「パチュリー、おはよう。」
「えぇ、おはよう。夜だけど。嬉しそうね、昨日の今日で何かあったの?」
「えへへ、フランの寝顔を見てから、こっちに来たの。よく眠っていて可愛かったわ。」
「・・・何で起こして一緒に来なかったのよ。」
「あぁ、フランの寝顔が可愛すぎて、すっかり忘れていたわ。」
「はぁ、約束の時間に余裕があるとは言え、昨日の戦闘でこっぴどくやられたから、少し緩んでるんじゃない?」
「仕方ないでしょ。私だってまさかルーミアと出くわすとは思わなかったもの。
しかもフランとは入れ違いになるなんて、ツイてないにも程があるわ。」
不平を漏らすレミリアは、片手で頬杖を付き、もう片方の手で寄せた翼を具合を確かめるように弄る。
目立つ傷は、貫かれた片翼だけで、傷は、吸血鬼の治癒力で一晩もすれば、完治した。
それよりもルーミアには悪戯以上工作未満のハンディキャップレースが露見したことの方が問題である。
「バレたわね小細工。いくら大妖怪とは言え、向こうのほうが力量も経験も上、いつかは気づかれると思ってたわ。」
「そうでしょうけど、せめてお父様が帰ってくるまではバレてほしくなかったわ。」
「本当に、フランは森にいたの?」
フランは、ちょうどレミリアと入れ違いで、紅魔館に戻ってきたそうだ。寝顔も確認したし、森から帰ってきた後、丸一日寝ていたことになるが、それ自体は不思議じゃない。
狂気との拮抗は、精神の土俵を奪い合っているようなものだ。抑えつけるだけでも、傍目には分からない疲労感、ストレスが蓄積する。
だから、長時間、寝ているなど珍しくない。だけどもやっぱり、レミリアとしては納得がいかない点があった。
「・・・えぇ。森へ行ったわ。そして奇妙なことに、反応が一瞬で紅魔館に移動してきた。」
「はぁ?なにそれ、瞬間移動じゃあるまいし。」
思わず私がパチェに懐疑的な視線を送ってしまうのも無理もない。
「先に言っておくけど、からかってはいないわ。私は見たままの事実を言っているだけよ。」
「いくら吸血鬼でも一瞬で離れた場所に移動することはできないわよ。霧になることはできても、どこぞの闇妖怪みたいに、影から影へみたいなことは無理、いや今行った方法でも一度じゃ無理ね。」
「だから、奇妙だって言っているのよ。」
「たしかにねぇ。でも、まだ様子見するべきじゃない?今の所それ以外、特に気にするところはないんでしょ?」
「そうだけど、けどあの移動形跡、むきゅ・・・」
パチュリーはそれでも疑問を払拭しきれない微妙な表情をしていたが、新たに元気溌剌な声が飛び込んできて、それを一時吹き飛ばす。
「パチュリー!お姉様!」
「フラン、起きたのね。おはよう。」
「おはよう、お姉様!何か話してた?私、邪魔しちゃった?」
「いいえ、そんなことないわ。ちょうど、話し終えたところよ、ねぇ、パチュリー。」
「えぇ、待ち合わせの時間を少々オーバーしてしまっていたから雑談をね、お寝坊さん。」
「えっ!嘘!」
「冗談よ、さ、始めましょう。」
今日は、フランにとっては初めての実戦形式の修行の日だ。
私は、観戦してみているだけだし、フランは私ほど積極的な性格じゃないし、パチェ、やきもきしちゃうんじゃないかしら。
フランったら、回避が上手ね。私みたいに先を見通したりできる能力を持っていないから、初見のスペルカードを避けられるなら、襲われてもちゃんと対処できるでしょうね。
いやほんと、回避がうまいわ。さすが私の妹。
ところがどっこい、実戦形式の鍛錬を初めてしばらくして問題が発生した。狂気とか、病気とかそういうんじゃなくて、もっと根本的な問題。
修行が始まっておよそ3ヶ月経った折に、初めてそれは言及されることとなる。
それにしても3ヶ月経ってもお父様は、月の戦争はそんなに長引くものなのか、帰ってくる気配はない。少し心配だ。
それはそれとして、あいも変わらず、フランの回避は上手だ。余裕を持って、とはいかないけれど、スペルの全弾幕を把握している動きで、確実に避けている。
『火水木金土符「賢者の石」』。五属性を複合させたパチュリー最大のスペルカードと言ってもいいだろう。
普通の複合スペルカードとは違い、差し向けられる多量の弾幕は、二倍増し、明らかに一人分を上回っているんじゃないかと思ってしまう物量だ。
正直、私じゃあれを能力無しで避けられるかと聞かれたら、怪しいわね。
「ちょっとー、パチェ!もっと手加減しなさいよ!」
下で観戦中の私は、パチェを非難するけど、パチェは、目元を厳しく鋭くしながら無言。その視線は、賢者の石を見事に躱しきったフランに向けられている。
その目が、単に大量の魔力を消費した疲労からくるものではないということは私にも分かった。
パチュリーにはかなりの隙を生まれていたはずだったが、どういうわけか、フランはパチュリーとは、比較にならない少数の弾幕を放つのみだ。
少し位置をずらすだけで、避けられるし、フランはフランで、追加の攻撃してくる様子もなくまた、パチュリーが攻撃してくるのをひたすら待つ膠着状態になってしまう。
かれこれ、このような膠着が、修行期間の恒例となっている。
「これは問題ね。」
パチュリーは嘆息し、呟くと地面に降りた。埒が明かない。
「うぅ、攻撃って難しいね。」
同様に降りたフランはおずおずとした様子でそんな事を言った。
難しいどころではなく、一切していなかったが?たしか自分のスペルも開発して見せてもらったこともあるのに。噛み合わない台詞にレミリアが首を捻る傍らで、パチュリーは叱責する。
「何度も言ったはずよ。もっと攻撃に積極的になりなさいと。」
「だ・・・だって、難しいんだもん。」
「難しい?いいえ、スペルも動き方もレミリアや私が教えたとおりにできている。ただ唯一、攻撃だけが、攻撃の姿勢が貴女には足りない。いいえ、躊躇っている。どうしてなの?」
「それは・・・そうだけど、ただ。」
「ただ?」
「パチェを傷つけたくなくて。」
「心配しなくてもいいわ。お互い、威力を抑えた魔法を使っているんだから。仮に、どちらかが加減を間違えたとしても、そこまで気にする必要はないもの。それに、そこまで遠慮されたら、模擬戦の意味がない。」
「けど・・・。」
「フラン、分かってる。貴女は優しい性格だわ。だから、私を攻撃することさえも躊躇ってしまうのでしょう?けどね、本物の殺し合いはこうはいかない。
貴女の一方的な慈悲を相手は、貴女を殺すためにそれを利用するの。」
特にフランの場合、ただの嘘なら判別できる。だが、真に迫る嘘を前にしては、どうしても不安が残る。
長くを生きた大妖怪であればあるほど、自分を偽り、逆檄に転じることは最早処世術の一種と捉えてもいいだろう。
それが、狡猾さに長けた妖怪なら尚の事。だからこそ、フランには攻撃の心構えを攻撃に対する躊躇いを取り除いておく必要があるのだ。
「うぐ・・・。」
「パチェ、そこまでにしてあげなさい。フランが泣いてしまうわ。」
少々厳しく言い過ぎた事は否めない。
レミリアの助け舟をブレーキに、パチュリーは一息ついて、意識を切り替える。
「一回戦闘から離れてみましょうか。向かないことにずっと意識を向けていても非効率的だから。そうね、普通のスペルはもう習得してるし、属性魔法から、好きな属性を選んで、覚えてみるのはどうかしら。」
「・・・それなら、できそう。」
そうしてフランが選んだのは炎属性。フランがどのようなスペルを作るか考えている間、パチュリーはレミリアと彼女の問題点について相談を始めた。
「フランの弾幕は、配置や密度は、レミィ以上の及第点ものとして完成されているわ。スペルを構築したり、魔法を覚えることが好きみたいね。私の教えたことをちゃんと吸収してくれてる。それに、質問もいっぱいしてくれるし、教え甲斐のある弟子だと思うわ。」
ふっ、と得意げな様子で笑うレミリア。
だけど、とパチュリーは続ける。
「問題は、本人に攻めの姿勢が薄弱すぎるということ。いくら強力なスペルを使えると言っても、身体能力に秀でていても、本人がそれを活用する意思がなかったら、宝の持ち腐れなのよ。言ってる意味、分かるわよね。」
「分かるわよ。けど、私と違って、フランは妖怪との戦闘をしたことがないし、仕方がないんじゃない?」
「それはそれ、これはこれよ。貴女は誰に言われるでもなく、妖怪の間での生存競争を繰り広げることは、致し方ないってことを理解している。実戦も経験済み。では逆にフランは?
実戦を経験していない、えぇ仕方のないことよ。あの性格であの能力だもの。でも妖怪の殺し合いについては表面上だけの理解。戦いが嫌いで相手が傷つくことを嫌がる性格をしている。この妖怪としては、致命的な弱点えおさすがに無視することができないわ。」
「・・・」
「狂気を持つが故の裏写しの性格かもしれないわね。」
修行中のパチュリーにさえも攻撃を躊躇うほどに、フランドールの他者への攻撃への抵抗感は相当なものだ。
「いざとなったら、私が守ればいい。私がフランの代わりに戦うし、フランには戦わせない。」
「・・・」
パチュリーはただ無言でうなずいた。
今のところは、レミィの言う通り、それでいい。レミィとそして私もサポートとして守ればいい。セレニアさんだっている。守り続けられるなら、どれだけいいだろう。
アリストスは、フランに戦闘を覚えさせるべきではないと思っている。
月に行く前も似たようなことを言っていたが、あの吸血鬼の王様は、フランが強くなることに対して恐怖しているから。フランの能力は、アリストスでさえも、一撃で大ダメージを与えることのできる能力だ。
レミリアには内緒だが、自罰用の監禁室まで用意しているくらいだ。元は人間を貯蔵するために使われていた牢獄で、意外なことにこの図書館から行くことができる地下の空間。
今まで使う機会に恵まれていないのはむしろ幸い。だが、もし使わざるを得ないまでに、フランの状態が悪化してしまったら、いいえ、そんなことを考えるのはやめましょう。
ともかく、レミリアとの実力が開くのを私はあまり快く思わない。フランは魔法に興味を示している。その好奇心を無下にする気はない。とはいえ、魔法を覚えるなら、それなりの戦闘の心構えを覚えさせるのも自分たちの役割なのだから。
~
「パチュリー様、これを。」
話が一段落したところで、メイド長が場を見計らって、やってきた。
その手に、持っていたのは、意外なものだった。
「うぇ、血?え、もしかして私達用だったりする?」
「うゎ、血だ。久し振りに見たかも。」
レミリアとフランは吸血鬼だが、そこまで血を必要としない。アリストスでさえ、食事は食用肉(牛肉、羊肉等々)とか普通の人間と変わりない趣向であり、それこそ襲撃してくる人間がいない限り、自発的に血液を摂取したりはしない。
そのことをメイド長は重々、承知しているはずだ。
ではカップ一杯の血液を2つ、わざわざ大図書館まで持ってきた理由はなんだろう。レミリアたちもティータイムを楽しみ、ケーキに舌鼓を打ったりするが、ティータイムでの飲み物は勿論、紅茶であって、血液ではない。
パチュリーは、レミリアとフランの様子に若干呆れたように肩をすくめた。
「2人とも、吸血鬼なのに、血を怖がる必要ないじゃない。飲まず嫌いはダメよ。
とはいえ、血液を持ってきてもらったのは私用。実験で入り用だったから、メイド長さんに頼んで持ってきてもらったの。」
「な・・・なぁんだ。」
「そういえば、レミィもフランもあまり血を飲まないんだったわね。」
「私は、あまりたくさん吸えないのよ。」
「私は、血を吸うのが嫌いっていうか、苦手というか。全然経験なくて。」
「その台詞だけ聞いたら、全く吸血鬼に聞こえないわね、貴女たち。血を吸う鬼も最早時代遅れなのかしら。」
「さてね。何せ吸いたい相手がいないもの。」
そこで、なぜかレミリアはフランの方を見た。じっくりと選り好みするみたいに。
「ふぇ?」
「レミィ、貴女まさか。」
その視線に邪さを感じ取ったパチュリーがジト目になる。が、レミリアは笑って流した。
「あはは、そんな訳無いでしょうが。フラン、ところでスペルの形は決まったのかしら。もし、決まらないようだったら、私もアドバイスしてあげるわよ。」
「あ、うん。ええとね、お姉様みたいに武器を作ってみたいんだけど。」
「どれどれ・・・ねぇ、炎で、武器作るってありなの?パチュリー。」
「形さえ、安定させられるなら可能よ。一度、具体的なイメージを魔力で練ってみるといいわ。」
「うん。・・・えいっ!」
思い切りの良い掛け声とともに、魔力で作られた紅蓮の炎が、フランの掌から溢れ出した。
揺らめく炎は、フランの手元に集まっていき、剣の外形が作られていく。
だが、操りきれない炎は、集合と離散を繰り返し、一向に剣の形に近づく様子はない。
炎はたとえ、自分の魔力でも不定形に揺らめくその形を一定に保つことは難しい。炎を用いてただ攻撃するだけならともかく、それを決められた型に落とし込むなら尚更だ。
なので、パチュリーはそこで、作業を止めるべきだった。
業を煮やしたフランが、炎剣を一息で完成させようと、多量の魔力を一度に込める前に。
ただそこで止めなかったということはつまり、何かが起こったわけで。
「あ、加減間違えた。」
「「え」」
結果、炎剣(仮称かつ未完成)は、火柱のように大きく燃え上がり、膨れ上がって大爆発。
爆発の寸前、フランが炎剣を手放し、レミリア達は、メイド長に抱えられて、図書館の入口まで避難させられた。
図書館の本が、巻き込まれなかったのはまさに不幸中の幸い。
またフランが暴発させた炎剣は後々、『レーヴァテイン』と名前だけは一応決定し、フランは炎を安定して出せるよう特訓することになった。
爆破オチなんてサイテー!
誰一人死者は出てないし、被害も0だから、実質問題ない、かも?