悲惨な凶行というのはいつなんどき起こるとも知れない災厄だ。
レミリアは、うとうとしていた状態から跳ね起きる。
言葉では言い表せない感覚に、意識が半ば強制的に覚醒したのだ。
何か恐ろしいことが起きていることを直感し、彼女は一も二もなく、自室を飛び出す。
いつもとは違う気配が漂っているが間違いない。フランは今、狂気状態だ。そしてその距離はそう遠くない。
だが、それにしては静か過ぎる。いつもなら暴れ回っている破壊音が、遠くからでも聞こえるのに。
いる。あの角の先、フランと、もう1人、いや2人。パチュリーが図書館にいるとすれば、お母様とメイド長だ。
角を曲がった瞬間、レミリアの視界に広がったのは炎の大爆発。
廊下の地面を丸ごと砕き、翼で羽ばたく暇もないまま階下に落下する。
階下に、熱い空気が流れ込み、尻餅をついたレミリアは思わず咳き込む。
「いったたた、ケホッ、ケホッ。」
あんな大規模な攻撃を引き起こせるなんて思わなかった。十中八九、レーヴァテインによるものだろうがそれよりもフランの近くに居たはずのお母様とメイド長、2人はどこにいった?気配が消失しており、前後を見回しても人影はない。
(まさか・・・)
直前の光景が、一つの想像を引っ張られるようにレミリアは視線を上に向ける。
瓦礫がパラパラと降ってくる最中で一つ、影が降りる。
爆炎を起こした炎の剣、レーヴァテインを手に握る彼女は、ゆらり、ゆらりと体を揺らす。
レミリアに気づくと、赤い瞳が細められ、フランを模した片言の言葉が紡がれる。
「ア、ッオネエサマ、ツギハ、オネエサマガアソンデクレルノ?」
「次・・・?貴女、お母様たちをどうしたの!」
「オカ、アサ、マ?メイドチョウ?アハハ、ホノオガゼンブコワシチャッタンダヨ、フタリトモ・・・アハ」
楽しくてたまらない、とそう表現するかのようにフランは体を震わせて、天を仰いだ。
最悪の想像が一つ、形になってしまった。お母様とメイド長が殺された、今まで決してあってはならなかった犠牲がついに出た。
お母様が死んだ?その事実を理解し、咀嚼するのにレミリアは数秒掛かった。
しかし、悠長な暇をフランは与えてくれない。理由は当然、狂気にとってレミリアも玩具だから。
人形にわざわざ意思表示を求めることなんてしない。しばらくぶりに表に出てきた彼女が、2人殺した程度でその人形遊びが終わるはずがないのだった。
接近したフランが、振るった拳をレミリアはまともに喰らい、廊下の端まで吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
キィン、と頭にイメージが宿り、予知が私の死を告げる。回避方法はすぐに、その場を離れる。
ごぅっ!
壁に殺到した弾幕によって大穴が開き、館内に涼しい夜風が入り込む。
「あら、あら・・・。また風通しが良くなってしまったわね・・・ッ。」
冗談の一つでも言わないとやってられない。
突き出されたレーヴァテインをグングニルで防いだレミリアは、彼女の狂笑を間近で目にする。
「アハハハ、殺シタ、殺シちゃっタ!」
笑うフランの焦点は合っていない。レミリアが見えているのかも定かではないがその殺意はしっかりとレミリアに向けられているのは確かで、殺意が高まるに応じて、彼女の力は強まり、レミリアが徐々に押されていく。
「はっ、はっ・・・フラン!元に戻りなさい!」
弾幕をばらまいて距離を離させたが、フランは牽制では止まらず、レーヴァテインを振り回して弾幕ごと焼き払い、接近してくる。
「デタラメじゃない!?」
いつの間に、そんなレーヴァテインの使い方を覚えたのか。ともかくとて逃げるしかない。
フランはいつもよりも桁違いの妖力を放出し、常の倍以上の密度の弾幕が廊下の全てを覆い尽くし、レミリアを殺そうと追い立てる。
壁、床、天井と、次々に炸裂する弾幕が大穴を開けるが、レミリアはそれらを何とか躱すことができていた。このまま狂気が時間で解除されるか、あるいはパチュリーと合流し、拘束する。
逃げながら、方針を練るレミリアに対しフランは追跡する速度をさらに上げて、彼女に肉薄する。
(追いつかれる!?)
レミリアがダメージ覚悟で反転しようとしたその時、浮遊感とともに間近に接近していたレーヴァテインの熱気がパタリとなくなり、気づくと視界は無数の本を収める大図書館の風景が広がっている。
そして彼女を見下ろすのはグリモワールを広げて立つパチュリーだった。
「やれやれ。危ないところだった。」
「パチェ、ありがとう。」
転移魔法で、彼女を回収したパチュリーの顔は渋かった。
「状況は最悪ね。これからどうする?」
「どうするも何もまずは止めなきゃ。」
「そうね、でも多少手荒になるわよ。正直、手加減できるほど今のフランは弱くない。」
魔法で様子を見ていたのか、パチュリーはフランの状態を察している。
「・・・たしかにね。」
「しばらく大人しかったのに、こんなことならもう少し警戒を厳しくするべきだったわね。」
「・・・」
「無理はしないで。レーヴァテインを使いこなしている辺り、フランの戦術は以前よりも広がっているわ。」
「・・・えぇ、分かってるわよ。一先ず、パチェ、援護をお願い。」
2人は、フランの元へと舞い戻り、戦闘が続行される。
▽ ▽ ▽
「さて、さてお二人さん、どれくらいもつかな?」
内部では激しい戦闘音が響いているであろう紅魔館をルーミアは高所の木から見物していた。
セレニアは目論見通り、死んでくれた。ついでにあの半妖のメイド長もついでに死に、思ったよりも簡単に邪魔者を処分することができて、ルーミアの表情はご満悦だ。
第一目標は見事達成、あとは彼を屠ることができれば、本来ならもうフランは要らない子になるはずだったが、その予定は随分前から変更済みだ。ルーミアにはフランを手放す気などサラサラない。
とりあえず、気が済むまで暴れていいとは命令したが、3ヶ月以上、我慢させてしまったからしばらくの間、止まらないだろう。そもそも破壊衝動そのものである狂気に、限度があるのか疑問なところだ。
どれくらいもつのか、どれくらいで狂気が満足するか、そしてどれくらいの力を引き出すのか、そこまではルーミアも知らない。
ルーミアが干渉すればいつでも狂気を止めることができるが、フランに思う存分、暴れさせる折角の機会を水を差すつもりはなかった。
「これでレミリアとパチュリーが死んだら、フランは一人ぽっち。あの2人なら、ただでは死なないだろうし、まぁどっちでもいいよね。」
▽ ▽ ▽
1時間か、それ以上の時間が経ったと思う。
しかし、依然フランの狂気は収まることを知らず、戦闘は続いている。拘束するための魔法陣への誘導や待ち伏せは全て引っかからず、また引っかかっても眠らせる前に、無理やり拘束から抜け出された。
想定外だったのはレーヴァテインの攻撃範囲が広く、魔法陣を頻繁に設置できないことだ。
設置に成功しても、レーヴァテインを振り回せばその余波に巻き込まれて破壊され、高密度の弾幕は、相殺することも難しい。
人数では有利だが、状況は私とパチェのほうが不利だった。
「まるで疲れる素振りがないわね。」
戦闘の最中、パチュリーが私の横に並び、
「私達だってまだまだでしょ?」
「はぁ、貴女はね。私はそろそろきつくなってくるわ。」
「なら、ちょっと強力なのを!『不夜城レッド』!」
数十の深紅の大玉が、宙を流れ、同色の爆発が炸裂し、前面を覆い尽くした。
「・・・」
「・・・3発。」
パチュリーが呟いたのは、スペルの被弾数。それを聞いたレミリアは目を見開く。
爆発が収まると、爆風を抜けてフランは平然と彼女らを求めて迫りくる。
「やっぱりおかしいわ」
「同感。」
二人が感じたフランの違和感は、狂気の継続時間とフランの妖力が衰えないということだ。前者は、まだ日によってということで納得は一応できるが、後者はまずありえない。レーヴァテインを展開し続け、多量の弾幕をばらまき、また動き続ける。
レミリア、パチュリー両方の攻撃に対応し続け、絶え間なく妖力を消費し続けているならば、とっくに妖力が尽きていてもおかしくはないはずだ。
さらに先程の不夜城レッドの攻撃を受けてもなお健在、狂気によって多少能力が上昇しているにしてもしぶとすぎる。
単純に言えばレミリアとパチュリー、二人分の力をフランは有していることになるが、信じがたいことである。
元々、彼女の力はレミリアと並ぶかどうか、フランの中に、もう1人何者かでもいない限り、ありえない話だ。
となれば、考えられることは一つ。
「急いで止めるわよ。狂気から戻ってもどんな影響があるか分かったものではないわ。」
「えぇ。これ以上、被害が出る前にね。」
「といっても紅魔館はいくら壊れても被害にはカウントしたことはないけどね。貴女と私が死ななければ、それにフランが無事ならね。」
「分かってる!」
短期決戦で決着を着けるべく、2人が攻勢を仕掛けようとした、その時だった。
遥か空の上から風切り音を伴って舞い落ちる影が紅魔館の屋根をぶち破って彼らの前に着地した。
土埃の代わりに吹き荒れたのは、膨大な妖力。
上空から凄まじい速度で落下してきたにも関わらず平然と立ち上がるのは一人の吸血鬼。
「無事か?」
「お父様!」
4ヶ月ぶりに帰還した紅魔館の主、アリストス・スカーレットだった。
「どうやら・・・手遅れだったようだな。」
力強い瞳は、怒りを湛え、フランへと向けられている。ただならない気配を察して、大急ぎで帰還し、私達の表情で、だいたいのことは察したのだろう。恐らくお母様たちのことも、眼前で首を傾げるフランが殺したのだと分かったのだろう。
「お父様。」
「レミリア。私はフランを傷つけずに捕縛するような手加減をできそうにない。だから、殺すぞ。」
アリストスは、冷徹な目でレミリアの覚悟を計る。
お前はどうするのか、と。守るのか、殺すのか、の二択を迫られる。
されど、私の答えは鼻から決まっている。
「だめ、殺させない、私がフランを守るから、絶対に。」
そう、フランと重ねた約束が、私にはある。それを違えるつもりはない。
「・・・よい。まずは、止めることから考えるぞ。だが、いつもどうりに済むとは思うな、仕置込みだ。」
アリストスから殺気が溢れ、フランはその殺意を感じ取ったかのように、攻撃しようと動き出そうとするアリストスに向けて掌を差し出す。フランドールの掌に目の模様が浮かび上がる。
それは、能力の下準備の完了を示し、私は叫ぶ。
「お父様!避けて!」
警告はしたが、しかし避けようもないことは明らかである。
掌に目が浮かび上がる=目を引き寄せ、能力の対象が確定した状態だ。
いくら視界から逃れようとも目がその掌にある限り、能力からは逃れられない。
助けられるか・・・?レミリアはグングニルをフランに投げ、能力の対象から反らそうとする。
「心配は無用だ。」
だが、その必要はなかった。力強く答えるアリストスが、一歩、前に踏み出す。
瞬間、その姿が霞と見紛うくらいにぶれる。彼は超速で、フランの背後に回り込んでいた。
羽を使って、飛翔したわけでもなく、ただの踏み込みだけで実現してのけた。
そしてもう一つ信じられなかったのは、フランの掌から目が揺らいだこと。正確には引っ張られるようにして横に動いたのである。独立した構造物であるにも関わらず、まるで、目が持ち主の元へと戻ろうとするかのような、何かしら能力の影響であると言われても納得してしまう程の驚きだ。
それほどに不可思議な光景を生み出したアリストスは、フランの背後で、横薙ぎに腕を振るう。
命中すればただでは済まず、骨の何本かは折れることに間違いない。
だが、狂気に染まったフランの行動のほうが僅かに速く、離れかけた目をつかんで握る。
目は、断片と言えどもちぎられるように破壊された。彼の腕が、塵も残さず、砕け散る。
腕撃は不発に終わったが、アリストスは自身の腕が破壊されたことに怯むことなく、無造作に蹴りを繰り出す。
これには、フランも対応できず、振り向いたところをまともに腹へ食らって吹き飛ばされた。
そして、破壊された腕は蹴りを穿ち、優美に脚を戻す頃には、五秒も必要することなく、元通りに再生していた。吸血鬼が持つ特性の1つ、自然治癒。どんなに深い傷も時間を置けば再生するという便利なものだが、アリストスの自然治癒能力の速度たるや、同じ吸血鬼のレミリアでさえ驚愕するほどだった。
「レミリア!ぼうっとするな!」
ハッと、レミリアが我に返る。アリストスの能力に驚かされていたが、戦いは終わっていない。
「2人とも!離れなさい!!」
「スター、ボウブレ、イク・・・!」
スペルカード!?
光弾がばらまかれ、私達がいた空間そのものが色とりどりに発光したみたいだった。眩しい爆発、私とパチュリーがそれぞれスペルを展開してフランのスペルを相殺し、私達は一度フランの前から逃走を図るのだった。
戦況は膠着した。フランの視界から振り切り、気配も消して逃走した私達は紅魔館の入り口、エントランスで休憩をとっていた。廊下では、途上のものを目につく辺りバンバン壊し散らす破壊音が聞こえてくる。かくれんぼでも好奇心のままに振る舞っているわけでもなく、その音は段々とエントランスに近づいてきている。
ゆっくりと恐怖心を煽るように近づいてくる彼女は完全に居場所を分かっての行動であり、私達を追い詰め、楽しんでいる。、妖力量、スペルカードの使用、今までとは異なる狂気の変化に冷や汗が伝う。
「そういえば、お父様。月の戦争はどうなったの?」
「負けた。華々しく、な。」
私が、ふと気になって聞いてみるとお父様の答えは淡白だった。
「多くの犠牲が出たが私は生き延びた。今はそれだけで十分だ。
事の顛末は、あとで知っている者でも探して聞くが良い。」
それもそうか、詳しいことを聞いている時間はないし、長話をするよりは力を蓄えておいたほうが良い。
「さて、鬼の居ぬ間に鬼達の作戦会議をするとしよう。我々はフランを戦闘にて沈静する、異論はないか?」
「えぇ。」「もちろん。」
「それに当たって、まずパチュリー女史、そなたは戦闘に参加しないほうが良い。」
「なぜかしら?」
「そなたは図書館の方を守れ。所蔵されている無数の魔導書一つ一つ、それらを気にかけている余裕はない。図書館の主たる貴公が守るべきだ。」
紅魔館は半壊以上、全壊未満といった感じで、今の所は大図書館に被害はないが、最大級の暴走の最中ではこれから被害が出るかも知れない。さっき、パチュリーは紅魔館の被害は被害のうちに入らないと言ってくれたが、実際、あそこに収められた魔導書は貴重なものも含まれる。アリストスもそれらが失われるのは忍びなく思えるのだろう。
「だけど・・・」
「パチュリー女史。これは、我々家族の戦い、血脈に属する者の戦いだ。汝のこれまでの助力を知らないわけではない。感謝の心を抱いておらぬわけではない。だが、時と場合が違う。そなたには非合理的な選択に見えても、我々が、否、我は、この選択に異を唱えることは許さん。血脈たる我々が止めなくてはならないのだ。」
『血脈』を強調するアリストスの迫力に気圧され、パチュリーは結局承諾した。
パチェが図書館に転移した後に、お父様に問いかけた。
「お父様、良かったの?」
「怖いか?」
「まさか。あれだけの妖力を暴走させたフランを止められるか、心配なだけよ。パチェが入れば、もっと心強いわ。」
「言ったはずだ。家族の戦いだとな。無駄なこだわりだとかプライドだとかいくらでも言ってくれて構わん。」
「そこまで言う気はないわ、お父様、それじゃあ張り切って――」
「あぁ、それと、こんなときだが、土産だ。」
アリストスが懐から取り出したのは、手のひら大の灰色の石だ。
「なにこれ?」
「月の石だ。戦いに敗北したのでな、祝い酒でなくこれくらいしか持って帰ってこれなかったのが残念だが。」
普通の石と代り映えしない気がする。
だが心なしか神秘的な光を纏っているのは照明のせいか、はたまた月の石が元々備えている輝きなのか。
「もう、なんというか全力でお父様らしいわ。」
「戦闘が終わったら、忘れそうだからな。」
いよいよ破壊音がしなくなった。月の石をレミリアは自身の懐にしまって、エントランスで迎え撃つ準備をする。
「セレニアは、フランを恨んではいないだろう。最期に恨み言を投げるような女ではない。まして、自分の娘であれば、彼女はきっとフランの未来を憂いたはずだ。だから、我もフランを憎みはすまい。」
「お父様。」
「狂気を絶やしきれ。フランに背負わせるな。必ず立ち上がらせ強くならせるのだ。」
「ねぇ、そんな風に言うととっても不吉よ。」
「我には姉の役目は務まらんからな。後々相談されても困るのだよ。」
「本当かしら?」
「あと、フランを止める際、我に何があっても攻撃を止めるなよ。チャンスを逃して、ヘマをしては冗談では済まないからな。」
「それって・・・。」
「なに、お前は肝心なところで甘さを見せそうだからな。前もって釘を差しておいているだけだ。頼むぞ。」
「・・・分かってるわよ。それじゃ行くわよ、お父様!」
「ァ!ァア!ァアアア!!!」
叫ぶ。フランが叫び、レーヴァテインを振り回す。さっき戦ったときよりも隙が増え、攻撃しやすくなった。
最大の理由はパチュリーと私が予想したとおり、激しい力の消費による反動が現れ始め、動きが緩慢になったことにある。
私も少々止めたほうが良いだろうかと思うほどに、お父様はフランを消耗させるために苛烈な攻撃を加え、加速度的に高めていったおかげだ。さすが、私達の話を聞いたときに「ふむ、ならばそれ以上の速度で削りきればよかろう」と宣っただけのことはある。
これなら、なんとかなる!アリストスのサポートに回るレミリアが終わりを確信しかけた時、運命が彼女に警告を齎す。
「お父――」
アリストスにまで警告を告げる暇はなく、レミリアは回避を強要される。
最後の抵抗とばかりに、フランは溜め込んでいた力を全放出する勢いで大量の弾幕を放った。
それだけではなく片手に握るレヴァーテインを火砕流のごとく噴出させ、刀身が2倍に伸びる。
しっちゃかめっちゃかに振り回され、エントランスは崩壊していく。
乱雑な剣閃は、回避に徹していたアリストスの翼を捉え、抉り、焦がし、炭化させた。
炭化した翼は即座に再生したが、空中で体勢を立て直そうとする隙をフランは見逃さず、華奢な足から放たれた蹴りが命中し、彼は体勢を崩した。
事もあろうに、穿った蹴りは身体にめり込み、勢いを利用して、フランは両足で胴体を踏みつけ、飛び上がった先は彼の頭上。
頭部に強烈な蹴りが落とされ、落下していく彼をフランは見下ろす。
崩壊したエントランスは天井が開け、真上には月が浮かんでいた。
狂気を象徴するかのような赤い月が。
流した血によって彩られたかのように赤い月を背にして、フランは掌の上に目を引き寄せた。
逃れるすべはない。
彼女は無慈悲に一切の躊躇いなく、手のひらを握り込んだ。
肉片が飛び散り、彼の死を明確にする。
笑う。嗤っている。
着地したフランは、肉片がぼとぼとと降ってくる赤い月の下で笑う。狂笑を上げて、立ちすくむレミリアの前で。
狂ってしまった少女は、おもちゃで遊べることが嬉しくてたまらない子供のように、破壊の愉悦に酔いしれる悪魔と同じように、レミリアの知らないフランの顔で笑っていた。
だけど何故だろう。レミリアは、ギュッとグングニルを握り込む傍らで思う。
その高笑いは、泣いているようにくぐもって聞こえるのは何故なのか。
レミリアは動けなかった。もう殺し合いは終わっていた。
凶行の終焉は唐突だった。
レーヴァテインも赤く輝く眼光も何もかもがぷっつりと切れ、笑い疲れ、遊び疲れた少女は、泥土に倒れ伏した。
能力補足
『血脈を看取る程度の能力』:死者が持ち得ていた力を自身に還元し行使する能力である。
今まで倒してきた数多の妖怪らの力を複合的に融合してきた結果、彼は膨大な魔力妖力を獲得し、自身の能力を強化してきたのである。吸血鬼特有の再生能力などその賜物である。
これにて一章を終わりとします。物語は続きます。フランはまだまだ振り回されます。