「君・・・吸血鬼じゃん。私を殺しに来たの?」
ルーミアの警戒は最もだった。
この森に住む吸血鬼といえば、今さっき死闘を繰り広げていたスカーレット家に連なるものしかありえない。
レミリアよりちょっと幼いくらいの外見で、妖力も控えめ、ということは、妹なのだろうか。
生憎、レミリアたちとおしゃべりするような間柄とは言えないので、断定はできないけど、紅魔館に属しているのならば、私のことも既知の可能性が高い。
ところが、少女は、首をかしげる。その仕草に合わせて、宝石の垂れ下がる両翼も揺れる。
「ううん。違うよ。」
「もしかして私が誰なのか、知らないの?」
「う・・・うん。もしかして、貴女、悪い妖怪なの?」
ルーミアは、思わず笑いそうになった。
そんなことを真正面から聞いてはい、そうですって答えるやつがいると思う?
いないでしょ。
そんな皮肉を交えて返してやろうか、ってなる1秒前で、ぐっとこらえる。
「いいや。悪い妖怪じゃないよ。ちょっとだけ自由な妖怪、この森に住んでる変わり者だよ。」
「名前。」
「ん?」
「名前を教えて。私はフランドール、フランドール・スカーレット。」
スカーレット、スカーレットか。レミリアたちの関係者確定だね、これは。
「あぁ、私はルーミアだよ。」
「ルーミア、ルーミアね、分かった。私のことはフランって呼んでね。
ルーミアは、どうしてそんな怪我をしているの?誰かに襲われたの?」
どうしてかと、言われたら、それは、君の家族が原因なんだけど、私のことを知っている様子もないし、余計なこと言って、また戦闘は勘弁願いたい。
とはいえ、どう追い払おうかな。
「そうだけど、だったら何?」
「怪我したなら、手当しなきゃ。」
「ほっといても自然に治るよ。大したことないし、それとも私のことそんなに気になる?だったら、私についてくればいい。住処に案内してあげるから。」
「うん、そうする。」
とりあえず、根城にしている洞穴に一緒に来てもらったが、何の疑いもなく付いてきたフランに、ルーミアは内心驚いた。
レミリアとはえらい違いだね。
あっちは事前情報もあって、もとから私のことを警戒してたってのもあるけど、それにしたって初めて出会った妖怪の住処に付いていくか普通・・・。
それでも付いてきてしまったものは仕方がない。
洞窟外に闇を張り巡らせて、警戒態勢を取っているが、幸いなことに誰か他の存在が接近してくる気配はなかった。
弱小妖怪すらも足を踏み入れなくなったこの地域で、ルーミア以外の存在を感知すること、
それすなわち、アリストスを始めとした紅魔館の連中でほぼ確定だ。
いざとなったら、この子は人質にしよう、とルーミアはそう考え、警戒態勢を解くことにした。
さて、改めて、フランに意識を戻す。
おそらくレミリアの妹だろう、と初見の時からルーミアには容易に察することができた。
プライベートな会話を挟むほどの仲ではなくとも、雰囲気がどことなく似ているし、洞穴に入って、少しお話したら、やっぱりそうだった。
フランドール・スカーレット、年は6歳。レミリアの妹でまだまだ幼い吸血鬼だ。
私がレミリアについての言及すると、フランはきらきらと目を輝かせた。
「お姉様を知ってるの?紅魔館に来たことある?」
「そこまで仲良くはないかな。喧嘩、よくするし。」
喧嘩(殺し合い)なのは内緒だ。しかもその父親とも合わせて殺し合っていることもね。
「け・・・喧嘩はダメだよ。ちゃんと仲直りしなきゃ。」
いや、仲が悪くて喧嘩してるっていうか、そういう訳でもないんだけど。微妙にずれた返答を返してくるので、詳細を話してしまいそうになるが、詳しく説明すると、私には都合が悪い。
このまま紅魔館の連中に関係のある話をすると、私が敵だってことを悟られるし、話題を変えよう。
「ところでフランは、なしてこんなところまで来たの?紅魔館からは結構離れてるのに。」
そう聞くと、少しだけ、寂しそうな表情を、フランは浮かべる。
「お友達が欲しかったの。」
「友達?」
「うん、紅魔館以外の誰かと、お話したいなってずっと思ってて。
ここは、妖怪が全然いないから、だからルーミアに会えて嬉しい。」
んー、ちょっと分からない感覚。生まれてずっと1人で活動してきたから、今までそんな風に思われるなんて初めてかも。だからどうしたって感じだけどさ。
「1人が長いから、分からないや。」
何か、気の利いた言葉も浮かんでこなかったルーミアは、結局そういう風に返した。
「そうなの。じゃあルーミアにお友達はいないのね。」
「いないね。」
「な、なら、私の初めてのお友達になって。そしたらルーミアにも友だちができる。どうかな?」
「私は、友達が必要だって言った覚えはないよ。」
「・・・」
「そこまで落ち込む?」
私の身も蓋もない返答にしゅんとした様子のフラン。
確かに私も身も蓋もない、とは思ったけど、だって本当にいらないんだもん。
私にとって有用でもない限りね。
ん?待てよ、よく考えたら、フランが友だちになってくれたら、かなり私に有用なのでは?
「気が向いたら、なってあげるよ。今はそういう気分じゃない。」
「友達になるのに、気分とかあるんだ。」
「私は気分屋なんだよ。最初に言ったでしょ。」
「自由なルーミアは、気分屋さんでもあるんだね。」
「そういうこと。」
嘘は言っていない。思えば、アリストスと殺し合いになるきっかけもたまたま見つけた彼の配下の吸血鬼を殺したことから始まった。別に、アリストスやその一派を敵視していた覚えはなかったので、そのうち有耶無耶になるかなって、楽観してこうなった。
「洞窟もっと明るくしたら?入った時から思ってたけど、暗すぎじゃない?だから、気分じゃないのかも。」
フランは、どうにかして、ルーミアの気分を変えようと、洞窟の明るさについて言及する。
光源はないが、昼間の明るさや、ルーミアがある程度、空間内の闇を払っているので、それなりに明るい。普段なら、そんな手間はかけないし、彼女からすれば、十分明るいほうだ。
「暗いほうが落ち着くの、私は闇の妖怪だから。」
「ふ~ん、変なの。」
何となくで会話を続けた感じ、フランは私に対して結構、好意的な印象を抱いてくれてる。
家族以外の妖怪に会ったことが、嬉しいことはよく分かった。
さて、それを踏まえた上で、どうしてくれようか。
ほわほわとしている彼女の頭から足元まで品定めしてみよう、
うんとっても美味しそう、って感想しか出てこないよ。あん、見つめてる私に反応してもっと良く見せようとしないでよ。間違えて頭から齧り付きそうになっちゃうから、大人しく座っておいて。
もしかして、私の気分を早めに変えようとしてるのかな?
中々素直だなこの子、妖怪としては結構、致命的だけど、もっというなら、無垢って言葉が一番似合う。
人間で言うなら、生贄向きの気質だ。
妖力はレミリアと比べるほど多くはないので、その気になればいつでも狩れる。
そう思えるくらいフランは弱い。
今ここで、殺すことは簡単だ。死体すら残さない完璧な処理も容易に行える。
だけど、殺すのには惜しい。理由は単純、レミリアの妹だから。
生かして交流を続けておいたなら、上手く行けば、一泡吹かせるどころではない。
レミリア達を血の泡に沈めることだってできるジョーカーにすらなり得る。
今、殺してしまうのはさすがに、早計だね。
もう少し、情報を集めてから、フランをどうこうしたって、遅くはないんだから。
だから、とりあえず記憶でも見ておくことにした。
私の能力、『闇を操る程度の能力』の主な使い道は、自前の力で生み出せる不定形の闇を自由自在に形を変えることで、攻撃や防御、また移動に使用するというものだ。勿論、自然に存在する影などもその対象になる。
読んで字の如く、だけど、この能力には、1つ面白い使い道がある。
心に巣食う闇、つまりは、精神への部分干渉を行うことができる、ということ。
精神干渉を行うと、本人の記憶や情報を闇を介して見ることができるため、かなり便利な使い道だと思う。
けど心を探るより、先に口と手が動くんだけどね。
あまりその使い方で、相手を追い詰めた覚えはない。お腹に入れば皆同じ、だから、相手のことを知ってても仕方ないのだ。
妖怪同士の争いは、力関係が全て。
ほぼ100%の確率で、負けた相手は死ぬ、そういう戦いばかりの世界で相手の心に潜り込む、なんて悠長な手法で戦うよりも先に相手の腸を引き裂いたほうが、手っ取り早いじゃない。
でも折角の機会だし、しばらくは生かすことにしたからね。
フランが持つ記憶を見て、利用できそうなものがあれば利用しちゃおうとそう思ったってわけ。
「あ、今気分が変わった。フランとお友達になりたいな。」
「えっ!?」
「あれ、嬉しくないの?」
「ほ、ほんとに?友だちになってくれる?」
「ほんと、ほんと。ほら、手出して、友だちになる握手しようよ。」
「うん!!」
そう言って、ルーミアとフランの手が握り合われた瞬間、ルーミアのドロリと流下した闇が、フランの中に侵入した。そして彼女の精神の深部へと至り、その記憶を見ようとしたその時だった。
―――|▷◀
「ねぇ、ルーミア。」
気づけば、私は、瞳から光が消えた彼女に岩壁を背にして、迫られていた。
逃げられないようにギュッと手首を握られて。
「ルーミアは私とオトモダチになってくれるんだよね?」
そして困惑の中でルーミアはもう一つ、あることに気づいた。
何故気づかなかったのかと思えるくらいはっきりと、漂う闇に。
生まれから、闇と一体にあるルーミアが、思わず冷や汗をかきそうになるくらいの異質な気配を。
(ちょっと厄介なのを引いたかなぁ。)
少し不用意すぎたかな?只者かと思ったら、地雷とは、油断大敵。
「そう言ったけど。」
ルーミアの返答に、フランは、うんうん、と頷く。
「だよね?私オトモダチが欲しかったの。私、初めてお父様やお姉様以外の妖怪と会ったの。
ルーミアが初めて。だから、アソボウ?オトモダチなら、私と一緒にアソボウ!」
半ば食い気味に、人が変わったかのような言動で、フランは顔を近づけてくる。
それに、ぎりぎりと私の手首を掴む腕の力がどんどん強くなってきている。
(へぇ、なるほどね。面白いかも。)
心中で抱いた感想とは裏腹に、危険だと判断したルーミアは、自分そっくりの闇でできた人形を作って、フランの拘束から脱した。
しかし、フランは、ルーミアが人形にすり替わったことに気づく様子もなく、人形のルーミアに語りかけている。
あれを本物だと判別できないということはそれくらい意識が混濁しているということだ。
「アレェ、ルーミア?どうシて何も言ってクれないの?アソボウよ。」
(あっ、折られた。)
片言交じりの言葉と、容赦ない力込めによって、人形の手首が握りつぶされた。
パキリとガラスのように脆く罅割れた腕が、地面にゴトリという音を立てて落ちる。
とりあえず、普通の吸血鬼並の腕力は、ちゃんとあるようだ。
人形であるため、ルーミアにはノーダメージだが、自分そっくりの人形が、傷ついているのを見るのは気分がいいものではなかった。
彼女の傍らで、その様子を見守るルーミアは、異常の考察をすすめる。
おかしくなったのは、私がフランの精神に干渉したとき。つまりは、私が、トリガーを引いてしまったということなのだが、さて、どうしたものか。
とにもかくにもあの状態を表面化させておくのは危険だ。おそらく本人もコントロールしきれていない状態で、さらには不安定ときた。だから、僅かな干渉で、あえて言うなら裏人格みたいな感じで、出てきちゃったんだね。
「・・・あは♡」
良いこと、思いついちゃった。
コントロールしきれない、不安定、それを齎している要因が彼女の内側にあるのなら、私はきっとついている。
やはり、フランは、私にとって有用だ。あの吸血鬼ではないが、運命が運んできた幸だ。
心の闇は、表の顔と表裏一体のコイン。
光と闇、と題されるように、簡潔ながら複雑でそれでいて両立する。
だけど、時に闇が強すぎれば、表を飲み込み、表裏の分別を消し去り、蝕む。
厄介なのは、ちょっとしたことで心のなかに絡みつく糸を張り巡らせるその質の悪さだ。
けど、それが人間も妖怪も区別することなく、最も魅力的な部分だと私は知っている。
闇を操り、闇から生まれ、闇とともにある私は、彼女を隅々まで知り、手を伸ばすことができるのだから。
さぁ、教えて、フラン。貴女の全てを。
ルーミアから、放出された闇が、フランの全身にまとわりつき、包み込んだ。
そして、洞窟には静寂が満ち、2人の姿は影も形もなく消失していた。
雰囲気が出てきましたね。姉妹喧嘩は今の所、欠片とございません。
代わりに独り歩きしようとするシチュが1つ。尊い彼らをもっと持ってこぉい。
ストーリーは、緩やかに進んでいきます。