レムナンは協力することにした   作:笹案

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閑話。ネタバレは多分に含んでいるが、特に意味のある話でもない。別に読まずとも問題ない。


特記事項:ククルシカ

 

 ねえ、知ってる? と、ククルシカは声無くささやく。

 

 グノーシアって、本当は嘘をつかないよ。ううん、つけないんだ。自分の気持ちに逆らえないの。

 自分を嘘でごまかせないから、人間のふりをするために、嘘をつくんだよ。

 そう告げた後、ククルシカは微笑んだ。

 無邪気に、なんら屈託なく。

 まるで天使のように。

 

 

 なぜククルシカに分かるのだろう。

 そう尋ねたところで、ククルシカはただ静かに微笑んでいることだろう。

 

 それでも、彼女が言葉を紡ぐとするのならば。

 自分がグノーシアだったことがあるから、と。

 きっと、彼女はそう告げるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ククルシカは、可憐な少女である。

 

 金髪の、愛らしい容姿の少女。

 発声機能がないために、身振り手振りで感情を表現するククルシカ。彼女の愛らしい姿は、見るものの庇護欲をかき立てる。

 

 ククルシカが踊りに誘うと、相手は楽しそうに踊る。ククルシカが花冠を作ると、相手は喜んで頭を差し出す。ククルシカがお菓子を盗み食いをしたところで、ククルシカが哀しげにうつむくだけで相手は許すだろう。

 然り、ククルシカは少女として完成されている。

 

 感情豊かなククルシカ。少女らしく自由奔放なククルシカ。しかし、彼女のことを深く知るものはほとんどいない。

 

 謎めいたククルシカ。女は秘密を着飾って美しくなるとは、(いにしえ)の誰かが言っていたことだっただろうか。

 

 当然のように、ククルシカにも秘密がある。

 小さなものはいくらでも。大きなものもいくらでも。あげればキリがない。それが、ククルシカだった。

 

 ククルシカは知られることを恐れているわけではない。ただ、なんとなく告げていないだけ。本当にそれだけだった。

 

 その中でひとつ。ひとつだけ大きな秘密をあげるのならば……

 ククルシカが、銀の鍵と呼ばれる寄生生物を保有していることだろうか。

 

 

 銀の鍵。それは、人に寄生し、知識を得ることを目的とする、はた迷惑な存在だ。

 そこで知識を得られないと考えたら、鍵の持ち主は別の宇宙(並行世界)へと送られる。持ち主が宇宙で死んだりコールドスリープした場合も同様だ。

 もっと簡単に告げるのであれば、銀の鍵に寄生された人間はループする。何回も何回も、似ているようでどこかが違う宇宙を、銀の鍵が満足するまで繰り返す。

 ククルシカも例に漏れず、並行世界を彷徨(さまよ)っていた。過去か未来か、場所さえも違うところで見知らぬ人々と出会い、生活していた。その日々も忘れてはいない。そして、それ以前の記憶も忘れてはいなかった。

 ククルシカには、ループする以前の記憶がある。

 とは言えども、数百年、下手をすれば千年を越す年月を経て、ククルシカのそれは酷く摩耗(まもう)していた。

 おぼろげながら存在するそれは、ククルシカにとってはさほど興味のないものだった。

 

 しかし、ククルシカは知っている。どうして自分が銀の鍵に寄生され、ループを繰り返すようになったのかを覚えている。

 そのときに告げられた言葉も、憶えている。

 

「──疑うな。畏れるな。そして知れ。全ては知ることで救われる」

 

 そう告げたのはどちらだっただろうか。どちらも似たような口調であったため、ククルシカの記憶には残っていなかったものの、その言葉が脳裏に焼き付いた。

 

「…………君には、悪かったと思っているよ」

 

 そう告げたのも、どちらだったかは思い出せない。

 ククルシカは、こうして永遠に近い時を過ごさなくてはならなくなったことを憎んではいない。むしろ、永遠を求めていたククルシカにとっては、自己が削れようとも、こうして銀の鍵で繰り返されるときを過ごせるのは願ってもないことだったのだ。

 

 ククルシカにとって一番大切なのは今だった。

 悠久に等しい年月、ただいかに楽しく生きられるか。

 

 そんなククルシカにとっては、こんなグノーシア騒動でさえ、昔にそんなことがあったと思い出せるだけで、大した感慨も湧くはずがない。そう、思っていた。

 

 しかし、懐かしい存在たちを見たときには、彼らの存在を歓迎した。

 だからただ、ククルシカは笑みを浮かべ、彼らを見る。そのあとに、すぐに隣にいる白髪の少年へと目が向かう。

 見た瞬間、全てが変わった。

 

 明確な異変があったわけではない。それでも、なぜだか心が浮つくような感覚にククルシカは違和感を覚えた。

 

 グノーシア騒動のときにユウと一緒に乗船してきた少年、レムナン。

 なぜ気になるのか、考えると止まらなくなる。

 

 ただ、なんとなくレムナンへと視線が向かう。レムナン以外はなにも見えない。ただ、レムナンを、レムナンだけを。

 

 不思議に思い、ククルシカは小首をかしげる。自分の思考がまとまらない。レムナン。彼の幸せそうな表情を見ると、その逆の表情が見たくなる。

 それはなぜか、ククルシカは少し考える。考えることは好きではない。それでも、レムナンに関することならば考えるのは苦痛ではなかった。

 だから、1日目も、2日目も、3日目も、ずっとずっと考えていた。ずっとレムナンを見つめていた。

 そんなククルシカだからこそ、レムナンが嘘をついていることを見抜いたのかもしれない。レムナンから嘘をついているニオイがしたのだ。

 何らかの嘘、バグかグノーシア、あるいはAC主義者か。そのことを察することくらいは、ククルシカにだって出来た。

 

 

 そして……今回のククルシカは、エンジニアだった。

 エンジニアであるとは言っても、ククルシカには難しい作業をこなせるほどの頭はない。ただ、1日でひとり、グノーシアかどうかを知ることが出来るだけだ。それでも、この船においては重宝される。

 

 しかし、ククルシカはレムナンを調べたくはなかった。レムナンがバグだったら消えてしまう。レムナンの姿を、声を聞くことが出来なくなってしまう。それは嫌だった。

 

 そのため、レムナンを調べないように、なんとなく気に食わない乗員を調べた。1日目はコメットを、2日目は沙明を、3日目はステラを。そして、3日目に調べたステラはなんとグノーシアだったのだ!

 この結果にはククルシカも満足げだ。レムナンに、エンジニアを全員コールドスリープさせることを提案されている。だから、最後に傷を残せてよかったと安心しているのだった。

 

 “自分”がコールドスリープされた結果については興味がない。ただ、ククルシカは頬杖をついて、議論の様子を見ていた。

 

 グリーゼの茶坊主が、偉そうに場を仕切っている。ククルシカは侮蔑の表情で、ラキオを見下す。 

 ククルシカにはラキオの話の内容は理解出来なかった。いや、する気もなかった。

 退屈な議論の時間。ククルシカは頬杖をついたまま遊び始めた。

 

 とはいえ、こうしてメインコンソールでやれることなど多くはない。ククルシカは手遊びをやめて、意識は彼方へと向かった。

 ふわふわと、まとまらない思考。

 こくりこくりと、眠りそうなククルシカ。

 

「……恋ってなんだろうな」

 

 ふと、そんな言葉が聴こえてきた。

 恋。その単語は、ククルシカの頭へとするりと入りこんだ。

 

「その感情を理解したい。だから皆の恋愛話とか聞かせてほしい。……あ、もちろん話したい人だけでいいからさ」

 

 声の方向へと顔を向けると、レムナンの近くにいるユウへとたどり着く。

 ユウが口を開いたのだ。そして、恋愛についての話をしないかと話題を切り出した。

 ユウのことをレムナンの金魚のフンとしか見ていなかったククルシカだったが、使えるやつとして見れるほどには好感度は上がった。この退屈な時間から抜け出せるのなら、恋愛についての話でもなんでもしよう。

 ククルシカは恋について考えることにした。

 

 恋。恋。なんだかしっくりとくる。ククルシカがレムナンに抱いている感情? きっとそうだ。きっとそうに違いない。レムナンがどんな顔で笑うのか知りたい。隣にいる親しそうなユウを殺したときにどんな反応をするのか知りたい。ククルシカのものになったときにどんな抵抗を見せるのか知りたい。ククルシカはレムナンの全てが知りたい。ククルシカにだけ全てを見せてほしい。

 ククルシカは、レムナンを見た。

 

 彼女の眼差しには愛情が感じられる。レムナンはなぜか一歩引いた。

 

 ククルシカが告げたあとも、乗員は各々の恋愛観や初恋の相手について話していたが、ククルシカにとってはどうでもよかった。他人の恋愛事情なんて興味がないのである。ああ、でもレムナンについては興味がある。だから、ククルシカはいつも通りレムナンを見た。レムナンは険しい顔で場を見守っている。どうやら話に混ざる気はなさそうだ。だからククルシカは、ふいと顔をそらした。

 

 議論するよりはマシな、雑談の時間。和気あいあいとした恋の話をするひととき。しかしラキオは無理やり終わらせたため、ククルシカはつまらなそうに目を伏せた。

 

 そして、そのあとの議論の結果、ククルシカは、コールドスリープすることになった。

 その結果に、ジナは悲しそうにククルシカを見る。

 ジナのことは好きだ。そう、ククルシカは考える。

 ラキオのように変に理屈くさくはないし、なによりもククルシカに対して好意的に接してくれる。ククルシカがいなくなっても悲しむ人はいないなんて、そんなことを言うこともない。だから好きだ。

 

 ククルシカはジナを安心させるような行動を取り、そしてレムナンを見る。

 

 時間があるならレムナンと踊りたかったが、ククルシカにはそんな時間は残されていない。

 ククルシカは悲しかった。だから、気の赴くがままに、レムナンの手を取った。

 瞬間、レムナンの隣にいた誰かが怯えるような表情でククルシカを見てきた。なぜだろう? ククルシカはそう思ったが、すぐにどうでもいいと思い直してレムナンの手を引く。

 

 ふたりきりになれなかったのは残念だったが、それでもククルシカは満ち足りていた。

 

 ククルシカは、コールドスリープ室へと着いたあと、向かいに立っているレムナンに微笑んだ。レムナンは顔をそらした。それでも、ククルシカはレムナンをずっと見ていた。

 

 ジナがコールドスリープの準備を完了させたらしい。短く、ククルシカを呼んだ。

 

 その言葉に頷き、ククルシカはポッドに入った。

 

 銀の鍵はまだ満足していない。だから、またループをすることになるだろう。

 

 今度目が覚めるのは、どこになるのだろう。またこの船かもしれないし、見知らぬ土地なのかもしれない。いずれにせよ、銀の鍵を保有している限り、ククルシカのそばにはだれかしら、人がいるのだろう。

 未来のことは分からない。それでも、これからに想像を膨らませるのはククルシカにとっては楽しいことだった。

 

 乗員側が勝利をしたら、ククルシカは目を覚ますことが出来るのかもしれないし、今まで同様別の宇宙に飛ばされるかもしれない。

 

 でも、もしレムナンが勝利をしたなら。それは、それで面白いことになる。

 享楽的なククルシカには、それはそれでいい未来のように感じられた。

 

 

 

 ……もし、今度ループをしたら、レムナンで遊ぶことは出来るだろうか。

 ふと、ククルシカの頭にそんな疑問が湧いた。

 グノーシア騒動のときに、ジナと沙明が船の外に出なかったように、ククルシカとレムナンでふたりきり、船で留守番をするというのも、彼女にとっては素晴らしいことのように感じられた。

 

 ククルシカは微笑んだ。まるで穢れを知らない天使のような微笑みで、眠りについた。

 




……ククルシカはかわいいね。生きられることを、純粋に喜んでる。羨ましいくらいに……
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