長い廊下を歩いた歩美は、1つの部屋を見つけた。
壁にドアがあり、両脇にランプが灯されている。
緊張しつつも、彼女はその部屋を開けて見てみることにした。
「………」
慎重に彼女はドアに耳元を寄せて中の気配を探る。
だが、どうやら物音の類いはしないようだ。
(…大丈夫そう。じゃ、中に突撃だもん)
高まる動悸を抑え、歩美は意を決する。
そーっとドアノブを回すと彼女はゆっくりとドアを開けた。
幸い、中には誰もいなかった。
もしピエロがいれば、すぐにわかっただろう。
だが人影も気配も彼女は感じなかった。
「よかったぁ……」
ほっとした歩美は胸をなで下ろす。
部屋の明かりは点いており、視界は明瞭だ。
見た所、窓は金属板のような物で覆われており、窓から外へ出る事は不可能にされていた。
「ここから脱出は出来なさそう……私が逃げられないように対策してあるんだ」
用意周到なピエロに歩美は唇を噛む。
ここから脱出するためには、彼らの出す問題に全問正解し、探偵団達を全員解放するしか道はないらしい。
「何このお部屋……ぬいぐるみが一杯ある」
落ち着いた所で、彼女は部屋の中を見回してみた。
部屋の中にはたくさんのぬいぐるみが飾られていた。
部屋中の様々な所にぬいぐるみが並べられている。
歩美は、さっそくこの室内を探索してみる事にした。
室内には大きな机が3つあり、そこにはたくさんのぬいぐるみが置かれている。
さらに部屋の壁には特注と思しき壁紙が貼られており、ファンシーなデザインでぬいぐるみの柄の絵が描かれている。
そして壁周りには物を置く長台が設置されており、その上にはこれまた色々な動物系のぬいぐるみが置かれていた。
「うわ~これ可愛い」
歩美は長台の上のぬいぐるみ達にすぐ反応した。
デフォルメされた動物たちがキュートにキルティングされている。
彼女はこういう可愛い物には目がない。
「いいな~~欲しいなーこれ」
人形の内の1つを抱き寄せると彼女は頬にすりつける。
枕大のクマのぬいぐるみが彼女の胸に抱かれて軽くしなった。
「ここ、ぬいぐるみ置き場なのかなあ?」
部屋中に安置されたぬいぐるみ群に彼女は不思議そうに小首を傾げた。
このコテージにはこういうファンシーな部屋もあったのだろうか。
山奥にあるコテージには場違いな気持ちもしたが、彼女個人としてはこの趣向は全く嫌いではない。むしろ大歓迎なくらいだ。
「あ、イヌ君にキツネさんのもある~。この子達も可愛い~~」
またしても可愛らしい個体を見つけ、歩美は抱き寄せて頬にスリスリした。
愛嬌あるぬいぐるみの数々につい彼女は夢中になる。
この手の愛くるしい品が部屋中に満たされているのだ。
可愛いぬいぐるみ好きな彼女からすれば無限に見ていられそうである。
それから15分経過――。
「――はっ…!」
不意に彼女ははっとなった。
今自分は何をしにここへ来たのか。
もちろんぬいぐるみを愛でて楽しむためではない。
自分は“皆を助けに来た”のだ。
「ああっ!ダメダメ…!こんな所で遊んでたら駄目だよ……!」
慌てて彼女は首を振って己を律する。
自分好みの趣向の部屋でつい我を忘れて夢中になってしまった。
本当は一刻も早く皆を探し出さなければいけないのに。
気を取り直して歩美は探索を再開する。
長台の傍には引き出し付きの小さな机が1つ設置されていた。
彼女はまずそこから調べていく。
その机の上には特に余計な物はなく、卓上時計とペン立てが置かれているだけだ。
まず彼女は机の引き出しを開けてみる事にした。
ガラ、と開けるとすぐに、何かが中に入っているのが確認できた。
机の中には、茶色い封筒が一枚入っていた。
「これは……」
開封して中身を取り出してみる。
すると中から1枚の白い紙が出てきた。
紙にはただ短くこう書かれていた。
【では2問目ダ。君に問題を出題しよう】
はっ、と目を見開いて歩美は文面を見つめる。
次なる問題を示していると思しきメッセージが見つかったのだ。
「これは、さっきのと同じピエロからのメッセージ…!」
彼女はドキドキして文を見つつ問題文の先を読む。
【この部屋にはとある数字が示されている。それをまず見つける事ダ】
【そして、その数字はとあるものを表している。数字が表している物を推理し、この紙の傍に置いてあるスマートフォンを使って答を入力して送信ボタンを押してほしイ】
引き出しの中をよく見てみると、確かに封筒があったすぐ奥に1台のスマートフォンが置かれている。メールアプリが開いた状態になっており、文字入力が出来る状態だ。
【念のため書いておくガ、そのスマートフォンは外に通話する事は不可能ダ。通話機能はパスコードをかけてロックしてある。それにここは寂れた田舎の山奥だから通信も常に圏外。だから警察に通報しようとしても無駄だヨ】
【君のやるべき事はこの紙に提示された問題を解くことダ。そしてその端末を使って解答を書いて送信してくれればイイ。もし正解していれば君をこの部屋から出してやろう。ただしもし1回でも間違えた場合は……どうなるかわかるナ?】
ドクンドクンと彼女の鼓動が高まる。
もし間違っていたらどうなるのだろう。
とても怖い目に合わされるのだろうか――。
「でも、この部屋から出してやるって、どういう意味だろう……?」
15分程前、彼女はこの部屋に入ってきた。
だが特に閉じ込められるような事はなかったはずだ。
「ま、まさか――!」
はっとした彼女は慌ててドアの元へ向かう。
そしてドアノブを回して外へ出ようとした。
ガチャガチャ
だがドアを開ける事は出来ない
外側から鍵がかけられているのか、彼女がドアノブを回しても開かなかった。
「う、嘘…!閉じ込められた…!?」
先刻ぬいぐるみに夢中になっていた間に、どうやら外からピエロにカギをかけられてしまったらしい。
閉じ込められる可能性など全く考えていなかった歩美は、面食らってしまう。
「わ、私の馬鹿……!もっと警戒してないといけなかったのに」
可愛いぬいぐるみ達に気を取られ、歩美はついその辺りの神経が鈍ってしまっていた。
その隙をピエロに突かれた格好だ。
「くっ……ゆ、許さない。絶対に正解してやるんだもん」
自分を嵌めたピエロ達に歩美は反骨心を抱く。
こんな挑戦的な問題まで出してくるなんて、少年探偵団員としては逃げるわけにはいかない。
彼女は、この封筒は引き出しに置いておいて、室内の捜査を続行する事にした。
引き出しの中はとりあえず調べ終わったので、今度は机の上の物を見てみる事にする。
といっても、特にこれといって怪しい物はない。
必要最低限の物が置いてあるだけだ。
机上の物はどうやら問題文に繋がる物品ではないらしい。
歩美は机から離れようとするが、その時ふと卓上の時計に目が留まった。
「あれ…?この時計、何だか時間がおかしいような」
よく見ると、時計のデジタル表示は2:22を指している。
歩美の腕時計では今はまだ夜10時前後のはずなため、そんな時間なわけはなかった。
この時計が壊れているのかな……?と彼女は疑問に思う。
「……もしかして、これは」
歩美はふと何かに気付く。
「この時計が時間が変にズレているのって、もしかしてさっきの問題文と関係してるんじゃ――」
よく見るとこの時計のデジタル表示は時を進める事なく、その時刻のままで停止している。
ただズレて時を刻んでいるのではなく、2:22で機能停止していた。
時刻が止まっているのは不自然に感じる、いやむしろ意図的に感じる――と歩美は思った。
「まるで何かを示しているみたい。これが、問題文に書いてあったヒントなのかも――」
言いつつ、歩美は部屋の中を今一度見渡す。
何か調べる箇所はないかと部屋を見回してみると、部屋の周囲に飾られているぬいぐるみが目に入った。
壁際には長台が部屋を一周するように設置されており、台の上にはぬいぐるみが色々と並べられている。
部屋を彩る内装として、飾りとして置かれているものだ。
動物系の物で占められているらしく、犬や猪、牛などの物がある。
ちなみに置かれているものの中にはキャラ物っぽいものが色々とあった。
アニメや漫画などで見かけるキャラクターものである。
歩美は試しにその中の一つを手に取って見てみた。
黄色い色の、ネズミっぽいやつを。
「……特に変わった所はない、みたい」
回して背面なども見てみたが、何の変哲もない普通のぬいぐるみのようだった。
『こにゃにゃち わ~!』
「え……?」
不意にぬいぐるみから音声がし、歩美は少し驚いた。
どうやら手に取った際にお腹のボタンを押していたらしい。
押すと音声が出る仕組みになっているようだ。
「これ、もしかしてケ○ちゃん…?」
彼女はとあるアニメのマスコットキャラを思い浮かべる。
これの造形は某アニメ作品の某キャラによく似ていた。
「いや、ケ○ちゃんはこんな不細工じゃないよ。本物はもっと可愛いんだもん」
だが歩美はそのぬいぐるみがお気に召さなかった。
自分の知っている某マスコットと比べて造形が甘いのだ。
表情にも愛くるしさが足りず、完成度が低い。
「これは……上辺だけ似せて作っただけのパチモンだね。この適当に作った感がある輪郭とかしっぽとか最高にイモい」
辛辣な言葉を吐き、歩美はそのぬいぐるみを興味なさげに棚に戻した。
急に熱が冷めた歩美は少し落ち着いてクールダウンする。
(う~んちょっと何か冷めちゃったけど、やっぱりあの止まった時計は何か不自然。あれはきっと何かを表しているはず……)
歩美はさっきの壊れた卓上時計がやはり気になる。
2:22などという意味深な時刻で停止しているのは何故なのか。
そして部屋の周囲に雑多に並べられた数々の動物系のぬいぐるみ。
(まさか……)
彼女は思い当たった。
あの止まった時計の時刻は、きっとアレを表しているのだ。