いない。おかしい。
レミリアはいなくなったフランの捜索のため、森に足を踏み入れていた。
追跡魔法の反応は、森の中で止まっていた。つまり、フランは自分の部屋に戻らず、この森に向かったということだ。
こんなところで、何をしていたのだろう?
レミリアは、まさかフランがルーミアと共にいることなど夢にも思わない。
何故なら、そのような運命は有り得ないからだ。
故に、森へ行ったフランの理由がわからず、ただ疑問に思うばかりだった。
それでも油断はしていなかった。
彼女の背後、死角から、襲来してくる影。
振り向きざまにその殺気だった刺突をレミリアはグングニルで防御し、その衝撃を受け流す。
激突した両者の武器が、火花を散らし、襲撃者は、彼女の脇を抜けて降り立つ。
レミリアは、内心で舌打ちした。
一番厄介な妖怪に出くわした。一番にして唯一、この森に住む大妖怪ルーミア。
いつもの通り、捉えどころのない笑みを浮かべて。
「その槍は私の真似事かしら。」
そして彼女が携えている得物は、グングニルと同じ槍だった。
闇で構成されたそれは、私は初めて見たと思う。
これまで彼女は武器を使ってきたことがあっただろうか。
「ふふ、そうだね、そうかもね。ほら、私って大抵のものは作れるから、ついでに羽も生やしちゃおうかな。」
バサッと、彼女の背からコウモリに酷似した羽が、生える。まるでレミリアの翼と同じような代物で、ルーミアは闇で作られたそれの黒々と脈打つ様を見せつける。
感想?そんなものない。遠慮なく私の方から攻撃を仕掛けさせてもらう。
「『スカーレットシュート』!」
高威力の弾幕が、ルーミアを襲い、その弾幕に続くように、接近し、今度はレミリアが彼女に向けて、グングニルを振るう。
グングニルと闇槍が、ギギギという軋むような音を立てて拮抗しあう。
いや、その拮抗は仮初だ。思わずルーミアは、拍子抜けな声を上げてしまう。
「レミリアぁ、君そんなに弱かったっけ?」
何、この膂力・・・!?攻撃したのがレミリアであるにもかかわらず、ルーミアは軽々とグングニルを押し返す。
「ッ・・・」
ルーミアが、彼女を一歩後退させる。
「動揺してるね。」
「急に襲ってきたから、驚いてるだけよ。
私達と戦うのはもう諦めたんじゃないかって思っていたわ。」
「まさか。驚いてるのはこっちだよ。
アリストスがいないのに、一目散に逃げ出さないなんてさ。」
「へぇ、断定してもいいの?不確定要素を安易に確定するのは賢いとは言えないんじゃない?」
また一歩、後退し、ルーミアを見上げる形となったレミリアは、膝を付きそうになる。
「ブラフが上手くなったね。生憎、アリストスが不在ってのを、私は知ってるんだ。
だからこうして出てきたわけ。」
バレていたのか、どうして・・・いえ勘ぐっている暇はないわね。
これ以上の鍔競り合いは負ける、と判断して、レミリアは力を振り絞り、ルーミアの槍を押しのけると、一気に飛び退く。
だが、ルーミアは、翼を羽ばたかせて急接近し、彼女を逃さない。
反射的にグングニルを構えて、防御しようとしたが、その防御は全くの意味をなさなかった。
何故なら、ルーミアの腕力が想像よりも遥かに重くレミリアではとても受け止めきれる威力ではなかったからである。真正面からの横薙ぎは、グングニルを両断し、彼女を地に這いつくばせた。
「貴女、そんなに強かったかしら?」
私の知っているルーミアは、こんなに強くない。
大妖怪だが、私の能力で弱化しているはずだ。それなのに――
「お得意の運命操作で、躱そうとした?いいや、そんな暇はなかったようだねぇ。」
「さて、レミリア。私はちょっと聞きたいことがあって今日、襲ったんだ。」
「・・・」
「あ、答えてくれなくてもいいよ。あらかた想像はついてるから。」
レミリアの怪訝そうな顔を楽しむように、ルーミアは語る。
「私の運命を操る。そこまでは普通だね。けど私にしたのはそれだけじゃない。
私の運命を引っ張ったね?随分と能力のレベルが上がっちゃってさぁ。小器用なことができるようになったものだよ。」
1つ予想をしていたことがある。
レミリアはたしかに言った。足掻いても無駄、だと。じゃあその根拠は何?
2対1というアドバンテージ?いいや違う。彼女は運命を覗き操ることができる能力者。
単純な数の差じゃない、力の差というわけでもない。
その力に散々苦しめられて、私は追い詰められた。
仮に、レミリアの能力が継続的に影響を及ぼすことができるなら、私の運命を常時補足し続けている、という説明が成り立つ。私が、フランの狂気を知覚し続けるのと同じように彼女もまた私の運命に干渉し続けていた。私は見事に引っかかって弱くさせられていたみたい。
毒の入った食事を延々と口に入れさせられてるのに、それに気づかず不調になってるようなものなんだけど、どうにもレミリアの能力はその認識すら捻じ曲げてしまうらしい。
予測はどうやら、大当たりだ。驚きでレミリアが目を見開いてくれた。
「へぇ、それが答え合わせ?まさかとは思っていたけど、驚いた。本当に、私の運命に干渉し続けていたとは思わなかったよ。予想があたって何よりだ。けど、もうその能力も私には利かない。 利く筈がない。私は、レミリアに負けるほど弱くない!」
絡繰りを見抜かれたレミリアは、目に見えて動揺し、途端に目の前の存在に竦むような恐怖を覚え、そして、その動揺をすぐに処理しきれなかった。
ルーミアは、歓喜と怒りの入り混じった声で叫ぶ。
「あー腹が立つ。勝手に私の運命を操られて、レベルを下げられていたってことに!
それで、余裕綽々に追い詰めてた君にもね!でも、こうやってちゃぁんと暴くことができたんだ。今の私は!とっても!機嫌がいい!!」
戦闘は再開され、猛攻がレミリアを襲う。
「ぐっ!?」
大妖怪の本領を取りもどした彼女の攻撃に体勢を維持できるはずもなく、レミリアは、空中を滑るように飛んで、彼女から距離を取る。
そうして漸く機会を逸していた能力を発動させる。発動させようとする。
しかし、その瞬間、彼女に別のイメージが割り込み、運命操作は、不発に終わった。レミリアは、運命予知と運命操作の両方を同時に見ることはできない。突発的な危機を知らせる虫の知らせや直感に近しい予知は、気まぐれであり、その気まぐれは、最悪の形でレミリアを振り回す。
私が見ている、見えているこの光景は確定した未来。
レミリアの顔が引きつり、身体が自然と回避運動を取ろうとするが、その前に、予知によって告げられた未来は訪れる。
「無駄って言ってるでしょ!」
「ガッ・・・ハッ!」
予知通りの豪速の振り上げが、レミリアのお腹に強烈な一撃を見舞い、戦況を完全な劣勢へと傾かせた。
激痛に動きを止める暇はない。攻撃があたった瞬間に視界から消えたルーミアを探す余裕もない。打ち上げられた衝撃を立て直し、レミリアはすぐに攻撃に意識を転じさせる。
ルーミア得意の闇移動だとすぐに分かった。
つまり、瞬間的にレミリアの高度まで、移動していることだ。
体軸を軽快に回す。自分の体を捻って、追撃を躱し、勢いをつけた回転蹴りとなって、ルーミアの脇腹に一撃を与える。想定外だったのは、彼女の攻撃を喰らったルーミアが全くダメージを受けた様子がないということ。着地したレミリアは、その手にグングニルを再び作り出し、攻撃の構えを取る。
しかしルーミアは、何を思ったか、無造作に握る闇槍を投擲すした。
難なく避けられる攻撃を、その裏に込められた意図を勘ぐる余裕はレミリアにはない。
闇槍が、真横を通り抜け、彼女は一歩踏み出す。闇槍は、彼女の真後ろで、波紋を生み出す。
そして、レミリアの背後から何本もの闇槍が飛来し、片翼を穿って、地面に縫い付けた。
完全に回避したと思ったまさかの攻撃に、意識が空白になりそうだった。
だが、グングニルはまだその手にある。グングニルが彼女めがけて、投擲された。
とても投擲の体勢など取れはしなかったが、グングニルの場合、いざとなれば念じるだけでも飛んでいく。
グングニルは迷わず、ルーミアの顔面へ向けて飛んでいく。
かつては、逃げ惑わざるを得なかったその攻撃をルーミアは、片手で刀身を掴んだ。
そのまま闇で侵食し砕き喰らった。破片が、彼女の魔力の色たる紅が、パラパラと散る。
レミリアの驚愕の吐息にルーミアは満足そうに息を継ぐ。
「いやー、私こんなにたくさん闇を操れたんだ。なぁんで気づかなかったんだろ。けど、もうそんなペテンには引っかからないよ。二度と。」
さて、とルーミアは闇槍を突きつける。放っておいたら今にも泣きそうな表情になったレミリアの肩を闇槍で、トントンと叩いて、余裕たっぷりに彼女を褒める。
「レミリア、そんな顔をしないで。これが、普通なんだよ?むしろ2対1で私を追い詰めるっていうのは何ら不思議なことじゃない、よくやったほうだ」
「殺しなさい。私は負けた。」
往生際の良いことで。
けど元々殺す理由もないし、今の所殺す気もない。むかっ腹は十分に発散したから、もういいや。
「や~だ。殺してあげない。」
スッと、彼女は戦闘態勢を解き、得物の槍と翼は消え去った。
「なっ!?」
彼女を拘束する闇槍も消え失せ、レミリアは解放される。
「情けをかけたつもり?」
拳を握って今にも詰め寄ってきそうな彼女を他所に、ルーミアは平然と宣う。
「興が醒めたんだよ。まだ戦う?なら、付き合うけど」
プライドが傷ついたかな、それならお互い様だね。
「貴女・・・前戦った時は、本気を出していなかったの?全然、雰囲気が違う。」
「何を今更。能力で私のことを縛り付けたくせによく言う。一つ言っとくよ。今は殺さない、だけ。こんな簡単に死んでもらってもちょっと困るっていうか、もっと苦しんで死んで欲しいだけなんだよね。」
からからと笑うルーミアに、レミリアは我知らず後ずさりしていた。
「意味分かんない。」
誰かに言われるまでもなくルーミアは気持ち悪いくらいにキレイな笑みを描いていることを自覚する。
「分かってもらわなくても別にいいよ。それじゃ、バイバイ。」
こうして、不可思議の砂粒に支えられていた天秤の均衡は消滅した。
何かがおかしい。レミリアは言いようのない不安と敗北感を胸に紅魔館へ帰るのだった。
闇があれば、どんな形にもルーミアは操れる。
レミリア:グングニル中心の近接戦闘を、身につけつつあり、妖怪との戦闘は相応にこなせるようになった。だが、大妖怪相応の妖力量を備えてはいるが、大妖怪の中で見ればまだその実力は下である。
グングニル:投擲不要自動追尾槍
運命を操る程度の能力:一言で言えば自身に有利な状況を作り出すように仕向けたりする確立上昇型の能力。
その副産物として、確定した未来を映し出す予知能力が存在し、それは、能力者の有利な場面を映し出すとは限らない。
他者の運命を継続的に把握することができ、通常よりも妖力はかかるが、ルーミアのように相手の力量を意図的に錯覚させることが可能。それ以外の活用法は、特に試したことがない。