暇だ。私は暇を持て余している。
アリストスが、月へ行っておよそ4ヶ月が経過しようとしていた。
さすがに遅すぎるんじゃなかろうか?
少し前に軽く全滅したんじゃないかと考えていたんだけど、現実味を帯びてきて、何だか複雑な気分だ。
はっ、それならそうと、亡霊の状態でもいいから私に直接死んだことを伝えてほしいものだけど。
フランとはここのところ顔を合わせることができていない。
頻繁に顔を合わせていたからか、少し会えない期間が続くと何だか寂しいな。
まぁ、その気になれば、紅魔館に潜り込んで、会いに行けばいいんだけど。
けど気軽にできることでもないから私は暇を持て余してるんだよね。
何をするかと考えて、散歩くらいしかすることがなかった。
昔は適当に歩いてたら、獲物が目についたし、食べるものには困らなかったんだけど。
散歩兼狩りみたいなとこあったし。
今じゃ、獲物も餌もいやしない。
狩りをしても一人や一匹、見つけるのも大変で、掛けた時間に見合わない虚無感がある。
おかげでルーミアは貴重な森に住むある意味で、奇特な妖怪扱いである。
どれもこれもあの吸血鬼の王様を仕留めるためと、フランのためだ。
大きな街には人間がたくさんいると聞く。でもあんな人工物ばっかりの場所は好きじゃないからなぁ。
住んで一週間で滅ぼしちゃいそう。住めば都もあったもんじゃないよ。
そしてたまに気分転換で出かけてみたら、ほっつき歩いてみたらこれだ。
女が1人、私の住処をジッと見つめていた。洞穴の手前でぽつんと立って。
見目麗しい金髪蒼眼の女、それ以外に特徴らしい特徴はなく、知らなければ吸血鬼だと初見で判断することはできないだろう。彼女の気配は複数の何かが重なり合い、醸し出す畏れにも近い不思議な雰囲気が漂っていた。
その女は私がやって来たことに気づくと、振り返り、穏やかに微笑む。
微笑みを見て、私は知らずその名を呟いた。
「セレニア・スカーレット・・・」
「ご存知でしたか。ルーミアさん。とはいえ、面と向かって話すのは初めてでしょう。
改めまして、セレニア・スカーレットと申します。レミリアとフランの母親です。」
彼女は貴婦人のように優美な仕草でそう名乗った。
レミリアとフランの母親。いやそれよりも明らかに私を待っていたことに対して、私は警戒心を高めた。
闇を悟られないように足元から周囲に広げる。
何か妙なことをしようものならそのまま拘束してやろうかと思っていたが、その前に私達の間に人影が割って入る。
半妖のメイド服の女。
いずこからか疾駆にて参じた彼女は、セレニアの前を守るように身構えている。
メイド長だったろうか。眉目秀麗に映える赤髪を逆立たせる勢いで彼女は私を見据えている。
その意識は同時に私だけでなく、私が広げた闇にも向けられており、決して侮れない実力者であることが伺い知れた。
もし攻撃してくるようなら、応戦するという大義名分を待ちわびて、互いの殺気がぶつかり合い一触即発の空間を作り出す。しばしの沈黙を経てセレニアがその雰囲気を、諌めるように手を叩く。
「2人とも、殺気立たないで頂戴。」
とはいえ、制止はしたものの、口調はひどくやんわりとしたもので強制するような意志は感じられず、むしろルーミアのほうが、殺気を色濃くするくらいだった。
「とはいえ、以前にレミリアをこっぴどくやってくれたようですし、私も個人的に戦うことはやぶさかではないのですが。」
セレニアも色濃くなる殺気を楽しむかのように目を細める。
「何、敵討ち?」
「そういう訳でもありません。おいそれとそうした火種を蒔きたいだとか、そんな戦闘狂な思考とは私は無縁でして。あまり争いは好きではないのです。家族のためなら戦いはやむを得ませんが、正直、戦う必要がなければ、戦わないでいいんですから。」
戦いを好まない性格、言動は前にフランが戦いの逃げ文句として使っていた台詞とほぼ同じで、彼女がフランの母親であることが納得できる。
「だから、貴方達にも少しは自重という言葉を覚えてもらいたかったのですが。
今となってはそれなりの因縁が生まれてしまいましたし、そちらはそちらで解決してください。」
「言うじゃない。こっちもうんざりしているのに、悪いのはそっちだと思うんだけど?」
「元はと言えば、貴女が原因なのですがね・・・まぁ、この話はいくら突き詰めても私の治める範疇ではありませんから、双方で納得してください。」
「丸投げかよ。」
「えぇ、丸投げです。あの人が月から帰ってきた後にでも話してください。
今日聞きたいのは、そちらではありませんから。」
とりあえずは、殺気を収めることにした。セレニアの言う通り、戦いに来たわけじゃなければ、変に気を詰める必要はない。
ルーミアは、さっさと話を終わらせたいとばかりに腰に手をやり、ふてぶてしさを表しながら、話の続きを促す。
「まだ話があるの?」
「えぇ、まだもなにも今までのは世間話みたいなもの。本題はここからです。私はそのために貴女を待っていたのですから。」
世間話、ねぇ。私、世間話するほど貴方達と仲がいいと感じたことはないんだけど。
「用件はフランのことです。」
心臓が止まりそうになった。
思わず引っ込めた殺気が飛び出そうとするのをギリギリで収めて、なんとか平静を装う。
「何のこと?」
「とぼけるな。フラン様と重ねて密会をしていることを知らないとは言わせない。」
おっと、知らないふりは通用しないか。
刺々しい言葉とともに、半歩だけ足を前に出したメイド長の様子からして、あちらは知っているのだろう。
「あっそ。それで?」
意識を切り替え、私は素直に、認めることにした。それにしても妙だ。
わざわざ私に接触してくるなんて一体どんな用件だろう?
私をフランから引き離したいなら、レミリアでもけしかければいいのに、勿論素直に応じる気はないし、全力で抵抗させてもらうが。
首をひねっていると、セレニアが本題を切り出し始める。
「貴女とフランが、具体的に何をしているのか、私は詮索の類をしていません。
余計なことはたしかにしてほしくはありませんが、貴女との交流はフランにとっては、悪影響ではないと私は踏んでいます。程度を誤らない限り、私は貴方たちの関係を無理矢理に引き離すつもりはありません。
だからこそ、私は貴女に聞きたいことがある。」
つまり、深入りしすぎたら、黙っていないという警告。ルーミアはそう解釈しながら、彼女の問いを待つ。
「フランは、どういう子ですか。貴女の眼にはどう映っていますか?」
え?質問の意味が理解できず、ルーミアは固まり、そして問いを聞き返す。
「・・・どういう意味?」
「少々、言葉足らずでしたでしょうか?紅魔館でのフランは、私が見ている限りでは、好奇心旺盛で素直な子です。しかし、持って生まれた能力と狂気が、フランを遠慮がちにさせてしまうように時折思うのです。
レミリアには、フランの運命が見えません。
ですがレミリアは、運命が見えなくても姉としてフランに優しく接してくれています。
フランには
貴女の前ではどうですか?違った表情があるのなら、ぜひともそれを聞かせてほしいのです。」
「聞いて何になるの?」
「貴女はフランには好意的に接してくれているようですから。気になるのは仕方がないでしょう?」
そんな心情を問われても、ルーミアは反応に困るだけだ。どう答えたものかと迷ったが、言葉にすると意外にスッと、まとまった。
「フランは優しいよ。呆れるくらいに優しい。狂気は時々、困らせてくれるけど、とっても健気。貴女が心配しているみたいな遠慮がちっていうのはない。」
本当にただ箇条書きにしたみたいになってしまった。だが、セレニアはそれで納得してくれたようで、私の答えを吟味するように頷く。
「そうですか。それならば、えぇ、それを聞けて良かった。」
認められた、のかね。
気分が何だか良くなったから、ついでにもう一言、付け加えておこう。
「私にとっては大事な友だちで、かけがえのない存在だからね。フランとの時間は私にとって、格別なんだよ。」
「それは母親としては嬉しい限り、ですがその感情が偽りなら、ただで済むとは思わないでください。」
私の言葉に触発されたわけじゃないだろうけど、威圧感たっぷりの脅しを残して、私達はこの対談を終えた。
~
ルーミアと別れ、セレニアとメイド長は帰途に着く。
「メイド長、今回のことはみんなには秘密ね。」
その途中で、わざわざ止まり、可愛らしく口元に人差し指を当ててそう言ったセレニア。
人間離れした美貌と、あざとい仕草のダブルコンボは、同性でさえも揺らぎかねない魅力を備えていたが、メイド長は努めて冷静に答える。
「心得ております。此度の一切を口外いたしません。」
「さすがメイド長。」
再び歩き始めたセレニアに追従するメイド長は、何か言いたげに目線を右往左往させていたがやがて口を開いた。
「セレニア様、先の言葉を翻すようで申し訳ありませんが、今回の接触は危険すぎました。
セレニア様に、何かあれば、当主様に申し開きできません。ただでさえ、妹様の暴走による負傷が治ったばかりでしょう。」
「まぁね。」
何の気なしに答えるセレニアの身体には、見た目こそ傷一つないが歩行に気を配る程度、戦闘は絶対に避けなくてはならず、自前の再生能力も今は心もとなかった。
遡るは3週間前、セレニアは一度、生と死の境をさまようほどの重傷を負った。
「フラン?そんなところで何をしているの?」
それは全くの偶然だった。
紅魔館の廊下の片隅で蹲るフランの前にセレニアが居合わせてしまったことに端を発する。
その直後、掛けられた声をかき消す妖力の波動が巻き起こり、莫大な殺意がセレニアを襲ったのだ。
反射的に能力を使っていなければ危うく、肉体のすべてを粉々にされ、死んでいただろう。
セレニアの能力によって、石化手前にまで高められた眼力の視線が、目を握りつぶそうとするフランを寸前で止めることに成功していた。だが、核に手が触れただけ、僅かな力が加わっただけでも、そのダメージは甚大なものになった。
不快感の極みと表現できる痛みと共に、体の各所が乾燥した大地のように罅割れ、動きを止めるだけで精一杯で、その拮抗状態もいつ崩れるかわからない。
セレニアが一筋、冷や汗を垂らし、一度石化させるべきだろうかと悩んだが、一早く異常を察したメイド長によって、その窮地から脱することができた。
恐ろしく早い手刀がフランの首裏に打ち込まれ、気絶させることができたので何とか被害は最小限に抑えることができた。
一連の出来事は僅か数分にも満たなかったが、セレニア自身が最も死を覚悟した瞬間だと言っていい。
また思いの外、再生の完了に支障をきたしたことは、セレニアにとっては意外なことだった。
身体に生じた亀裂を修復するのは、確かに時間がかかるのだろう。
そもそも身体を砕かれるという経験の方が少ないので、セレニアの体感の話ではあるが通常の傷よりは再生が遅かったのだ。
これはフランの能力の危険性、破壊能力の両方を格上げさせた。すなわち単純な肉体へのダメージでは推し量れない傷ということだ。再生を阻害するような攻撃手段をフランは持っていない。とするなら、やはり能力による攻撃は目に見える肉体だけでなく、身体の内側にまで破壊という影響を及ぼしたということ。
再生の遅延は自身の魂が、直接傷つけられたことによるものだと、セレニアは推測を立てている。
そうでなくては、二重の意味で怪異の性質を持ち、半ば不死身とも言える彼女の再生がおっつかなくなる理由が思い至らない。
首でもはねられたりしなければ、実質的に死なない自身の体の性質は、セレニアが一番よくわかっている。
そんな彼女が、死の淵を垣間見たのだから、魂という朧な部分ごと破壊範囲に収めるという推測は限りなく、間違っていないはずだ。
尚、これにルーミアは関与していない。狂気の暴走を引き起こしかけたのはフラン自身の意思によるものだった。
通常ならば、1人勝手に、飛び出そうとする狂気、その蓋を彼女は自発的に開けようとしたのだ。
フランも危険は百も承知だっただろうが、それがルーミアに宣言した彼女言うところの『頑張る』努力、密かな克服へのコミュニケーションといったところだろうか。
どういうわけか、ルーミアによって呼び覚まされるよりも、狂気が無理やり蓋を開けるよりも、フラン自身が自分の意思による狂気の解放は、かなり戸締まりが緩いようだ。
ともあれそこに偶然、セレニアが居合わせてしまった、というのは不運であったと言わざるを得ない。
だがセレニアにとっては、自分が死にかけたことよりもフランに何事もなかったことだけが幸いだ。
フランはこの3週間、多少の記憶の混濁こそあれど、普通に過ごすことができていた。
「結局は、何事もなかったからそれで良いじゃない。」
だからセレニアはその一言で片付けることができる。
「ですが、いかに、私が付いていたとは言え、闇喰らいに遅れを取る可能性はありました。」
「メイド長、あの子はルーミアよ。」
「・・・失礼しました。セレニア様、ルーミアはいつ何時こちらに牙を向けてくるかわからない不確定存在。
ですから、今後の接触は何卒、お控えください。」
「そうね、今日話した段階で、ある程度の評価は定まった。私が彼女と会うのはおそらく、これっきり。」
「左様ですか。」
ルーミアについての話題はそれでは尽きず、またメイド長が心中に蟠る疑問を吐き出す。
「そもそもルーミアは一体何を考えているのでしょうね。彼女は気分屋ですが、何というか今回は不気味です。」
それは、セレニア自身も不思議に思っている疑問だ。
レミリアとはアリストスと同様に戦闘を繰り返しており、穏便に済んだことは稀で、この前も格の違いを見せつけられていた。それに比べてフランとは関わりこそすれ、取って食うわけでもなく、また戦うでもなくただお喋りしたり、レミリアの方とは対称的なまでに扱いは異なる。
「妖怪は、自分を隠すことも上手い。でもそれ以上に、自分の欲望が忠実に目に映る生き物でもあるわ。ちょっと人間みたいね。ルーミアは、特にそれが顕著に現れやすい。」
「つまり、ルーミアは、何らかの目的があって妹様と交流を重ねていると?
でしたら、今すぐにでも交流を絶つべきでは?」
「それができたら良かったんだけど、ね。
けど、アリストスがいない以上は、あまり過激に刺激するようなことは控えたいのよ。それに、今、ルーミアとフランと引き離すのは、逆にフランに悪影響を及ぼしそうだわ。」
「確かに。こちらから一方的に引き離すのは、妹様を暴走させてしまうかも知れない、そういうことですね。」
「えぇ。・・・レミリアには言うべきかしらね。」
「お嬢様がこのことを知れば、我々に依らず、行動するに違いありません。ルーミアから妹様を引き離そうとするかと。」
「そうね。でも私達もフランがこれ以上彼女に対して深入りしようとするなら止めるわ。たとえ現状の安定を失うことになるとしても。皮肉ね。アリストスが月に侵略する口実でいないことが、森に安定を齎しているなんて。」
彼の不在を嘆くように、セレニアは嘆息を付いた。
「・・・当主様からの連絡は依然ありません。」
「あんなに遠いもの、連絡を取る手段なんてありはしないわ。でも貴女も分かるでしょ?生きてるって。」
「えぇ、伊達に血脈ではありませんから。」
血脈。
彼が好む言葉でもあり、彼自身の能力にも深く関わっているそれは、彼女らにしか知り得ない知覚を齎している。
今までもその知覚が彼女らにとっては最も信頼できる生存確認の手段だった。
「なら、気長に待ちましょう。」
~
「・・・・・・・・・」
ルーミアは、真っ暗な洞穴の隅っこでひっそりと座っていた。
物憂げな瞳は、どこか焦点が遠く、手はせわしなくふらふらと虚空をさまよっていた。
やがて自身の心臓のあたりで止まった手を、ルーミアはギュッと握り込んだ。
ここが何だか痛い。
セレニアとの対話は、ルーミアに一時の満足感のようなものを齎していたが、しばらくすると別な感情が浮かび上がり、そして気分はどんどん落ち込んでいき、黒い不安が彼女の中を満たしている。
私は何でも見抜かれて掌の上で踊らされている、のだろうか。
あの女は、私がフランと会っていることを知っていた。そのうえで私を見逃した。
見逃された。決してフランが私の言いなりにならないと信じているから。
その気になれば、私からフランを引き離せる、私の企みなんて気にかける必要すらないのだと、そんな余裕を感じた。
いや、流石に考えすぎだ。彼女は知らない。私がフランを侵していることなんて、びた一文知りはしない。
そんなことは自分が一番良く分かっている。
セレニアに告げたフランの気持ちは本当だ。最近は、本当に、そんなふうに思う。
どうしよう。ここで、下手に選択を間違えたらフランの狂気はともかく、私からフランが離れていってしまう。
・・・その前に不安の元凶を私をこんなふうにさせたあの吸血鬼をなんとかして殺さないと。
私、変になってしまいそうだ。奪われる、離れていく、そんな思考が頭をかき混ぜ、苛立ちが募る。
なんでそんなことを私が気にしなくちゃいけない?
変だ。捕食したいというのもとは違う感じたこともない感情だ。元々、彼女はアリストスを殺すための駒であるはずだ。仮に離れてしまったとしてもそれまでの存在だったはずだ。
なら、どうして私はフランが離れてしまうことに対して恐れているの?
・・・分からない。もしかして四六時中知覚している狂気に中てられてでもしてしまったのか?
鋭く奔る胸の痛みが私の中でうずいている。
何に・・・何を私は惜しいと思っている?フランの何に私は惹かれている?
答えは出そうで出ない。
・・・
・・・
・・・
「あは。」
だけど、いい。気の赴くままに、やってやろう。
彼女に喪失を与えよう。
この不可解と言うしか言いようのない腹正しさとか怒りとか悲しみとかそんな感情がごっちゃになったのを払拭するために。
「セレニア・スカーレット。貴女がフランを大切にしていることは、よく分かった。
でも殺す。フランは私のものだ。誰も邪魔はさせない。」
他ならぬフランの手で。貴女を殺してあげよう。
ルーミアは闇を探り、フランの中に眠る狂気を呼び覚ます。
狂気は、破壊の限りを尽くす機会を奪われ、封じられている。
場合によってはあれも邪魔になる対象だが、闇を操り、闇の権化である彼女からすれば、まだ可愛いものだ。
彼女は計画の呼び水だ。生贄だ。
さぁ彼女を殺せ。衝動の赴くままに、紅魔館で暴れまわれ、私のために。
惨劇まであと一歩のシーン。