさ。術式の習得が早いのも歪ながら領域展開が出来たのも、順平がもうほとんど呪霊だから」

 「僕は人間だ! 呪霊じゃない!」

 「いい加減認めろよ。お前は呪霊、人間じゃない。

 大体さっきから愛だのなんだの言ってるけどさ、理由が嘘っぽいんだよ。順平は自分の衝動(ほんのう)に理由をつけたいだけだろ?

 感情なんてただのまやかしだって教えたじゃないか、排泄物を特別視するなよ。

 順平はそれがわかってるのに、わざと振り回されてる」

 「違う、違う、ぢがゔ!!」

 

 ああ、嘘だ。嘘に違いない。そうであって欲しい。どんどん暗くなっていく。どんどん黒くなっていく。

 もう、一寸先すら見えない闇。

 

 「違わない。順平がどんだけ否定しようが、俺はもう知ってるんだよ。

 何を言ったってそれは変わらないし、俺を納得させることなんてできない。

 現に、ほら。無敵だなんだって言いながら俺に負けてんじゃん」

 

 ごしゃりと後頭部を掴まれ地面に叩きつけられる。僕は抵抗すらできなかった。

 完全に沈黙したのを確認して、パッと手を離す。ピクリとも動かなかった。

 ぐるぐる肩を回して、腕を上げる。グゥー、と伸びをして、ため息を一つ。

 

 「あー、意外と時間がかかったな。

 まあ()()()()()()()し、あとは帰るだけなんだけどさ」

 

 誰に聞かせるわけでもない話。順平如き(ザコ)に手こずらされたという事実がなんとも気に食わなくて、舌打ちをする。

 ああ、不愉快だ。あれだけやったのに何も面白くない。あの不良品、何をやっても魂が変わらない。あれだけつまらない玩具はそうそうない。

 

 「ちぇ、遊ばなきゃよかった。

 さっさと殺しとくん「ごちゃごちゃ五月蝿(うるせ)え」

 

 さくり。軽い音が真人の腹を貫く。言葉を遮られ、それどころか反撃まで喰らうとは。

 意味がわからなくて「は?」と惚ける。状況把握のできてない真人を一瞥して、()()は剣を握る手を真横に薙いだ。

 半分残して切断された肉体。ついでに切り落とされた右腕。

 焼けるような熱さ。これは脳の錯覚ではない。というか、呪霊は人間のように思い込みで体が反応する事などない。ならこの熱さ(いたみ)はなんだ? 

 

 「(……まさか、毒!?)」

 

 これは魂から腐り落ちる、神すら屠る猛毒だ。慌てて毒に侵された部分を切り落とす。

 大幅な損傷、補填が追いつかない。しばらくまたこどもサイズでの生活か、なんて余裕ぶって考えることすらできない。理解不能(エマージェンシー)理解不能(エマージェンシー)。魂が警報を叫んでる。

 

 「(何が起きた?)」

 

 さっぱりわからない。魂を知覚しなければ攻撃が当たらない自分を順平が攻撃できる、ここまでなら理解できる。

 順平の証言が正しければ、彼は己の中にいたもう一つの魂と戦い調伏したという。だからさっきも攻撃を受けた。

 でも順平はまだ未熟。術式の理解も毒の理解も、なんなら呪力の核心すら掴めてない初心者だ。

 生得領域だって、呪霊の順平(もうひとり)から奪い取ったものだから使いこなせてない。

 そんな奴が、生まれてからずっと呪霊として存在し続けた上に呪力の核心まで掴んだ自分を下せるわけがない。

 ______そのはずだ。そのはずだった。

 それがなんだ、このザマは。毒に侵されて息も絶え絶えな現状は。

 先程の攻撃とは比べようにならない熱さ(いたみ)。この毒は己の術式も毒のことも呪力の核心も、おまけに魂まで理解してる別人(だれか)のものだ。

 目を凝らせば、ありえないことに《三つ目》が見える。

 否、三つ目というのは正しくないかもしれない。

 新しく見えたその魂は……魂とも呼べないよくわからない思念のような何かは、今まさに呪霊の方の順平の魂を飲み込んで成り代わろうとしている。

 順平の魂に傷一つつけずに呪霊の魂(もう一つ)を侵略する。

 

 「愛は無敵の呪いだ。愛っていうのは道理をねじ曲げてでも通すべき人間の原点だ。

 愛があれば術式だろうが毒だろうが呪力だろうが核心程度簡単につけるし最短で究極に至れるもんだ。

 だから無敵なんだよ」

 

 再び展開された生得領域。思わず顔が引き攣る。術式の付与のされていないのも、未完成なのも変わらない。でも、目の前の【順平】が領域の主というだけで難易度が変わる。

 くるくると金色の刀を振り回して、「久々だから鈍ったかな」なんて呑気なことを言う順平は明らかに自分の知ってる順平ではない。

 それに、真人はその黄金の刀身に見覚えはある。己の協力者が使う式神の形態の一つであり、毒の術式が込められた悪意の結晶とも言える呪具。

 

 「お前、何?」

 「よく知ってるだろ、僕は()()だ」

 

 吉野。そう、ただ一言だけ。

 五条悟が放った茈の閃光を背負って、順平の皮を被った誰かは真人の真正面に接近して答える。

 簡単に間合いを取られて、首を刎ねられる。「あ」と慌てて首を掴んで、くっつける。

 切られた首が熱い。断面が爛れて溶けて腐敗してる。接合部分がぐらぐら揺れて安定しない。内側から腐っていくという異次元の苦痛に俺の魂が悲鳴をあげている。

 

 「は、マジかよ」

 

 意味がわからない。こいつは俺の知ってる【吉野】ではないけれど、実力は俺の知ってる【吉野】そのものだ。

 マジで意味不明。しかも五条悟まで出張ってきてるし。帳で侵入妨害してるのになんで入ってるんだよ。これで夏油傑まで出てきたら最悪だ。今の自分だと、呪霊操術で無条件調伏コースだろう。流石にきつい。

 

 「(にげよ)」

 「あ、待てコラ!」

 

  領域を術式展延で中和し、脱出。

 やはり、【吉野】は生得領域の外には出られないみたいようで追ってこない。

 待ちやがれ! と怒号を浴びながら、真人はチーターになって呪術高専を駆け抜ける。

 

 「はは、前言撤回」

 

 突然の豹変。呪力の質まで変わった。残穢もよく似てるが違ってた。()()()()()()()()()()()

 一つの体に二つの魂。元々そうだったけれど、前は一つの魂が分断されてそう見えていただけ。

 ________でも、今のは違う。あれは順平とは完全に別物だった。

 たまたま見かけたから遊んでみただけだったのだが、想像以上の成果だ。

 

 「やっぱ順平は面白い」

 

 乙骨憂太よりもタチが悪い元秘匿死刑対象。もっとあの魂で遊んでみたい。

 瞳の裏に映るのは今回の件の首謀者にして俺らの共犯者。

 

 「絶対に成功させなきゃね」

 

 あいつの本当の目的とやらはどうでもいい。でもその過程に全力で協力してやろう。

 考えるだけでワクワクする、今度はどうやって遊んでやろうか。

 

  「渋谷で会おう、()()()()

 

 それまでどうか、壊れてくれるな。

 

 

 

 


 

 

 

 

 「あーあ、仕留め損なった」

 

 愛しい少年の体を労りながら、深々とため息を吐く。愛に任せてちょっと無茶をしたせいだろう、先程から目眩がひどい。「これはもう数秒とせずにぶっ倒れるな」と自己分析した()は芝生の上に寝転がる。

 もちろん、ただ寝っ転がったわけではない.寝違えたり、首を痛めたりしないように最新の注意を払って服を丸めて枕にしてみたり、芝生が比較的ふかふかな場所を厳選してみたりした。

 少し遠くにある、向かいの木の幹に足先がぶつかる。膝を曲げて、少し体を丸める。

 

 「ああ、本当にでかなったなぁ」

 

 自分の両肩をさする。柔かな表情で手のひらを眺めて、両手をそっと握り込む。

 

 「これからは、僕が守るよ」

 

 慈愛の表情。その中にはたしかに父性を感じた。

 「おやすみ、順平」と、はちみつのような言葉を肉体に投げかける瞬間を、たった一羽のカラスが見てた。

 

 ()()()は、みていた。

 

 

 

 

 

 





*順平は呪霊だから反転術式使えない〜のところ書き換えました!

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