──1日目
Day1
昔から勘がいいほうだった。
もっとも……悪い予感が当たるばかりだった。今だってそうだ。SQさんを見ていると、なんだか嫌な予感がする。彼女の笑っている顔が、雰囲気が、全てあいつを……マナンを思い起こさせる。
おかしいのは分かっている。マナンとは全く顔が違う。別人なのに、なんでこうも疑ってしまうのだろう。
彼女はグノーシア仲間なのに。疑ってしまう前に、協力しなければならないのに。
僕はメインコンソール室の部屋の隅へと縮こまっていた。
僕はグノーシア。だから、排除されるべき存在。なら……きっと、酷い目に遭う。
「……よっ、レムナン」
乗員のひとりであるユウさんはそう言うと、何故か僕の隣へと座った。なぜこっちに来たのかと、不満を告げるように見るが、ユウさんは全く気づいた様子はない。
妙に馴れ馴れしくて、胡散臭い人だ。そんな人物が隣に来たことに、警戒心が浮かび上がる。隣に来た理由を口に出して聞いてみるか、でも目立ちたくないしと葛藤していると、その間に室内の雰囲気が少し引き締まったように感じられて、顔を上げる。
「──んで、これからはどうすればいいんだ?」
周囲を見渡し、乗員のひとりであるシピさんが問いかける。すると、こうなることを予想していたのか、セツさんが皆の注目を集めるように立ち上がり、机に手を置いて声を張り上げた。
「閉鎖空間でグノーシアが現れる際の対処法を今から伝える。全員聞き逃さないようにしてくれ」
僕としては、もっと緊張感のない雰囲気で行われた方が気が楽だが、そうもいかないのだろう。セツさんが、閉鎖空間でグノーシアが現れた場合のマニュアルを告げる。
曰く、乗員には疑わしき人物をコールドスリープさせ、グノーシアを船から排除させる義務があるのだと。
曰く、これは当船の擬知体であるLeViさんとの妥協点なのだと。それ以外の方法があったとしても、グノーシアから提案される可能性があるから、マニュアル通りに行動するべきであると。
そして、バグと呼ばれる存在が僕らの中にまぎれこんでいるため、グノーシアをコールドスリープする前にその存在を消さなければ、大変なことが起こるということ。
「だからこれから、私たちの中に潜んでいる敵……バグと3体のグノーシアを探し出し、コールドスリープさせるんだ」
他の乗員の人たちが、質問をしている内に時間がそれなりになってしまったが、それも終わり……話し合いが、始まってしまう。
「──提案、エンジニア権限を持つ人は名乗り出てほしい」
セツさんの呼びかけに対し、ククルシカさんが手を上げた。どうやら、彼女はエンジニアとして名乗り出たみたいだ。
しかし、それに続く声があった。
「まさかククルシカがエンジニアだったなんて! ……て、そんなわけないじゃん。SQちゃんがエンジニアだもん」
「待て待てい! エンジニアはオレだけだぜ? SQとククルシカは怪しいぜコイツぁ!」
……しげみちさんは嘘をついている。根拠はないが、声の裏返り具合と余裕のなさ、そして表情から罪悪感を感じていることがひしひしと伝わった。だからきっと、本物のエンジニアはククルシカさんだ。
「ククルシカ、SQ、しげみち、か。こりゃどいつを信じたモンかな……」
しげみちさんと、SQさん、ククルシカさんがエンジニアとして名乗り出た。その事実に周りは動揺しているようだったが、僕はそこまで驚きはしなかった。でも、今の状況を踏まえて、1つの考えが頭をめぐる。
SQさん。SQさんが、エンジニアとして騙りに出た。
……僕は、考えてはならないことを考えたのだと思う。
こんな、味方を売るような行為、考えないようにしなければならない。考えないように、考えないように……
「提案、です……この中に……ひとり、グノーシアがいる可能性が高いと、思います……なので、エンジニアの方を全員……コールドスリープさせるのがいいんじゃないかと、思います」
……言った。言ってしまった。
注目されるのが怖くて、心臓がバクバクと脈打つ。
「さながら機械の如く、エンジニアを処理してゆく、か。いやしくも人間の採るべき手段ではあるまいよ」
「わたしも賛成しかねます。情報が不足がちな現在、エンジニア権限者を失うのは、あまりに大きな痛手です」
「僕もパス。皆もやめとけば?」
皆、僕の意見に賛同してはくれなかった。孤立、してしまった?
エンジニアに名乗り出たのは、同じくグノーシアであるSQさんだ。もうひとりのグノーシア仲間であるステラさんだって、否定的だし僕に合わせてくれるとは思えない。
他の人の視線が、いつもよりも恐ろしかった。僕は浮いてしまった。だからきっと投票される。眠るのは怖い。寒いし、永遠に目覚めることなんて出来ないだろう。せっかく逃げられたのに、せっかくこの船に乗り込めたのに全てが水の泡なんて嫌だった。でも……もういっそ、休むのも手なんじゃ……
「──私は」
誰かが、動く気配がした。そのことに驚いて隣を見ると、今まで座り込んでいたユウさんが立ち上がっていた。
「私はレムナンの言うことに賛成だ。この中でひとりグノーシアを消せるならやる価値があるだろう。もちろんバグだって恐ろしいしね。もしかして……皆はそう思わないのか?」
同意を求めるようにして周囲を見渡すと、セツさんが苦笑いをして、口を開いた。
「ユウに同意するよ。目は失われてしまうが、それに余るメリットだろう。それに、1日目でエンジニアを吊らなければ結果が残る。だから、2日目以降からエンジニアを凍らせるってことでどうだろう?」
ユウさんと、セツさんが同意してくれた。
その瞬間、場の雰囲気が明らかに変わった。3人も同意しているのだから、ただ捨て置くわけにはいかないという空気感。個ではなく、束になっているからこその流れの変化。
「悪くないね。人身御供って奴? 真のエンジニア、まがい物2匹と共に眠るってね。モニュメントでも建ててやれば?」
「エンジニアさんに投票するの? でも……ううん、わかりました。そうするのがいいみたい」
その雰囲気に乗ってなのかは分からないが、僕の意見に賛成してくれる人たちが増えた。
……分からない。ユウさんは、なぜそんなことを口にするんだろう。流れに身を任せればいいのに、わざと逆らう理由が分からない。僕がユウさんの立場なら……黙り込んでいただろうから。
それから先の議論は……特に推理することもなく、ただ言葉の殴り合いをしていた。エンジニアの対抗だから怪しいだとか、ただ単純に嫌いだからとか、なんとなく怪しいとか、そんな理由で疑う。僕は発言しなかった。ただ、時間だけが過ぎていく。
「間違っていたら、ごめんなさい。だけど……私には、SQが怪しく見える」
あるとき、ジナさんがそう言ってくれたのは、天啓のようだった。
「……僕も、SQさんが……怪しいんじゃ、ないかって」
「私もそう思う。SQってなんかちょっと怪しいよ」
また、ユウさんが同調した。
……なぜ、ユウさんは僕の意見に乗ってくれるのだろう。もしかしたら、SQさんの嘘に気づいたからかもしれないが、どうにも不思議だった。
「先刻から、私の霊感がささやいているよ。レムナンを信ずるべきではない、とな」
エンジニアの排除を提案したせいか、ジョナスさんに疑われた。何か言おうかと迷っていると、僕よりも先にユウさんが口を開いた。
「レムナンは大丈夫だと思うよ。私には、レムナンに疑いをかけようとするジョナスの方がグノーシアっぽく感じるな」
「そうですね。ジョナス様に関心を向けるのは、良いアイデアだと思います」
僕を庇ってくれたのだろうか。ステラさんが、ジョナスさんの疑いに同意すると、今まで流れに身を任せていた夕里子さんが口を開く。
「──是非もなし。ジョナスを退場させましょう」
「フ……そうも簡単に決めてしまって良いのかね?」
「オッサン、役職を持ってんの?」
「グノーシア鑑定に関わる役職は持っていないが」
「留守番か?」
「フフ……」
「わたしはジョナス様でよろしいかと思います」
「……うん、私もステラに賛成」
乗員たちの意見は、コールドスリープさせるのはジョナスさんで良いとまとまってきているようだ。
「コールドスリープ、か。フフ……沈黙は私も好むところだ。昼は夢、夜ぞ現。いざ行かん……」
思わせぶりなジョナスさんが、凍らされることになった。まだ疑わしい人もいないから、ほとんど無造作に決められたが、ひとまず1日目でグノーシアが凍らせられなくて、良かったのかもしれない。
僕は……議論が終わったら、すぐに自分の部屋へと戻り、部屋に閉じ篭もった。今日は生き残れたが、明日も生き残れるだろうか。不安に思い、布団に顔を埋める。
そうしてしばらくが経ったあるとき、ノック音が聴こえた。SQさんなのではないかと不安に思い、恐る恐る小さく扉を開く。そこには……ユウさんがいた。
「レムナン、今時間ある?」
「……何か用ですか」
尋ねると、ユウさんは満面の笑顔で口を開いた。
「いやぁ、今日は良い天気だなと」
「……天気、ですか?」
何を言っているんだろう、この人は。この宇宙空間において、天気の話をする理由が分からない。
もしかしたら、隕石がぶつからなそうだとかの話だろうか。しかし、下手打ったとでも言いたげな顔からして、そんな話にも見えない。
「ユウさん……何か、誤魔化していないですか? それに議論中……どうして、僕を庇ったんですか?」
何が目的なのか。僕を騙そうとしているのか。分からなかった。ユウさんがもしグノーシアなら、こんな疑問なんて湧かなかっただろう。
ユウさんはうんと考えこんで、それでバツが悪そうに笑った。
「レムナンを庇ったのは、実は打算ありきなんだよ。もちろん、君に少なからず好意を抱いているというのもあるが……今レムナンに会いに来たのは、提案したいことがあるから」
「提案……?」
「私は皆みたいに目立った特徴もないし、むしろ足手まといだから、コールドスリープされる可能性だって高いはず。だから、レムナンに私が凍らされそうになったら助けてほしいんだ」
ユウさんの言わんとしていることは理解出来た。
「つまり……僕と協力を?」
「そう。勿論、レムナンが凍らされそうになったら私は庇うし、レムナンが疑う相手がいるならそれに乗っかるということでどうだろう?」
「いえ、でも、僕なんかとする必要は……」
「レムナンは機械弄りだって得意だし、優しいし、頼りになるから、協力してほしい。そんなに自分を卑下しないでくれ」
「……ユウさん」
なんで、そんなことを言うのだろう。
いや、分かっている。ユウさんは、僕のことを“協力してくれそう”だと、“扱いやすい人間”だと思っているのだろう。
それが屈辱的で、腹立たしくて、手に力が入るのを感じる。
「あ、でも私がグノーシアの可能性もあるから、そんなすぐには答えを出せないか。それなら今日じゃなくても」
「……いえ、ユウさんは、グノーシアではないと……思います」
「信じてくれるの?」
僕にだって、それだけは分かる。だって、グノーシアは僕なのだから。
「はい。だから、僕なんかで良ければ……是非」
どんなに怪しくても、断る理由はなかった。僕を庇ってくれる人なら、それだけでメリットがある。
承諾すると、ユウさんが手を差し出した。
「……これは?」
「友好の証として、握手をしようと思って」
「……」
ユウさんの手を取った。
「よろしく、お願いします」
これから、僕はこの人と協力する。この人を騙して生き残る。
そんなことをしていいのだろうか。そんな思いもあるが、すぐに僕を見くびっていたこの人が惡いという考えに収束する。
僕が勝ったら、謝ってほしい。僕を弱い対象としてしか認識せずに、侮られたままこの宇宙を去るなんて許せない。
だってユウさんよりも僕の方が強いんだ。
「レムナン、君さえ良ければ空間転移まで一緒にいていいか?」
「え……?」
「特にすることもないし、ひとりで休むってのも味気ない。レムナンは何かしたいことはあるか? 良ければ付き合うよ」
「……特に、思いつきません」
ついそう口に出してしまった。僕はユウさんのことを知らないし、ユウさんの前で趣味に没頭したくもない。
「……僕は、ユウさんに協力します。だから、そんな……僕のことを、気にしないでいいですから」
ユウさんは、僕の言葉に対して納得してくれたようで、困ったような表情で頷いた。
「そっか。まあ、じゃあセツにでも会いに……ん?」
ノック音が、そして今会いたくなかった人の声が聴こえた。
「おーい、レムナンいるー?」
SQさんの声だ。聴こえた瞬間、思っている感情が表情に出てしまうのを感じる。すんでのところで声は押し殺したが、気づかれてしまったかもしれない。ユウさんは、少しそばに寄り、小さな声で僕に話しかけてきた。
「……どうする」
「で、出ないでください……」
なぜとは聞かれなかった。ただ、静かにSQさんの出方を伺っている。
「レムナン、いるのは分かってるからー」
「……居留守使えないっぽいね。じゃあまあ……仕方ないか」
普通に応対してしまいそうなユウさんの服の裾を掴んで、首を横に振った。
「……んー、でも多分このまま無視は逆効果だろうからさ」
ユウさんは小声で困ったように告げると、扉へと向かっていき、そして……扉を開いた。
「やあ、SQ」
「……ありゃま、これは驚きマシタ。なんでレムナンの部屋にユウがいるのん?」
「今、レムナンと話しているところだったから」
「……ふーん?」
そんな言葉が告げられるのを聞いて、体が強張る。
「あ、SQも一緒になんかする? グノーシアが誰か考えるというのもありか。私はSQを歓迎……」
「んー、アタシはいいや。難しいこととか苦手だし。じゃあねー、レムナン」
「SQは気ままだなぁ」
ぼんやりとした表情でSQさんを見送るユウさん。その様子からして、SQさんから異常性を感じ取った様子はない。ユウさんが鈍感なのか、それとも杞憂なだけなのか、よく分からない。
「さて……セツのところにお邪魔しに……」
『ユウ様、そろそろ空間転移のお時間です。自室にお戻りください』
「あ、そろそろ空間転移か。ステ……LeViありがとう、レムナンもまた明日な」
ユウさんは笑顔で手を振ると、部屋を出ていった。
また明日。普段ならいざ知れず、この非常事態においては、重い言葉だ。
『空間転移まで、カウントダウンをいたします。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……』
空間転移。その際の歪みに乗じて、人をグノースのもとへと送り届ける。それが僕らの使命。転移時にグノーシア反応が検出されるが、そのときに乗員たちは意識を保つことは出来ない。その代わりに、僕らグノーシアは行動し、不安定な中、ひとりならグノースへと捧げることが出来る。
音が何もしない。景色が、普段見ているものと様変わりしている。これは……時が止まっているからだろう。空間転移は汎可能性演算*1を使うから、僕がグノースと接続されたんだ。
「ユウをやっちゃおうZE」
「ユウ様……ですか」
ステラさんと、SQさんが話している。
ユウさんをグノースのもとへ? それは……良くない。だって、僕らは協力関係を築いている。友好的な人物からではなく、手強い相手から片付けたほうが良いに決まっている。SQさんは……そう思わないのだろうか。
とにかく、ユウさんは駄目だ。怖かったが、声を大にして反論する。
「ぼ、僕は……もっと優先すべき人がいると思います」
「それってダレ?」
こちらを見透かすような目が怖くて、そらす。
「……夕里子さん……とか」
乗員のひとりである夕里子さん。
彼女の言葉には妙な説得力があり、疑いをこちらに向けられたら、今日のジョナスさんのようになす術がなさそうな気がする。
「むむむ、夕里子かー。確かに残しとくと厄介そうだNE」
「それでは夕里子様の方へと向かいましょう」
夕里子さんの部屋に行くと、夕里子さんは息もなく、横たわっていた。
SQさんが夕里子さんの境界に触れた瞬間、彼女の輪郭は膨れ、めくれ返り……泡のように全てが消え、夕里子さんはこの宇宙から旅立った。
コールドスリープ:人狼における処刑。しかし、コールドスリープなので殺すわけではないし、普通にスリープを解除出来たりもする。結構気軽にコールドスリープが出来る世界線。
エンジニア:人狼での占い師。一晩に一人だけ相手がグノーシアか人かを調べることが出来る。そして、バグを調べたときに消滅させることが出来る。
バグ:乗員がグノーシアを全員凍らせるか、またはグノーシアが勝利したときに生き残っていると、宇宙を崩壊させるという規模の違うやべーやつ。バグ本人は、自分がこの宇宙に存在してはいけないと認識しているが、生き残るためにグノーシアと同様騙りに出ることがある。グノーシアに襲撃されても消滅することはないが、エンジニアに調べられると自己矛盾を起こして消滅する。バグの対処法に関してはコールドスリープかエンジニアに調べられるかの2択。人狼における狐。とある理由で発生した役職だが、その理由について本作で説明する予定はなし。
しげみち:リトルグレイのような見た目をした人物。嘘をつくのが下手だが、よく騙りに出る。初日に凍らされることが多い筆頭格。
ククルシカ:物言わぬ美少女だが、身振り手振りで考えていることを伝えることが出来る。手振り身振りだけでボルシチを表現出来るツワモノ。美少女なので吊られにくい。好き嫌いで投票先を決めがち。
SQ:赤髪の女性。頬にハートマークのペイント?をしている。デカイ。ロジックは高くないが、結構慎重派。
ジョナス:地球出身のおじさん。ククルシカについて語りがち。結構すごい人だが、俗に言うリア狂。やたら回りくどい喋り方をするせいで意見を肯定しているのか否定してるのか分からないことが多い。