「僕の愛の為に死ね。」   作:倉之助

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急転

 

 

 【PM3:30、割とよくある作りの住宅街】

 

 「ここ、僕ん家です」

 

 少年C……もとい馬酔木(ませぼ)君が口を開く。案内されたのは彼の自宅。広い敷地の割にこじんまりとした一軒家のリビングは殺風景で、ダイニングテーブルと四脚の椅子がぽつんと佇んでいる。

 「何もないですが」と、麦茶を用意しながら好きな席に座るように馬酔木が言う。

 まず初めに姉妹が並んで座り、二人に向き合うように僕が、配膳を終えた馬酔木が残った席ーーーつまり、僕の隣に座る。

 

 「それで」

 

 とん、からん。菜々子が人差し指でテーブルを叩く音と、グラスの氷がとける音はほとんど同時。馬酔木が思い出すように目を細め、唇を重々しく開く。

 

 「事件があった藤見山……ここら辺では淵見山って呼ばれてるんだけど、昔からあそこは【境】とよばれてます」

 「境?」

 「はい」

 

 麦茶を飲む。一呼吸置く。

 

 「禁忌っていうのは山に入ることじゃなくて、原則には山を超えて向こう側へ降りること。境を超えてしまうことなんです。

 だから山には立ち入り禁止。まあ、簡単に言うと山に入ると死ぬんですよ」

 「それは、随分と物騒な話だ」

 

 ええ、まあ、そうでしょうね。馬酔木が言葉を濁す。僕が「それで」と続きを促したら彼は唇を振るわせた。言いにくそうな、口に出したくもないと言うような。

 覚悟を決めた瞳とは正反対な陰鬱な表情で彼は「……まあ、死ぬって言うのも正しくないか」と独り言ちる。

 

 「最終的に失踪するんです、境を超えた人たちは。

 山の麓までならセーフなんだけど、山頂から向こうに行ったらもうアウト。

 禁忌を破った(山を超えた)人間は捌縁者になって、ぐちゃぐちゃの肉片になって死ぬ。もうそれが決定事項って感じで、ハイ。

 儀式の関係で仕方なく山に入っても、絶対に1人は死ぬ。死ななくちゃいけない。

 逆に、死なずに山から帰ってきたらバチが落ちると言われてるほどで。山の入り口あたりまで帰ってきても誰も死んでなかったら多分、身内に殺されてるんだろうな。

 因習ってやつです」

 よくあるホラー小説の設定みたいでしょ、と馬酔木の空笑いが室内に響く。「あは、あはははははは、あは……はぁ」、見事な三段活用ののち、ため息で締められた不気味な笑い。引き攣った顔で「やばいですよね」と告げる。

 

 「でも、仕方がないんです。捌縁者が山で死なずに下山すると、捌縁者になったやつの身内まで捌縁者になってしまう。

 血縁が途絶えるまで続々と死に続ける、そういう連鎖的な呪いにかけられて、1人残らず死んで天涯孤独になってから、最初の1人目が自分を滅多刺しにして自殺するんです。

 なんでしょうね、()()()()()()()()()()()()()()、この街もイカれたルールに縛られてる。」

 「あのぉ、さっきから出てくる捌縁者ってなんですかぁ?」

 「え? ……あ、そっか。知らないに決まってますよね。忘れてた……」

 

 めるぅさん(*岡田さんと呼ぶと睨まれるからこう呼ぶことにした)の質問に馬酔木が虚を突かれたように目を見開いた。数秒フリーズして、納得したのだろう。彼は「気が回りませんでしたね」と前置きを置いてから語る。

 

 「捌縁者は禁忌を破った人のことのことを言うんです。山向こうの町の名前が()()()って言うんですけど、あの町の禁忌から流れてきてるんでしょうね。

 山向こうの禁忌については詳しくはないんですけど、元々はそっちの禁忌を破った人の呼称です。

 捌縁町は普通に人が住んでる町だよ。でも入ることは許されない。禁忌に支配されてるから。生活の中心が禁忌で、普通に生きることができない人たち。

 あの街は穢れで満ちてる。死が充満してるんだ。だから、山を超えて界に踏み入ってしまった捌縁者はあの町のルールで殺される」

 「……禁忌に、捌縁者。田舎の因習という前はないの?」

 「あれが人間業に見えるなら」

 「それもそうだね」

 美々子の目が暗く澱む。「つづけて」の声が重い。

 「ああ、そうだな。本題はここからだ」

 「僕は昔、淵見山で遊んでたんですよ」

 「きっかけは、()だった。弟が山で遊んでるのを見たって言う人がいて、注意されたんだ。弟を見たって人はあまり迷信とかを信じないひとで、山で迷うと危ないからって言って教えてくれた。

 ()は弟を追いかけて山に入った。弟が山頂まで行ってたら諦めるつもりだったんだ。だけど、あいつは俺が支度してる間にひょっこり帰ってきた。」

 「山の中に研究所があるんです」

 「弟は研究所に住んでる子の友達になったんだって。その子はかなり小さい子でさ、遊び相手がいなくて寂しいっていうんだ。俺は信じてなかったんだけど、次の日弟の友達ってやつが大人連れて俺の家まできてさ」

 「まあ、保護者代わりの所長だったんですけどね。」

 「その所長がちゃんとした人なんだよ。

 『辺鄙なところに住んでるせいで友達がいなかったから、友達ができたって聞いていてもたってもいられなかったんだ。どうか()()()()と仲良くしてほしい』って菓子折り付きで挨拶に来て。うちの親も迷信とか信じてない人だったから、『仲良くしてあげ成さないよ』って。

 でも、それがダメだったんだろうな。」

 「杏は殺されたんだ」

 「捌縁者になっちまんだよ、俺は。全部俺のせいだ。なのに弟は……いや、なんでもない。

 それで、この間のニュース。不審死だって報道された死に方が……そっくりだったんだ。

 圧縮されて、引き伸ばされて、捩じ切られる。遊ぶように殺される。

 あれは……」

 

 一瞬、淀んだ言葉。先ほどまでの長文が嘘のように沈黙が続く。かち、こち、かち、秒針の音がやけに耳につく。だんだんと大きくなる蝉の鳴き声。それに混じってサイレンの音が遠くから聞こえた。救急車か、パトカーか、それとも消防車か。耳から入って、頭蓋骨の中で反響して鬱陶しい。サイレンの音なのか、それともツクツクホウシの鳴き声なのか。もう何がどれだかわからない。

 混ざり合った不協和音。じわりと湿った空気。バカみたいに明るい室内に悍ましい何かが渦巻いているような錯覚。

 

 「(息が、詰まる)」

 

 みーんみーんみんみんみんみんみーーーんみんみんみんみんみーーーーーーんみんみんみんみんピーポーピーポーみんみんウゥーーーー

 「あれは、■■だった」

  みーんみーんみんみんみんみんみーーーんみんみんみんみんみーーーーーーんみんみん

 

 「(きょう)は捌縁者にされて殺された。親もとっくに失踪した。でも僕は?僕だって杏と一緒に山に入った。でも、今もこうして生きてる。僕が死ぬのも時間の問題でしょう。だから、その前に知りたい」

 

 騒音に紛れて、肝心な何かを聞き漏らす。多分、どのみち僕たちに聴かせる気がなかったのだろう。聞き返す前に捲し立てるような早口で、一度も聞き返す隙を与えない。ようやく言葉が途切れたけれど、こちらから提示する質問は初めから彼に用意されているもの。

 

 「……なにを?」

 「なんで、()()()()()()

 

 あいつにあって、聞きたい。馬酔木はそう言って……

 

 「あなたたちが呪霊と呼ぶバケモノはきっとあいつです。

 スグル、かつて僕の友達だった……杏を殺した元凶です」

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