レムナンは協力することにした   作:笹案

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Day7(後編)

 セツさんがグノースへと捧げられたことを見届けたのち、僕は歩き出した。

 

 どうでもいいことと切り捨てたはずの、彼の言葉が頭にこびりついて離れない。

 それでも、もう構わない。どうせ今日で全てが決まる。

 そんな投げやりな気持ちのままで歩いていると、ユウさんの個室の前へとたどり着いていた。

 今、この船で生命活動をしているのは、僕とユウさん以外にいない。だから僕は暇つぶしに相手を探していただけだ。

 そう心の中で呟いて、扉をノックする。

 少しの間のあとに少し扉は開かれ、その瞬間、お茶の香りが周囲に広がった。

 

「……こんにちは」

 

 僕が声をかけると、ユウさんは微笑んだ。

 ユウさんの髪は少し濡れていて、肌もどこか上気している。服だって普段のものとは違う、簡素で無防備なものだ。だから、きっとシャワーでも浴びていたのだろう。

 信頼されている、気を許されている。そのことに気がつくと、幸福感……多幸感に満ちた。

 

「こんにちは、レムナン。今日はグノーシアが現れないといいな」

「そうですね」

 

 まだそんなことを言っていることが馬鹿らしく感じられたが、まだ否定しなくとも構わないだろう。

 

「……良い香りがしますね」

 

 そう告げると、ユウさんは嬉しそうに頷いた。

 

「ああ、今紅茶淹れたところだから。ステラから淹れ方を教えてもらっているって話はしたっけ? 中々上達してきたんじゃないかなって思うんだ」

 

 ユウさんがステラさんとそういうことをしていた、という話を聞いた記憶はないが……あの2人は仲が良いように見えたから、そういうこともあるのかもしれない。

 

「ユウさん」

「……レムナン、どうした?」

 

 名前を呼び、反応してもらえる。それだけで、なぜだか安心した。

 

「何でもないんです。ただ、ユウさんと一緒にいたくて」

「私と?」

「はい。駄目……ですか?」

 

 そう告げると、ユウさんは個室の方へと目を向けたあとに頷いた。

 

「駄目じゃないよ、入って入って」

「失礼します」

 

 そういえば、ユウさんの部屋に入ったのは初めてだ。いつも僕の部屋に来るばかりだったため、そのことが新鮮に感じられる。

 部屋の構造も、ベッドや机の配置も僕の部屋と変わりない。しかし、そこにある家具は、旧時代的なものばかりであり、ユウさんが寝泊まりしているという事実を示していた。

 ユウさんはベッドへと座り、僕を椅子へと(うなが)した。それに従い、僕は椅子へと腰掛けた。そして、机に置かれたティーポットとカップへと目を向ける。

 

 ティーカップは2つ用意されていた。元々、僕が来ることを予想していたようだ。

 ……よく考えずとも、僕らは毎日顔を合わせていた。それなら今日僕から顔を出さなくとも、ユウさんの方から僕に会いにきていたのかもしれない。

 ユウさんの手によって、空のカップに、琥珀色の液体が注がれる。それに感謝の言葉を告げて、手に取る。それなりに熱かったため、火傷しないように慎重に口へと運ぶ。

 

「レムナン、ご飯食べた?」

「いえ」

「じゃ、これどうぞ……って言っても、調理用プラントで生成しただけだが」

 

 空笑いして、ユウさんはバケットの中からパン類を取り出した。

 ユウさんも食事を摂っていなかったようで、取り出したパンを口に含んだ。今日はあまり美味しそうには食べていない。上の空といった感じだった。

 やはり無言でパンを食べ始めたユウさんに続いて、僕もバケットの中のパンへと手をつける。口内の水分が持って行かれるため、紅茶を飲みつつ食べているうちに、2人分あったバケットの中身は空になった。

 食べ終わったあとも、ユウさんは何かを考えているようだった。

 

「……もう、終わりか」

 

 やはり、その声も楽しそうなものには聞こえない。

 

「もうそろそろ、この船ともお別れだね。レムナンにとっては、こんな船でいいことなかっただろうし、清々するんじゃないか?」

 

 ニヒルな笑みを、どこか(さび)しそうに浮かべるユウさん。

 やっとグノーシアを排除する日々が終わり、日常へと戻ることが出来るのに、どうしてそんな表情を浮かべるのだろうか。

 

 僕はこの船で、疑心暗鬼の日々を送らなければならなかった。マナンにだって再会してしまった。それが、苦しくて辛くて仕方がなかった。

 ……しかし、それだけではなかった。

 

「いえ、確かにこの船で、嫌なことはありましたけど……ユウさんと、出会えたことは嬉しいですから」

「レムナン……」

 

 ユウさんは、感極まったような、泣きそうな表情をしている。単純な人だなんて思ってしまうが……それは僕も同じなのかもしれない。

 僕が告げた内容には偽りはない。僕は本当に……ユウさんと出逢えてよかったと、心の底から思える。

 

「きょ、今日は次の空間転移の時間までいっぱいお話しよう」

「はい」

 

 ユウさんは、どもりながら僕にデブリチョコを差し出した。それにお礼を告げて、ユウさんを見る。

 

「話、話か……そうだな」

 

 ユウさんは少し考えた様子だったが、すぐに思い出したように口を開いた。

 

「前にさ、私は話をしたと思うんだ。この船から……そう、この船から降りたあとの話をさ」

「そうでしたね」

「もう全てが終わるじゃないか。レムナンは、今後どうするつもりなんだ?」

 

 この前、ユウさんは僕の問い……この船から降りたあとの願望を告げてくれた。これで僕が答えないというのは、ユウさんにとっては面白くないことだろう。

 

「僕は……本当は、今後のことなんて考えていなかったんです。だって、僕はこういうときは決まって、一番酷い目に遭いますから」

「あー、レムナン幸薄いしな」

「そう、見えるんですか……?」

「第一印象がどうだったかは憶えていない。でも、しばらく接していると……まあレムナンはそんな印象かな。少なくとも運がありそうには見えない」

「そう、ですね。自分でもそう……思います」

 

 きっと僕は、徹底的についていないのだろう。それでも、今はこうして生きている。

 

「正直……今のことは、夢のようだと、思っています。でも、これは僕ひとりの力じゃなくて……貴方のおかげでもあると、思います。ですので……」

 

 僕はユウさんを見た。

 

「2人で生き残れたら、僕の話をすると……言いましたね。お話しします」

「まだグノーシアを全員コールドスリープしたって決まったわけじゃないだろうに、良いのか?」

「はい、もう……良いんです。それに……僕が今までどんな暮らしをしてきたのか……ユウさんに、知ってもらいたいんです」

 

 それは、言ってしまえば終わってしまうと思っていた。しかし、どちらにせよ今日で終わりだ。それならば、今告げたほうがいいだろう。

 

 最初の言葉を告げるには、少し躊躇いがあった。どんなに心構えをしていたところで、染みついた恐怖は拭えない。

 それでも、無理やりに喉を震わせて、僕は話した。

 住んでいた星が擬知体しかいない星であったことも、実はゲームをすることが好きなことも、仕事を深宇宙で行っていたことも、そして……マナンとの最悪な日々のことも、吐き出した。

 ユウさんは、どんな顔をするのだろう。同情されることは……嫌だったが、告げる選択をしたのは他でもない僕だ。なんだって、甘んじて受け止めよう。

 

 話している最中、ユウさんは静かであり、なんの言葉も語らなかった。ただ、話し終えて少し経ったあとに、そっと僕の頭に手を触れさせた。

 瞬間、体が震えてしまうのが分かった。

 

「……レムナンは、私が怖い?」

 

 またしても気を遣われているらしい。ユウさんは、恐る恐るといった感じで問いかけてきた。

 ユウさんが怖いか。なぜそんなことを聞いてくるのか分からない。

 

「……ユウさんのことは、信頼しています」

 

 ユウさんは、僕を抱きしめた。生きている、人の温もりを感じる。

 

 しかし、不安に思っているのを示すように、僕の肩におかれていた手が離れていく。それが名残惜しくて、僕はユウさんの腰元に手をまわした。そうすると、今度は、幼子にするように、優しく腰を叩いた。それに安心して、目をつぶる。

 僕には、人間の親はいなかった。存在自体はあったのだろう。それでも、姿は一度も見たことはなかった。でも、いたら……こんな風に、あやしてくれたのだろうか。

 マナンには、何度も抱きつかれた。その度に死ぬような目に遭って、確かに僕は……人と触れ合うのが怖かったし、今でも怖い。それでも、今は……こうしているのも、悪くはないと思ってしまった。

 ユウさんは、記憶喪失だと告げていた。だから、今の状況にも違和感を持たないのかもしれない。ただ、今はそれでよかった。

 

 時間はどれほど経ったのだろう。ユウさんは、ふっと僕から体を離した。

 

「……ごめん。辛いことを聞いてしまったね」

「いえ、いいんです。僕は……今幸せですから」

 

 僕がそう告げると、ユウさんは笑みを浮かべた。心の底からの笑みというよりも、バツが悪いときに浮かべるようなそれ。やましいことがあるように、僕から視線をそらしたが、すぐまっすぐに僕を見た。

 

「……レムナンはさ、もっと幸せになれるよ」

 

 迷いなくそう告げると、今度は優しげに微笑んだ。

 

「きっと昔は最悪だっただけ。あとは、よくなるだけだ」

 

 いかにもユウさんらしい、危うい上に楽観的な考えだった。いつもだったら、そんな言葉は信じられない。でも、その“らしさ”に今は救われる。

 

「そう、ですね。僕はやっと、マナンから開放されました。本当に……感謝しています」

「感謝しているのは私の方だよ。お返しと言ってはなんだが、私で良ければ言うこと聞くよ」

 

 そんな言葉を(のたま)うユウさんの表情は、真剣そのものだった。

 遠慮はいらないらしい。僕は少し心が軽くなったような気がして、口を開いた。

 

「そうなんですね。それなら……僕と……」

 

 

『まもなく、空間転移を行います。乗員の皆様は自室にお戻り下さいませ』

 

 運の悪いタイミングで、LeViさんのアナウンスが聞こえた。

 もう少しタイミングを考えてほしかったが、LeViさんはこの室内の状況を確認しているわけではないだろうし、頼んでいたわけでもないため仕方がないのだろう。

 ユウさんも気が削がれたのか、少し苦笑をして……すぐにその表情を引き締めた。

 

「まだ、空間転移の時間には早いんじゃ……」

 

 ユウさんは、いつも肌見離さずに持っている時計へと目を向けた。その瞬間、小さく声を漏らした。どうやら、今の状況を理解してしまったようだ。

 

 残念だと思う。でも、これからユウさんがどんな反応をするのか興味深くもあった。

 だから僕は告げることにした。すべてを終わらせる言葉を、そして信頼を裏切る言葉を。

 

「この船は、もう制圧しています」

 

 息を呑むように、ユウさんは押し黙る。そして……全てを察したように、冷静な目で僕を見る。

 

「……そう、か」

 

 重々しい声音だった。

 その頭には様々な思いが巡っているのだろう。僕に裏切られたと思っているのかもしれないし、脳内は僕に対する罵詈雑言で埋め尽くされているのかもしれない。

 そう考えたあと、それはなさそうだと思い直す。ユウさんが僕を嫌うようには、どうしても思えなかった。

 

 数十秒後、考えを整理し終えたのか、ユウさんは口を開いた。

 

「……私を消す?」

 

 まるで、セツさんのようだった。

 今から消えるのに、全く泣かないし喚かない。抵抗することも諦めて、運命を受け入れているような姿。別に僕に消されることをなんとも思っていないような顔が、セツさんに重なるようで嫌だった。

 

「いえ、ユウさんはグノースには捧げません。それに……もうすぐ、この船は深宇宙へと向かいます」

「……え」

 

 言っていることが理解出来ないというように、顔を歪ませた。

 

「セツさんは、もうグノースへと送り届けました」

「それならLeViが黙っていないはず」

「彼女は僕の味方です」

 

 一歩引かれた。その表情は、困惑で彩られている。

 

「なんで、レムナン。私を、そんな……セツは……いや……そうじゃなくて、グノーシアは、人を襲うはず。そういう風に脳が変化するって……」

「よく知ってますね、でも……でも、貴方だけは、いかにグノースのもとであろうと送りたくありません」

 

 ユウさんには、グノースへと捧げる価値もない。ユウさんを捧げようとしたところで何の意味もない。なんで僕が、そんな無駄なことをしなければならないのだろう。

 

「だからどうか……僕と深宇宙に来てほしいんです」

 

 ユウさんは、閉口した。うつむいてしまったために、その表情は窺えない。

 

 騙していたのは、僕が悪い。それでも、今までずっとそばにいて、全く僕に疑いの目を向けないユウさんもユウさんだ。

 本当にユウさんは間抜けだ。

 グノーシアとして勝つ気力を失っていた僕を元気づけて、乗員を負けへと導いた。

 

 ユウさんは鈍感だ。

 ずっと一緒にいたのに、僕のことを疑おうともしなかった。

 

 心の中で、ユウさんの悪いところを思い浮かべる。

 能天気で、不真面目で、強引さが残る性格。その上に趣味も合わないユウさんとは、こんな非常事態でなければ、そして僕がグノーシアでなければ関わることのない人だっただろう。付きまとわれるのも、媚びを売られるのだって良い気はしない。考えれば考えるほど、僕がどうしてユウさんと組んだのか不思議で仕方ない。

 だからきっと、僕はユウさんのことが苦手だったはずで……

 

 

 

 レムナンは──ユウのことが好きなんだろう?

 

 セツさんに言われた言葉。好きなんて、そんな言葉は嫌いだ。嫌いだった。その言葉はマナンがいつも僕に縛り付けるために告げていた呪いの言葉でしかなかった。でも、セツさんに言われた瞬間、僕は否応なしに自覚してしまったのだろう。

 

 僕は、鈍くて、馬鹿で、それでいて優しいユウさんのことが……

 

 

 

「──すまない」

 

 顔を上げたユウさんは……淋しそうに、ただ静かに笑っていた。

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