レムナンは協力することにした   作:笹案

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議論終了後
After 


 

 僕は、勝った。この船を掌握することが出来た。

 

 ユウさんには、グノースへと送り届ける価値なんてないだろう。そんなことをするのは無駄でしかない。きっと、そのはずだ。そう自分を納得させて、そしてユウさんを深宇宙へと誘った。どうして僕を助けようとしたのかと聞くために、一緒にこの船に滞在しようと思った。思っていた。

 

「──すまない」

 

 ユウさんは、そう謝罪したあとに僕を見た。

 

「その頼みを聞くことは出来ない。それに……私はろくなやつじゃないから、心置きなく消してくれ」

 

 静かに、突き放すような目。

 そんな言葉を告げられるのは、当然のことだったのかもしれない。それでも、僕には納得なんて出来なかった。

 

「そんなこと、ユウさんがいう筋合いなんて……」

「空間転移、なんだろう。それなら私は意識を保てないわけだ。あとはレムナンに任せるよ。私を消すのも残すのも、好きに選択してくれて、構わない」 

 

 ユウさんは布団へともぐりこんだ。

 やはり、前と同じように警戒心を解いた様子で。

 ……警戒心を解かれているのか。

 もしかしたら、それすら勘違いだったのだろうか。セツさんは僕に抵抗しなかった。そして、それはユウさんも同じであり……そもそも、自分が死ぬことすらもユウさんにとってはどうでもいいことだったのかもしれない。

 

 

 空間転移が始まった。だから僕の時だけが動く。僕は……何も出来なかった。

 空間転移中、グノーシアは行動することが出来る。それでも、短時間だけであり……その短時間だって、グノースへと人を捧げればすぐに終わる。しかし、何もしなくてもしばらく経てば、他の人と同じように意識を保てなくなる。

 

 だから意識は落ちていき……そして、目を覚ました。

 

 

「LeViさん。この船に台車……なにか、重いものを運べる道具はありますか?」

『必要ならば、こちらで生成します』

「ええ、それなら……よろしくお願いします」

 

 確認したあとに、それを取りに行き、僕は下層へと降りた。

 

 動力室を少し見る。きっと、こんな状況でさえなければ、僕はここに入り浸っていただろう。それだけ、僕にとってこの場所は……なんというか、心が落ち着く場所だからだ。それでも、そうできなかったのは、ユウさんのせいだろう。僕の趣味の合わなそうなユウさんと一緒に来たところで、そう楽しくはないだろうから。

 今僕がここに来たのは、少し勇気が足りなかったからだ。ユウさんに言えば止められるだろう。だから、僕だけで始末出来ればそれでいい。

 

 部屋を出て、コールドスリープ室に足を踏み入れる。コールドスリープ室の隣にはエアロックがある。

 

 部屋に入った時から、妙な汗が出て止まらない。動悸だって速くなって、それだけで死にそうだった。それでも、動きを止めるわけにはいかない。

 

 僕は宇宙服を装着し、そして機械を操作する。開いたポッドから取り出して、台車の上へと乗せて、運ぶ。そして、エアロックから船外へと投げ出した。

 

 そいつは目を覚ますことはなかった。段々と姿は船から離れていき、完全に見えなくなった。

 僕は長年の恐怖から開放された。やっと目的を達成出来た。それなのに……胸に満ちるのは虚しさでしかなかった。

 それでも終わった。全てが終わった。

 

「LeViさん。この場所を元の状態へと保てるように、よろしくお願いします」

 

 そう告げるものの、LeViさんの返事がない。

 

「……LeViさん?」

 

 彼女の名前を告げると、ようやく反応してくれた。

 

『ステラや、他の乗員の方々も船外へと投棄しますか?』

「いえ、そんなことはしません」

『分かりました。それでは、空気の充填を行います』

 

 今度はすぐに対応してくれた。多分、乗員を船外へと捨てるかの判断がつかなくて、少し対応が遅れたのだろう。LeViさんは、船内を正常な状態へと、すぐに戻してくれた。そのことを知らせてもらったあとに宇宙服を脱いで、息を吐いた。

 

 グノーシア反応の検出を告げるアラームは鳴らなかった。僕がこの船内を掌握したから、そんなものは鳴るはずもない。

 

 コールドスリープ室を後にし、ユウさんの部屋へと向かう。しかし、誰もいない。

 

 胸騒ぎがして、船内を駆ける。

 

 すると……食堂で、ユウさんの姿を見かけた。

 味噌汁を飲んでいたユウさんは、僕が来たことに気がついたのか、気軽に手を振ってきた。

 

「やあ、おはよう。昨日は私を消さなかったんだね」

 

 ユウさんだ。いつもと変わりない姿で、僕に声をかけてきた。

 

「お、おはようございます……」

「うん、おはよう」

 

 そう挨拶をすると、ユウさんは頷いて、目の前の食事へと箸を伸ばす。目刺しと味噌汁と、ごはん。そんないつか見たような組み合わせの朝食。 

 

「……食べる?」

「……い、いえ、いいです」

「そうか」

 

 生返事をしたユウさんは、真剣な表情で目の前の食事へと箸を運ぶ。そして食べ終わったあとにはトレーに乗せて片付けて、そして元の席へと戻ってきた。

 

「……あの、なんで、僕に話しかけてこれるんですか?」

「駄目だったか?」

「……いえ、駄目なわけ、ないです……けど」

「慣れているから。別に今更裏切られたところでなにも思わない。ああ、思わないとも」

 

 言葉とは裏腹に、トゲがあった。

 ユウさんもそのことを自覚したのか、微かに苦い表情を浮かべた。

 

「……駄目だな。君が私をグノースへと捧げなかったおかげで、こうして話が出来るのは嬉しいことなのに、素直に喜べない自分がいる。どうして私は消されていないのか……自分なりに考えてみたが、どうにも納得の行く答えが出ないんだ。だから、直球で聞かせてもらう」

 

 ユウさんは、淡々とそう告げると、僕の顔を見た。

 

「──レムナン、君はどうしたら満足する? 君が私を生かしたのには意味があるんだろう? きっと何らかの目的があるはずなんだ」

 

 目的、か。

 僕に、そんな大層なものはあっただろうか? いや、そんなことはなかった。

 

「……大層な目的なんてものはないですよ。これは、きっと……気まぐれですから」

 

 そう告げると、本当になにも理由なんてなかったような気がしてくる。

 

「……本当は、ひとりで、この船で深宇宙に行きたかったんです。煩わしいことも鬱陶しい人もいない船で、ひとり」

 

 ユウさんは、真横を見た。この場所では何も見えないが、外の……深宇宙の景色を想像しているのだろう。

 

「……深宇宙か。今いるのも深宇宙なんだっけ。レムナンは、ここで働いていたんだよな」

「……ええ、そうですね。最近まではそうでした」

「そうか。こんな騒ぎに巻き込まれて……災難だったな」

「災難だったのは、貴方の方でしょう。僕よりもろくな目に遭わなかったじゃないですか」

「こうして君に騙されたことか? こんなの君よりもマシだと思うけどな」

「いえ、そんなことではなく」

 

 言いかけていた言葉を止める。僕は……どうしてか、今関係ないはずのことを、思い出してしまったからだ。

 そもそも、議論が始まる前にユウさんに会っただろうか? いや、議論以前に会った記憶なんてない、そのはずだ。

 ……なぜ、議論前と会った記憶がないのだろう。議論する前に、その前日に全員と顔合わせをしたはずだ。それなのに、どうしてかユウさんに関することは……全く思い出せない。

 

 気づいてはいけない。きっと、こんなことに気がついてもいいことなんてない。

 僕はここにいる。ユウさんだって存在している。それでいい。

 

「……レムナン、君は……そうか……私がこうしてこの宇宙にいるという事実からして、あはは……本当困るな」

 

 そうおかしそうに笑ったあとに、ユウさんは僕へと向き直った。どこか、吹っ切れたような顔だった。

 

「……私は、ずっとこの船にいることは出来ないんだ」

「……どういうことですか?」

「君には包み隠さずに話そうか。もう隠しても無駄だろうし、君にばかり秘密を話させるのも気が引ける」

 

 ユウさんはそう告げると、ひと息置いて──

 

「私はずっと、何百回も、この船内でループしているんだよ」

 

 告げられた。前に、記憶喪失だと告げられたときのように、あまりにも簡単に。

 しかし、以前よりも突飛だった。

 

「そんなこと言い出すなんて」

「君は、私がイカれたと思うか? でも、私は正常だよ。信じてもらえないかもしれないが、本当のことなんだ」

 

 ユウさんはそこで言葉を区切ると、そこからは僕を見据え、ただ淡々と説明をし始めた。

 

「この船で、誰がグノーシアかは変わって、誰かがバグかも変わる。それでも、グノーシア汚染者だけは必ずいるこの宇宙船D.Q.O.の中で、議論を続けてきた」

 

「そして、私たちが乗員として生き残ったとき、そしてこうしてグノーシアに負けてしまったときに、またループをすることになる」

 

「だから、つまり、私にはもう時間がないんだ。また、平行世界……近隣の宇宙へと行くことになる」

 

「私はここにいてはいけない存在。いるだけで宇宙に歪みを与えてしまう存在なんだよ、レムナン」

 

 (なだ)めるような口調でユウさんが告げたのは、にわかには信じがたい内容だった。

 

「冗談、ですよね」

「……」

 

 ユウさんは、薄ら寒い笑みを浮かべている。

 否定も肯定もされない。

 その沈黙がむしろ恐ろしかった。

 

 マナンは、子供の身体を使って魂の移植をした。だからユウさんの告げる摩訶不思議な現象だって、完全に否定することは出来なかった。

 

「ラキオならこの事象について証明してくれるだろうし、夕里子も私の違和感には気がついている。夕里子はもういないが……ラキオなら、今からでも話を聞くことが出来るんじゃないかな」

「ラキオさん……ですか」

「ああ、ラキオなら私がループする事情を理解してくれるはずだ。試しに、目覚めさせてみたらどうだ?」

「……いえ、ユウさんとラキオさんが共謀している、というのも考えられますし」

 

 可能性を指摘すると、ユウさんは大仰に肩をすくめる。

 

「随分と疑い深いな。私の言ってることは真実であると信じてもらいたいんだがな。あとは……ううん、そうだな。これを見れば、信じてくれるか?」

 

 ユウさんは目をつぶり、そして開く。

 瞬間……ユウさんの手の上に、何かが浮かび現れた。

 それは、不思議な形をした物体だった。青く発光するそれは、2匹の蛇がお互いの尾を噛み合うことで輪を成しているような、そんな奇妙な形状をしている。

 不思議と魅入ってしまうと、ユウさんはそれをつまんだ。

 

「こいつが私がループする原因なんだ。こいつは私から離れない。身体から抜いた状態で放置しようとしても、船外に放り出してもすぐに私のもとへと戻る。燃やそうとしても、壊そうとしても全く傷ひとつ付けられない。そういうやつだよ」

「……試してみても?」

「どうぞ」

 

 ユウさんは何も気負う様子なく、それを僕へと渡してきた。

 僕は、それを持って天井へと目を向ける。

 

「……LeViさん、これを船外へと捨ててください」

『……よろしいのですか?』

「うん、構わないよ」

『分かりました。それでは……』

 

 LeViさんは、僕らがその物体から離れたのを見計らい、その物体を転送した。モニターでも確認し、それは確実に宇宙へと放り出された。ユウさんに目を向ける。

 

「……なくなりましたか?」

「……」

 

 ユウさんは黙り、そして再度それは姿を表した。

 

「これは、私の魂に結びついているんだろうな。実体はあるが、一度活性状態になると、こいつが満足するまで離れようとしない。理解してくれた?」

「まだ……もう少し、試させてください」

 

 それからは、刃物で傷をつけようとしたが、障壁でも張られているかのように、それにはわずかに届くことはない。燃やそうとした場合も同様だった。新品同様の輝きが、なくなることはない。

 本当に、傷をつけることは出来ないのか。ユウさんと切り離すことは出来ないのか。僕は興味が湧いてしまい、その作業に没頭してしまった。

 

「そもそも、これに傷をつけたとしてもろくなことにならなそうなんだよな。レムナンはどう思う?」

「ろくなこと……ですか?」

「私に悪影響があるだとかさ。もしかしたら二度と目を覚ますことがなくなるだとか」

 

 その言葉にぎょっとし、僕はその物体から手を離した。

 

「……何を……考えているんですか、貴方は」

 

 ユウさんも、この物体のことを詳しくは知らないらしい。

 そんなものを僕に渡すなと、そう文句のひとつでも言いたくなってしまったが、何時間もうつつを抜かしていたのは僕の意思だった。

 

 その物体に傷をつけようとすることは諦めて、ユウさんへと手渡す。ユウさんはそれを受け取ると……それは姿を隠した。

 

「……さて、私がループしていることが本当だって信じてくれるか?」

 

 ……ユウさんが見せてくれたのは、僕が今まで生きてきた中で見たことのない輝きを発する物体だった。傷を付けられないのも、ユウさんから離れたとしても戻ってくるという特異性も、この目で確認している。

 惑星ヴォーモなら、もしかしたら似たような生物がいるかもしれないが……それでも、聞いたことはない。これが貴重な品である、ということは間違いないだろう。

 それでも、ユウさんの告げた言葉を全てを信じられるかと言われれば、それは出来ない。

 真実に嘘を混ぜる、というのはよくある手口だ。ユウさんが全て、嘘偽りなく告げているとは考えにくい。

 そもそも、これがループと関わるなんて証拠はどこにもない。

 

 自然に、疑いの目を向けてしまっていたらしい。ユウさんは苦笑いで僕を見ていた。

 

「ループしている証拠を示そうとしても、中々難しいものだな」

 

 悪魔の証明、というやつだろう。ユウさんがループしない限り、きっと僕は信じることはない。もしかしたらユウさんは、本気で告げているのかもしれない。もしそうだとしても、僕にはユウさんが気が滅入っていてくだらない妄想を信じているようにしか見えない。

 

「与太話をしているようにしか思えません。それに、ユウさんは……証明出来る証拠を持っていない……そうですよね」

「いや、違うさ。それは違う。私には知識と過去のループの記憶がある。レムナンのことは全然知らないが……そうだな、今からグノーシアになったときの体験談をするよ」

 

 ユウさんは顔を(しか)めて、言葉を紡いだ。

 

「グノーシアは、グノースの人型の端末だから、人をころ……いや、グノースへと送り届けるという使命を強く感じるんだよな。私も、グノーシアになったときには、いつもそんな使命感と焦燥を持っているのを覚えている」

 

 ……確かに、それは事実だ。それでも、別にその結論に至るのは難しいことでもないだろう。

 

「それと、もうひとつ。以前のグノーシア仲間に聞いた話だと……昔の思い出を、よく夢に見たりするらしいんだ」

「……夢、ですか?」

 

 僕がそう尋ねると、ユウさんはゆっくりと頷いた。

 

「悪夢とかもそうだね。程度はみんなとは比べ物にはならないだろうが、私もグノーシアのときには、トラウマじみた嫌な記憶とか思い出してしまうんだ。あ、でも、全く見ない人もいるだろうな。それでセツと考えたんだけど、グノーシアになると隠していたその人の一面が浮き彫りになったりするんじゃないかっていうのと……」

 

 ……悪夢。今までは落ち着いていたのに、マナンとのそれを見るようになったのは、マナン本人と遭遇してしまったからだと、そう思っていた。

 偶然だろう。ユウさんが言っていることは偶然当てはまってしまっただけだ。

 

 偶然に決まっている。

 

「それが本当だとして……いつまで、ここにいられるんですか?」

「どうだろうな。すぐかもしれないし、もしかしたらしばらくは持つかもしれない。それでも……この宇宙は、私が存在することを許容しようとはしないだろうね」

「……あの、ユウさん」

「なんだ?」

「ユウさんが記憶喪失だということも……嘘なんですか?」

「ううん、嘘じゃない。この船に乗る前の記憶はない。ただ、この船に乗ってからの時間は……それなりに長くなってしまったけどね」

 

 ユウさんは少し、くたびれたように笑う。

 多分、この人は僕に嘘は言っていないのだろう。ただ、隠しているだけ。それが、厄介だった。

 

「……空間転移は、ないんだったな」

 

 ユウさんは、ズボンのポケットへと手を入れて、握りしめている時計に目をやる。

 

「レムナン、私を消してくれないか?」

 

 何も言えなかった。ただ、首を横に振った。

 そうすると、ユウさんは目を伏せて、そのあとにぎこちない笑みを浮かべた。

 

「そっか、じゃあ……また明日な」

 




今更ながら、ひとつ弁明をさせてください。
自分、どうしてかグノーシア騒動のことをグノース騒動と勘違いしていました。ルゥアンで溢れていたのはグノースではなくグノーシアですね。この宇宙ではグノーシアも溢れていたように、グノースも大量発生していたんだ! ということにしておいてください。
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