ブザーの音、そしてアナウンスが聴こえる。
何度も聞いた、誰かが消えたことを告げるアナウンスだ。乗員たちがグノーシアを探す日々は、今日で終わりを告げる。
僕は深く息を吐いた。
あと少しで、議論をやらなくてよくなる。後は、ただ疑いをなすりつければいいだけ。
誰かが部屋の扉をノックする音が聴こえた。そんなことをする相手には、ひとりしか心当たりがない。確認することもなく扉を開けると、安心したように笑うユウさんの姿があった。
「……良かった。本当に……」
日に日に、ユウさんの表情は分かりやすくなっている。それがユウさん自身の変化なのか、それとも付き合いが長くなったことで分かるようになったのかは分からない。
すぐにメインコンソールへと向かったが、既にセツさんとラキオさんの姿があった。彼らは僕たちの姿を確認すると、すぐに現状を理解したようだ。
「沙明がやられたか」
セツさんは、そう告げた。念の為、LeViさんにも確認をとってもらい、そこで彼の生体反応が船から消滅しているということを告げられる。
だから、今日も議論が始まった。
「私は、ラキオがグノーシアだと思う」
ユウさんは、いの一番にそう告げた。
向こう見ずな言葉。あまりにもまっすぐ過ぎる言葉。
当然、ラキオさんの目は、
「……ぼ、僕も、ユウさんと同意見です」
「ふぅん」
ラキオさんは、冷え冷えとした目でユウさんを見る。
「僕をグノーシアだと考える根拠は?」
「……昨日消えた沙明と敵対していたのはラキオ。だから、そうなんじゃないかって思ったんだ」
確かに沙明さんはラキオさんのことをそれなりに疑っていた。そして、ラキオさんも沙明さんに好意的に接してはいなかった。
それでも、人間だと確定している沙明さんは、この中で誰よりも狙われやすい人物だ。誰がグノーシアだったとしても、この状況ならば沙明さんをこの宇宙から消滅させるべきだと考えるだろう。ユウさんの考えは、あまりにも主観に寄りすぎている。
すぐに、ラキオさんもそのことに気がついたのだろう。呆れたように肩をすくめ、ユウさんへと目を向ける。
「嘆かわしい。僕が沙明を? 嫌いだからと言って感情で動くよりも損得勘定で動くさ。僕がグノーシアだったなら沙明なんかより仲の良い君ら3人を消した方がいいと判断するね。なのにこうして沙明が消えたのが僕がグノーシアではありえないということを物語る雄弁な証拠だと思わないのかい」
ラキオさんの圧に押されてか、ユウさんはたじろいでしまったようだ。目を泳がせて、セツさんへとすがるような目を向けた。
「セツ、君はどう思う?」
「……私もユウに同意するよ」
セツさんから告げられたのは、そんな言葉だった。ユウさんに同意する、ということはつまり……ラキオさんに投票する、ということだろう。
「……なら、もう結果は決まっているようだね」
うんざりとした表情で、ラキオさんは告げる。
これ以上の議論は無駄。それを、身にしみて感じているのだろう。
「言っておくが、僕が冷凍睡眠させられることでこの船にいる人間の敗北は確定するンだよ。君たちはもう少し考えた方がいい」
ラキオさんの意見は正しい。ラキオさんがコールドスリープしてしまえば、後は僕がこの船を制圧すればいいだけだ。
だから、ラキオさんは乗員を生き残らせるために、自分が凍らされないように、努力する必要がある。
ラキオさんは、部屋を見渡す。ここには、彼の味方は誰もいなかった。
ラキオさんもそのことに気がついたのだろう。うんざりとしたように息を吐き、睨むようにこちらを見た。
「……救いがたいね。集団自殺する動物のようだね。ああ僕はいいよ。構わない。例え僕には死刑宣告に等しいとしても甘んじて受け入れよう。むしろ甘美だよ。感涙ものだね」
そう告げるとそっぽを向き、足早にメインコンソールから出た。コールドスリープ室へと向かっているのだろう。
その姿が、不貞腐れた子どものように見えて、僕は少しだけ笑いそうになった。
「私はラキオのコールドスリープを見届けるよ。君は……うん、ゆっくり休んでいたらどうかな」
「……そうだね、そうさせてもらう。セツ、ありがとうな」
ユウさんはセツさんへと手を振る。セツさんは部屋から出ていった。
ユウさんは、セツさんの後ろ姿を見届けたあとに、僕を見た。
「セツにも言われたけど、少し疲れたから休むことにするよ。離席しているかもしれないが、用があるなら個室に来てくれて構わない」
ユウさんは、くぐもった声音でそう告げた。
「……分かりました。お疲れ様です」
「うん、そっちこそお疲れ。また会おう」
「……はい」
ユウさんの姿を見届ける。下層へと繋がるスロープとは真逆の方角へと向かっている。
多分、僕に告げたように、自分の個室へと戻ったのだろう。
ユウさんの姿が見えなくなるまで見届けて、そしてメインコンソールへと戻る。
この場には、僕しかいない。
そのことを理解した瞬間、笑いがこみあげてきた。
今回の件でわかったことがある。
それは……僕が協力していたユウさんは、とんでもない間抜けだったということだった。
もしかしたら最後まで本性を隠していて、最後の最後で僕に票を入れるということをするかもしれないとも考えていた。それでも、ラキオさんに票を入れた。
その頓痴気具合には感謝するべきなのかもしれないが、あまりにも考えなしだった。どうかしているとしか言いようがない。
話、か。ユウさんは僕から話を聞きたいと告げていた。それならば、この後は……部屋に向かうべきだろうか。
僕は、まとまりのない思考のまま、メインコンソールの操縦席へと足を踏み入れた。そして、この船の支配権をもぎ取る。それは、思っていた以上にあっさりと奪取出来た。
『レムナン様。今日はどういたしましょうか?』
LeViさんは微笑んでそう告げた。
……微笑んで?
いや、LeViさんは擬知体だ。それも姿を持たない擬知体であり、表情なんて分かるわけがない。だから、これは僕が勝手に想像しているだけなのだろう。
今後どうするか。まだ、詳細は決まっていない。何せ、本当に生き残れるなんて思っていなかったからだ。正直、今でも夢なんじゃないかと考えてしまう。
頬をつねっても感覚がある。それが、今このときを現実であると物語っていた。
漠然となら、やりたいことがあった。
「深宇宙へ向けて空間転移の用意をお願いします」
前から望んでいた場所。それを告げると、LeViさんは快諾してくれた。
『了解しました。では、レムナン様──良い旅を』
LeViさんに感謝を告げて、僕はメインコンソールから出た。
空間転移をお願いしたとはいっても、すぐに出来るものではない。準備にはそれなりに時間がかかるだろう。
この船で今活動しているのは、僕と、ユウさんとセツさん。そしてセツさんはコールドスリープ室にいるのだろう。ラキオさんのコールドスリープはもう終わったのだろうか。
コールドスリープ室には立ち入りたくない。ただ、セツさんがユウさんと居合わせることになるのは避けたい。出来ることなら、セツさんは今すぐにでもグノースへと捧げたい。
だから、僕は周囲を見渡して、下層へと向かった。
コールドスリープ室の前でセツさんを待つことにした。幸いにも、ここで長く待っていても気に留めるような人物はもういない。そのため、気にすることなく、ゆっくりと待つことにした。
それから、どれくらいのときが経ったのだろう。静かだった廊下に、扉を開く音が響き渡り、2つの赤い髪留めをした人物……セツさんの姿が現れた。
それを見て、僕は胸が昂揚するのを感じた。
僕はグノーシアだ。この場にいる誰よりも意味のある、強大な存在だ。セツさんだって僕に敵うこともない。
セツさんの目は、僕を捉えた。その赤い瞳からは、力強さを感じる。それでも、僕は臆することはなかった。
「……レムナン?」
僕の名前を呼びかける、淡々とした声音。それに答えずに、僕は口を開いた。
「今から貴方をグノースのもとへと送り届けます」
「……そうか」
「……僕の、勝ち……ですね」
そう、僕の勝ちだ。まごうことなき圧倒的な勝利。口に出すと、より一層心の中で何かが肥大していく。
普段押しとどめていた感情。負の感情がとめどなく押し寄せる。
「さあ、謝ってください! グノーシアの僕に! 今まで僕を侮ってきたこと! その目ッ! 謝れ……全部、全部ッ!」
どうしようもなく素晴らしいこの力のおかげで、僕は自由になれた。
どうして僕なんかが今生きているのか?
それは今まで、乗員全員に侮られていたからだ。
セツさんは僕のことを、生きていてもなんの障害にもならない存在としてしか見てこなかった。ラキオさんだってそうだ。怪しいのはユウさんだけじゃないはずなのに、ユウさんにしか疑いを向けなかった。
本当の、本当に救いようがない。
普段なら言えないような台詞が、まるでタガが外れたように、淀むことなく告げられた。
言い切ったあとに、セツさんの顔を見る。
「やはり、そうなんだね」
……セツさんは謝らなかった。その表情にだって、何ら変化はなかった。
「……謝れと言っているのが、聞こえないんですか?」
「君を侮ったことはない。だから私は謝らないよ」
セツさんは表情ひとつ変えずにそう告げた。
「ユウに協力したくて譲歩してしまったけど、もう少し考えるべきだったかもしれない」
「何の話ですか」
ユウさんに譲歩? 協力?
言っている意味が分からずに、セツさんを見る。僕の問いに対する返事はなかった。
「私を消すことは構わない。でも、ユウには……酷いことをしないでやってくれ」
さっきからセツさんは、何を言っているのだろう。
セツさんが僕に頼みごとを出来るような立場ではないことは、彼自身が一番分かっているだろう。もしかして、この現状でそのことが分からないほどに、セツさんは愚かなのだろうか?
「僕には、貴方の言うことを聞く義理はありません」
「いや、あるだろう」
……その断固とした態度に、僕は頭に血がのぼり、言葉を発そうとした。
セツさんは、僕を見ている。見透かすような目で、僕を見ている。僕は威圧されてしまい、一瞬口を開けなかった。
セツさんは僕よりも少し早く口を開いた。
「だって、レムナンは──ユウのことが好きなんだろう?」
どくりと嫌に鼓動が高鳴る。
「そんな、ことは……」
ないと告げるつもりだった。それでも、思うように言葉を出せない。
……セツさんは、きっと、そういう意味で言ったわけではない。それでも、僕はそういう意味として認識してしまった。
……嫌悪でどうにかなってしまいそうだ。
「……僕は」
今考えるべきではないことを、奥底へと押し込めて、僕は口を開いた。
「僕は、僕の思うままに行動します。もう、誰かの命令なんて聞きません。貴方の指図も、どうでもいいことですから。だから今は……貴方を消します」
「……好きにしてくれ」
負けを悟ったように、セツさんは目をつぶった。
おかしな話だ。セツさんは華奢に見えるが、軍に所属していることからして、僕よりも圧倒的に強いだろう。触れただけで消すことが出来る僕を相手にするにしても、うまくいけば勝てるだろうに、その機会を逃しているのが、釈然としなかった。
しかし、消さないという選択肢は存在しない。僕はセツさんの境界に触れる。そうすると……なんの抵抗もなく、彼はこの宇宙から消え去った。