目覚めて以来、お姉様にはお外にでちゃだめ、って言われて、お部屋で寝たり起きたり、お人形で遊んだりを繰り返した。最初の方はお姉様が一日中、私の傍についていてくれたけど、今は忙しいのか、あまり来てくれない。
それでふと私はルーミアのことを思い出した。思い出したら会いたくなって、だからこっそり紅魔館を出ることにした。
出る前にお姉様の様子を見に行ったらパチュリーと一緒に図書館で難しい顔でお話をしていた。何を話しているか分からかなかったけど、きっとなにか重要な話をしているんだなって思ったから、私はそっと部屋へ戻り、部屋の窓から羽を羽ばたかせて飛び出した。
夜の森に浮かび上がり、影に屯しているには私が見たこともない妖怪たち。
普段は、ルーミア以外には滅多に妖怪はいないはずなのに、多種多様の影が夜の息吹を糧にして、活発に動いている。
彼らはどこから来たのだろう?
少し気になったが、降りて話しかけるより、ルーミアに後で聞いてみる方がいいと思った。もしかしたら危険な妖怪たちかもしれないからだ。
「え~と、洞穴、洞穴。」
あった。周囲の木が刈り取られて、上からは場所が丸わかりのルーミアの住処前に降り立つ。
気配を察知して、ルーミアが洞穴から出てきた。
「久し振りルーミア!」
「・・・?」
私が声をかけるとルーミアが奇妙な表情で首を傾げる。
「どうしたの?」
「あぁ、ごめん。久し振りだね、フラン。」
(おかしいな。何か全然ショックを受けたような雰囲気じゃない。)
ルーミアとしてはそろそろ来る頃合いだとは思っていたが、想像していたよりもフランは元気そうで、そこが異常に思えた。
「お姉様にね、外に出ちゃだめって言われてたんだけど、ずっと会ってないとルーミアが私のこと、忘れちゃうかも知れないって思って。」
「大袈裟だなぁ。
久し振り、とは言ったけどたった1ヶ月位じゃ、忘れないよ、フランのことは。」
実際、彼女はよっぽどの思い入れさえなければ、3日と経たずに人のことを忘れてしまうが
フランについては、興味が尽きることがない。
こうしてわざわざ来てくれたことに対して若干の嬉しさすら感じているのだから。
ルーミアはフランの手を引いて、洞穴の中へと入っていく。
「私の枷を振り切って、暴走されるなんて想定外だったなぁ。」
フランの話を聞いてルーミアはぬけぬけと言った。あの暴走を引き起こしたのはルーミアだが、罪悪感は欠片と感じていない。
「ルーミアは悪くないよ。私も暴走していることにも気づかなくて、いつの間にか終わってたから何もできなかった私が悪いの。」
彼女の嘘に気づくことなく、反省を述べるその殊勝さは、見上げたものだ。
「それにしても2週間も眠っていただなんて、お寝坊さんだね。」
「むぅ、パチュリーにも言われた。寝たくて眠っていたんじゃないもん。起きたら、頭も痛かったし、記憶もあんまり思い出せなかったし。」
「記憶?」
「暴走した時の記憶。私全然、覚えてなくて、それ自体はいつもどおりなんだけど、今回はいつも以上に記憶の覚えが悪くって。私、お姉様に言われるまでお父様とお母様たちが死んでたってことも思い出せなかったの。」
(へぇ。なるほどね。)
フランの様子がいつもと変わらないのは、彼らを殺した記憶がないだけじゃなくて彼らを殺した事そのものを隠蔽しているからか。
どうせ、催眠とかを使って誤魔化したのだろう。フランのことを傷つけたくない、というレミリアの姉心であることは疑いようもない。
やれやれ、それにしても残酷だ。これじゃあ、私にフランを差し出しているようなものじゃないか、楽しみが増えたよ。
「――ねぇ、ルーミア。」
「っと、何?」
「もう、私の話聞いてなかったの?」
「ごめんごめん、ちょっと考え事しちゃった。」
考えてたら、笑っちゃうことってなんだろう。気のせいかもしれないけど、ルーミアは見たことない表情をしていた気がする。私が声をかけたら、すぐに元の表情になったから、やっぱり気の所為?
「フラン?話の続きは?」
「えっとね、ここにくる途中でさ、たくさん妖怪がいるのが見えたの。」
「あぁ、あいつらか。最近なぜか知らないけど流れてくるんだよね、大きな街の方から逃げてきたみたい。」
「そうなんだ。話すのは危ないかな?」
「危ないに決まってるでしょ。私みたいに優しい妖怪ばっかりじゃないんだ。乱暴者ばかりさ。自分の縄張りとか言って、争い合ってるんだから。」
「ルーミアも戦ったの?」
「とりあえず、襲ってきたやつだけね。皆殺しにしてもいいんだけど、一度にそんなに食べられないし。」
餌が向こうからやってくるのは狩る手間が省けるから、内心大助かりしてるけど、街から来た妖怪たちは、好戦的な連中が多い。街で暮らす内に力の差という認識もどっかに置いてきたかぶれの妖怪など相手にならない。妙に好戦的なのは、そうしないと生きられない理由でもあるのか、そうだとしても、ルーミアにはどうでもいいことだ。
「うーん、私でも妖怪の存在が危ないってことは聞いてるんだけど、関係あるのかな。」
「さぁね。気になるの?」
「悪い妖怪だけとは限らないし、困ってる妖怪だっているかもしれないから。」
「フラン、前にも言った気がするけど、妖怪は、人と違うんだ。人間だって無条件に人を助けるとは限らない。」
「弱肉強食、なんだよね。」
「そういうこと。だから、あいつらとは関わり合いになっちゃだめだよ、分かった?」
「わ、分かった。」
ルーミアの妙な迫力に気圧されてフランはこくこくと頷くしかなかった。
しかし、すぐに行動は覆る形になった。
帰りの飛行中、私は弱って倒れている人間を発見し、降り立つ。正確には、周囲にわんさかと転がっている妖怪の死体が目に留まったから、降りた。無惨に抉られ、切断された死体の群れ。その中心で人間が倒れ伏していたことに気づいたのは着地してから。その人間が妖怪たちを殺したということは、明白で、得物であるナイフには刀身が浸したかのように血が凝結し固まっていた。
倒れているのは女の人。銀髪で、月の光みたいにきれいに輝いている。対して暗色の服は土がこびりついて、かなりぼろぼろだった。年齢は私の見た目が言うのも何だけど人間からすれば、若い方の10代後半くらい。
「こういうの、艷やか、っていうのかな。」
ポツリと感想のようなものが口から漏れる。
女の人に意識はなく、戦い疲れて眠っているのだろうと判断した。でもこのまま放っておいたら、他の妖怪が彼女を殺してしまう。見つけちゃった以上、このまま見なかったことには私はできない。
お父様は、たくさんの妖怪を統率している吸血鬼だった。もうお父様は居ないし、人間を助けるなんて、妖怪としてはおかしいのかもしれない。でも私はこんな弱った状態なら、人間でも妖怪でも垣根なく助けるべきなんじゃないかって思う。
分かってる。ルーミアはよく思わないし、さっきも警告されたばっかりだ。それに、これ以上帰るのが遅れたら、お姉様に紅魔館をこっそり抜け出したことを悟られるし、余計に心配をかけてしまう。あまり時間はない。
「う・・・ぅうん。」
とりあえず、フランは回復魔法で傷を治して応急処置をした。すぐに気づいて、女は目を開ける。
目を見開いた女の手がナイフを拾い上げようと地面を探る。だが、フランはそれを見越してナイフを自分の手に収めていた。ナイフがフランの手にあることに気づいた女の表情がこわばる。
「怖がらないで。殺さないから、貴方のこと、ただ怪我してたから、手当しただけ。」
フランがそう言うと、女は自分の身体を恐る恐る見やって、傷が治っているのを確認する。意図の不明なフランに警戒感が強まっているのか、女は一歩後退する。
「え、えっと、これ。」
フランがナイフと一緒に差し出したのは、一個のリンゴ。近くの木に生っていたのを取ってきた。
「お腹空いてるなら、食べて。あそこの木に生ってるから、足りなかったらそこから、自分で。」
女は硬直して、フランの行動を図りかねている。時間的にそろそろ限界だと思ったフランは、その場にナイフとリンゴを置き、逃げるように飛び去っていった。
取り残された女は、翼から散った色とりどりの粒子を浴びながらしばらく呆けていた。
粒子が完全に消え、暗闇が戻ってくると女は夢から覚めたように、ゆっくりと歩み寄る。ナイフを拾い上げて太もものホルスターに収納し、リンゴは一口だけ齧った。
女は、フランが飛び去っていった方向へと目を向ける。その方向を、あの吸血鬼の容姿を忘れないように心に刻みながら、彼女はふっと姿を消した。
▽ ▽ ▽
あの暴走で、セレニアだけでなく本命のアリストスも殺すことができた。ルーミアは、惨劇のことを思い返す。
まさか、空から降ってくるとは思わなかったなぁ、月から飛び降りでもしたのかな。
そこから始まったのは、悲劇。
フランがアリストスを殺した瞬間、ルーミアは歓喜を爆発させるように思い切り笑った。
全てが自分の思い通りに進んだ時の計り知れない喜びと長年の仇敵を自分の手ではなく、家族に殺させるという構図が凄まじく愉悦を誘い、まさに悲劇だと笑わずにはいられなかった。
しかし、ただの棚からぼたもち、で済ませられない部分もある。
戦闘の詳細を見ていた限り、彼女の戦闘能力が着実に上がっていることが見て取れた。アリストスを正面から打ち倒すなんて、狂気の成長もいくら抑制が利くとは言え、油断できない。
ルーミアが隙を見せればすぐに噛み付いてくる凶暴な性格だ。
飼い主にくらい可愛げでも見せてくれればいいのに、とつぐつぐ思う。
それに、あのままフランの精神がぐちゃぐちゃになってくれれば、付け入ろうかとも考えていたが当てが外れた。
「どこでバラそうかな。」
まぁ、付け入る隙の代わりにとても有益な情報も知ることができたし、これはフランを陥落させるのに使わない手はない。
といってもバラすっていうのは、正しくない。私が教えてあげるよりも自分でレミリアたちの嘘に気づかせなくては。その方が、私にとって都合がいいから。
そう、レミリアたちの嘘、っていうところが重要なんだ。
「少しずつ記憶を刺激していけば、フランも自分で気づくかな。」
自分で気づいたら、彼女はまた怒りと悲しみのままに狂気を暴走させるかもしれない。しかし、それは意味がない。はてはレミリアと更に絆を深める結果になれば、たまったものではない。
前に戦ったときは、フランと私の接触を警戒している節もあったし、同じように工作しようにも、こちらの意図がレミリアにばれやすくなってる。
状況が状況とはいえ、外出を禁じるくらいだ。慎重に動いたほうが良い。
レミリアは多分、フランを少なからず危険であると認識し、狂気による暴走を引き起こさないように、フランを制限するはずだ。フランのためを思って行動するはずだ。
「それは許せないよなぁ。」
かといってルーミア以外にフランをどうこうしてほしくない。フランは私のものだから。レミリア達には渡さない。
敵が消えてまた増えた。次のターゲットは彼女らということ。彼女らをどうやってフランから取り除くか、ルーミアは、考え始める。
危険、記憶、意識、嘘、動揺、狂気、姉妹、家族。
フラン達を切り崩すための刃が思考の中で研がれ、鋭く質量を帯びていく。