「そろそろ、シャワールームに洗濯物を取り込みにいかないといけないか。でも、もしかしたらセツ辺りがシャワー浴びてるかもしれないし大丈夫だろうか」
ふいにユウさんは、そう告げた。なぜか、少し上機嫌そうな声音で。
ついさっき食事を終えたところであり、暇な時間が作れたのだから、やるべきなのは僕にも理解が出来る。それでも、そんな浮かれた様子ですることではないとも思う。
「……LeViさん、シャワー室内に誰か入っていますか?」
怪訝に思い、LeViさんに問いかけると、彼女はすぐに反応してくれた。
『いえ、シャワー室には生体反応はございませんね』
「LeViさん、ありがとうございます。ユウさん……そういうことですので」
「……確認ありがとうな。んじゃ、ささっと行ってくるから」
心なしか、少し気落ちしたように見えるユウさんは、足早にその場から抜け出した。そして、比較的早く食堂へと戻ってくると、なにかを思いついたような顔で僕へと笑いかけた。
「なあレムナン、心の洗濯をしないか」
「……えっと、心の選択ですか……?」
「ん? ああ、そうそう。洗濯物みたいに、心も洗いたいじゃないか。ええと、つまり……リフレッシュかな? 例えば……」
ユウさんは少し考えた様子で空を見ると、すぐに視線を僕へと戻した。
「今日は娯楽室にでもいかない? ゲームとかやってみたいんだ」
「いいと、思います」
娯楽室に向けて歩いていると、微かに音が聴こえてきた。そして、それは娯楽室に近づくにつれて大きくなっている。部屋のドアを開けると、部屋中に響き渡るほどに大きなブザー音が聴こえ、室内が赤く点滅していることが分かった。
「……騒がしいですね」
「先客がいるみたいだな」
ユウさんが言わずとも、誰かがいることなんて一目瞭然だった。ゴーグルを着けているとなれば、当てはまる人は1人しかいない。沙明さんだ。沙明さんが、誰かに話しかけている。しかし、話し相手の姿は見えない。それならば……と思ったところでLeViさんの声が聴こえてきた。
ユウさんは呆れたような表情で、沙明さんのそばへと歩いていく。
「美乳アサシン! ……ってなんだユウかよ」
「美乳アサシンじゃなくて悪かったな。それで、娯楽室で何してんの? LeViが困惑しているみたいだけど」
「ナニってそりゃ、LeViに遊び道具を提供してもらおうとしていただけですけど?」
「へえ、そうか……」
ユウさんは楽しそうに笑うと、天井を見上げる。
「おーいLeVi、なにか遊べるもんを生成してくれないか?」
『かしこまりました。何にいたしましょうか? ……さ、さ、三次元チェスは許可しませんが、他の物でしたら構いませんので……』
LeViさんの反応に、沙明さんが何をしたのか察して、彼へと目を向けた。沙明さんとはすぐに目が合ったが、素知らぬ感じで流されてしまった。
「3人で出来るゲームで面白いものとか……あ、ビリヤードでもやる? じゃ、私はレムナンと組むから沙明やろう」
……ビリヤードは腕が4本ないと出来ない遊びだったはずだ。僕らではやりようがない。いや、ユウさんは僕と組むと言っていなかっただろうか。
「おいおいおい、俺4本も手ねーから」
「ウデムシにでも噛まれればいいんじゃないかな」
「あんな危険生物に触れられるかよ。というか規制されてんだろそれ」
「まあ、そうか。この船にはそんな危険生物がいるわけないよな」
ユウさんは沙明さんと楽しそうに話をしている。話の輪に入れそうもなくて、居心地の悪さを感じた。
「ビリヤードなんて僕らには無理ですから、違うところ行きましょう」
ユウさんの服の
「あっ、じゃあな沙明」
「はいよ。俺はセツとしっぽりやってきますかね」
「くれぐれも殺されないように気をつけてくれよ? こんなところで乗員を減らしたくはないんだ」
……今、ユウさんはなにかとんでもないことを言わなかっただろうか。そんなことを思いつつ、別に聞くようなことでもないような気がして、僕は廊下を歩いた。そうしてしばらく経ったあと、ユウさんは何かに気がついたように声を出した。
「……あれ、なんで娯楽室から出たんだっけ」
「……えっ、あ、すいません。その、なんとなく、です」
「……まあ、その場の空気にいたたまれない気分になることあるよな、わかる」
ユウさんは、特に気にしていない様子だったが、すぐに口を開いた。
「でも、少し残念だ。気になるゲームがあったから、それやっておけばよかったな」
「興味のあるゲームですか? どんなジャンルのゲームでしょうか?」
「前にLeViにこの船を案内してもらったときに紹介してもらったんだ。ジャンルとかよく分からないけどさ、この船には至高のゲームがあるらしいんだよ」
「どんなゲームですか?」
興味があった。LeViさんがおすすめするようなゲーム……ニンボクだろうか?
……なぜ今、ニンボクのことを思い出したんだろう。昔にやったゲームだし、かなりのレトロゲームだ。それに間違っても初心者に勧めるようなゲームではない。それなら何だろうか。
「ボタンを押すゲームらしい。押し方によって違う快楽を得て、多幸感に浸れるんだって。あのときは少し怖気づいていたが、何ごとも経験するべきだと思ってな」
……興味が削がれた。そのゲームのことは僕も知っている上に、試したことがある。この船に乗る以前、僕を
あれは確かに、幸せな気分に浸れる。それでも、一瞬だけだ。それがなくなったあとはただ、苦しさと虚しさだけが残る。そして、またあの幸福を求めて手を出す。僕からしたらあれが至高のゲームだなんて馬鹿げている。
「あれは中毒性……依存性があるので、やめておいた方がいいと、思います」
「幸福になれるなら、それでいいんじゃないか?」
「もし、使えなくなったとき……それがない生活に耐えられるのなら、いいとは思いますけど……」
「……突然なくなる、か。確かにそれは怖いな……ゲームはやめておくか。それなら」
そこで言葉を区切ると、ユウさんはこちらへと顔を向けた。
「なあレムナン、映画に興味ないか?」
「……映画、ですか」
予想もしていなかった言葉に、少し驚く。映画、昔よく鑑賞されていた娯楽。今では一部のマニアくらいしか関わる機会のない映像作品。
「見たことは……ないですけど、興味はあります」
そう告げると、ユウさんはほっとしたような表情を浮かべた。
「それなら良かった。映画見てみたかったんだよ」
「どうして映画なんですか……?」
「ただ見たかったってだけだから、理由を聞かれると困るな。ただ、普段とは違うことがしてみたかった。それだけだからさ」
ユウさんは私も見るの初めてなんだと告げると、宙へと声をかけた。
「LeVi、映画ってここで見られる?」
『はい、鑑賞することは可能です。どういった映画をご所望でしょうか?』
「……ゴア描写のあるやつはやめてほしい。あと、時間は空間転移に間に合うくらいのものがいいな。レムナンはなにがいいとかあるか?」
「……あまり、思いつかないです」
「すまないLeVi、映画の種類は任せるよ。好きに選んでもらっていいから」
『分かりました。展望ラウンジで準備をいたしますので、身支度が終わりましたら、お越しください』
上映時間がそれなりにあるということで、途中で席を立たないように準備を済ませ、飲み物を手に持って展望ラウンジへと行った。そこの様子はいつもと異なっていた。天界が見えないように遮断され、いつもよりも少し暗い室内、並んだ赤い椅子、その前に置いてある大きなスクリーン。
「なんかドキドキするな」
迫力あるな、なんて笑いながらユウさんは告げる。
席へと腰掛けると、沈むような感覚がした。そのままじっとしていると、眠ってしまいそうだった。
「……レムナンはさ」
ユウさんがそう声をかけてきたので、つぶっていた目を開けた。
「ここに来る前は、どんなところで暮らしていたんだ?」
それは、どういう意図のものだったんだろう。分からずにユウさんを見た。
ユウさんは、記憶喪失だという。それなら、人の故郷の話を聞けば、連鎖的に自分のことも思い出せると思っているのかもしれない。それに、ユウさんはこの前、僕のことを知りたいといっていた。だから、聞いたのだろうか。
「それは……すみません。今は言いたくないです」
自分の手を握った。
「でも、もし……もし、僕が最後まで生き残れたら……そのときは、お話ししたいと思います」
「本当?」
「はい、そのときは……絶対にお話しします」
ユウさんは、表情を明るくさせた。
「絶対2人で生き残ろう」
「……はい」
ふたりで。ふたりきりで、生き残る。
ユウさんは、その言葉の重さに気づいていないんだろう。でも、それでも良かった。
それから、ただじっと座っていると、部屋の照明がゆっくりと落とされていく。
「そろそろ、始まりそうだな」
隣から浮ついた声が聴こえる。僕はそれに頷いて、映像が流れ始めたスクリーンへと目を向けた。
聞きなれない言語ではあったものの、字幕がついていること、そして演者の表現力が高いこともあり苦ではなかった。
内容は……身分の違う2人が街中で出会い、街を散策し、そして恋をする映画なのだろう。
途中、僕は隣へと目を向けた。そこには、子どものように目を輝かせたユウさんの姿があった。それを見ていると、自分が恥ずかしく感じられて、僕も物語に集中することにした。
始まってしまえば、終わりまであっという間で、エンドロールが流れるまで、じっとスクリーンを眺めていた。
そして、室内には明かりが戻る。そこで、やっと現実へと引き戻された。思っていたよりも、物語に没入してしまったみたいだ。
「街は人があんなにたくさんいて、活気に溢れているところなんだな。観光気分で見られて良かった」
視聴後、ユウさんは感嘆した様子でそう告げた。
「でも、白黒なのが惜しかったな」
「僕は、このままの方がいいと思います。色を復元することは、難しくはないですが……それでも、こちらの方が、味があって……好ましいと思いますから」
「そうなのか?」
レムナンが言うならそうなのかもな、なんて首をかしげながらユウさんは笑う。
「あの男の人、一度定めたターゲットを逃さないで追い詰める姿は格好良かったです。僕も、見習わないといけないと、思いました」
「……え、そんな内容だっけ?」
それから、僕らはロビーへと移動して、飲み物を手に取って映画の感想を語り合った。女の人が食べていた食べ物が美味しそうだったとか、あそこのシーンはあまり好きじゃないとか、脇役の人も良い味を出していたとか、そんな話。
「……少し、終わり方は好きではなかったです」
「どうしてそう思うんだ?」
映画は明るい感じで進んでいた。しかし、女の人と男の人は、身分の違いから引き剥がされた。いや、最終的に女の人が、自分1人の幸せより、より多くの人が幸せになれる未来を選択したというべきか。
死ぬわけではない。それでもきっと、永遠に会うことは出来ないのだろう。
「あの女の人は、1日でたくさんの思い出を作りました。それでも、いくら楽しいことがあったって、そのあとの日々が苦痛でしかないのなら……なかった方が、マシだと思うんです」
「……そっか」
ユウさんは相槌を打つと、飲み物を口へと運んだ。
「過ごした時間が無駄なわけじゃない。きっと、あのお嬢さんだって、そう思っているだろう。それにその後の日々だって、幸福なものになるかもしれない」
そうなる保証はないのに、ユウさんは自信があるようにそう告げる。
「私は忘れないよ。絶対に忘れない。こうしてレムナンと映画を見たことも、ご飯を食べたことも、ただ話した内容だって忘れない。これは私にとって価値のある記憶だ。いくらこの先辛いことがあっても、この大切な記憶だけは手放さない。あのお嬢さんも、同じような気持ちだと思うんだ」
ユウさんは、そう言って微笑んだ。
「それは……」
期待に満ちた表情を見て、言いかけた言葉が止まる。
「そうかも、しれませんね」
なんとも言いがたいむずがゆさを感じて、僕は頷いた。なんでこの人は、こんなにもストレートに言葉を伝えるのだろう。それが、なんだか怖くて……どうしてなのか嬉しかった。
「そろそろ、空間転移の時間か」
ふいに、ユウさんはそう告げた。
「映画、一緒に見てくれてありがとう。こうして感想言い合えるって、楽しいことだったんだな」
「……こちらこそ、ありがとうございました。僕も、楽しかったです」
「じゃあな、レムナン」
「また明日、会いましょう」
僕らは個室に戻るために別れた。
ユウさんは眠りにつく。そして、僕はひとり動き始める。
また明日。明日になったらどうなるか。
僕は今日まで、3日間ではあるが、人をグノースのもとへと送り届けなかった。
でも、ステラさんがコールドスリープしてしまった今、僕がやらなければ乗員が減ることはない。
このまま平和に、僕が破滅へと向かうだけだ。
僕は、自殺願望があるわけではない。出来ることなら生き残りたい。だから仕方がない。僕が誰かをグノースへと捧げるのは当然のことなんだ。
それなら、誰を消すべきか。
昨日時点で、厄介だったジナさんはもういない。残るのは、セツさん、ラキオさん、沙明さん、そしてユウさん。
思えば、随分と人数が少なくなってしまった。
グノーシアだって僕だけだ。
優柔不断でいられる時間なんてない。
だから僕は、すぐにグノースへと捧げるべき相手を思い浮かべる。
沙明さんは人間で確定しているはずだと他の乗員は、考えているだろう。それなら、明日沙明さんに票が入ることはない。つまり、今一番厄介そうなのは沙明さんだった。それなら……きっとそうすべきなのだろう。
誰も喋らない:議論で誰も話さなくなると、そのまま投票へと進むことが出来る。言い残したことがあるのなら今のうちに。
洗濯:シャワールームで出来るらしい。ついでにいうと船内には常に洗浄機能により体の清潔が保たれるためシャワーはそこまでする必要がないらしい。運動したあとや気分転換などで使われる。
ウデムシ:惑星ヴォーモにいるらしい生物。噛まれると腕が増えるらしい。
三次元チェス:謎。野球拳のような感じなのかもしれないし、LeViの感性が狂っているだけかもしれない。