「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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今作品の中で一番可哀想な人こと鴨川俊則先生の章です。
*閲覧注意!
*閲覧注意!
*閲覧注意!
開幕一番で例の脳みそ出てきます。ほとんど鴨川先生の走馬灯というなの回想ダイジェストです。
なんか描きたいところだけ書きました。鴨川俊則のイメージが壊れるかもしれません。読みづらいところもあるかもしれません。
が、それでもよければ覚悟を決めてどうぞ!












鴨川俊則の記録

 「あなたに恨みはないんですが、あなたの死体が欲しいんです」

 

 いつか死ぬとは思っていたが、死とは何でもない日常の中に隠れていたらしい。そんな呑気なことを、腹に突き刺さる包丁を見ながら考えてた。柄までぐっさり、深々と。おまけとばかりに柄を十字に動かして刀身で腑を攪拌。

 「ああ、これは死ぬ」と激痛の中でため息を吐く。都合よくこの場に反転術式使いでも現れない限り私の命は掬えないだろう。まったく、なんだってこうも急なのだ。何の準備もできてきない。

 いつものように任務に行って、呪霊を祓い、ついでに襲われていた非術師を救う。そして任務後に土産屋で土産を物色していたら【コレ】だ。

 いやはや、誰が想像できるものか。可愛い孫(みたいな子)と頭がアッパラパーな息子(みたいな奴)と、そのアッパラパーがいつも苦労をかけてる嫁さんのことを思い出しながら「うーん、名産とはいえ青菜漬けを4歳のガキが食べるか?」だなんてぼやいていたら、後ろから声かけられてザクッ! いや、こんな死に方思いつくか普通。

 もっと他に死にそうな場面たくさんあっただろうよ。呪霊でも呪詛師でもなく一般人に殺害されるのか、私は。

 現実味なさすぎて悲鳴も出ない。いや、悲鳴が出ないのは死にかけるのに慣れすぎてしまったせいでもあるかも?

 あーーー、だめだ。もっと走馬灯みたいなのがあると思ったんだけど、この30年ちょっとで見過ぎて在庫切れっぽい。ようやく見えたのは息子(みたいなもの)一家の顔。これじゃ、土産は渡せねぇなぁ。

 

 「さよなら、鴨川俊則。恨むなら吉野公平(あなたの弟子)を恨んでください」

 

 どうやら、私は弟子のせいで死ぬらしい。ぼたぼた床に腑を落としながら回想していく。そうして、私は何度目かの走馬灯に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

  「相伝どころかろくな術式も持たない」

 

 「呪力の量だって、非術師とそう変わらないじゃないか」

 

   「おい、術式をたった一度使うだけで呪力切れを起こすなんて聞いてないぞ」

 

 「コレが嫡男だなんて恥ずかしい」

 

  「みんな、トシノリの真似をしちゃダメよ」

 

 「何の価値もない落伍者め」

 

 

 

 「「「「「お前なんて、産まれなきゃよかったのに……」」」」」

 

 

 

 

 ーーーー色褪せた公園の風景(きおく)。いまよりも大分ちみっこくてペラペラな身体の少年。ああ、これはあいつとの初対面か。走馬灯で見るほどのものか?と、自分自身につっこむ。あのアッパラパー野郎との初対面は決していいものではなかったと思うし、正直ちょっと誘い文句が痛々しくて恥ずかしいんだが。

 が、体は過去の記憶に従って動く。砂場でなにやら式神を作ろうとしている少年の肩を後ろから叩いて、振り向いた彼の頬に人差し指を突き刺す。

 知らない人に絡まれた、まだランドセルを背負った少年が、瞳に恐怖を宿して「誰ですか」と尋ねる。

 

 「ねえ君、その力のこと詳しく教えてあげるからウチ来てよ。」

 「え、嫌です」

 

 

 そう。“私”と吉野公平の交流は、胡散臭い誘拐犯のような台詞から始まった。断られるとは思っていなかった当時の()は理由がわかんなくて「ええ!?」と大袈裟に驚いたり。まあ、なんというか。呪術の世界しか知らない私は常識知らずだったのだ。

 いまならこの少年の返答がとても見事な模範解答だとわかる。だってこれ、完全に誘拐犯が子どもを誘拐する時の文句だし。

 警戒して後退る少年にジリジリ迫る様は通報必須。防犯ブザーに伸びる手にもに付かず、己が不審者だと目の前の少年に認識されていることにも気づかず、私は「まあ聞き給え」などと余裕ぶって喋り倒す。

 

 「君、今呪術使ってただろう? でも基礎ができていないから失敗してる。

 ちょっと見ただけだけど君はかなり将来有望だ。実力を腐らせるには惜しいと思ってね……だから、私が君に手解きをしてあげようと思って」

 「はあ? 意味わからないし……呪術ってなんだよ。

 もしかしておっさん、厨二病?」

 「いや、別に病を患ったりはしてないよ。呪術っていうのは……そうだね。君がそこの虫を殺したような、科学では証明のつかない力のこと、かな」

 「……知らない、そんなの」

 

 いや、嘘だろ。さっぱり誤魔化せねない小学生をどう言いくるめようかと悩み出す私。……ああ、そういえばこの後が問題だったか。

 悩んだ私は「そうだ」と言って、公園の一画に蠢く「もの」を指差す。

 

 「それはおかしいな。だって君、あれが見えてるだろう?」

 「あれ……って」

 

 そこら辺にいた呪霊を指差して言う私。少年は指の先を視線で追ってかちんと固まり、パッと視線を逸らす。そして絞り出すようなか細い声で「何もないじゃん」と早口で一言。怯えを怒りで隠した少年が「もう良いでしょ」と捲し立てる。

 

 「もういいでしょおじさん。僕、もう帰るから。どいてよ」

 「うーん、どうしようか」

 

 しらをきる少年に頭を抱えた私は「あ、そうだ」と、そこら辺を飛んでいる低級呪霊に手を伸ばし、掴む。そして彼の顔面にそれを押し付けて「コレでもまだシラをきるかい?」なんて尋ねてみた。

 

 「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 それはそれは悲痛な悲鳴だった。あんまり大きな声を出すから驚いて、その隙に私の手を振り払って逃げる。

 そのまま逃げ帰って仕舞えば良いものを、少年は公園の水道で執拗に顔を洗っていた。私は特に急がずに彼の背後に立つ。おそるおそる、振り返る少年に、「これで言い逃れはできないぞ」と胸を張って言い放った。当時23歳、現役呪術師(臨時講師兼任)

 殺意を漲らせ、睥睨する少年。

 

 「何すんだジジィ!」

 「ほぉら、やっぱり見えてるじゃない」

 

 カラカラ笑う私の脛を蹴り付ける。ちょっと泣いている少年が「そうだよ、見えてるよ。コレで満足かよ!」と喚く。

 ……改めて、そして客観的に見た自分が異常者すぎて涙が出てきた。もういやだ、この黒歴史(そうまとう)

 走馬灯ってなんかもっとほっこりする系のアレでしょ。なんで私のは黒歴史上映? なんなの、嫌がらせか?人の気持ち考えてくれよ。死に際の走馬灯のくせになんか厳しくないか? 時期に死ぬんだからもっと優しくしてくれ。マイルドな感じに捏造して。

 が、願ったところで映像は記憶通りに進んでいく。救えなさすぎる人間失格男(自分)がニヤニヤと○学生に絡む様を淡々と見続けるのはもはや拷問。自分の過去だとしても認めたくない。

 

 「あれはね、呪いだ。私たちは呪霊と呼んでいる」

 「呪いに、じゅれい……?」

 

 惚ける少年。ようやく名前がついた不可思議な現象を確かめるように口ずさむ。なんだか微笑ましくなって、私はにこにこ(ヘラヘラ)笑顔で様子を眺める。

 

 「呪術師はああいう呪霊を呪い殺す仕事だよ。君がやろうとしていたことの専門家だったりする。」

 「!」

 

 衝撃を受けて、顔をあげる少年。無垢なその子を蜘蛛の糸で絡みとるように、私は手を伸ばす。

 

 「大切な人を助けたいかい? それとも、もっと強くなりたいかな?

 大丈夫。私の元に来ればいい」

 

 ーーーーほんとうに?

 

 不信の中に期待を込めて、少年は私の顔色を窺う。私は一貫として表情を崩さず、微笑みを携えて彼に手を差し伸べる。

 

 「さあ、少年。手始めに名前を教えてくれるかな?」

 「……こうへい。吉野公平」

 

 あなたの弟子にしてください。少年は私にそう懇願し、私はその手を握った______瞬間。

 視界がぐにゃりと回り、暗転。ぱちん、場面が変わる。

 次の光景は制服を着た中学生が赤ちゃん抱えてはしゃぐ姿。ああ、覚えてる。コレは公平くんが14歳の時の記憶だ。

 

 「あ、俊則せんせ! 

 どう、みてみて! かわいいでしょ〜!」

 「いやぁ、可愛いけど衝撃の方が強いなぁ」

 

 すこしだけ成長した、しかしまだ幼い公平くんがふにゃふにゃの赤ちゃんを抱きしめている。コレは初めて順平にあった日のことだな。

 この時の私は公平に年上の彼女がいることは知っていても、まさか妊娠して子供が産まれるとは思ってなくて「そういえば先生、僕子供できたんだよね」とカミングアウトされてめちゃくちゃショッキングを受けた経験が……いやまあ誰でも自分より一回りも年下の教え子が急にパパになったって言ってきたら衝撃的だろうよ。

 

 「まさか先生より先に僕がパパになるなんてなぁ。あ、入籍はまだできないから、結婚するのは先生の方が先かも!」

 「いや、それも多分公平くんの方が早いでしょ」

 

 突然赤ちゃんをパスされて、恐る恐る抱っこする私に変なことを聞かないでくれ。

 

 「僕、先生の息子に会いたいんだけどな。僕の子供と先生の子供が幼なじみになったら最高に素敵だろ?」

 「ははは、随分残酷なこと言うね君」

 

 カラカラと。死んだ目で笑う私は「君が私の息子みたいなモノじゃないか」と軽口を叩き______暗転。

 

 

 ぱちり。次の光景は高専の制服を着た公平くん。赤い夕日が差し込む教室で苦虫を噛み締めるような表情で私のめをまっすぐ見てた。

 ___ああ、この日か。公平くんの同期が殺された日。

 一緒に任務に行った呪術師に囮にされて、頭だけになって帰ってきた日。

 

 「先生の言ってる意味がよくわかった。この世界は腐ってる」

 

 少年期を終えて、青年になろうとしているまだ青い子どもが、私の目を見て淡々と告げる。絶望を孕んだ重たい言葉がずしりと私にのし掛かる。

 

 「先生。僕は先生が好きだ。僕たちを差別せずに導いてくれて、強くしてくれた。生き方も教えてくれた。

 だからね、先生。僕はこの世界を理解しようとしたよ。先生が生まれて、ずっと生きていた世界を好きになろうと努力したぜ。でも、無理だって、こんなのさぁ」

 

 非道も、外道も、裏切り者も。呪術の世界で生きるならば嫌と言うほど見てしまう。見なくて良いものばかり見て、そして関わって。

 

 「僕さ、俊則先生や同期たち(ぼくのたいせつなひと)を認めない世界を許したくないんだ。俊則先生はすごいのに、強いのに。僕たちだって努力して強くなったのに。

 それを【落伍者】だとか、【非術師生まれ】とか言って認めない奴らが許せない。

 先生の生徒が優秀だと困るからって、邪魔だからって、訳わからないこと言ってさぁ。クソみたいな理由であいつを殺した世界が憎い。僕や僕の大切な人たちを殺そうとするあいつらが嫌い。

 僕の友愛(ともたち)殺して(うばって)おいて、まだ足りないのかよ……!」

 

 暗く、濁った瞳。しかし私に向ける純粋な尊敬の眼差し。それが重いと私は思わなかった。むしろ、私だけに向けられる「特別」な感情が嬉しかった。私は今まで誰にも見てもらえない透明人間みたいなものだったから、「見られる」ことが嬉しいと、そう思って……。

 

 「僕は知ってますよ。先生が凪さんと順平守ってくれてるの。知ったの、つい最近だけど。

 いつからこうやって、僕のこと守ってくれてたんですか」

 「さぁね」

 「しらばっくれて。順平が生まれる前からずっとでしょ」

 「知ってるなら聞くなよ」

 「うるさい、馬鹿」

 

  ごめんなさい、そう泣いた公平くんの頭を撫でた。子どもみたいに泣きじゃくる彼に、「革命をしようか。優しい世界を作るために」と語りかける。

 もっともっと、尊敬されたくて。私を、もっと見て欲しくて。敬愛(あい)して欲しくて。

 そして、そして……______。

 

 

 「あなたを愛したことが間違いだった」

 

 

 ぱちん。

 最後に見えた光景は、憎しみの目で僕を見つめる君。おかしいな、こんな記憶はないんだけど。

 ……ああ、いや、ちがう。コレ、今起きてることなんだ。私の死体を利用するとか言ってたあいつが、私の体で何かをしたんだろう。

 でも、ああ。公平くん。それは君が泣いてしまうほど、非道なことなんだろうね。

 私の体は君にどんな酷い(ひどい)ことをしたのだろう。泣いている君を慰められなくてごめんね。本当にごめん、弱くてごめんね。

 私が死ななければ、あんな奴に殺されなければ。()()()()()にはならなかったのに。

 やだな、こんな終わり方は。こんな最後になるなら、君に言っておけばよかったよ。

 

 「君が少しでも私に違和感を感じるならすぐに殺せ」って。「君がおかしいと思うならそれはもう私じゃないから、すぐに殺せ」と。

 

 君は優しいからさ、どれだけ世界に失望しても、それでもこの世の優しさを信じてた。でも、だからこそ。君に教えてあげるべきだった。

 人間っていうのはっていうのはどいつもこいつも醜くて、救いようがなくて、頭の逝かれたエゴイストだって。

 その頂に立つのが私なんだけどさ。

 ねえ、吉野公平くん。私はずっと、君のことをね、息子のように思ってたんだ。だからかな。君の成長をもっと見たいと思ってしまったのが間違いだったのかも。もっと早く死んでおけば、こんなことにはならなかったのに。

 でも、仕方ないじゃないか。私は君の人生になりたかったんだから。この先もずっと、敬愛されると確信を持つまで死にたくなかったんだ。君が成長しきって、成熟して。君のような偉人を作り上げたのが私のような凡俗だと。そう、確信するまでは死にたくなかったんだよ。

 公平くん、公平くん。わたしはね、君に敬愛されるような素晴らしい人間じゃないんだ。

 そもそもの話だよ。なんで私があの日、あの公園にいたかわかるかい? なんでただ、術式を使っただけの君を見初めたんだとおもう?

それはね、公平くん。私が非術師の家庭で生まれた、呪術師の才能を持つ子どもを探してきたからだよ。不用意に残る残穢を追って、いろんなところを駆けずり回って。そうやって君を見つけたんだ。

 私はさ。ずっと、【誰かの特別】になりたかったんだ。私を特別にしてくれそうな子を、私を優先順位の一番にしてくれる人を作るために君を育てたんだ。酷い奴だろう?

つまり私は光源氏の真似事をして、私に都合がいい紫の上を作ろうとしたんだよ。

 君を選んだのは偶然だけど、君に呪術の基礎を教えたのも打算なんだ。君へ向けた感情は本当だけど、それだって元を正せば打算で。

 それでも、それでも私は、君を愛していたんだ。息子のように愛してた。特別に思ってた。君は私を一番上にはしてくれなかったけれど、君が一番大切な家族と私を、同等に扱ってくれたから。

 私を特別にしてくれる君が、心の底から好きだった。

 

 ……まあ、こんな打算、絶対に告げるつもりはないけれど。死んでも言うつもりはないけれど。死んだ後も言わないけれど。

 ……それでも、コレだけは言っておけばよかったなぁ。

 

 公平くん、私はさ、君に尊敬されて嬉しかった。烏滸がましいけど、君を息子のように思ってた。

 できるなら、本当は。君が死ぬその時まで、君の先生でいたかったな。


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