「僕の愛の為に死ね。」   作:蔵之助

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四章プロローグ
事件だけ放流します。
軽率に人が死ぬので閲覧の際は注意してください。


2部4章:涸轍鮒魚-コテツのフギョ
「前日譚は悲劇と決まっているんだよ」


 【○○県藤見山】

 

 「そんな、無理ですよ!」

 

 まだ日は高いのに、鬱蒼と伸びる木々のせいでまるで夜のように暗い。かつては整備用に整えてあった道も、今は凸凹のコンクリートの残骸を残すだけで荒れ果てている。

 ガタガタ揺れながら、樹木を切り開いて進んで。やっと着いてこのざまだ。

  ああ、なんでこんなことに。頭を抱えながら、男が電話越しに叫ぶ。

 

 「もうこれで三回目ですよ!

 1度目は瓦礫、二度目は社用車、そして今回はトラックだ!

 こんなの人間にできるわけない!」

 

 目的地である廃墟の前で、くたびれたスーツにヘルメットを被って。()()()()な姿の男は、はっきりしない向こう側にとうとう怒声をあげた。

 背後には不気味なオブジェ。そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()金属の塊は、近代美術館にあれば違和感はないだろうが廃墟の前には不相応で、この異常事態の象徴に見える。

 土に染み込んだ黒い液体と異臭。つなぎを着た男たちがざわめきながら遠巻きに鑑賞する悪趣味極まりない物体が、ぞわりと動く。

 

 「おい、なんだあれ……」

 

 恐怖に人は抗えない。生存本能に突き動かされ現場主任を置き去りに逃げ出す人。

 「逃げろ!」と声を上げる人。そして頭の中が怒りに染まって周囲の異変に気づかない人。

 

「運良くまだ誰も死んでないだけで、次は死人が出るに決まってる!

 近隣住民の言う通り、この地に手を出してはいけなかったんだ! 

 ……あんたらは現場を見てないからそんなことが言えるんだ。ああ、もううんざりだ!」

 

 ヘルメットに爪を立てて、ツルツルと指を滑らせながら掻きむしる仕草。なんとなくかかった影に、上を見上げる。

 

 「こんな場所にはいられない、県にもそう言ってやって……」

 

 「ください」と。反射で、最後に吐き捨てる予定の言葉を飲み込んだ。交通事故でも起きたような騒音がすぐ隣から聞こえた。視線だけ横に向ける。喉の奥が「ヒュ」と詰まり指先が震える。

 視線の先にあったのはアームの千切れたショベルカー。アーム部分は不自然に宙に浮いていた。そして子供が何度遊びでもするように丸められたり押しつぶされたり、引き伸ばされたりと形を変えている。無人だったからよかった物の、人が中に乗っていたら……。

 

 「今すぐここから逃げろ!!」

 

 背筋が凍る。何か恐ろしいものがそこにいると本能で理解する。なりふり構ってる場合じゃ無い。取り落としたスマホに目もくれず、己の部下に撤退を指示した。咄嗟だった。自分は現場監督の責任として、部下の安全を守らなければならない。バケモノが七百万の金属で遊んでるうちに逃げなければ全員殺されてしまう。軽油まみれになった地面に足を取られながらも逃げ出す男たち。

 自分は全員の避難ができたことを確認するまで逃げるわけにはいかない。そしてぐずぐず残ってた最後の1人を怒鳴り、腰が抜けた奴の尻を蹴り飛ばし並走をする。

 あと少し。山の入り口がすぐそこまで見え____

 

 「は?」

 

 何か壁のようなものにぶつかり、たたらを踏む。不自然に体が持ち上がる。つま先が地面から離れる。

 並走していた部下が尻餅をついて目を極限まで見開いた。ずりずりと尻を引きずり後ずさる青年に手を伸ばし、腕がボカンと見当違いな方向に折れ曲がる。

 恐怖で「ひっ」と引き攣った声が飛び出て、少し遅れて激痛が体を襲う。

 全身に感じる圧迫感。ぶちぶち、みしみしと嫌な音を奏でる骨肉。じわじわと手足が中心に集まって、首が曲がる。

 

 「(死ぬ、死ぬ、死んでしまう!

 嫌だ、俺はまだ死にたくなーーーーっ!)」

 

 ぎゅるん。そんな効果音が聞こえてくるような惨状だ。

 雑巾搾りでもするように体がねじ曲がる。内臓が捻れて潰れて、血と肉片を吐く。手足の末端は血が滞り真っ青。反対に、顔は血が上って真っ赤で。圧迫され、圧縮され、陸に打ち上げられた深海魚のように目玉が浮き出て、顔が不恰好に膨れる。肉を、皮膚を突き破り砕けた骨が露出する。

 ばき、ぼき。静かな森に響く骨が砕ける音。背骨が逆方向に捻られ、軋み……………

 

 「ごぴゅ」

 

 熟れきった果実を潰すように、万力に挟まれた小枝のように。

 尿と土が混ざった泥にまみれた男が最後に見たのは肉片を撒き散らし、全身の骨が粉々に砕けた状態で絶命した上司の死体だった。


 

報告書 ○○県 藤見山

山腹にある研究施設(現在非稼働)撤去作業中、重機の破壊等の呪霊被害を受ける。

トラクター一台、ショベルカー一台が大破。現場監督一名が死亡。

二級相当の呪霊と見做し祓除を命ずる。

 

 




涸轍鮒魚
読み方 こてつのふぎょ
意味 危険や困難が迫っていることのたとえ。
また、切迫した状況にある人のたとえ。
「涸」は水が枯れること。
「轍」は車輪の跡、わだちのこと。
「鮒魚」は魚の鮒(ふな)のこと。
水がなくなった車輪の跡にいる鮒という意味から。
荘子が監河侯に米を借りに行ったが、監河侯から「近々年貢が入るのでその後に貸しましょう」と言われた。
それを聞いた荘子は、「ここに来る途中で水が枯れた車輪の跡にいる鮒に水をくださいと助けを求められました。そこで私は、後で川の水を持ってきてあげようと答えました。しかし鮒は、水が欲しいのは今だと言って怒ってしまいました」というたとえ話をして窮状を訴えたという故事から。
出典 『荘子』「外物」

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