「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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二級呪術師(高専所属)二名派遣。うち一名は下半身を大きく損傷。現在昏睡状態で医務室で療養。

備考:両名共に革命派所属。吉野公平のフリークと思われる。

追記:等級審査の意図的な改竄の可能性あり。実行者へ厳格な処置を求める。
報告者:五条悟

【*注:灰原の術式捏造してます。それでもいいよという方だけご閲覧ください】


1.5部:盈盈一水-エイエイイッスイ-
8月某日、■■県□□山での産土神祓除の記録。


 茹だるような暑い、暑い夏の昼だ。蝉が馬鹿みたいに鳴き叫び、陽炎が立ち上る。我が高専が山の上にあるせいで太陽が高い気分になって、余計に暑い。

 かといって、山を降りれば光化ガススモッグ警報が鳴り響いているだろう。夏休みの小学生に向けられた町内放送を思い出し、憂鬱な気分になる。

 おまけに自分の格好は制服。黒色は太陽の光を吸収する。おまけに防御力重視で通気性最悪な服装は中身が蒸れて仕方がない。日陰に入りたいがこの学校には碌な日陰がない。

 かといって、鳥居の下に停めてある車に入るのはごめんだ。誰もわざわざ地獄のサウナに入りたくなどない。

 そして、こんなにもクソ暑い中外で突っ立ち続ける原因がヘラヘラ笑って手を振ってるもんだから、舌打ちがこぼれてしまうのも無理はなかろう。

 「お待たせ〜」とこちらのことなど知ったことかとばかりに脳天気な男に「遅刻だぞ」と苦言を呈す。ようやく乗り込んだ車の中はぬるい冷房が効いていて快適とは到底言えない。

 ああ、暑い。死ぬほど暑い。日本終わるんじゃないかってぐらい暑い。暑いというだけで人間は百も千も不満を言えるのだから、夏は呪霊が大量発生するのかもしれない……なんて。

 とりとめのないことを考えをたどりながら、今日の任務の資料を眺める。

 「ごめんって」などとちゃっかり持ってきた扇子を私に向けてパタパタ扇ぐのがなんとなく腹が立ったので、扇子をぶんどって自分で扇ぐ。

 「ああ!」と抗議を上げる灰原など無視だ。しばらくすれば「やれやれ」などと年上ぶって諦めることを、私はよく知っていた。

 扇子を仰ぎながらぺらり、ぺらりと資料をめくる。討伐対象の簡単な情報と被害者の推定人数。それらを精査して、ちいさく頷く。ふむ、これはたしかに二級案件だ。少し高く見積もっても準一級に手が届くか、といったところだろう。

 ふと。横隣から物音がして、視線をずらす。視界いっぱいに今日行く地方の名前がデカデカと乗ったカラフルな雑誌が目に入る。

 

 「ん? どうしたの七海」

 「灰原、お前な……」

 

 「車の中で文字読むと酔う!」なんて言った口で観光ガイドを眺める矛盾に呆れてものも言えない。苦言を呈すのも疲れる。何を勘違いしたのか、灰原が「七海もなんか気になるとこある?」なんて雑誌を広げて見せてくる。

 

 「夏油さんにお土産は甘いの買ってきてって頼まれてさ。あ、七海はしょっぱい方が良かった?」

 「そんなのなんでもいいですよ……。それより灰原、任務の確認は?」

 「任せた、七海!」

 「はあ……」

 

 調子のいい友人が親指を立ててウインクを一つ。まったく、この男は……。

 いざ任務になれば頼りになるが、少しばかり雑な部分が目に余る。まあ、そんな態度をするのが自分の前だけだとわかっているから、なんとなく文句を言えないだけで。

 

 「あ、結構大きめな神社あるんだ。帰りにお詣りする?」

 「行きたければ一人でどうぞ」

 「えー、行こうよ七海!

 交通安全のお守りとか買おう!」

 「なんで交通安全……そこは開運とか厄除けとかでいいでしょう」

 「渋滞回避とか祈ればいいと思うよ!」

 「いや、関係ないだろ」

 

 冗談なのか本気なのかいまいちよくわからない言葉になぜか笑ってしまう。お詣りって、呪術師がどの面さげていくんだ。呪霊におちれば神すら祓うのが仕事なのに。

 

 「到着です」

 

 補助監督に促されて車を降りる。

 灰原と話しているだけで、時間はあった今にすぎる。遠いと思っていた道のりも早く感じる。

 「ここから先は歩きです」と案内されて、人気のない山奥へと進む。しばらくすれば、不自然に安全テープが貼られた木々が見えて、「ああ、あの奥か」と内心つぶやく。

 

 「それでは、帳を貼ります」

 「帳を? こんな場所にですか?」

 「ええ、念のためですが。

 呪霊の被害を熊ということにしたので猟友会の方々が山を巡回しているんです」

 「ああ、なるほど」

 

 疑問に対して納得のいく答えが返ってきたから、それで追求をやめた。今思えば、これは外部との連絡を遮断するためだったのだろう。

 

 「それでは、ご武運を」

 

 だから、きっと。ありふれた言葉が妙に白々しいのが耳についたのだ。 

 


 

 【記録ーーーー2007年8月。

  ■■県○○山山頂付近。

 任務概要

 山内での地元住民の変死、およびその原因とされる呪霊の祓除

 追記

 ・当初、当該呪霊は二級と推定されていたが地元住民の話から産土神と発覚。

 信仰を失い、呪霊に堕ちたと見られる。

 ・当該呪霊は当時派遣された二級呪術師二名(七海建人、灰原雄)により祓除済】

 

 


 

 「……嘘でしょう」

 

 山林の奥。朽ちた鳥居を目にした時からなんとなく嫌な予感かしていた。

 断崖絶壁。人為的に造られたような洞穴。小さな洞窟のその奥にあったのは鳥居と同じく朽ちた祠と巨大な塊。悪意を煮詰めて形にしたような悍ましい異形。

 

 「産土神……」

 

 ポツリと、灰原がつぶやくのをどこか他人事のように聞いている。ああ、現実逃避か。敵は完全にこちらに狙いを定めている。私たちはすでにこの呪霊の領域に囚われている。

 理由は……ああ、そんなのわかってる。私たちが、()()()()()()()()()()()()()だから。

 疑問に思ったときに引き返せば、などと。自ら虎穴に入った愚行を思い返しては後悔する。が、もう遅い。すでに賽は投げられた。鉈をにぎる手に力が篭る。

 

 「……やるしかない」

 

 灰原が独特の構えをとる。腰を低くして、片方の拳を突き出し、肘を引く。この一年で見慣れた八極拳の構え。「倒そう」と低く囁く彼に「無理だ」と反射的に言う。

 

 「無謀だ、死ぬぞ」

 「でもあの呪霊をどうにかしない限り、僕たちはこの領域から出られないよ。戦わずして死ぬか、戦って死ぬかのどちらかしか選べない。

 ……大丈夫、僕たちはあの吉野公平の弟子なんだから」

 

 一瞬、動揺で身が固くなる。吉野公平。久しく聞いてない名前だ。あの、七夕の日以降、禁句になってしまった名前だ。

 それから、私たちを夏油さんとまとめてボコボコにしては高笑いしていた悪魔の名前だ。ここ一年ほど、妻子に会えないストレスを授業なんて言っては後輩をなぶって晴らしてた()()()()みたいな男の名前でもある。どちらも同じ人を指す名前である。クソが。

 

 「……あの人の授業に比べたら産土神の方がまともですね」

 「死んだ端から蘇生されてたもんね」

 

 タバコを蒸しながらダブルピースする家入先輩が「ぽん」と頭に浮かぶ。あの人はあの人でいけ好かない同級生(彼女がいう屑ども)が先輩にボコられるのを見てストレス発散してた。おまけで瀕死の私たちを蘇生してた悪魔の同類。

 ……ああ、そうだ七海建人。絶望なら、もう一月前に散々しただろう。まだ記憶に新しい、二度と会えない狂人な先輩(リーダー)を失った時の絶望感を思い出せ。

 

 「絶対に生きて帰ろう、七海」

 「ええ。生きて帰りますよ、灰原」

 

 呪力を纏う。

 灰原がすうぅ……と息を吐いて/私は術式を発動させて……

 

 「シン・陰流八極拳……」

 先に動いたのは灰原。地面を蹴る。それだけで爆発したような轟音が鳴り響き、小さなクレーターの完成だ。強烈な踏み込みによる急接近。次の瞬間には呪霊の目の前に灰原がいて、不定型の肉体に呪力を纏った拳が迫る。

 

 「震脚!」

 

 ズドン!

 踏み込みにより強化された強烈な発勁が呪霊にぶち当たる。くるりと身を翻して膝蹴りを食らわせて、次は掌底が。一度流れができてしまえばあとは格闘ゲームのコンボを決めるように止まらない連続攻撃に翻弄されるのみ。

 

 「発勁! 頂肘! 白馬翻!」

 

 体制を崩し、倒れた呪霊。動きが止まっている今なら迷いなく狙える。

 

 「十劃呪法……」

 

 静かに、己の術式の名を告げる。7:3のメモリが見える。対象物は動かない。なら、外さない。振るった鉈が分割点にぶち当たる。ぶった斬られた腕が遥か彼方に飛んでいく。

 

 「ナイス、ななっ」

 

  七海、と。私の名前を言いかけた途中で灰原が目の前から消えた。吹き飛ばされたのだと、轟音を聴いて初めて気づく。石壁に激突して呻く灰原に駆け寄った。背中の打撲。呼吸のたびに強ばる表情。多分、肋骨も折れてる。

 

 「こうならないように、はじめから、全力でかかってるんだけど……な……」

 

 げほ。明らかにおかしな咳だ。明らかに悪い顔色で、明らかに悪い形勢で、それでもなお虚勢を張って「大丈夫」という馬鹿。虚勢を張れる元気があるなら静養に回せ、もう少し怪我人らしくしてほしい。

 

 『*******(どうして、どうして)……ーーー!!』

 

 意味がわからないのに意味がわかる、呪霊の鳴き声。頭の中で目の前の産土神の思念がうるさいくらい反響してる。呪霊の術式が暴威を振るう。堕ちたとはいえ神の御業、上から押さえつけられるような圧力で潰されそうになるのを必死で耐える。

 

 「(ああ、最悪だ……)」

 

 敵の呪霊は体積が大きい。普通の呪霊なら一撃で爆散させる灰原の八極拳を受けてもまだ平然としているのも、巨体ゆえにダメージが分散してしまったのだろう。

 かといって、近づこうにも重力操作と思われる術式のせいで接近は難しい。私も灰原も両者共に近距離戦闘タイプだ、近づけなければ話にならない。そして二人とも点攻撃はできても面攻撃はできない。ゲームでいうなら、HPをちまちま削りながらの耐久戦。そして私たちに回復アイテムなんていう便利なものはない。つまり、絶望的に相手が悪い。

 

 「七海、【例のアレ】ならあの呪霊倒せる?」

 

 例のアレ、と灰原がいうものを思い浮かべて唇を噛む。まだ未完成な上に、そもそも呪力が足りないので極わずかな空間でなければ行使不可能。しかし、それができれば目の前の呪霊も十分祓除できる。

 

 「……まあ、やれなくはないでしょう。しかしこの洞窟全域でやるには……」

 はっきり言って、呪力が足りない。五条さんや夏油さんぐらい呪力があれば難なくできるだろうが、自分では多少無理をしたところで半径2メートル程度が限度。悔しいがこれが現実だ。

 

 「なら、僕が足止めしてたらやれる?」

 「はーー?」

 

 灰原は少し悩んで、そして呪霊から目を離さずにそう聞いてきた。灰原が言わんとしていることはわかる。()()()()()()()()()()()()。だがそれをやるとどうなるのかぐらい、灰原だってわかってるはずだ。

 

 「僕があの呪霊の動きを止める。だから七海は僕ごと呪霊を()って」

 「自殺を認めろと?」

 「自殺にはならない。僕だって生きて帰りたいからね」

 

 だが、しかし。私はその提案を棄却したいのに灰原は「やれ」という。暖簾に腕押し。糠に釘を刺すとはこのことか。話が通じない。

 

 「大丈夫、僕は愛がある男だからね!

 親愛なる七海の術式で死んだらなんかしないさ」

 

 愛があるから僕は無敵さ!とどこかの誰かみたいなことを言い出す灰原に、当てられた。そうだな、灰原。なら私も腹を括る。

 

 「……わかりました、灰原を信じます」

 

 愛を、信じる。そうやって誤魔化さないと立ってられない。目の前の呪霊を倒さなければ生きて帰れないし、灰原が足止めしないとあの呪霊は倒せない。

 親愛(あい)してる、友愛(あい)してる。私は君を、信頼(あい)してるんです。

 だから、裏切らないで。死なないで。そんな風に、自分の不甲斐なさを棚に上げて懇願する。

 

 「……いくよ」

 「はい……」

 

 まずは、私が洞窟の破壊を始める。術式で破壊した瓦礫からまた瓦礫を作って、材/罪(ざい)料を積み上げる。その間、灰原は一人で呪霊を相手に取る。

 急げ、急げ、急げ急げ急げ急げ!!早くしろ七海建人、このノロマが!

 いくら内心で焦ってても表面上は冷静さを保つ。7:3の分割点に鉈を当てまくってとにかく岩を削る。

 

 「灰原!!」

 「シン陰流簡易領域……」

 

  準備ができて、振り返った頃にはすでに灰原はズタボロで、これからさらに足止めさせるのかと自分が不甲斐なくてたまらない。弱さが憎い。返事をする余裕すらない灰原が生み出す弱者の領域は、帳のように広がって呪霊を飲み込む。

 

 「猛虎硬爬山!」

 

 絶技。それしか思い浮かばない。簡易領域の狭い空間でも可能なように調整された一連の技の流れ。型が流れるように進行し、一巡したらまた最初から巡回する。

 一度始まれば理論上は体力が尽きるまで終わらないとされる攻撃。

 そして、灰原に続くように己も術式を……拡張術式を展開する。

 

 「十劃呪法拡張術式……瓦落瓦落」

 

 己の術式で破壊した対象に呪力を込めて行う面攻撃。いずれ広範囲での攻撃に変えたいと話していた……後輩思い(はた迷惑)吉野公平(せんぱい)のアドバイスで生まれた技。降り注ぐのは7:3クリティカルヒットにより生まれた瓦礫。それらによる攻撃はどこに当たっても強制クリティカルヒットとなる。

 呪霊は押し潰されて消滅した。それは見届けるまでもなくわかってた。

 

 「灰原!」

 

 なら、肉壁(じゅれい)を失った灰原はどうなる。灰原だって瓦礫はクリティカルヒットとなる。だから、そうなる前に助けたかったのに。

 

 瓦礫にあたって目を負傷した。そんなのどうでもいい。自分の術式から救い出した灰原は……生きていた。死んでない。潰れた視界はそれしかわかっていなくて……灰原の下半身が己の術式のせいで潰れたことを知ったのは、高専に帰還した次の日。昏睡の灰原を見て、私は思う。

 呪術師なんてクソだ。親愛した人(しんゆう)を守るどころか殺しかけた。

 呪術師なんてクソだ。敬愛した人(せんぱい)は理想の果てにテロリストとなった。

 こんな世界じゃ守れるものも守れない。生きることすらままならない。

 だから私は、私は呪術師をやめると決意した。

 


 

 灰原雄

術式:なし

技:シン・陰流八極拳

 

家から一番近い格闘技の習い事が八極拳であり、八極拳を始めるが、そこの師範がシン・陰流八極拳をおさめてた。

呪力はあれど術式がない灰原を見込んだ師範が妹を人質に取るような形(「君が弱いままだと妹が殺されるけど、どうする?」)で弟子入りさせるなどをしてのちに灰原は高専に進学。

シン・陰流を見て簡易領域を盗んだ開祖(師範)が勝手に名乗り出した派閥であるが、まあ門外不出の縛りがあるので、一悶着あったが渋々流派分けみたいな形になっている。

接近戦最強と名高い八極拳とシン陰の組み合わせは強いと思う

「八卦」

八極拳派閥の簡易領域。

簡易領域の中に入ってきた相手をはめ殺しにするカウンター攻撃。

「頂肘」

肘を使う超強力な攻撃。

 

「震脚」

八極拳独特の脚法。敵に思い一撃を喰らわせる

「長拳」

八極拳のリーチの短さを補う遠距離戦法。「二の打ちいらず」の一撃必殺

 

 

 




盈盈一水
読み方 えいえいいっすい
意味 愛する人に言葉をかけることが出来ない苦しい思いのこと。
「盈盈」は水が満ちている様子。
「一水」は一筋の川のこと。
牽牛と織女の七夕伝説を題材に、一筋の天の河で隔てられているために、見つめるだけで会話することが出来ない切なさをうたった詩。
「盈盈たる一水」とも読む。
出典 『文選』「古詩十九首」

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