レムナンは協力することにした   作:笹案

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4日目の犠牲者:コメット


──5日目


Day5

 

「んふ、おびえたレムナンのニオイがするね」

 

 いつの日か、あいつから逃げようとしたことがある。それでも部屋から出られずに、いつもよりも酷いことをされた。そんな記憶。

 ……これは夢だ。でも、実際にあったことでもある。

 

 マナンはなんの気まぐれか、僕に自分の話をしてきたことがあった。自分の今使っている身体ももう替えたいと、日常会話であるかのように伝えてきたマナン。僕の視線から言いたいことを察したのか、上機嫌そうなあいつは頬を染めて口を開いた。

 

「ねぇ、レムにゃん。人の魂を移植することって、出来ると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ける。

 グノースへと人を捧げなかった罰というかのように、嫌な記憶ばかり掘り起こされる。そのせいで、マナンがどうして別の人の姿で僕の前へと現れてしまったのか……そのわけに、たどり着いてしまった。

 

 魂の移植。それも、自分の子どもの身体を使ってやるなんて、気味が悪い。やっぱりあいつは人間なんかじゃない。

 ノック音が聴こえた。すぐに扉を開ける。

 

「……おいおい、大丈夫か? 顔真っ青だぞ。水飲む?」

 

 気づかわしげなその言葉に、返事をする余裕はなかった。ただひとつ、口をついて出てしまった言葉があった。

 

「……魂の移植なんて、出来るんでしょうか」

「レムナンも知ってるの?」

「……いえ」

 

 知らない。知りたくもない。

 

「……あの、すみません。変なこと、言ったと思います。忘れてくれていいですから……」

「……そう?」

 

 ユウさんは不思議そうに頷くと、こちらを安心させるような表情を浮かべた。

 

「ちょっと待ってろ、水持ってくるからさ」

「……いえ、大丈夫………です」

「大丈夫なら、いいんだが」

 

 不安そうにこちらを見るユウさん。

 僕に、世話を焼く価値はあるのだろうか。僕になにかを期待しているのだろうか。

 不安はいつものように出てくるものの、気分はそんなに悪くなくて、それが不思議だった。

 どうしてだかは分からない。それでも、ユウさんと一緒だと、マナンのことを少しだけ忘れられる気がした。

 

 

 

 

 

 

 寄り道をせずに、メインコンソールへと着いた。中にはそれなりに人が集まっているようで、ユウさんは真っ直ぐにセツさんのもとへと向かった。

 

「やあ、セツ。無事でなによりだよ」

「ユウこそ……いや、そうか、これはやはり……」

「セツ? どうした?」

 

 セツさんは眉間にしわを寄せていたが、ユウさんに呼びかけられると表情を緩ませた。

 

「いや、なんでもないよ。今日、隣に行ってもいい?」

「もちろん」

 

 僕は嫌だったが、そんなことを口に出せるはずもなく、セツさんは僕とは反対隣の席についた。

 

 それから、それなりに人数が揃ってきた。最後に来たのはラキオさんだった。彼は部屋を見渡すと、表情を歪ませる。

 

「また一人やられたの? 着実に戦力が削られていくね……」

 

 億劫そうな表情で告げると、ラキオさんはオトメさんへと顔を向ける。

 

「オトメ、報告があるだろ? 手短にね」 

 

 ラキオさんに急かされたオトメさんは、落ちこんだ様子で口を開いた。

 

「ククルシカさん、グノーシアさんじゃなかったの……」

 

 場が静まりかえった。そして、そのあとにユウさんが手を上げる。

 

「コメットがやられたってことは、オトメが怪しいんじゃないかな。一昨日犠牲者が出なかったのは、バグを襲撃しようとしたからなんだろう? それなら、コメットを消滅させることでオトメがバグだってことを表したかったからってのはどうだろう」

「確かにユウの言葉にも一理あるね。オトメがグノーシアかバグの可能性は大いにありえる」

「あの、だったら……今日は、オトメさんをコールドスリープさせる……というのはどうでしょうか?」

 

 周囲を見渡し、そう告げる。

 この案が受け入れられるかは分からない。それでも、ここは強気に出ないと、ステラさんのコールドスリープが確定してしまいそうだった。

 

「私は……反対。そうすべきじゃないと、思う」

 

 これで、疑いの目はオトメさんに向かうと思ったが、そうもうまくはいかないようだ。

 ジナさんは不審げに僕を見たあとに、少し考えた様子で口を開いた。

 

「……お願いがある。自分は人間だと……みんなの前で、ひとりずつ、誓って。そうすれば、信じられるから」

 

 ……人間だと、宣言する?

 そんなことを言い出した理由が分からない。全く論理的じゃないし、無駄だろう。そう思っていたのに、隣からそれに応える声が聴こえた。

 

「私は人間だ。この身はグノースに侵されていないし、人に害及ぼす存在ではないことを宣言するよ」

 

 ユウさんのあとに続いて、他の人たちも人間であることを誓い始めている。

 だから僕は、ステラさんの方へと目を向けた。ステラさんはまだ、なにかを告げる様子を見せていない。

 他の乗員が名乗り出ているのに、今疑われているステラさんが言葉を告げなければ、真っ先にコールドスリープさせられるだろう。それは避けたい。

 

「ええ、僕は……人間です。そ、それが、何か……?」

 

 僕が告げると、意を決したらしいステラさんが名乗り出てくれた。

 

「わたしは……ええ、誓います。グノーシア汚染者等の、人に仇なす存在ではございません」 

 

 聞いたところ、ステラさんにはさほど違和感を持たなかった。だから、きっと大丈夫なはずだ。

 

 

「……みんな、ありがとう。だけど、この中に……いるんだね。グノーシアが」

 

 ジナさんは静かにそう伝え、そして黙りこんだ。じっと考えているようで、今すぐになにかを伝えようという気はないようだ。

 

「……議論に戻ろうか」

 

 セツさんがそう告げると、前のように、色々な意見が行き交うことになった。

 

「ユウは何か隠してるンじゃない?」

 

「おいおい、何でまだラキオが残ってんだよ? さっさとおネンネしてもらおうぜ」

 

「あたし、計算してみました。そうしたら、ステラさんが変かも?ってなったので……」

 

「オトメ様がわたしたちの味方である確率は低いです。……残念ながら、そう言わざるを得ません」

 

 乗員も僕らも、思い思いに言葉を告げる。人数は減ってきたのに、まとまりはむしろなくなってきたように感じられる。

 そんな中、僕は妙な不安感に襲われた。その理由が分かるのは、すぐのことだった。

 

「……私、レムナンを信用してた。けれど……それは間違いだった。そう思う」

 

 ジナさんがそう言ってきたこと、それこそがこの不安の正体だった。

 疑われている。僕がグノーシアであるとバレてしまった?

 たとえそうだとしても、僕に疑いの目を向けているのはジナさんだけだ。それなら、同情を誘えばどうにかなる……はずだ。

 

「ユウ、さん、は……僕を……疑って、いないですか? 貴方にまで、疑われたら、僕は……」

 

 喉から出た声は、か細かった。

 動揺が声に出てしまったのか、それとも……ここで裏切られることが怖かったのか。僕は恐る恐るユウさんを見た。

 

「ジナの勘も外れることがあるんだな。私はレムナンを信用しているよ。みんなもそう思うだろ?」

「レムナンの潔白に一票。どう? 僕ってイイ奴だろ? あははっ!」

 

 ユウさんとラキオさんが庇ってくれた。ユウさんは、僕を疑っている様子をおくびにも出さない。きっと、本心で庇ってくれている。

 ジナさんは……まっすぐ、芯のある表情で僕を見る。まるで見透かされているようで、背筋が凍るような感覚に、僕は彼女から視線をそらした。

 

「――提案。ククルシカが、ステラはグノーシアだと報告している。だから今回は、ステラに投票してみないか?」

「ふぅん、SQはともかく、しげみちが真エンジニアの可能性はあるだろう。なのにその可能性を無視してククルシカを盲信するのは正気の沙汰とは思えないね。それにククルシカが本物のエンジニアであったとしても、だ。オトメがバグではない保証はどこにある? コメットが消滅したことから考えてオトメが本物のドクターではないという可能性もありえるンじゃないか。つまり君らがステラを消そうとするのは時期尚早と言う他ないね」

「……ラキオ。しゃべり過ぎ」

「敵も今はラキオに注目しているだろう。慎重に行動して、ラキオ」

「……」

 

 ジナさんとセツさんに注意され、ラキオさんは押し黙った。

 

「ジナとラキオ以外の人はどう思う?」

「僕は……ラキオさんの言うことに賛成です。ステラさんは、怪しい……かもしれませんが、その、オトメさんがバグで、ステラさんが最後のグノーシアだった場合……取り返しのつかないことに、なるので」

「確かにそうだな。私もレムナンの意見に同意するよ」

 

 意見を出す度、これで大丈夫か、ちゃんと乗員らしく振る舞えているだろうかと不安になる。

 ユウさんは堂々とした様子で、そう言ってくれて……僕は間違ったことはしていないのだと、少しだけ、自信が湧いた。

 

 

 

「そろそろ、眠る人を決める時間」

 

 ジナさんが、そう告げた。まだ空間転移の時間までは猶予があるが、コールドスリープさせる時間を加味してのことなのだろう。

 ジナさんの言葉を受けて、乗員たちは投票を始めた。だから、僕も彼らと同じように投票した。もちろん、投票先はオトメさんだ。

 最終的な投票結果として、ステラさんとオトメさんに3票ずつ入っていた。そして、沙明さんはラキオさんに、ラキオさんはユウさんに投票したようだ。

 つまり、票は完全に割れた。

 

「同票かよ! こりゃ予想外。オトメとステラで再投票か?」

 

 沙明さんが軽薄そうな調子でそう告げた。

 同票。それなら僕は、なんとかオトメさんに疑いを向けさせるしかない。そう考えていると、ラキオさんの声が聴こえてきた。

 

「そういえば、オトメの解析結果で興味深いことが分かったね」

「……?」

「グノーシアは自分たちが生き残るためにエンジニアを名乗ることもあるだろうが、人間はエンジニアだと騙る理由がない。オトメからすると、自分以外に騙りに出たのは、バグとAC主義者、その他謎の人間ってわけ」

「しげみちさんもククルシカさんも、コメットさんもグノーシアさんじゃないの。それなら……どうして、こんなことが起きているのか、分からなくて」

 

 そう告げるオトメさんの表情は優れない。ずっと優れなかったのは、そのことについて考えていたのだろう。

 

「……オトメさんの結果は、破綻しているんだと思います」

 

 注目されるのを覚悟して、そう告げた。

 

「AC主義者はひとり、そうセツさんは言っていました。それなのに、こうなっていることを考えると……」

「コメットが本物のドクターであれば、グノーシアが2体エンジニアとして名乗り出た可能性もあるってこと? それはそれでおかしいンじゃない?」

「いや、エンジニアだと名乗り出たみんなは、頭がいいとは言えないから、そんな突飛な行動に出てもおかしくはないよ。あとは、ククルシカがバグって線も……なくはないのかな。それならしげみちが本物のエンジニアで成立するし」

 

 可能性を考えるなら、キリがない。こんがらがっているのか、ユウさんは頭を悩ませた様子で言葉を続ける。

 

「……前例はないが、AC主義者が2人いるって可能性もあるのかもしれない。グノーシアやバグの存在はLeViが確認してくれているが、AC主義者の存在はLeViでは確認出来ない。これならオトメは本物のドクターって可能性も浮上してくるんじゃないか?」

「……ユウ、それは」

「セツ、今まで確認出来なかったからと言って、この船に複数のAC主義者がいる可能性は否定出来ないだろう? な、レムナン!」

 

 弾んだ声をかけてこられても……少し、困る。でも、話を振られた以上は、無視するわけにもいかない。

 

「……そう、かもしれません」

   

 オトメさんをコールドスリープさせたい僕としては、あまり同意したくはなかった。それでも、ここでユウさんの機嫌を損ねるのもよくないだろう。

 

「……AC主義者が2人、もとい複数名ねえ。この船はそんなにも破滅願望のある連中だらけってわけ?」

「可能性としてはあるんじゃないかな」

「……可能性、可能性ねぇ。まあ、考慮はしておくよ」

 

 ラキオさんとユウさんの会話を最後に、再投票は行われた。

 僕は当然オトメさんに入れ、そしてギリギリではありながらも、過半数の人がオトメさんに投票してくれた。なんとか、首の皮1枚で繋がったような状態になれたことに、安堵する。

 

「あたし、コールドスリープすることになりました。冷たいのが好きだから平気なの」

 

 オトメさんは結果に対して、抵抗する気もなく、従うつもりなようだ。

 

「お疲れ、今日はもう解散しようか。私はオトメに付き添うが」

「なら俺もオトメのコールドスリープ見届けるわ。いいだろ?」

「……構わない」

 

 今日は沙明さんとセツさんが、オトメさんのコールドスリープに付き添うらしい。3人の姿がメインコンソールから見えなくなり、他の乗員たちもまばらにいなくなっていく。

 

「ユウ」

 

 そんな乗員にまぎれて、ジナさんは静かにそう告げた。声をかけられたユウさんは、ジナさんが言いたいことを察したのか、笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「ジナ、またな」

「……うん、またね」

 

 ジナさんはその言葉に安心したように頷くと、その場から去っていった。

 

「……ユウさんは、ジナさんと……仲が良いんですか?」

「え? そんなことはないはずだが……ううん、もしかしたら仲良かったのかな?」

 

 困ったように呟くユウさん。曖昧なのは、記憶喪失以前の記憶を憶えていないからなのだろう。

 

「……それよりも今日は言いたいことがあるが……ゆっくり話す時間はなさそうだね。でも、明日私と君が会える保証はない。だから、ひとことだけ、伝えさせて欲しい」

 

 ユウさんは視線を宙へと()わせたあとに、僕をじっと見つめて……

 

「こうして君と話せるようになって……本当に、私は嬉しいんだ。ただ、それだけでも伝えたかった」

 

 ただ、安心したように微笑んだ。

 

「……改めて伝えると、やっぱり照れくさいな」

 

 そう告げるユウさんの頬は赤らんでいる。本当に僕が一緒で良かったと思ってくれている……のかもしれない。それを聞いて、僕は思う。

 もし、僕がグノーシアにならなかったら、もしくはユウさんがグノーシアなのならば、きっと、それは感動的な言葉だった。でも、そうではないのだから、その言葉には、きっと価値なんてない。

 僕は、なにも言えずにユウさんを見た。

 

「また、明日」

 

 ユウさんは手を振った。やはり、いつものように、飄々とした様子で。

 だから、僕も手を振った。

 

「……また、明日」

 

 ユウさんは、驚いたような表情を浮かべたあとに、笑って部屋へと戻っていった。

 ……そういえば、別れの挨拶に反応したのは、今日が初めてだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……レムナン様は、今日はどなたを送り届けるべきだと思いますか?」

 

 現実へと引き戻された。

 僕に話しかけているのは、ステラさん。そして今はグノースのもとへと送り届けるのは誰がいいかと話し合っているところ。全部、全部分かっている。

 

「人間だと確定している2人のうちのどちらか……えっと、ジナさん……で、どうでしょうか」

 

 乗員と確定している人だから、他の乗員が信用しやすい人でもあるし、今日ステラさんをコールドスリープさせたがっていたから、残しておくと厄介そうだった。 

 

 ……僕は悪いことをしているわけじゃない。グノースへと人を捧げるのは素晴らしいことで、悪びれる必要もない。そうだ、そのはずだ。

 

 ステラさんがジナさんの境界に触れるのを見届けた。今日も守護天使による妨害はなかった。 

 

「レムナン様。わたしは明日、投票される可能性が高いでしょう。ですので、明日わたしが疑われるようなことがあれば……遠慮なく、同調してください」

「……そ、そんなこと」

「レムナン様まで怪しまれてしまいますから」

 

 たおやかな姿でたたずむステラさん。自分が消えることが、怖くはないのだろうか。いや……怖いに決まっている。それなのに、僕の前では恐怖心を隠して接してくれているのだろう。

 

 

「それにレムナン様。この船を掌握した暁には、きっとLeViが力になりますので」

 

 ステラさんは、僕へと笑いかけた。気を使わせてしまったのだろう。僕は申し訳ない気持ちになりながらも、彼女へと感謝の言葉を告げて、自室へと戻った。

 

 

 




人間だと言え:強い。名乗り出ない人は人外である可能性が高いが、人によっては普通に名乗り出ないこともあるので、それだけで決め打つことは出来ない。

再投票:同票で結論が出なかったときに行う。それでも結論が出なければ、候補者を全員コールドスリープさせるか誰もコールドスリープさせないかを選択することになる。

LeVi:この船の擬知体。

ステラ:今回はグノーシア仲間。体感的に、人外のときに人間だと言えに乗っからない率が高い気がする。物腰の柔らかい緑髪の女性。グノーシアのときの顔は結構アレ。恋愛脳なのか、主人公に惚れがち。

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