東方曲戯録   作:Sanc.マッドカイン

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フランにとってトラウマなること間違いなしの惨劇の回。

もう一話、続いて一章は終わりとなります。


十六話 惨劇(前)

夜は十分に更け、満月が昇る。

 

 

セレニアは廊下で立ち尽くすフランを見つけた。

 

壁の一点をジッと見つめ、ピクリとも動かずにいるフランはひどく不気味で、意識をどこか遠くの方にやってしまった夢遊病者のようだった。

 

 

セレニアはその光景に、この状況にある種の既視感を覚えて声をかけることを躊躇った。

 

既視感とは、3週間前の狂気の暴走であり、なぜその記憶が安易な接近を妨げたのかセレニアには理由がわからない。彼女から漂う奇妙な気配のせいだろうか。

 

 

 

唐突にフランが彼女の方を向いた。

 

赤い眼光が彼女を捉え、セレニアはたじろぐ。フランの眼は、炎のような暖かな赤色だ。

しかし、今のフランの眼は、平常とは異なりその目元はどこか暗く黒々とした歪な影が差していて、ただ深紅の赤だけが浮かび上るそれは感情も何も読み取れない。

少なくとも正気を映し出しているようにはまるで見えなかった。

 

 

フランが口角を上げ微笑む。言葉を発する様子はなく、機械的なぎこちなさを伴う仕草はひどく不気味でセレニアは、心臓を掴み取られるような寒気を覚える。

 

 

 

そしてフランから漂う得体のしれない気配は収束し、殺意となってセレニアに襲いかかった。

 

 

その動きにセレニアは度肝を抜かれる。化け物じみた速さで、彼女が接近してきたからではない。

直線的な突進ではなく天井や床、壁を用いて、ピンボールのように跳ね回りながら、距離を詰めてきたからだ。

フランとの距離を保ちつつ、後退しながら能力を発動させるが、赤い閃光の速度は緩まることなく迫る。

 

 

セレニアの眼力は、対象を視界に捉えていることが前提になる。だが視界に捉えていてもフランのように高速で移動し続け、場所が一定しなければ、十分な効果を発揮することができない。

 

 

何度も再戦しているのだから、今までの戦闘にはない動きをしてきても何も不思議ではない、だがそれは普通の妖怪や人間であればの話で、彼女のように狂気に陥り、意識が正常ではない状態ならば理知や理性による戦術など持ち合わせていないはずだ。

 

彼女は破壊衝動を振りかざし暴れ回る子供なのだ。狂気と正気が切り替われば、その記憶も消滅し、後に残ることもないはずだ。事実狂気時のフランの記憶は、朧げにしかなく、その戦闘スタイルも似て非なるものでパチュリー曰く、無駄が多いとのこと。

それなのにまさか、能力の弱点を看破し、対策されているなんて思いもしなかった。

 

何故、と考える暇はない。ついに視界から弾ける赤が消失し、本当にフランの姿を見失う。

まだ驚きは残っているが、気配を辿れば、すぐに背後に回り込んだのだと知れる。

 

そして振り向きざまに能力を発動させたが、視界の先にフランはいない。

代わりに頭上に影がかかる。釣られるように見上げれば、爪を振りかぶるフランの姿。

 

フランは、背後に回り込みさらに跳躍し、セレニアを見事に欺いたのだ。

回避するのも防御するのにももう遅い。

 

鋭い爪が食い込み、肩が思い切り抉られた。

血が吹き出すのにも構わず、フランはそのままセレニアの片肩にしがみついて密着する。

 

密着されたのならばそれはチャンスだ。悲鳴を堪らえて、セレニアは眼力でフランを今度こそ捉えようとするが、直後に放たれたパンチが、がら空きの腹部に命中し、彼女を吹き飛ばした。

 

着地がおぼつかず、片膝を付いたセレニアをフランは不思議そうに見つめ首をかしげる。

「オカアサマ、モウオワリ?」

 

「いいえ、まだまだ。」

 

「アハッ!」

 

戦意を示すセレニアに、フランは楽しそうに笑い、歓迎するように両手を広げる。

 

 

禍々しい雰囲気も最小限にしか感じ取れず、不気味で、いつもと比べたらむしろ大人しい。

そして私自身の思考すらも読み、動きを誘導した。

 

考えなしに破壊を振りまくのとは異なる思考の産物が、狂気に芽生えている。

このまま戦闘に興じていれば、レミリア達が異常を察知するのはそう時間はかからないだろう。

だが、一刻も早く異常を伝えなくては、常の狂気とは一味違うフランを相手し続けるには、危険過ぎる。

 

 

そう、危険すぎた。フランの目の前に居続けることが、彼女の視界に居続けることが、どれほど危険であるかをセレニアは、失念していた。

『眼力を操る程度の能力』が視認による発動が条件と同様に、『ありとあらゆる者を破壊する程度の能力』の発動条件もまた対象の視認であることに。

 

 

「っな!?」

 

何の前触れもなしに、フランは片手にセレニアの『目』を出現させた。

 

眼力で止める暇もない。目は握りつぶされ、グシャァ!という音が、戦いのあっけない決着を告げた。

 

身体が弾け飛び、返り血が飛び散る。

壁と天井に多量の血痕が張り付き、床にはバラバラの肉片が散らばり血溜まりの中に浸っている。

 

 

 

 

ピチャ、ピチャとフランは、血の水たまりに足を踏み入れ、天井から垂れる血を受け止め浴びる。

狂える彼女は、肩を震わせやがてその本性を表すかのように、高らかに笑う。

「アハハハはハハはハハは!!!」

 

 

 

「セレニア、様、セレニア様ぁっ!?」

異常を察知したメイド長が出現し、廊下の惨状に悲鳴を上げる。

 

フランは、新しいおもちゃがやってきたと笑声を引っ込め、背後を振り返る。

 

「アハッ、メイドチョウもアソンデクレルノ?」

 

「くっ、妹様・・・貴女は・・・なんてことを!」

 

メイド長が、殺意を露わにして一歩踏み出し、フランも戦闘態勢を取る。

 

しかし、次の瞬間フランは指の一本たりとも自分の意思で動かせなくなり、固まった。

 

「大丈夫よ、まだ私は大丈夫、生きているわ。」

 

声の主は、フランによって身体を砕かれたはずのセレニアだ。

彼女の肉体は時を戻したかのように、完全再生していた。

 

 

否、それは完全ではなく、また再生にもほど遠かった。

 

ギリギリのところで身体のパーツをつなぎ合わせた粘土のようなもので、罅だらけのそれらは、決して回復することはなく、命の灯火は些細なことで吹き消されるくらいに儚い。

辛うじて、生への執着を掴み取ったセレニアにできることは、ただその灯火が消えるのを待つのみだった。

その証拠に、眼力によってフランの動きを止めるその身体は震え、妖力がパラパラと罅の隙間から散っている。

 

 

メイド長が駆け寄り、自らの妖力を分け与えようとするがセレニアは首を振り、拒んだ。

「いいのよ、メイド長。寄る辺なしの私は生き延びてもどのみち私は死ぬわ。」

 

既に魂は、砕かれ不死の身体は定命の者と等しく、ただの妖怪と変わらない死に体。

メイド長から見ても治療を施しても付け焼き刃なのは明らかなことだった。

メッキが剥がれ落ち、ただの不死では彼女の能力は防げないことが今更ながら理解できた。

では正真正銘の不老不死ならあるいは、事なきを得たのだろうか?

いや、今となってはそんなことを考えるのすらも無駄なことだ。

 

「・・・っ。」

能力の拘束力が弱くなっていき、フランがゆっくりとだが身体の自由を取り戻し始める。

時間はそれほどない。メイド長は死にゆくセレニアを前に、動くことができなかった。

手刀を一つ落とせばフランは止まる。

だが身体は、セレニアの死を止められないという事実によって縛り付けられ、無力感に拳を握るのみだった。

 

(止められないならば、今の私にできることは何だ?)

 

それを確かめるために死に体の彼女を前にして、メイド長は問いかける。

 

「死んでしまうのですか?」

「えぇ。」

「もう助からないのですか?」

「えぇ。」

 

きつく握っていた拳が解かれ、メイド長は何か決心したかのように表情がもとまった。

 

「ならば、私も逝かせてください。」

セレニアが驚きに目を見開く。

「貴女が、死んだら、誰が、この紅魔館を支えるの!」

 

「私はっ!紅魔館のメイド長として命を差し出すとは言っていません!この身に流れる血を分け与えられた者として、貴女を1人逝かせたくないのです!」

 

メイド長の主張は、既に紅魔館の役職としての願いを超え、一個人としての我儘にも等しい願いとなっていた。

「そこまでして、どうして、私と、死にたいの?」

 

「私が、貴女に、救われたから。アリストス様に仕える以前に、貴女に命を救われたからです。それ以上もそれ以下もありません。貴女が死んで、私が貴女に報いることができなくなるならば最早、私に生きる価値などありません!」

 

セレニア自身も知らなかった初めて聞く彼女の本音。

紅魔館に仕えることもアリストスとの血脈に列したことも全て、セレニアがいたからこその選択だった。その忠誠心の重さに、セレニアは根負けし、ふっと息をつく。

 

「そこまで言われちゃ、仕方が、ないわね。私も応えなくっちゃ、主失格というもの、よね。」

メイド長の誉れ高きその忠誠心、報いるべき そして死が避けられないならば、もう一つ、やらなければいけないことがある。

能力の効果が消失する。能力の発動と身体の維持が両立できなくなったのだ。

「メイド長、最後に一つ、やって、もらいたい、ことがあるわ。」

 

「なんなりと。」

 

「私が合図したら、妖力を頂戴。少しだけ時間がほしいのよ。」

 

「かしこまりました。攻撃の方は?」

 

「もう必要ない。フランは私達に近づいてくる。貴女は私の合図を待ちなさい。」

 

「かしこまりました。」

 

セレニアは動けない。メイド長も我が身可愛さで、逃げることもない。

 

セレニアの予想通り、フランが近づいてくる。5歩分の距離まで近づいてきたフランは、彼女らを確実に殺せる得物を手に顕現させる。

 

レーヴァテイン。

松明のごとく燃え上がる大剣を手に、フランは油断なく近づき、寄り添う2人に向けて高く掲げる。

 

ここまで近づけば十分だ。微かな身じろぎ、それをメイド長が合図と判断し、己の妖力をセレニアに流し込む。

流し込まれた妖力によって、能力を再発動することに成功し、フランはレーヴァテインを掲げたまま、硬直する。

 

その耳に聞こえるか、心に届いてくれるかもわからない。それでもセレニアは、フランに伝えなくてはならない。

 

「フラン、どうか、私を殺したことを悔やまないで。貴女は、これから幾回と、苦しむでしょうが、決して生きることを、諦めないで。私は、貴女が、きっと幸せ、になれることを信じ、願っています―――」

 

レーヴァテインに込められる妖力が爆発的に増加し、勢いを増した炎熱は、言葉は中途で途切れ、能力が解除されるとともに、一気に振り下ろされた。

 

(さようなら、フラン。)

 

 

火の海が溢れ、廊下を飲み込む爆炎が吹き荒れる。彼女らの肉体は肉片の一つ残ることなく、爆炎の薪となって消えた。

 

 

爆炎の中心にただ1人となったフランが笑っている。そして涙を流している。

 

 

しかし、彼女はそれに気づかず、気づく前に衝撃に耐えきれなかった床にヒビが入って、足元が崩れた。

 

 

涙は落下するフランから置き去りにされて、誰にも見られることなく熱波の中でたちまち乾き消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




東方虹龍洞が発売されてもう3週間ほど経ちますね。
私は天空譚から、新作を追っていません。旧作とか、既存作を延々懐古し続けています。

なので、本作には、天空譚以降のキャラが出てきません。(多分)

おにぎりを握っている天狗様をよく見るのですが可愛いですね。
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