東方曲戯録   作:Sanc.マッドカイン

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二十一話 

「いやぁ、ごちそうさまでした。」

 

満腹になったお腹をさする美鈴は、すっかり元気を取り戻した様子だ。

「お気に召したようで何よりだわ。」

 

その様子をレミリアは、気恥ずかしさを覆い隠しながら、余裕ある声音で応じる。

 

「あんなに大量の食材があるとは思いませんでしたよ。お陰でここ数ヶ月間で一番、おいしい食事にありつくことができました。」

 

「・・・食材だけあれば、良いかなって思ってたのよ。」

 

バツが悪そうに、レミリアが視線を斜めにやる。彼女が予想外だったことは、食料庫に、すぐに食べられるような調理された食料が保存されていなかったということだ。

確かに妖怪ならば、生野菜だろうが生肉だろうがその辺のことを多少無視できるとしてもさすがにそのまま食べろ、とは横暴が過ぎる。

 

「あはは、そこは何というか、お嬢様、って感じですね。責めてるわけじゃありませんし、久々に自分が料理ができることをありがたく思いました。美味しかったです?私の料理。」

 

仕方がないと、美鈴は、貯蔵されていた食材を使って、料理を作った。ちゃっかりついでにレミリアも頂いた。美鈴も美鈴で、厨房で作り終えた料理を、ジッと見つめる彼女の視線を無下にすることができなかった。

 

「そう、ね。悪くなかったわ。」

 

レミリアのそっけない反応に、美鈴は彼女を子猫のように可愛がりたくなる衝動を覚え、思わず笑みが溢れる。

 

「それは良かったです。」

 

こほんと、咳払いをしてレミリアが、緩んだ空気に緊張を取り戻す。

 

「それで、頼みごとの件だけど。」

 

「はい。受けること自体は構いませんよ。一体、何を要求されるのやら、というところですが。」

 

「言っとくけど、聞いてからやっぱやめるとかなしよ。」

 

「分かってます、私も二言は言いません。ただその頼み事は館の人気がないことに関係しているんじゃないかなって思ってはいますが。」

 

話が早くて助かる。なんとなくでもここのただならぬ雰囲気を察して尚、話を聞いてくれる姿勢なのは、正直に言ってレミリアはホッとしていた。

 

 

「えぇ。だから、探していたの。」

 

「強い誰かを、ですか?」

 

「そのとおり。さっきの光景でもう貴女の力は大体把握したようなものだけど、端的に言うわ。貴女に、この館で仕えてほしい。」

 

すると美鈴は訝しんだ様子で、疑問を口にする。

「見たところ、レミリアさんは、大妖怪ですよね。それくらいの力があれば、あの程度の妖怪たちは相手にならないと思いますけど。」

 

「・・・それだけじゃないの。元々彼らに積極的に干渉する気はない。

私が貴女に期待しているのは、むしろこの紅魔館内での揉め事、いえトラブルへの対処といったところかしら。」

 

「ん~、話が読めませんね。まるで館の中に危険な存在でもいるような口ぶりですが・・・。」

 

美鈴はまだピンときていない様子だ。かといって、フランの狂気について説明することは思いの外難しい。フランと会わせるにしても狂気の危険性が伝わるかと言えば微妙なところだ。

 

フランは、狂気のときでなければ、戦意も薄くましてや殺意すらも滲み出ることがない、人畜無害な吸血鬼。ならば、狂気の実物を体感させて危険性に納得してもらうのが一番だが、姉として、そんな方法を取ること自体が論外だ。

能動的に狂気を引き起こさせるなんて、正気の沙汰じゃない。それは、彼女が危険であると認めることに他ならない。

 

 

 

 

フランは危険ではない。

 

 

フランを危険にするのは、狂気だ。

 

フランが苦しむのは狂気のせいなのだ。

 

フランの身体を好き勝手する狂気が憑いているに過ぎないのだから。

 

――などでは決してない、――なんてありえない、――なはずがない。

 

 

「レミリアさん?」

黙り込んでしまったレミリアに美鈴が声をかけ、どろりとした思考に支配されそうになっていた彼女の意識を引き戻す。

 

「今言えないことならば別に構いませんよ。訳ありなのは大方察せています。なので、そこまで気を使わずとも話せるようになったら話していただく、それで構いません。」

 

レミリアの手を取った美鈴は片膝を付き、視線は真紅の瞳を真っ直ぐに合わせる。

 

「この紅美鈴、一宿一飯の恩義は忘れません。その恩義に誓って、私は、貴女の守りたいものを全力で守らせてもらう所存です。」

 

レミリアは、呆れ混じりに彼女を称賛する。

 

「美鈴は、すごいわね。こんな初対面の私にそこまで言ってくれるなんて。」

 

「貴女が言ったんじゃないですか、運命で決まっていたって。なら、乗っかるのも一興ってものです。」

 

「・・・ありがとう、美鈴。これからよろしく、と言いたいところだけど、もう一人、顔を合わせてもらう人がいる。大図書館で七曜の魔女がお待ちかねよ。」

 

 

―大図書館―

 

「やっと来たわね、レミィ。フランのことはまだ話していないようね。」

 

パチェは私が美鈴を連れてくるのを待っていた。いくら私でもパチェの許可なしに、話を進めるわけにはいかないだろう。

 

「まぁ、さすがにね。」

 

「でしょうね、丁度良かったわ。」

 

私達の会話が一区切りついたところで、美鈴がパチェの前に歩み出る。

 

「はじめまして~、紅美鈴と申します。パチュリー・ノーレッジ様でお間違い無いですか?」

 

「えぇ。はじめまして、紅美鈴。早速だけど、貴女はこの紅魔館に仕えるつもりなのよね?」

 

「そのつもりですよ。パチュリー様。」

 

「なら、一つ試させてもらうわ。貴女の実力をね。」

 

バチィッ!と、テーブルに置かれていたグリモワールが空中で開く。

 

白光したグリモワールから、魔力が散り、それらは一つの形をなす。

出現したのはフランそっくりの姿をした人型だった。

 

彫刻のように、翼の色や髪の色がおなじになっているが、全体的に石膏像のような不気味な滑らかさを思わす白、顔を構成するパーツはなく、地面に降り立つとガクガクと震えたそれは、美鈴を視界に捉えると、威嚇のように羽を小刻みに動かす。

その後ろには、人形を召喚したグリモワールがふわふわと浮いている。

 

美鈴の目が細められる。視線が人形とグリモワールを行き来し、どのように戦うか戦法を練り始める。

 

「貴女がどれくらいの実力を持っているのか、見せてもらう。特に制限はかけていないから、戦闘不能になっても攻撃し続けるし、舐めてかかると死ぬかもね。

 

それと、ただの勝利では、たとえレミィが認めても私は貴女を認めない、紅魔館に仕えるのに、普通の実力は要らない。」

 

圧倒的な実力を見せろ、というパチュリーのストレートな要求に、美鈴は望むどころだとニッと笑う。彼女の身体から、闘志が湧き出す。

 

「こんなものを作っていたの?」

一連の流れに驚いていたレミリアは話がまとまったところで、パチュリーに問う。

「作ったのはだいぶ前。なにかに使おうだとかそういう事は想定していなかった。ただフランの狂気時の情報を集めて作り出した疑似使い魔。本物には及ばないけど慣れにはなると思ってね。嫌だったかしら。」

 

「驚いただけよ、問題ないわ。」

 

たしかに外観はフランを模したというだけあるが、所詮は、人形以下の使い魔。そこまで動揺するほどレミリアもお人好しでなく、人形を過度に好む趣味もない。

 

「そう。どうせなら、粉々に破壊してもらいたいわね。」

 

物騒なことを言う魔女だ。レミリアは苦笑いしながら、1人と1つが、相対し、戦いが始まるのを見守る。

 

 

最初に動いたのは人形。

 

素早く距離を詰め、型どおりの拳打を美鈴の顔面へと放つ。美鈴が回避し、人形がそれを追いかけてまた攻撃を仕掛ける。単調な拳打を今度は美鈴は受け止め、カウンターの膝蹴りを人形にかます。妖力を纏うことで、強化された蹴りは、人形を揺るがし、常人ならば怯んでさらなる追撃を受けたことだろう。

 

しかし、人形は怯まない。衝撃からの復帰は早く、美鈴の実力を学習したかのようにその動きが、良質なものとなり、劣勢かと思いきや、美鈴と同等の格闘戦を繰り広げる。

ああした使い魔のタイプは、かなり高度なタイプだ。パチェも滅多に使わないそれなりに手間のかかるタイプとレミリアは推測する。

 

拳と拳が、脚と脚が鏡合わせに激突し、同時に両者は衝撃を利用して飛び退く。

 

と、そこで美鈴の視線が人形の後ろに浮かぶグリモワールに注がれた。

グリモワールは独自に戦闘に参加するような素振りはなく、戦闘からむしろ離れるような動きを取っていた。しかし、消えるわけでもなく、離れすぎることもなく一定の距離を保っている。美鈴がそちらに攻撃を仕掛けようとすれば、人形はそれを妨げるように回り込む。

「なるほど、あちらが本体というわけですね。」

 

つぶやいた美鈴は、絡繰りに気づいたようだ。

 

一歩踏み込んだ瞬間に、美鈴の姿がぶれる。

気づいた時には人形に十を超える攻撃が刻まれており、体の各所に罅が入り、腕がマリオネットのように折れ曲がる。

 

翻ったのは虹の軌跡。

美鈴を包み込むように、虹の彩光が流れ、広がり、幻想的な帯を作り出していた。

 

美しい。美鈴が生み出す動と静に応じて、虹は揺らめく。

その様は、ただ雨上がりの空を彩る自然の虹にはない美しさが凝集されているようにも思え、レミリアは純粋に見惚れる。

 

その傍らで人形は、半壊にまで追い詰められた傷を瞬く間に再生する。

グリモワールが力を供給しているのだ。戦闘を行う人形は何度破壊されようともグリモワールによって負った傷は繰り返し回復される。

限界は確かに存在するだろうけど、パチュリーのことだ。軽く100回壊しても問題ない程度には、備えているだろう。単純に容赦のないだけか、もしくは美鈴の実力を見込んでのことなのか、ともかく、このまま戦闘が長引けば、不利になるのは美鈴の方なのは明らかだ。

 

美鈴は、絡繰りに気づいているが、むしろ相手が自分を学習していくのが楽しくてたまらないといった風に、口元は楽しげに笑みを描いていた。

攻撃の勢いは怒涛のように激しくなり、着実に人形を追い込んでいる。

 

美鈴が人形の無骨な勢い任せの突きを受け流し、その腕を掴み、背負投げを決めた。

地面に叩きつけられた人形に容赦なく美鈴は足を振り下ろす。寸でのところで人形は躱し、踏みつけは図書館の地面を割るにとどまる。

 

しかし、彼女の攻勢はここでは終わらない。

虹の彩光が、彼女の踏みつけた足元から溢れ出し始めたのだ。

 

私達の目は揃ってその光に吸い寄せられる。虹は美鈴の拳に収束し、橙を濃くしていき、ただならぬその準備動作を防ぐために最短で接近しようとする人形よりも3歩ほど早く、その拳を引き絞り、そして前方に、ただ打ち放つ。

 

橙混じりの虹を纏った正拳突き、解放された破壊の波が、人形と、その背後のグリモワールごと飲み込んだ。

 

虹の光が消えると、炎にも似た妖力の残滓が、大気にしばらくの間、漂っていた。

 

否が応でも分かる。あの技は、己と時間と精神が構築した極致といっていい代物だ。生半可な努力では生み出せない修練の先の一つの完成を私は目にしたのである。

 

残心を味わうかのように、美鈴は目を閉じ、深い吐息を漏らしている。

 

目を開いた美鈴は、衝撃に半ば放心した状態の私達を見て、ニカッと笑う。

「私は、体内に巡る気を自由に操ることができましてね、今のはその力の一部を応用した技なんです。」

気を操る能力、『気』というのがどのような力であるかは定かではないが、あの虹色の彩光は、『気』を具現化したものだということが自然と結びつく。

 

「もっと楽しんでも良かったんですけど、パチュリーさんが不服を言いそうですから、大技で決めさせてもらいました。いかがでしたか、パチュリーさん?」

 

「合格よ。紅魔館を守るのに相応しい実力を備えているようね。認めるわ、ようこそ紅魔館へ。」

パチュリーは満足げにうなずいて、美鈴を認めた。

 

 

数十にも及ぶ妖怪たちが相手にならずに返り討ちになるのも納得である。

 

人の身であろうとも長年に渡って練り上げられた武の境地は、時に妖怪の力まかせの脳筋をたやすく上回る。

人間よりも力で勝る妖怪である美鈴がそれを修めたともなれば、破壊力も技の練度ももはや、並の妖怪と比較するのもおこがましい。

 

自身を武術家と名乗ったのは、彼女が武術に対して真摯に敬意を向けているからだ。付け焼き刃でも戯れでもない真剣に向き合った証なのだ。

 

眼前で繰り広げられた戦闘は、彼女が群を抜いた強者であることを体感させられる一幕となり、レミリアは美鈴に心強さを覚える。

 

 

こうして、紅美鈴は紅魔館の門番となることを許された。

 

 

 

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