「月と戦争をする。」
「「は?」」「はぁ。」
私とフランが同じ反応をし、お母様が嘆息を付いた。
大事な話がある、と言われて来てみたら、開口一番、最初の言葉が飛び出したわけである。
「アリストス、あまりにも突拍子すぎます。」
「いや、すまん。」
「2人とも困惑させてしまってごめんなさいね。アリストス、頼みますよ。」
「うむ、分かっている。」
どうやら、お母様は事前に話を聞いているようだ。
軽く釘を差されたお父様は、咳払いして場を仕切り直す。
まず、お父様は、私の方を見て言った。
「レミリア、人妖の理想郷を作ろう、という提案をかけた妖怪について話をしたことを覚えているか?」
それは、明くる日、フランの暴走を鎮静した少し後、確かお父様が会合から帰ってきた日の話だ。
「えぇ、結構前だけど、覚えてるわ。お父様は乗り気じゃなかったっていう。」
「あぁ、だが、件の妖怪から誘われたとはいえ、今回はそれとは別件だ。
その妖怪の名は八雲紫。極めて頭の切れる妖怪だよ。」
「・・・信用できるの?」
「まぁ、どちらかといえば胡散臭いという印象がついてまわるし、黒い噂は絶えないがな。しかし、私が興味を引いたのは、その戦争の大義名分だ。
曰く『月への侵略は、今まさに、弱まりつつある妖怪共の威信と矜持を示す絶好の機会になる』とな。」
う~ん、まだ話は見えない。とりあえず、月に行ったら、妖怪たちが元気になる。
そういうことなのかしら?なにせ、未だわからないのは・・・。
「へ・・・へぇ。でもお父様、そもそも月って侵略できるの?一体、誰を攻撃するのよ。」
「はっはっは、そうなるな。月、たしかに普通なら、誰もいない、と思いがちだが、生憎あそこには住人がいる。所謂月人が住んでいるのだ。高度な文明とその都が月にはある。」
と、ここでフランが質問した。
「それって宇宙人?」
「いや、かつてこの地球にいた神々やその子孫、神族だ。
とはいえ、神族だからといって、なんということはない。所詮、我々を恐れて逃げ出した連中に過ぎないからな。」
質問に答え終えたアリストスは、話を続ける。
「さて、この紅魔館を留守にするのは、今に始まったことではないが今回はそれなりに長くなる。普段の戦闘とは、毛色が異なるからな。多くの妖怪が、手を組み、月の都を攻め立てる。
百鬼夜行など目でもない。妖怪の恐ろしさここにあり、そうして自らの墓と定めて赴く者もいる。それもあって士気は、非常に高い。」
「そんな自殺志願みたいな・・・。」
ついぞ聞かない異常な光景を想像してしまったのか、フランは怯えた口調で呟いた。
確かに気持ちはわかる。妖怪同士徒党を組むこともあるとはいえ、己の存在証明を死して、獲得しようとするほど、名誉心に溢れた妖怪は少ない。
それが一軍の士気を拡張する要因になるのは、異常なことなのだ。
「全員がそうではない。だが、そんな特攻に自らの価値を見いださねばならないくらいに切羽詰まっている者らがいる。そして、そのような境遇に陥るものがこれ以上増えることも由々しき事態だ。」
そんなフランを厳然と諭すアリストス。
セレニアも横から彼女らを安心させるように、優しく告げる。
「レミリアもフランも、心配しすぎないで。
この人がわざわざ月に行くのも別に、死にに行くためではないですから。」
「無論だ。さっきも言ったが、妖怪の威信を示す、その大義名分を気に入っただけだ。退屈ならば帰って来るし、負けても潔く帰る。皆に不要な心配をさせたくはないからな、今のうちに心憂いを絶っておきたいのだ。」
そこで一拍、アリストスは、間をおいた。
「私は八雲紫の招聘に応じて月へ向かう。これに反対する者、あるいは他に質問、要望は聞き入れよう。そう、例えば土産に欲しい物があれば、述べるがいい。大抵のものならなんとかなるぞ。」
~
父が、月へ向かうべく館を離れるのは、3日後。
月が満月となるその日、遠く離れた月の大地を踏みしめることになる。
なんというかお父様には、戦闘狂の節でもあるんじゃないかって次ぐ次ぐ思う。
ルーミア然り、この度の出征然り、それ以前の粛清然りだ。
ついには、地球の外にまで戦場を見出しに行くとか、どうにも本当に戦闘狂な性格であることの説得力が余計増すので、私はもう呆れてしまうわ。
それはともかくとして父の出征を承諾したあと、私は無性に月見をしたくなった。
フランも一緒になって、私達はバルコニーに座り、月を見上げる。
月。夜空に満天の星空とともに輝く月は、妖怪の力の根源を放出する。
その満ち欠けは、少なからず妖怪の力の増減に影響を及ぼし、また夜を代表する吸血鬼にとっては、かなり象徴的な存在とも言える。
月に住人がいる、という情報を、教えられたからだろうか。
今まで抱いていた月の印象、見え方が少しだけ変わったようにも思える。
あの満ちかけた月に、人がいて街があって住んでいる。なんだか見上げる側としては奇妙な感じだ。お父様によれば穢れをより簡易に言うならば、死、定命から脱却するために、月に居を構えたらしいが、それは中々思い切った逃走であると言わざるを得ない。
「月に人が住んでるなんて知らなかった。」
「そうね、人っていうか大昔の神様の子孫らしいけど。私達とは対極の存在ね。そんな相手だから、お父様も乗り気なのかしら?」
「ちょっと心配だね。」
「万が一にもお父様が追い詰められるなんてないと信じたいけど、月じゃさすがに、離れすぎてて、運命の調整も届くかどうか。」
軽く言ってるけど、そんな割り込みをするつもりは毛頭ない。
そんなことしたら、逆にお父様が怒りそうだから。
神族、天に属し、神聖を備えた神あるいはその末裔、子孫を指す。
神力を操り、常人離れした奇跡を操り、ある意味では妖怪の天敵とも言える。
月は私達に身近であるけれど、住んでいるのは、妖怪と折り合いの悪い者共とは、皮肉なものだ。
レミリアは、月を見上げるフランの横顔に目線を移す。
彼女もまたまだ見ぬ月の風景に、感情を抱いているのだろうか。
そんなことを考えていると、フランが視線に気づいた。
「ねぇ、お姉様。」
そして、少々改まった感じで、彼女をじっと見つめる。
「なにかしら。」
「お姉様、私の運命が見えてる?」
不意に問われたことで、レミリアは、思わず、問い返す。
「何故?」
「お姉様、私に能力を使ったりしたことないでしょ?それと、私にだけなぜか運命の話を全然してくれないから、もしかしてーって。」
能力の話はするが、主にフランの能力に関する相談が主だ。
フランの能力は、調整や扱いが難しいこともあるので、レミリアも自身の能力の瑕疵について悟られたくなかったから、話題にするのを避けていた。
しばし、彼女は正直に言うか、または虚勢を張って嘘を付くか迷った。
しかしフランも幼いままではない。きっとここで言った嘘をやがて近い内に見抜いてしまうことになるだろうし、その場で露見することだって、考えられる。
いや、けどフランなら、彼女の言葉を無意に信頼するのかもしれない。
真実であれ、虚言であれ、その無垢な眼差しに応えることも裏切ることだってできる。
「ごめんなさい、フラン。私は、貴女の運命を見ることができないの。」
結局、レミリアは、正直に言った。
フランの生誕の時、拒絶するように弾かれた。
それ以降、彼女の運命を一度も能力によって観測することができていない。
何らかの特質がレミリアの運命視を妨げている。
「そうなんだ。」
フランは残念がることもなかった。知っているのだ、見えないことを。
何故なら、問いかけた時点で、既にそういう理由があるのだろうと察していたのだから。
嘘をつかなくてよかった。レミリアは、密かにホッとした。
続いて彼女はまた問いかける。
「それじゃあ、お姉様の運命は?」
これも彼女は正直に答える。
「見ようと思えば見れるわ。魔力の限り遠くまで、私がこの先どうなるのかを、ね。けど、私はめったにそれをしない。」
「どうして?」
「自分の運命を事前に知ってしまったら、たとえ1秒先、5秒先の些細な時間だったとしても、それが正しく起こること、改変できることなら、自分の運命を恐ろしく感じる原因になるの。」
「自分の運命が怖いの?」
「誰しも、自分に何が起こるかを知りたくないんじゃないかしら。それが悪いことであればあるほど、恐ろしいし、希望に満ちた未来なら、それにかまけて本来の道を踏み外す。」
自分の運命すらも操れる。
しかし、過信しすぎれば運命を操る側から操られる側に様変わりしてしまう。
未来を知っても、確定するわけではない。
よりよい未来を引き寄せるなら、行動しなくてはやってこない。
未来を知ることはそれすなわち、自らを縛る鎖を増やすことなのだ。
「自分の運命を見続けると、何度も何度も繰り返してしまうのよ。自分の運命を見て最適な結果になるように。終わりのないことに結果を求めても無駄だし、そんな臆病な姿、美しくはないわ。」
「そっか。」
今度こそ、視線を落としたフラン。
「がっかりした?」
「・・・ちょっとだけ。」
「もう、悪い意味でも素直なんだから。」
「ごめ―」
ハッとなったフランが顔を上げて謝ろうとするが、機先を制して、彼女の唇を人差し指で
塞ぐ。
視線が交錯する。
しばしの間、互いの瞳を合わせ、2人は月に照らされるバルコニーで沈黙に浸る。
自分では、フランのことをよく見ているつもりだった。しかし、こうしてがっかりさせてしまったのだから、私は、少し姉としての役割を怠っていたのかもしれない。
ならば、当然、埋め合わせが必要だ。
「心配しないで、フラン。たとえ、運命が見えなくても、貴女は私がなんとしても守る。守ってみせるわ、絶対に。」
未来を知って動くのは嫌だ。
だから、代わりに、未来を夢見て、誓いを立てる。他ならぬ愛しい存在のために。
レミリアの想いが届いたかは定かではないがフランは、微笑んだ。
そして、レミリアの肩に頭を預け、月見を再開するのであった。
~
同時刻 アリストスがパチュリーのいる大図書館を訪れていた。
事前に、来訪は通達していたがここの主は、来客にお茶を出すほど、気の利いた相手ではない。
いつものように、彼女は魔導書を読んでおり、アリストスがやってくるとそれを閉じた。
「こうして話すのは、久しぶりだな、パチュリー女史」
「そうですね、アリストス卿。」
「図書館は相変わらず、気に入ってくれているようだな。
品揃えも以前よりも増えているように感じる。」
ぐるりと辺りを見回すアリストスの感心に対してパチュリーの返答は辛辣だった。
「それはもう、ここから一歩も動きたくないくらいには。
ですから、率直に本題を述べていただいてもよろしいですか、卿?」
本題に入る前の前口上すら、鬱陶しいと言わんばかりだ。
仕方なく対面の椅子に腰掛けたアリストスは本題、を切り出す。
「・・・フランドールについてだ。
君にはフランの狂気について解析を依頼しているだろう。進展があったかを聞きたい。」
やはりその話か。内容を大体予測していた彼女は、脳の片隅で用意していた答えを口にする。
「今のところは、レミィを含めて共有していること以上は、進展はありません。」
例えば、何らかの魔法を実現したければ、何度も試運転を繰り返し、元となる現象を解き明かせばいい。だが、意図的に狂気を引き起こす要因も分かっていない。故に実験のしようもない。
現行のフランの気質では、御しきれずに、意識の主導権を渡すのがオチである。
実験のつもりがよけいに被害拡大やフランの状態の悪化を招いては元も子もないのだ。
能力の連続使用によるものかとも考えたが、どうやらそうでもなく、だが、何かしらの蓄積によって起こっていることは間違いない。
何故そこまで断定できるかと言ったら、フランの狂気が沈静した後は決まって数日以上の空白が生じる。逆に言えば、一度、沈静化すれば狂気が短期間で表面化することはない。
その空白の絡繰りが分かれば、数日~数週間と狂気の発露を抑え込むこともできるが、
どうにもその要因を断定することはできていなかった。
「そうか・・・私は、フランがレミリアのように、益々妖力を内に増していくのが恐ろしくてならない。あれは、それを見事に利用し、我々を葬ろうとしてくるのだから、始末が悪い。」
アリストスが苦々しい表情になるのも最もだ。
通常のフランと狂気状態のフランは二重人格のようなものである、とパチュリーは考えていた。
普通に考えれば、年齢とともに、そうした人格は統合され、1つに溶けるため、そこまで深刻に捉えることではない。なにせ、長い妖生から見れば、この幼生期間などは、まさに刹那の時、いくらでも改善の機会は用意されているのだから。
しかし紅魔館メンバーが周知している通り、フランの場合はその限りではなく、パチュリーも重々承知していることである。
大妖怪級の攻撃能力や各種能力上昇、人が変わったかのような殺意、気質が変化し、禍々しさを伴う妖力、人格が表と裏で入れ替わり、性質を入れ替えたかのような変貌ぶり。
狂気はあまりに危険過ぎる存在としてフランの内に潜んでいる。
それらの特徴を確認出来得る限り、パチュリーは記録し、狂気の正体や根本の原因について、考察を進めている。
「なら、能力そのものに封印や制約をかけることはできないのか?
さっき言ったことは理解している。だが根本の解決に繋がらなくとも、能力に枷を掛けてしまえば、幾分、危険性も減るだろう。」
妖怪を始めとした生命は、特徴的な個性を有している。能力もまた一つの個性だ。
そして、時として能力は、稀ではあるが、人格に影響を及ぼすことすらあるのだと、パチュリーは彼女の二面性を目の当たりにする度、そう思う。
「そもそもとして、フランの狂気が能力に由来するものであっても根本ではありませんから、元を断つことにも繋がりません。」
だが結局の所、フランが狂気を暴走させるのは、その全てが能力のせいとはいえない。
ただ彼女には、自らの能力を扱うキャパシティーが足りていない。
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』、フランドールが有するには、強大過ぎる。
能力は多くの場合、個人の才能や特徴に由来するものであり、意味合いこそ様々なれども、当人を害するなんてことは、滅多に無い。
幅広く活用できるものもあれば、戦闘などの特定の機会以外にはびた一文役立たないものまで、振れ幅は、能力次第だ。その点で言えばフランの能力は極限まで破壊に適した能力であることからも戦闘特化だというのは言うまでもなく、またそれが、強力すぎるがゆえに、精神にまで影響を及ぼし、暴走してしまうのも無理からぬ事だ。
「そういった能力者でもない限り、能力に関わる干渉は不可能かと。」
「その能力を擬似的にでもいいから、魔法で再現できないか、と聞いている。」
「不可能、でしょう。」
パチュリーの返答は変わらず、否定的である。
「試したのか?」
「試す価値もありません。呪いの代わりに新しい呪いを見繕うようなものです。よもや、神の祝福なんてものに頼る訳でもない。悪魔に呪いは付き物ですが、悪魔自身に憑き物をあてがう必要性はどこにもありません。」
「手詰まり、というわけか。」
彼のやや不満げな意見にも彼女は動じることはない。
「元から手段として、不完全かつ不可失なので、詰まる手もありません。
最もリスクが低い現状の対応が、最適じゃないですか?」
彼女は分析したこと全てにおいて、確信の置ける答えを用意し、そこに微塵として誤りという疑念を抱いていない。故に堂々と自身の正答を主張することができるのだ。
魔法に携わる魔女として分析を怠るようでは、精霊魔法を極めることなど出来はしない。
アリストスはしばし、沈黙し、やがて張り詰めた肩の力を抜くように、息を吐いた。
「すまぬ。どうにも不安が隠せなかったのだ。決して女史の意見を軽んじるつもりはなかった。」
「不安な気持ちはわかります。月への遠征の間の不在、何が起こるか予想はいくらでも付きますから。ですが、その予想がいくつかは当たるとしてもいくつかは当たらない。最小限に抑えられるようなら、それに越したことはありません。」
パチュリーはそう締めくくり、話は終わりといった雰囲気が、二人の間に漂う。彼もそれ以上、話題を掘り返すほど、パチュリーの実力を疑っているわけではない。
「ところで」
そういうわけで長居は無用と、アリストスが立ち上がりかけたところで、ふとパチュリーが口を開く。
「聞いておきたいのですが、月と戦争をした場合、妖怪サイドの勝算はいかように?」
その質問に思わず、アリストスは苦笑交じりの表情を浮かべる。
「それを聞くか。」
「古今東西、妖怪が神に力で打ち勝ったという話は極めて少ないでしょう。
貴方のような規格外ならば、なおさら、いかに数多の妖怪による百鬼夜行程度で、月の都を攻略できるとは思っていないんじゃないですか?」
図星である。
「・・・まぁな。作戦通りに優勢を作り出したとしても3割か、それとも4割か。
我以外にも鬼に童子にと、実力者は参戦する。
圧倒的劣勢にはならないが、どこまで持ちこたえられることやらというところだ。」
「そのような戦争を発案する理由がやはりどこにあるか、理解に苦しみますね。」
「無論、八雲紫も戦争を立案する上で、無謀な勝利を皮算用するほど、うぬぼれてはいない。
我々が月から撤退する手筈も鼻から用意しているのだよ。
侵攻と言っているが、実質的には耐久戦。引き際を誤らなければ、死ぬことはないだろうさ。」
妖怪を使い捨ての雑兵とか何かと思っているのだろうか。あるいは、間引きか。
要するに雑魚は死んで強いやつは賢く生き残る、そういうことだ。
熱くなった者から死んでいくのだろう。
自らの領分を弁えながら名を上げろ、そういうメッセージがひしひしと伝わってくる。
八雲紫、想像以上の切れ者だ。
パチュリーは自分が直感的に感じた警戒感を忘れるべきではないと思った。
「月の都側は、いい迷惑ですね。」
「はっ、神族共をいくら泡吹かせたところで、何の罪悪感もあらぬ。」
この人も大概、非情だ。まぁ、妖怪なのだから、それも仕方ない。
大図書館に居着いてから、似たような場面は何回か目の当たりにしている。
嗜めるだけ、余計なお世話というものだ。
「では、月並みですが、ご武運を、と言っておきましょう。」
「うむ、そなたも魔導書を読み耽るのもいいが、たまには日に当たったほうがいい。
我らと違って、日光で死ぬわけでもあるまい。」
最後に、本の虫のパチュリーを案じた彼の勧めに彼女は、首を振る。
「ご心配なく。」
それこそ、余計なお世話だ。
アリストスさんがフェードアウトいたしました。