レムナンは協力することにした   作:笹案

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シピ:2日目の犠牲者。いつも黒猫を肩に乗せている男性。猫が好き。好青年といった見た目と性格だが、彼のことを知るたびになぜか末恐ろしいものを感じる。グノーシア、バグのときに潜伏されると特定が難しい。

※バクの存在や対処方法について省略してしまったので、2話目のセツの説明にその旨を追加しました。

──3日目


Day3(前)

 昔から、嫌なことはよく起こった。

 

 僕を産んだ人間に、人類のいない星に置き去りにされたことが、その始まりだったのかもしれない。

 そのこと自体はそこまで気にしてはいない。親として僕を育ててくれた擬知体も、友達になってくれた擬知体も、全員が優しかったから。

 でも、あの日に起きた出来事は……今でも忘れられない。あのとき、あいつなんかに会わなければよかったんだ。

 

 あの日、擬知体しかいないこの星に、旅人が現れた。

 なんでも、使っている船が壊れてしまったため、この星に降り立ったのだという話だった。珍しいことだと思ったが、今までなかったわけではない。だからそこまで気にすることなく、不憫な旅人のために船の修理の手伝いをして……僕は捕まった。

 

 恍惚(こうこつ)とした表情で、僕につけた首輪を撫でる旅人(マナン)

 僕に惚れたのだと、愛しているのだと告げるアレは恐ろしい女だった。僕の悲鳴を、絶望した顔を、糧として頬を染める。逃げようとしても、首輪によって行動が出来ない。息を吸うことだって懇願しなきゃ出来ない。そのためにやらなければならないことだって、あった。体に傷をつけられて、心だって折られそうになって、服従の意を伝えなければならなくて……僕は、早くこんな日々から抜け出したかった。

 

 アレは人間じゃない。ただ人の形をしただけの悪意の塊だった。そんなやつと過ごさなきゃならない日々は……永遠に続くんじゃないかと思えるくらいに長く、苦痛でしかなかった。

 

 でもある日、僕は自分の意思で体を動かせた。幸運にも、首輪が故障を起こしていたからだ。罠かもしれないと思ったが、このチャンスを逃したくはなかった。だから僕はその部屋のセキュリティーを解除し、抜け出した。そして移民たちに紛れて船に乗り、別の星系を転々として姿をくらました。それ以降、あいつには見つかっていない。僕は、自分で生きるという未来を取り戻すことが出来たんだ。

 ……そう、思っていた。

 

 『レムにゃん?』

 

 甘ったるくて、気持ち悪い声が頭の中に繰り返し流れる。何度も何度も何度も。

 僕は抜け出せたはずだった。忘れられると思っていた。なのに、マナンは僕を嘲笑うようにどこまでも追ってくる。

 

 ……僕が今までしてきたことは、無駄だった?

 

 

 意識した瞬間、何かが折れた。

 部屋の外に出るのが怖い。マナンに会いたくない。

 せっかく逃げ出せたのに。こうして疑われなくてはならない上に、マナンにも再会してしまった。もう懲り懲りだった。

 挙げ句の果てには子どもなんて、僕は……そんなことしていない。あいつが、僕を追いつめるために勝手にやったんだ。もう……何もしたくないし、何も見たくない。

 

 それでも、ぼやけた視界で、首輪が握られた他人の手が見えてしまった。そして、それを持ったまま僕へと手が伸ばされて、近づいてくる。それが怖くて、悲鳴じみた声が出た。

 

「……あ」

 

 気の抜けたような声、マナンとは全然違う声。それを聞いて、やっと目の前にいるのがユウさんであることに気がついた。

 気まずそうな顔をしているユウさん。手に首輪なんて持っていない。僕が招き入れたのか、それとも鍵が開いていたから入ってきたのか分からない。それでも、幻覚を見てしまうほどになってしまっているという事実に、また気持ちが落ちていくのを感じる。

 

「……ゴメン。レムナンは、グノーシアに襲われるんじゃないかって不安なんだな。だから、いつもそんなに周りに怯えている。そう、だったんだな」

「もう……嫌だ」

 

 不安な気持ちがこぼれる。自分でも何を言っているのか分からないほど支離滅裂な単語。ユウさんなら、もっと理解出来ないだろう。でも、ユウさんは何も言わずに僕を見ていた。

 

 僕はグノーシアで、ユウさんは人間。僕のほうがユウさんよりも力がある。なのに、こんなんじゃ、僕のほうが弱い子どもみたいだった。

 

 (うずくま)って、ただ許しを乞う。そうしないと、もうどうにかなってしまいそうだった。

 僕がなんで、こんな目に遭わなきゃならないのか分からない。僕はグノーシアだから、マナンに消されることはない。ステラさんに願ったって消してもらえない。楽になりたかった。

 

 

「レムナン、このまま話し合いに出ないんだったらコールドスリープされるよ」

 

 妙に確信を持った口調だった。でも、確かにその通りなのかもしれない。でもそれで良かった。目の前からこの人がいなくなったら、僕は……こんな疑心暗鬼の日々から抜け出そうと、思ったから。

 

「もう、いいです……全部嫌なんです」

「……そっか」

 

 ユウさんは、静かにそう呟いた。

 諦めて、部屋から出ていってくれると思ったのに、全く動く気配がない。不安になり、ユウさんへと顔を向ける。

 

「なら、私も話し合いに参加しない」

 

 一瞬何を言っているのか、理解出来なかった。

 さらりと告げられた声音と、内容が噛み合っていない。だって、話し合いに参加しないのは乗員にとって不要な存在で、コールドスリープさせられるだろうと告げたのはユウさんの方じゃないか。

 

「それじゃ、ユウさんも……」

「良いんだ。今のレムナンをひとりにしたら、自死を選ぶかもしれないから」

「そんなこと」

「それくらい、酷い顔をしているんだ」

 

 消えてしまいたい、そんな思いは胸にあった。もっとも、コールドスリープなんてマナンに捕まる方法ではなくて、ただ……今にでもこの船から降りたかった。それだけだった。

 そんな心の内を見抜かれて、焦燥が胸につもる。

 

「私はレムナンに死んでほしくない。もちろんコールドスリープでそのままお別れっていうのだって嫌だ。だから……レムナンがここから出たくないなら、私は付き添うよ。君に嫌だって言われてもね」

 

 分からない。ユウさんのことが分からない。

 どうしてこの人は、そんな僕なんかにつきまとうのか、理解不能だった。

 

「め、迷惑です……そんな、脅しなんかして、一緒にいるなんて、そんな嘘を吐いて」

「……嘘なんかじゃない。私がレムナンと協力したのは、目的があるからなんだ」

 

 何かを決心したような顔で告げられた言葉。それを聞いて、内心ほっとした。

 そもそも、最初からしておかしかったんだ。自分がコールドスリープされないために協力を持ちかけるなら、ラキオさんなんかのもっと有能な人に頼めばいい。

 それなのに僕を協力者として選んだのは、やはり簡単に協力してくれそうだからとか、気が弱そうだからなんて理由なのだろう。そんなこと、話を聞かなくても分かった。

 ……そう思っていたのに、答えは全然違った。

 

「レムナンと一緒に最後まで生き残る。そして、レムナンの口から、君自身の話を聞かせてもらうって目的。それを達成しない限りは、レムナンにコールドスリープしてほしくないな」

 

 予想していたものとは全然違う言葉だった。予想していたよりも、よほど理由がわからない。でも、僕の話なんて今だって出来る。話したら、ユウさんが僕と一緒にいる理由もわだかまりもなくなるなら……今全部を吐き出してしまおう。

 

「……今僕の身の上話をします。それで満足ですか」

「あー……そうなんだけど、そうじゃなくて」

 

 きまり悪そうに告げると、ユウさんは困ったように、しかし笑みを浮かべた。

 

「レムナンには笑っていてほしい。レムナンには幸せでいてほしい。レムナンにはそんな風に自暴自棄になってほしくない。こういうの、なんていえばいいのか、よくわかんないけどさ」

 

 ユウさんは(うな)ると、言いたいことを思いついたのか、晴れやかな顔で言葉を(つむ)いだ。

 

「せっかく仲良くなれたんだから、このままお別れなんて寂しい。レムナンと一緒に生き残りたいんだ」

 

 ……分からない。

 僕のことなんて放っておけばいいのに、ユウさんは全く諦めない。この前まで赤の他人だったのに、どうしてこうして尽くそうとするのかだって、全く分からなかった。

 

「なんで、ユウさんは……そんなに僕を……」

「きっと、それが、私のためだから」

 

 ユウさんはそう告げると、手を差し出した。

 

 マナンが怖い。恐ろしい。

 でも、僕についてきてくれる人がいる。僕がここから出ないなら、一緒にいてくれるという人がいる。

 

 その手を取るのだって、怖かった。人の温もりは、僕にとっては……辛いものでしかなかったから。それでも、手を取った。緊張しているのか、穴あきグローブ越しでも伝わるくらい、汗ばんでいる手。

 ユウさんは一生懸命なのだろう。それは他の人だって同じで、自分たちが生き残るために最善を尽くそうとしている。僕は……こんな中途半端な気持ちのままで生きていいのだろうか。分からない、分からないまま、力強い手にひかれて、ただ歩いていく。

 

 

「レムナン、部屋から出てきてくれてありがとう。お礼といってはなんだけど……今日はもっと頑張るから」

 

 やはり、いつもよりも緊張したような声音で、ユウさんは口を開いた。それに対して僕は……ただ、頷いた。

 

 

 

 メインコンソールに入ると、フードを被った。マナンと視線を合わせたくなかった。あいつが今、どんな顔をしているかなんて……想像もしたくない。

 

 

「シピさんの音……しないの。聴こえないの……」

 

 オトメさんの哀しげな声に続くようにして、LeViさんがシピさんの生体反応が船から消失していることを告げた。そして……議論が始まる。それに集中しないといけないのに、気持ちが先走ってしまいそうで、うつむいた。

 

「……大丈夫、きっとなんとかなるさ」

 

 ユウさんを信頼していないわけじゃない。でも、それとこれとは別問題だった。もし大切な話を聞き逃してしまったら、不審に思われてコールドスリープというのもありえない話ではない。

 コールドスリープは避けたかった。僕にとっては……死ぬよりも怖い選択肢だったからだ。

 だから、議論に集中しようとした。その努力はしようと、思った。

 

 

 

「お話しの前に、他の人に報告したいことがあるの。医療用分析装置で、走査してみたら……しげみちさん、コールドスリープしたけど……グノーシアさんじゃなかったの」

「僕も一緒だけど、一応報告ね。昨日コールドスリープしたしげみちもグノーシアじゃなかったんだ」

 

 ドクターを名乗るオトメさんもコメットさんも、今回の結果は、しげみちさんが人間であると一致していた。

 コメットさんは、オトメさんに被せるようにして報告したように見える。それに、やはりコメットさんが本当のことを言っているようには見えない。根拠なんてないが、AC主義者の可能性が高い……ような気がする。エンジニアの中にひとりグノーシアがいるのは多分、コメットさんだって分かっているはずだ。コメットさんは……誰のことをグノーシアだと報告するつもりなのだろう。

 

 

「……えっと……報告すんの、あと誰だっけ?」

 

 コメットさんの問いかけに対し、ククルシカさんは手を上げて周囲の視線を集めた。彼女は、沙明さんを調べたようで、彼が人間だったことを告げた。

 

「困りますねえお客サン、そんな嘘つかれちゃ」

 

 マナンは楽しそうに、沙明さんがグノーシアであったと虚偽の申告をした。つまり、沙明さんを今日、凍らせようとしているのだろう。

 僕は……それに乗るべきなのかもしれない。マナンの言葉に同調なんてしたくないが、僕らが生き残る可能性を高めるためにはそうしないと……

 

 

 

「──嘘。SQは、嘘をついてる」

 

 

 

 

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