「きゃん!!」
滑り台のレールの段差から下に落ち、歩美はお尻から地面に落下した。
反動で強い衝撃が彼女の身体に走る。
反動で両足が高く上がり、勢いがついてその体勢で彼女はさらに10mほど滑り続けた。苛烈に床とお尻がこすれ、接触面に摩擦が発生する。
彼女は臀部に焦げるような熱さを感じた。
「っ…!あ、あっツゥ……!」
火が出そうな熱さに彼女はたまらず声を上げた。
だが、幸いにも身体の滑り込みはそう長くは続かなかった。
10mほどスイープした所で彼女の身体は力の作用が収まり、静止する。
「……と、止まった………お、お尻から火が出ちゃうかと思った」
どうにか恐怖の滑り落ちが収まり、歩美はほっとする。
「い、いったい何が起きたの……?」
困惑して歩美は周囲を見回した。
スロープをかなりの速度で滑り落ちたため、彼女は動転して状況を飲み込めていなかった。
さっきはいきなり階段の段差がなくなって平面状になり、彼女はバランスを崩して転んでしまった。
そしてスロープと化したこの“滑り台”を滑り落ちる事になったのだ。
「ここは、どこ…?」
この場所は薄暗いものの、辺りにはいくつかランプが灯っており、仄かに周りを照らしていた。
視界の先には木目調の壁が見える。
歩美の傍には段ボールが複数積まれており、物が雑多に置いてあった。
どうやらここはどこかの倉庫のようだ。
「ここ、物置か何かかな…?」
彼女は、ふと傍にあった段ボールの中をのぞき込んでみた。
箱の中には紙が入っており、そこにはメッセージが書かれていた。
『少年探偵団への挑戦状』
文言を見た歩美ははっとする。
これは自分達少年探偵団へ書かれたメッセージだ。
『少年探偵団の団員に我々が出題する謎解きクイズを解いてもらいたい。これは我がクラウンピエロズからのゲームである』
『だが、ただのゲームではつまらない。本気で望んでもらうために、少し趣向をこらさせてもらった』
『吉田歩美、君以外の仲間は全員別室で拘束させてもらう』
「な……!」
『君が我々の出す問題を全て解ければ彼らを解放しよう』
『ただし、1問でも間違った場合は……彼らの命はないものと思ってもらいたい』
「そ、そんな……!」
歩美の心拍数がドクンドクンと跳ね上がる。
これはさっきの仮面ピエロとその仲間からの挑戦状だ。
それも、ただのお遊びではない。コナンや哀達の命がかかっているのだ。
一瞬、歩美はそんなの嘘に決まってる、と思った。
しかし、箱の中には他にもとある物が入っていた。
「こ、これは…コナン君の靴……!」
コナンの履いていた靴が2足、入っていたのだ。
それも、真っ赤な血がついた状態で。
まさか、コナンが怪我を負わされたのだろうか。
「はっ、はっ、はっ、……!」
動悸が強くなり、彼女の呼吸が荒くなる。
取り乱しそうになる気持ちを何とか抑えつつ、歩美は続きを読み進める。
『このコテージには他にもいくつか部屋がある。どれも趣向を凝らした楽しい部屋ばかりだ。君にはその部屋部屋を回って、各部屋で出される謎解きを解いてもらおう』
『制限時間は夜が明けるまでだ。それまでに全ての部屋をクリアしてもらう。もし間に合わなければその時は……君も含めて全員皆殺しだ』
メッセージの最後には赤い血が滲んでいた。
読み終えた歩美の手ががくがくと震える。
「あ、ぁ゛ぁ゛……」
哀だけでなく、コナン達もピエロに捕まってしまった。
手紙の通りなら、残っているのは自分だけらしい。
今からこのコテージを回って彼らが出す謎解きを解いていかなければならないという。
コナンや哀がいるならともかく、自分1人だけで――。
「そ、そんなの……無理だよ」
不安が昂ぶり、彼女は絶望しそうになる。
とてつもなく怖い。
だが、自分がやらなければ皆は助からないのだ。
「に、逃げるもんか……」
「私が、頑張らなきゃ」
「私が……助けるんだ」
「コナン君を……哀ちゃんを……」
「皆を……私が……!」
歩美は意を決して立ち上がる。
切迫した状況の中、問われた彼女の腹は決まった。
1人でも自分が頑張って謎解きを解く――と。
「歩美、頑張る!」
ぐっと両手を握りしめ、彼女は勇気を振り絞った。
彼女には恐怖や不安に負けない勇気とガッツがある。
探偵団の中で彼女は一番の頑張り屋だ。
まあその心意気が空回りする事も多いのだが。
しかし今はそれがプラスに働いていた。
「じゃあ、早速各部屋を回らないと。えっと、出口は……」
歩美は探索を始めるべく、倉庫の出口を探した。
この部屋の広さは大きくはなく、すぐに開閉扉を見つける事が出来た。
「駄目……ロックがかかってて開けられないみたい」
だがドアを開けることは出来なかった。
ロックがかけられており、開閉できなくされていたのだ。
4桁の数字を合わせるダイヤルロックが扉にかけられており、それを正しく合わせないと倉庫から脱出出来ないようになっているらしい。
部屋から出られず困惑する歩美。だがすぐにある物を見つける。
「これは……メッセージ?」
ドアに紙が挟んであったのだ。
取り出して見ると、そこには文字が書かれていた。
『では早速第1問だ』
『まずは小手調べ。パスコードはシャーロックホームズだ』
紙にはどうやらヒントと思しき事が示されている。
文面を見た歩美は小首を傾げた。
「シャーロック……ホームズ……?」
もちろんその名前は知っている。
いつもコナンが言っている創作書物の名探偵の名前だ。
では、そこから導き出される数字とは……?
「シャーロックさんだよね?ってことは多分――」
「もじって“4869”じゃないかな?」
すぐに解答を思いついた歩美は、早速ロックのダイヤル錠を回してみる。
カチャカチャと動かして4869に合わせると、ガチャンという音がした。
ロックが外れたのだ。
「外れた…!やった、正解したんだ」
見事、彼女は正しい答えを導いてみせる。
彼女の考えた通り、シャーロックをもじった数字“4869”がパスコードだったのである。
「よかった、ちゃんと正解できて」
ほっと胸をなで下ろした歩美は、扉を開けて外に出てみる。
扉の先には長い廊下が奥に伸びていた。
相変わらず辺りは薄暗いが、ランプが点在しているためほんのりと明るい視界は確保出来ているようだ。
「じゃあ、早速探索開始だもん」
ぐっと腕を握りしめて彼女は廊下を先へと歩み始めた。
「ヒ、ヒ、ヒ……流石に1問目から間違いはしなかった、か」
倉庫から出て行った歩美の後ろ姿を見て、ピエロが笑みを浮かべる。
彼は先程からずっと倉庫の中に潜んでいたのだ。
歩美の死角の位置である、物陰の後ろに。
気配を完全に消していたため、彼女は全く彼の存在に気付いていなかった。
「吉田歩美……君は実に頑張り屋で可愛い子だ……ヒヒ、ヒ」
彼としては“お気に入り”の彼女の頑張りを間近で見れて少々気持ちが昂ぶっている。
恐怖と不安の中でも奮起して歩み出した歩美に自然と微笑ましい笑みが漏れる。
彼らの目的は、探偵団の内1人だけを自由にして隔離する事だった。
実は、探偵団達に振る舞われた料理には睡眠薬が含まれていたのだ。
そのため、皆いつの間にか眠ってしまっていた。
そして眠っている間に次々と探偵団達は仮面ピエロの仲間達によって連れて行かれ拘束されてしまったのである。
だが、5人の内1人分にだけは盛られた睡眠薬の量が浅かった。
それは1人だけを残りの4人よりも早めに目覚めさせるためだ。
あえて1人のみを泳がせるためにピエロ達はそうしたのである。
それは、残りの4人を人質に取る事によって、より切迫感と本気度を高めるため。
「まさか俺の一番のお気にの子が当たるとは思わなかったがな。どうやら俺はついているようだ……ふふ」
不気味に笑いつつ、ふと彼は懐から通信端末を取り出してどこかへと連絡を入れた。
「私だ。今そちらにターゲットの吉田歩美が行ったぞ。ああ、幸先良く1問目は突破だ……ヒヒヒ」
彼の手には1枚の写真がある。
それは先程、隙を見て撮影したものだった。
そこにはスロープに落ちた歩美が尻餅をついた瞬間の姿が映っている。
短いスカートの中が少々覗いた状態で。
(これは随分と可愛らしい写真が撮れた。彼女はなかなか可愛い下着を身に付けているようだ、くく)
彼女は不運にも羞恥写真を撮られてしまっていた。
それを見たピエロが満足気に微笑む。
(早速こんな副産物の写真が撮れてしまったが……可愛い女の子が当たって俺達はついているな)
歩美の可愛い羞恥写真にピエロの口が三日月に歪む。
彼としては彼女のそういう所が見れるのは気分が良い。
「さて、彼女をそちらで丁重にもてなしてやってくれ。ただし、もし謎解きを間違った時には……容赦はするなよ」
「ああ、そうさせてもらうヨ。ヒヒヒ」
電話口の向こうでも不気味な笑い声が聞こえてくる。
もちろん彼の仲間である。
「さて、最終的に君を“犯る”かどうかは君の頑張り次第だ。せいぜいこの後も頑張ってくれ、吉田歩美ちゃん」
怪奇的な笑みを漏らし、ピエロは暗闇の奥へと消えていった。