コナン達少年探偵団は博士の車に乗ってキャンプにやってきていた。
これはその道中で起こったお話。
キャンプに向かう途中、目的地まであと10km程という山道で博士の車がガス欠を起こした。
これでもう何度目だろうかという恒例のビートルトラブルである。
博士は燃料メーターの残量が少なくなっていた事は把握していたのだが、途中のガソリンスタンドで補給すれば大丈夫だろうと高をくくっていた。なので『まだ走れるはず』と思っていたのだが。
いくら走ってもガソリンスタンドはなく、なかなか補給の出来ない事態に陥ってしまった。今回のキャンプ先は毎度使っている場所とは違うキャンプ場を使う事にしたため、いつもとは道中のガソリンスタンドの点在頻度が違ったのだ。
そうこうしているうちに、ついにガス欠を起こしてしまい、ビートルを路肩に停車させる事を余儀なくされた。
探偵団達はまたかよと嘆くが、ビートルのガス欠はこれが初めてではない。もはやキャンプの際の恒例行事とも言えた。
とにかく今は移動手段がないのが問題だ。
ガス欠が起こった場所は運悪く山中の田舎道で人通りが全くない。
しばらく待ってみたが車も全く通りかかる気配がなかった。
困ったのお、と博士が車を降りて周囲を確認した所、山の上に別荘のような建物が見えた。
調度いい、あの家に行って近くのガソリンスタンドまで車で乗せて行ってもらえないか頼んでみよう、という事になった。
博士と探偵団達はひとまずビートルを降りて徒歩で山の上の別荘へ向かう事にする。
「げぇ~あそこまで歩いて行くのかよ。俺腹減ったぜ」
「仕方ありませんよ元太君。あの別荘に行けば何か食べ物を食べれるかもしれませんから、あそこまで頑張りましょう」
「食いもん食えるのか!おおっし、なら頑張っちまうぜ!」
「もぉ元太君たら。食いしん坊さんなんだから」
腹を抱えて空腹にあえぐ元太だが、食べ物があるかもと聞いた途端にやる気がみなぎる。
1にも2にもまず食い気、という元太らしい気の変わりようであった。
「ったく、何回目だよこの展開」
「ははは、すまんのお。またやってしまったわい」
「これでもう10回超えてるわよ。キャンプに来てるんだか故障の付き添いに来てるんだかわかりゃしないんだから」
コナンと灰原につっこまれて博士は冷や汗をかきながら弁解する。
そうこうして歩く事5分。
探偵団達は別荘までたどり着いた。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
「おや、どうされました。こんな山奥のコテージに」
呼び鈴を鳴らした博士を出迎えたのは、老いたお爺さんだった。
「いやー、実はこの下の山道で車がガス欠を起こしてしまいましてな。ちょいとばかり車をお借りできませんでしょうか。近くのガソリンスタンドまで補給用のガソリンを入れに行かせてもらえないかと」
両手を合わせて謝りつつ博士は事情を説明した。
このくだりもこれでもう何回目だろうか、とコナン達は呆れながら見ている。
つらつらと話を聞いた老人は、快く頷いてくれた。
「なるほどそれは災難でしたな。5人もお子さん連れで大変だったでしょう」
「災難じゃなくて自業自得よ。このおじさんこれまでに何回もガス欠をやらかしてるんだから。学習能力のない中年には困りものだわ」
「こりゃ、哀君、さすがに傷つくわい……」
「ほっほっほ、なかなか味のあるお子さんをお持ちのようですな」
辛辣な灰原の指摘に口元を緩めて老人は微笑んだ。
「お爺さんはここで何をしてるの?こんな山奥の別荘に1人?」
「いや、わしと息子2人の3人じゃ。コテージを経営しておる。まあご覧の通りの寂れ具合でほとんど来訪者はおらんがな」
老人がこんなへんぴな所に住んでいる事に疑問を抱いたコナンが問いを向けた。
彼によると単身で住んでいるわけではなく、息子達との3人暮らしらしい。
「息子さん達はどこにいるの?」
「1人は今厨房で夕食を作っておる。おおーい、慎吾」
「何だー、親父」
呼ばれて奥のリビングから1人の青年が姿を見せた。
どうやらこの人が老人の息子さんらしい。
「こちらが息子の慎吾です。なかなか腕利きの料理人なんですよ」
「おや、どうしたんだこの可愛らしいお子さん達は」
「実はですな……」
博士が慎吾さんにも事情を説明する。
お爺さんの話も合わせて聞き、彼はすぐに状況を理解してくれた。
「それは大変でしたね。お疲れでしょう。ここはコテージだし、どうぞお休みになっていかれてください」
「ありがとうございます。突然子連れで押しかけて申し訳ない」
「いいえ、こんな可愛いお子さん達なら大歓迎ですよ。調度今料理を作ってる所ですから、皆さんの分も作りますよ」
「うはっ、ほんとかよ!ありがとな兄ちゃん!」
ご飯にありつけるとあり、元太のテンションが上がった。
次いで歩美が尋ねてくる。
「ねえ、お兄さんって料理人なの?」
「ああ。まあちょっと前に現場の方は引退してるけどな」
「息子はこれでも1つ星レストランのシェフを務めるくらいはあったんですよ。一線を立ち退いた今も腕は衰えていません」
「へぇ~!お兄さんすっごーい!お料理食べるの楽しみ!」
彼は相当な腕の持ち主らしい。
歩美の目が羨望の色を帯びてキラキラと輝く。
「ふふ、こんな可愛い女の子にそう言われちゃ腕によりをかけて作らないとな」
「うん、期待して待ってるね!」
この時歩美はまだ知らなかった。
今宵、彼女の身に恐ろしい恐怖が降りかかる事を―――。