特記事項:ユウ
初めましてを繰り返した。
また明日、も繰り返した。
出会い、別れ、そしてまた出会い。
一から関係を構築するのは、それなりに大変だ。それも知っている人と、また最初から関係を構築しなければならないということは私にとって、辛いことだった。
それでも、そのことに気がついてしまっても、そのうちに感覚は麻痺した。それに、私は随分と嘘をつくのが上手になってしまったようだ。
また今度。また会おう。
そう告げて繰り返した。そのたびに、ただ笑った。ただ
私は人間だ。私は留守番だ。私はエンジニアだ。私はドクターだ。私は守護天使だ。私はAC主義者だ。私はグノーシアだ。私はバグだ。私は……何だ?
たまに、自分が何者なのか分からなくなるときがある。私は、とうに壊れてしまっているのかもしれない。ああ、別にいい。別にいいんだ。ただ繰り返せばいい。
繰り返す。繰り返す。問答を、議論を、生き残るために繰り返す。私は生きている。セツも生きている。だから早くこのループから抜け出したい。抜け出さなければセツは救われない。
セツのために、みんなのために、そして……自分のために頑張らなければならない。
いつも通り笑って、雑談をして、土下座をして、みんなの話を聞いて、そうして生にしがみつけばいい。
今までも大丈夫だった。ククルシカに殺されたときも何度もあった上に、SQに半殺しで飼われたループも数多く存在していたものの、私はこうして生きている。だから、このループも、きっと大丈夫、大丈夫なんだ。
目をつぶり、そして開ける。
今回こそは……なんて、淡い期待を胸に秘めて。
──LOOP562
「それでは、あの……僕の名前は、レムナンです。皆さん……よろしくお願い、します」
「ユウさん……です。僕が、変だな、と思うのは」
「どうして今、そんな話……するんですか? ユウさん、僕は、貴方のことが……分かりません」
「……話すことなんて、ありませんから」
「ユウさんを信じて、いい……ですか? ぼ、僕にはそうは思えませんけど……」
「これで……終わり? そんな、だったら僕……、す……すいませんでしたユウさん! ぼ、僕は、てっきり……ユウさん、は……敵だと……!」
ああ、またか。
そんな苦い思いを隠して、ユウは笑った。
大丈夫だ、気にしていないよ。そんなことよりも、無事に生き残れた喜びを分かち合おうじゃないか。
歯の浮くような台詞を並べ、気にしていないような素振りで、レムナンに笑いかける。
そのたびにレムナンは、ユウに不可解なものを見るような目を向けた。
それは、常だった。
ユウという人間にとっての日常茶飯事。
レムナンという少年に疑われ続ける日々。
理由はきっとないのだと分かっている。分かってはいるが、それでもユウにとっては辛かった。
♢
ユウは、記憶喪失である。
皆が当然のように持っている過去の出来事も、なにもかもを憶えていない。
ただ知識だけを得て、情緒もなにも持ち合わせていなかったユウは、最初は人形よりも人形らしかった。
そんなユウが、こうして感情豊かになれたのは、銀の鍵という一種の生命体が関与している。
銀の鍵は情報を求めている。この船の乗員の情報を求めている。だからユウは、それに従った。乗員のことを知るたびに、優しさを知るたびに、ユウの心には芽生えるものがあった。
ループした回数は数百回以上、年月で言えば6年を優に越える日々は、ユウという人間を確立するためには十分な年月だった。
楽しいことばかりではない。
それでも、ユウにとってはそれが普通であり、日常だった。別の環境へと身をおいていたセツとの違いはそこだったのかもしれない。そのため、ユウは心が強いというわけではなかったが、セツを元気づけようとするだけの精神的余裕があった。
セツ。彼はユウが特別な感情を抱いている存在だった。
記憶を喪ったユウが、初めて目を合わせた相手がセツだった。初めて自分の名前を教えてくれた相手もセツだった。それから分からないことを教えてくれ、ユウに寄り添い、共に情報を集めてくれた相手もセツだった。
セツ本人には告げられないものの、ユウはセツをかけがえのない友でありながらも、親のような存在として認識していた。
だからこそ、セツの望みを叶えたいと思い、セツが悩んでいることがあるのなら力になった。
全てはそう……セツのために、なんていうと主語が大きすぎるかもしれないが。
これまでユウは順風満帆とはいかないものの、なんとかループを進めていた。しかし、ひとつの壁に衝突した。
それは……レムナンとは壊滅的にそりが合わないということだ。
レムナンという少年は、臆病な少年だったが、優しいところもある少年だった。しかし、その優しさというのがユウに向けられることはついぞなかった。人間不信気味なのだろう。そして、ユウに対しては顕著にその傾向が見られた。
嫌われるのはまだ構わない、とユウは考える。それでも、嫌われているせいで、レムナンの情報を集められないのは、ユウにとっては死活問題だった。
銀の鍵が求めている情報は、粗方集め終えたはずだ。他の乗員の情報は出揃い、どうやったらこのループが終わるのかも理解した。
この船に滞在する乗員たちの情報を集め終えれば、自ずと道は拓けるはずだ……と。
しかし、そこで、詰まった。目の上のたんこぶであるレムナンと、全く友好的な関係を築けないからだ。
レムナンと、なんとかしてうまくやっていかなければならない。
そのため、ユウはレムナンに接近した。
レムナンを好きだと、信用出来ると本人に告げたところで、逆効果だった。レムナンはむしろ前よりもユウを嫌った。好きだと告げられるのは、訳もなく好意的に接されるのは、レムナンにとっては恐怖でしかなかったのだ。
そのことに気がつかないユウは、何度も挑戦し……そしてくじけた。レムナンのことは後に回し、他の人を優先しようと思うようになった。
しかし、他の情報を集め終わったユウには、結局のところ、レムナンの情報を得なければならなくなった。
ユウは気持ちを切り替え……そして、次のループに望んだ。
──LOOP563
♢
「……大丈夫なんだろうか」
ループ開始。ユウが目を開けると、そこにはセツがいた。だからこそ、不安の声をもらしてしまったのだろう。
セツは、気落ちした様子のユウを心配そうに見た。
「話なら聞くよ」
「レムナンが、私のことを嫌いみたいなんだ。それで話を聞けないというか……ループが終わりそうにないんだ」
ユウは、しどろもどろに言葉を告げる。結局のところ、レムナンのことが気がかりで仕方がなかったのだ。レムナン以外の不安な点なんて、またククルシカが暴走しないかなんてことであり……それでも、ユウはレムナンのことで頭が埋め尽くされていた。
「レムナンは君のことを嫌ってはいないんじゃないかな。まあ……避けられてはいるようだけど」
「どっちにしろ同じことだよ、セツ。こんなんじゃレムナンから情報を得られない。セツはどうやって彼から情報を聞き出せたの?」
「すまない、私は苦労した記憶がないから力になれそうもない。私としては……沙明の情報を集めることが出来る君を尊敬するけどね」
セツが沙明を苦手であるということは、ユウにとって、というよりも乗員全員が知る情報だった。
しかし、集めないことには全てを終わらせることが出来ない。そのことをセツも理解しているのだろう。困ったような表情で、仕切り直すように口を開いた。
「せっかくループ地点で君に会えたんだし、情報共有をしよう」
「……うん」
気弱に、ユウは頷いた。そして銀の鍵を取り出して、セツのそれと合わせる。そうすることで、銀の鍵は輝き……辺りに情報を映し出す。
セツは、今回は乗員らしい。そして、ユウもまた乗員だった。その事実が心強く、ユウの肩の力は抜けた。
「今回は味方同士だね、よろしく。そして、レムナンのことだけど……大丈夫だよ。君なら、きっと」
セツは、緩く微笑んだ。なんの確証もない言葉。それでもユウは、少し気が楽になるような気がして笑みを浮かべた。
「とにかく、今はメインコンソール室に向かうべきだ。結果ならあとからついてくるよ」
ユウは、セツの言葉におずおずと、しかし頷いて一緒にメインコンソールへと向かう。幸いにも場所はそれなりに近いため、難なくたどり着くことが出来たが……
レムナンの隣にユウは腰掛けたが、彼には不審そうに見られている。その疑心に満ちた目に気がつかないふりをして、ユウは議論に望んだ。
今回は、レムナンを庇いながら議論を進めようとしたために、ジョナスを凍らせてしまい、1日目は終わった。
議論が終わり、メインコンソールでひとり取り残されたユウは、ない知恵を絞り考える。その結果、たどり着いた結論は……やはり、レムナンに会いに行き、協力を結ぼうということだった。
セツはいつかのループのときに、協力することで乗員から話をしてもらえると告げていた。そして、ユウはそのことを実際に体験した。協力関係に持ち込めると、気を許してくれることは何度もあったからだ。
今までのループでも、何度か協力要請はした。それでも、あえなく拒否されるのが毎度のことであり、今回もダメ元ではあった。それでも、レムナンと協力が出来た。
レムナンがバグであってもグノーシアであっても、協力を持ちかけて成功したことはついぞなかったのだ。それなのに、今回は成功した。
夢のようだった。
今までのループよりも、確実に信用してもらえている。
それが、ユウにとっては嬉しかった。ステラに勘ぐりをされることも茶化されることもあったが、それもユウにとっては満更でもなかったのかもしれない。
ユウは、暇さえあればレムナンに会いに行った。
最初は打算や義務感から、その次は自分が楽しかったから、そしてその次は……
「──この船は、制圧しています」
……その結果がこれだ。
嫌われるほうが、気が楽だったのかもしれない。自覚しないほうがマシだったのかもしれない。
このループは、ユウにとっては心地の良いものだった。
なんせ、レムナンの疑う相手を疑い、票を入れればいい。脳死で行動したらいいからだ。
ユウにとって、レムナンと一緒にいるときはユウにとっての“日常”を忘れられた。レムナンと一緒にいると、ユウは“非日常”を体験することが出来た。ユウは心の底からレムナンを信頼することが出来た。
ユウは3日目に、自暴自棄になっているレムナンを目にした。彼は自分の話をするのだと、だから放っておいてほしいと告げていた。これはまたとないチャンスのはずだった。この機会を逃せば、レムナンかユウがコールドスリープか襲撃される可能性もあった。こんなループは二度と訪れないのかもしれない。それでも、ユウは……そのチャンスを手放した。
打算で動いていたユウ。しかし、そのときに明確に、レムナンと向き合いたいと思うようになったのだろう。
レムナンと一緒にいることで、今までユウが知ることのなかった彼を知ることが出来た。少年のように目を輝かせるレムナンも、機械のことを楽しそうに教えてくれるレムナンも、ユウにとっては新鮮で……それはそれは愛おしく、思えてしまったのだ。
怯えることがなく、こちらを不審に思うレムナンもいない。それが、ユウにとっては何よりも嬉しく……だからこそ、視野を狭め、ドツボにはまってしまったのだろう。
まだ、ユウはループをしていない。まだこの世界に存在している。
急にたくさんの情報を手に入れたために、鍵が情報を喰むのに手間どっているのか、それともまだループをする条件を満たしていないのか。
前者ならば、なにをせずとも強制的にまた別の宇宙へと飛ばされるだろう。それでも、後者だったならば……ユウは考えて、首を横に振った。
幾ばくもの宇宙を共にしてきたセツのことを考えると胸が痛い。ようやっと、開放される道筋が見えてきたのに、あんまりだった。
なあ、銀の鍵。お前は……こんな話を望んでいたのか?
ユウは、自分の中に埋まる鍵へと心の中で呟いた。
銀の鍵が望んでいることは、きっとまだある。だからこそユウは、この宇宙に存在している。
それでも、ユウはそのうちにループしてしまうのだろう。ここにずっと留まることは出来ない。
つまり、レムナンはいずれひとりになる。ユウという人間が存在していたことすら思い出せなくなるのだろう。ユウがいなくなったことにより、正常に宇宙は回っていく。いつも通りのバランスをこの宇宙は取り戻す。
それがいい、それでいい。
そう思っていたのに、レムナンを見て、その選択を後悔した。
目の前にいる少年を見て……いつか、ユウが協力した幼い少女を思い出したからだ。
あの少女は、今も元気でいるだろうか。頼れる存在を作れただろうか。人間である彼女ならば、きっと問題ないのかもしれない。それでも……レムナンは、どうなのだろうか。
セツはみんなが幸せな世界を望んだ。
ユウにとってもそれは同じだが、ユウはその中でも……レムナンに幸せになってほしいという気持ちが強くなってしまった。
だからこそユウは、納得のいく結末を願わずにはいられなかった。
「──すまない」
ユウは恐怖を誤魔化し、レムナンを見た。
また会おう、なんて言葉ではなく……本当の別れを告げるために。
ユウ:いわゆるプレイヤーの立ち位置にいる人物。ユウという呼称はセツに教えられ、口調はセツから移った。セツとは運命共同体。直感とロジックが壊滅的なパッション人狼勢。ククルシカのことが怖くて無条件に疑いがち。他の乗員のデータは集め終えたのに、レムナンに嫌われていたために乗員データを集めあぐねていた。
レムナン:ククルシカほどではないものの、結構感情で、特に負の感情で動く印象がある。
レムナンの友好度:レムナンの初期友好度は低いらしく、レムナンに嫌われやすい。彼に嫌われていると雑談をしようとしても止められたり投票され続けたりするので手を焼くプレイヤーも多いはず。だから、庇う必要があったんですね。
ククルシカ:小悪魔か悪魔かは紙一重。
幼い少女の話:グノーシアにおいて恋人役職っぽいのがあるのはあのループだけなのではないかと思います。とても好きな話のひとつです。