「――もしかしたら、あの止まった時計はあれを表してるのかな」
何かに気が付いたように、歩美が呟く。
思い立ったように彼女はさっき見つけたメッセージ送信用のスマホ端末の元へ向かった。
端末を手に取ると、早速彼女はフリック入力を始める。
今導き出した答えを入力したのだ。
「多分これで合ってる、と思うけど……」
少し不安な様子で歩美は画面を見つめる。
後は送信ボタンを押すだけだ。
だが、もし間違っていた場合を思うと、彼女はなかなかボタンを押下出来ない。
鼓動がドキドキと高まり、彼女を不安が襲った。
「だ、大丈夫!怖がってちゃ駄目」
ぶんぶんと顔を横に振って彼女は迷いを取り払う。
今は不安に怯えている場合ではない。
勇気を振り絞らなければ皆は助からないのだ。
「逃げてばっかじゃ勝てないもん!ぜーったい!」
自分に言い聞かせるように言う歩美。
彼女は意を決して、送信ボタンを押した。
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果たして自分の答えは合っているのだろうか?
彼女は不安でたまらない。
もし間違っていたら――。
そう思って不安に怯えながら、彼女は1分ほど待った。
『ブーッ!ブーッ!』
「ひっ!?」
不意に端末が振動し、歩美は飛び上がる。
どうやら向こうから返信が返ってきたようだ。
彼女は恐る恐るメールを開いてみる。
【クックック、正解ダ。よくわかったナ】
文面には正解の文字が書かれていた。
「や、やった…!」
思わず歩美の表情が綻ぶ。
間違った可能性ばかり考えていた彼女にとってはこれ以上ない朗報だ。
ちなみに、歩美の書いた解答は『猫さん』であった。
時計の止まった数字から彼女が自分で推理して導き出した答えである。
【ヒントは2:22で止まっている卓上時計。そこから答えを思いついたのは見事ダ。流石は少年探偵団の1人といったところカ】
文面には歩美を評価するコメントが書かれていた。
歩美は「このくらい出来て当然だもん」と胸を張ってみせる。
「2:22はそのまま日付を表しているって思ったけど、やっぱり当たってたみたい」
内心ほっとして彼女は息を吐いていた。
張っていた肩の緊張が解けてようやく彼女は少し落ち着きを取り戻す。
「この日はある記念日なんだよね」
歩美はその日が何を表しているかを知識として知っていた。
「2月22日は猫さんの日。だから答えは猫さんだよ」
そう、2月22日は猫の日である。
ニャーニャーニャーの語呂合わせでそう決まったのだそうだ。
3年前なら知らなかった事だが、この3年の間に色々な情報から彼女は知識としてそれを学んだのである。
【ご名答。2問目も正解した君にはご褒美をやろウ】
【団員の1人、小嶋元太を解放スル】
【といってもまだ薬でぐっすり眠っているがナ】
【拘束を解いてリビングに寝かせておク】
文面には正解した報酬として、元太を解放すると書かれていた。
それを読んだ歩美は笑顔になる。
「よかった、元太君を返してくれるんだ…!」
ピエロの出す問題に正解すれば、約束通り他の団員達を自由にしてくれるらしい。
これでまずは1人救出に成功である。
元太はリビングに寝かされた状態で解放されるらしい。
「でも、ここが何階かもまだわかんないし……たしかリビングは1階だったよね?」
元太の元へ向かおうにも、今歩美は自分が何階にいるかもわかっていなかった。
最初に起きた階が何階かも不明だし、さらにその後スロープ穴に落ちてかなり下方に落ちてきたはずである。
このコテージは3階建てだったはずだが、彼女の感覚では優に5階分以上は下に滑り落ちた気がする。
「とにかくここを出て先へ進まないと」
彼女は部屋のドアの元まで再び行ってみる。
さっきは鍵がかかっていたが、問題に正解した今なら開いているだろうと彼女は考えた。
しかし――。
ガチャガチャ
ドアノブを回しても、扉は開いてくれない。
どうやらまだ鍵がかかったままのようだ。
「あ、あれっ?まだ鍵がかかってる……」
施錠が解けておらず、彼女の顔にまた不安の色が浮かぶ。
何故問題に正解したのに扉が開かないのか?
『ブーッ!ブーッ!』
「!?」
またしてもスマホ端末が振動した。
彼女は慌ててメール画面を開いてみる。
【おっと、言い忘れていタ。まだこの問題には続きがアル】
【今君が正解した答えダガ。その姿を模したぬいぐるみがその部屋のどこかにアル】
【君には今からそれを探して見つけてもらいたイ】
【見つけたらそれをスマホで写真に撮ってメールに添付して送ってくれたまエ】
【正しい対象物を見つけていれば部屋の鍵を開けてやろウ。ただし、間違っていた場合は施錠は解かない。君は永遠にその部屋で閉じ込められたままサ】
「……!」
ピエロからのメッセージには次なる指令が書かれていた。
今答えた猫の姿を模したぬいぐるみを探せというのだ。
この部屋のどこかにあるらしい。
それを見つけられなければ部屋からは出してもらえないようだ。
「んもぅ…!何ですんなりと出してくれないの~~!」
問題に正解したのに一筋縄では行かず、歩美が腕をわなわなとさせる。
ピエロはそう簡単には先へ進ませてはくれないらしい。
どうやらまだもうひと頑張りしなければいけないようだ。
「よ、よーしっ、どんとこいだもん!」
気合いを入れて、歩美が意気込む。
この部屋にはぬいぐるみがたくさんあるが、既に猫のぬいぐるみという目星はついているのだ。あとはそれをこの中から探し出せばいいだけである。
早速彼女は部屋の中を回ってそれを探し始めた。
それから30分が経過。
しかし、時間をかけて部屋中を探したものの、歩美は未だに猫のぬいぐるみを見つけられないでいた。
いくら探しても探し物が見つからず、彼女は小首を傾げた。
「あれれ~~おかしいなぁ」
思っていたものが見当たらず、歩美は少し困惑気味になる。
辺りのぬいぐるみを一通り探した歩美だったが、犬や猿などの他の動物の物はあるのだが、猫の物だけがない。
「何で猫さんのだけないんだろう…?」
今彼女は台の上に上がって、棚の上に何か置かれていないかを探していた。
既に大きい3つの机の上と周囲の長台の上のぬいぐるみは全て調べ終えている。
そこには猫のぬいぐるみは見つける事が出来なかったため、彼女は自分の目線では見えない場所にぬいぐるみが隠されているのではないか?と考えたのだ。
調度壁際によじ登れそうな台が置いてあったため、彼女はそれを使って台の上に上がって棚の上を調べる事にした。
だが、しばらく探しても棚の上には何も物が見当たらない。
棚の上はランプの明かりもあまり行き届いていないため、少し薄暗くなっているから探しづらいというのもある。
何とか目をこらしつつ、彼女は棚の上を探索していく。
『ククク………』
それを物陰から見ている者がいるとも知らずに。
いつの間にか、床下から人の顔が覗いていた。
地面に敷いてあるタイルの1つが取り外され、そこから誰かが上を盗み見ている。
仄暗い闇の底から這い出てきたような異質な存在。
その主は、ピエロであった。
不気味なピエロの仮面が、薄暗い室内で僅かなランプの光に反射して淡く光っている。
まるで部屋の雰囲気に溶け込むように気配を消しているため、探索中の歩美が気付く様子はない。
彼女は不安を抱きつつもぬいぐるみを見つけようと奮闘していた。
そしてそれに意識を集中しているため、下からピエロが自分を覗き見ている事に気付かない。
【挿絵提供でゅう様】
『ククク……』
『気付いてナイ……気付いてナイ……』
歩美の耳に聞こえないほどの呟きを漏らし、ピエロが不気味に笑みを浮かべていた。