レムナンは協力することにした   作:笹案

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Ending

 

 

 ユウさんとの奇妙なふたり旅は、日を重ねた。

 すぐに消えるはずだと告げていたユウさんの姿は、数日経った今でも消える様子はない。

 ユウさんは会った当初と変わりなく、同じような態度で僕に接してきた。きっと、そのはずだ。

 だから、変わってしまったのは……僕の方なのだろう。

 

 ユウさんと接していると、どうにも違和感が拭えない。なにがおかしいのかは分からないのに、なにか、歯車をかけ違えたように、気味の悪さを感じる。

 日に日に、ユウさんを消したいという衝動は膨れ上がった。このままではいけないという焦燥感も満ちていく。

 これがグノーシアとしての本能なのか……僕は、コールドスリープした人たちをグノースの元へと送り届けて、時間を稼いでいる。

 それでも、きっと問題を先延ばししているだけだということは、僕自身が一番分かっている。

 

 

「おはよう」

 

 ユウさんがいる。当然のように、この人はそこにいる。

 ……どうしてユウさんがいるのだろう?

 ふと、そんな疑問が湧くのも、いつものことのように感じられる。

 

「……おはようございます、ユウさん。あの、どうしてこんなところに?」

 

 展望ラウンジ。以前、映画を見た場所であるここは、今は船外の様子を一望出来る場所となっている。

 ユウさんは、そこにいた。

 

「ここにいると、周辺の景色が眺められる。だから、たまに足を踏み入れるんだ」

「……星を見るのが、好きなんですか?」

「そうだね、好きだよ。星を見ていると、なんだか安心する。それに……なんだか、この景色を見ていると、どこへでも行けそうじゃないか」

 

 ユウさんは、好奇心に満ちた様子で外を見ていた。

 

「宇宙は、広いですね」

「うん」

「でも、どこへでもなんていけないんです」

 

 否定の言葉を告げると、ユウさんは外から僕へと視線を向けた。その表情は、どうして僕がこんな言葉を告げるのか、不思議に思っているように見える。

 

「僕は……またあの人と再会しました。逃げたのに、宇宙の端まで逃げたのに、それでも……とんだ執着心ですよね」

「それは、グノーシアのSQか?」

「……今は、SQと名乗っているようですね。SQという身体が、僕とマナンの遺伝子で作られたなんて、本当気味の悪い……」

「は、SQが……レムナンの娘……?」

 

 ユウさんは、露骨に表情を崩した。

 

「言っていませんでしたか」

「き、聞いてない」

 

 ユウさんは慌てた様子で首を横に振った。あの日、議論を終えたあとに、僕はユウさんに僕に関することを話した。その中に、その話も含まれていると思っていたものの……確かに、それを話した記憶はない。話すことに夢中だったためか、あのときの記憶は……少しぼやけている。

 あのときに告げられなかったとしても、今言ってしまって問題ないだろう。

 

「マナンは、僕のことを父親だと呼んできました。僕を追い詰めるためなら、なんだってやるやつなんですよ、あいつは」

「……」

 

 ユウさんの目は泳いでいる。そして、なぜかループする原因だという物体を取り出した。それは、前に目にしたときよりも輝いているように見える。

 

「君は、それを乗り越えられたの?」

「……どう、なんでしょうね」

 

 輝くそれをつまみ、難しげな表情を浮かべていたユウさんは、ふと表情を緩めた。

 

「別に乗り越えなくてもいいのかもしれないな。SQは……グノーシアのSQは、君が言うところのマナンは確かに怖い人だ。君よりもずっと付き合いの短い私でもそう思うんだから、その苦労は計り知れない」

 

 ユウさんは眉尻を下げ、困ったように口を開く。

 

「確かに宇宙は、完全に自由ではないのかもしれない。それでも私は、興味があるんだよ」

「……そう、ですか」

 

 ユウさんは、外を見ていた。だから僕も同じようにした。

 

「なあ、レムナン。まだ私を消さないのか?」

「……」

「そっか」

 

 ユウさんは笑った。少し目をそらして、きまり悪そうに。

 ……今日はいつもと違った。いつもは消すか尋ねたあとに別れるものの、この人はまだこの場に留まっている。

 

 

「……このループは、本当に長い。今までのループの中でも一番長いよ。それに、こうして議論が起こらない日々は私も望んでいたことだった。だから……レムナンには感謝しないといけないかもな」

 

 感謝、そんな言葉が出てきたことに内心驚く。

 

「ユウさんは、僕にグノースの元へと送り届けてほしいのでは……ないんですか?」

「それは、少し違うな。私はね、君に後悔してほしくない。そして私も後悔をしたくない。だから……円満にお別れがしたいんだよ」

 

 ユウさんは胸に手を当てて、目を細めた。

 

「私はどのタイミングで消えるか分からない。今この瞬間に、別の宇宙へと旅立ってもおかしくない。気づかない内に君とお別れだなんて、嫌なんだよ。だから、私はレムナンに消されたい。君の意思で消してほしい」

 

 それは、初めて聞いた言葉だった。

 感情を吐露(とろ)するような声音に、すがるような目。ああ、なんて恐ろしいのだろう。

 

「レムナンは、どうしたら私を消してくれる?」

「……それは」

 

 どうしたら消すか。

 グノースへと送り届けることなんて簡単だ。そう思っていた。

 ユウさんを送り届けない理由なんてない。ただ僕の気分だから、そうとしか言えない。

 それなのに、日々を積み重ねるたびに、僕がユウさんを消さない理由がなくなってきている。

 それどころか、ユウさんを消したほうがいいと、心がざわつく。どうせなら消してしまえばいい。そんな風に誰かが、ささやく。

 

「ユウさんを、消したく……ないんです」

 

 つい、そんな言葉がもれてしまった。

 はっとしてユウさんを見ると、驚いたように僕を見ていた。

 

「ずっと、貴方の好意が怖かったんです。出会ってすぐなのに、僕へと媚びる姿は、ハッキリ言って気味が悪かった」

 

 酷いことを言っている自覚はあった。それでも、告げるのを止めることは出来なかった。

 ユウさんはというと、おかしそうに笑っている。

 

「バッサリだな」

「僕なんかを庇っても、何の利点もないでしょう。だから、貴方の姿がマナンに重なって嫌だった」

「そっか。まあ、そういうもんなのかな」

 

 ユウさんはそう告げると、いたずらっぽく笑った。

 

「正直なところ言うと、私もレムナンのことが怖かったよ。君は私に敵意ばかり向けてきて正直怖かったんだよ。でも嫌いになんてなれなかった。それどころか……君と仲良くなりたいって思っていた」

「……僕と?」

「うん、君と」

 

 ユウさんは頷いた。

 

「この船って、色んなやつらがいるだろう。みんな個性を持っていて、生き生きとしていて、そんな中でレムナンは目立たなかった。だから、不思議と親近感を持っていたし、友達になりたかったのかもな」

「……」

「君とは仲良くなれそうだと、私の勘が告げていたんだ。まあ……私の勘はとにかく当たらないようだけどね」

 

 戯けるように、ユウさんは笑った。

 それが少し寂しそうに見えたのは、僕の気のせいなのだろうか。

 

「僕は、最初は貴方のことが苦手だった。でも、今は違うんです。貴方がいう今までのループの僕のことは、知りません。それは、僕には関係のないことですから」

 

「僕はただ、貴方と話がしたかった」

 

 そう告げると、どうにもしっくりときた。

 

「なぜなのか、なんて分からないです。それでも、貴方から話を聞きたかった。どうして貴方が、僕を助けようとなんて馬鹿なことをしたのか、その薄気味悪さに答えがあるはずだと、そう信じていたので。そんなふざけた理由で、僕は生き残っています」

「話……私が君を助けた理由か。私が君と協力した理由なら、前に言った通り……いや、違うか」

 

 ユウさんはそう呟くと僕を見て、控えめな笑みを浮かべた。

 

「私は君のことを知りたかった。理由なんてないんだ。そんなもっともらしいものを作れるほど、私は理屈で出来ていないから。どんな私であっても、それは変わらない。きっと、私はレムナンと仲良くなりたかったし、君のことを知りたかったんだよ」

「どんなユウさんでも、ですか」

「うん、どんな私でも、絶対に」

 

 ユウさんは、力強く肯定してくれた。

 

 僕は……肩の荷が下りたように感じられ、息を深く吐いた。

 

 

 

 

「今日は、今日こそは、お願いしたいんだ。これが最後の機会だから、だからどうか」

 

 何日も懇願された。今日はいつもよりも真剣な表情だった。

 なんで僕がユウさんなんかのいうことを聞かなければならないのか。そんな憤りだって、今は湧かない。

 

「ユウさんを、グノースへと送り届ける。それで……いいんですよね」

「……うん」

 

 ユウさんは安堵したように、それでいて寂しそうに頷いた。

 永遠に続く平穏なんてないことは、きっと僕の方が分かっていた。

 この日々だって、僕が無理やりに作り出したものでしかなくて、日常とは程遠かった。

 

「僕はグノーシアなんですよ。人類の敵らしいんです。そんな僕を野放しにしていたら、危険だと、考えないんですか?」

「でも、いるだけで宇宙を破滅させるバグよりはマシだろう?」

「そう……なのでしょうか」

「そもそも、君は良いことをしているんだろう? 君は天国へと乗員たちを送っているんだろう? それなら、何も恐れなくていい。君は正しいことをしているのだから」

 

 それは、悪魔のささやきのようだった。

 

 ユウさんの言っていることは正しい。でも、それを人間であるユウさんがいうのは、違和感があった。

 憂いなんてないんじゃないか。ただ、早く次のループに行きたいだけなのではないか。

 ユウさんの内心なんて、全く見えない。

 それでも、この人を消すことは自分で決めたことだ。その責任は、持たなければならない。

 

「……身につけているものも、同時に消滅するんだよな。なら、レムナンに渡したいものがある」

 

 ユウさんは思い出したように声を上げると、時計をとった。

 

「私がループしたら、きっと君は私のことを忘れる。私のことを忘れても、これは粗末に扱わないで欲しいな。それは寂しいから」

 

 ユウさんは、僕に時計を手渡した。

 手に取ると、それは見た目以上に重さを感じた。これが、ユウさんの生きた証……なのだろうか。

 壊れないように、そっとポケットへと入れた。

 

 

 

「……最後にひとつ、教えてください。ユウさんは以前、僕が幸せになれると言っていましたね。今でも、そう思いますか?」

 

 予想した言葉ではなかったのだろう。ユウさんは、不思議そうに僕を見たあとに……力強く頷いた。

 

「うん、思う。レムナンは幸せになれるよ」

 

 怯むこともなく、ユウさんはそう告げた。無邪気な笑顔で、まっすぐとした言葉で。

 

 目頭が熱くなった。視界が歪む。

 

「大丈夫か?」

「すみ、ません……大丈夫、大丈夫ですから……」

 

 温かい声音。それを聞いて、肩が震える。今日で、全てが終わる。終わってしまう。

 それは、嫌だった。何も残せないままで終わらせるなんてしたくはなかった。だからこれは──僕の悪あがきでしかないのかもしれない。

 

 僕は、そらすことなく、ユウさんを見た。

 

「……僕は、貴方のことが……」

 

 周囲の音は何も聴こえなかった。ただ、心の赴くままに、伝えたい言葉を口にする。

 

「──好きです。好きなんです」

 

 声は、震えてしまった。

 ユウさんの表情なんて見れない。

 

「……私は」

 

 ぽつりと告げられたあとに、ゆっくりと言葉は紡がれた。

 

「私も、君のことが好きだよ」

 

 その言葉に、何を返せばよかったのだろう。僕には何も分からなかった。ただ頭の中が真っ白になって、立ち尽くしていた。

 服の(すそ)で、僕は涙を拭いた。そして、ユウさんを見る。

 

「……君のことが大好きなんだ。本当に君のことを……」

 

 ユウさんは、うつむいていた。震える両手を握りしめて、そして顔を上げる。

 

「レムナンのことを、愛している」

 

 熱のこもった瞳だった。

 泣きそうな表情で、それでも僕を見ていた。だから僕も、目をそらすことなくユウさんを見た。

 

 これから、この人をこの宇宙から消さなければならない。

 それがユウさんの意志であり、そして、僕の意志でもあった。

 

「ありがとうね、レムナン。私を消すことを決断してくれて」

 

 告げられたのは、そんな言葉だった。

 消えたくないと言ってくれたなら、僕はやめるつもりだった。それでも、意志は変わらなかったらしい。

 

「これから、君の身には大変なことが起こるかもしれない。それでも、今までの苦労に比べれば、きっと……きっと、大丈夫だから」

 

 ユウさんは労うような言葉を告げたあとに、僕へと近づいた。だから僕からもユウさんに近づいて、この人の境界へと触れる。

 

「……さようなら、ユウさん」

「さようなら、レムナン。別の宇宙から……君の幸せを願っている」

 

 その言葉に頷くと、ユウさんは安心したように微笑んだ。

 

 

 ……パチンと、ユウさんの姿が消えた。

 やはり、前にしたときのように呆気なかった。

 この宇宙から、グノースの元へと……いや、また別の宇宙へと送られたのだろう。

 なぜか、ユウさんをこの手で消せたことに、安堵した。先程まであったはずの焦燥感もない。

 時計を握りしめて、目をつぶった。そして、僕は個室へと戻った。数時間が経ち、眠り、次の日を迎えて……それでも僕には何の変化も訪れなかった。

 

「……嘘、か」

 

 ユウさんが、どこまで真実を語っていたのかは分からない。

 僕はユウさんのことを忘れなかった。忘れた方が、楽だったのかもしれない。それでも忘れなかった。

 

 ひとり、残された。

 僕が望んでいた静寂。うっとうしい人間がいない船内で、それでも、心に穴が空いたような喪失感に苛まれた。

 

 これから、僕はどうするべきか。

 ステラさんを起こすべきか……いや、まだしばらくはひとりでいたい。

 

 もう僕を追いかけてくるやつはいない。

 

 幸せになれる。そんな漠然(ばくぜん)とした言葉を思い出して、あの人が生活していた個室へと向かった。

 構造は他の部屋と変わらない。整理だってされていた。それでも、ある一点だけは他の個室とは異なっていた。

 

 机の上にノートが、ユウさんが持参していた航海日誌が置いてある。

 僕はそれを持ち、ただめくる。そこには、議論初日から乗員が発言した内容が事細かく記されていた。その中には、僕はエンジニアの排除を提案したから人間である可能性が高いということ、グノーシアであるマナンを疑っていたから僕がグノーシアである可能性はないということが記されていた。

 マメに書かれていたその情報は、わざとなのではないかと思えるほどに間違っている。

 

「……馬鹿だな、ユウさんは」

 

 そう呟くも、なぜだか胸が締め付けられるようだった。まだ、議論開始時からあまり日は経っていないというのに、随分と昔のことのように感じられる。

 

 議論を終えたあとのページを開く。何も書いていないと思っていたものの、それには続きがあった。議論後の……僕が船を支配したあとについての記述だった。

 葛藤、後悔、絶望。そんな感情を伝える文章が赤裸々に綴られている。それでも、最後には前を向く、希望に満ちた言葉で締められている。

 それが眩しかった。

 

 今後のことは、僕にも分からない。

 人さえいなければ、僕は人間でいられる。人を消そうという欲求すら湧かなくなる。そのことをこの身で確かめてみてもいいのかもしれない。

 そう思い、僕は……最後の一文を見て、静かに日誌を閉じた。

 

 

 

 

 

『──レムナン、良い旅を』

 

 




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エンジニア:ククルシカ

ドクター:オトメ

留守番:ジナ、沙明

守護天使:ジョナス

グノーシア:SQ、レムナン、ステラ

AC主義者:コメット

バグ:しげみち

乗員:ユウ、セツ、ラキオ、シピ、夕里子
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