※前回の第6話の終盤のピエロの台詞を一部変更しました。
何か後から読んでて気に入らなくなったので。すみません。
※※5/4追記:この7話目に挿絵を1点追加しました。
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その頃、1階リビング――。
薄暗い室内に、誰かの物陰が蠢いていた。
ピエロの仮面を被った男が1人の子供をおぶってやってきたのである。
彼の背には熟睡している小嶋元太の姿があった。
「ヒヒっ、歩美ちゃんへのご褒美としてこいつを解放しないといけないからな」
先程、あちらに居るピエロからの連絡で歩美が2問目も見事正解した事を彼は把握していた。
その対価として人質の1人である元太を解放する事になったのである。
「ま、何も馬鹿正直に約束を守ってやる必要は本来ないんだが」
歩美が問題をクリアしたからといって、拘束している他の探偵団達を逃がす義務は彼らには無い。
口だけで約束しておいて、実際には逃がさずに捕まえたままにする方が彼らにとっては好都合だろう。
だが、ピエロ達はそうはせず、最初の約束通りにまず1人を解放してやるようだ。
「これが他の探偵団員なら約束を破って拘束したままにしとくところだったが。だが回答者が歩美ちゃんとなれば話は別だ」
彼らにとって歩美は探偵団の中でも一番のお気に入りな存在だった。
一途で一生懸命な頑張り屋で、恐怖や不安にも逃げずに立ち向かうガッツが彼女にはある。
実際に今もかなりの緊張と不安でビビっている部分も大きいようだが、逃げずに頑張っている、と現地のピエロからは報告があった。
「クク、いいね。こんなに可愛いお嬢ちゃんなのに」
にやにやと笑ってピエロがスマホの画面を眺める。
そこには現地から送られてきた写真が写っていた。
台の上に上がって猫のぬいぐるみを探している歩美の後ろ姿が。
どうやら向こうのピエロが床下から盗み撮りしたらしい。
シャッター音を消しているのもあるが、歩美は探索に意識を奪われて他の者が傍に居る事に気付けていないようだ。
【挿絵提供童様】
「可愛いパンツが見られちゃってるゾ、ヒヒッ」
彼女はかがんだ体勢で中腰なため、下方からだとスカートの中が見えてしまっている。
まさか自分の他にも部屋に潜んでいる者がいるなど彼女は微塵も思っていなかったため、彼女は見られている事への警戒心を緩めてしまっていた。
「ピエロに気付けないほどに意識を奪われているのか。とても頑張り屋で大変よろしイ」
微笑ましく笑むと、ピエロはおぶっていた元太をソファの上へ降ろした。
「ふぅ、なかなか重かったな。子供とはいえ太っているガキには困ったもんだぜ」
元太の体重は小学生とはいえなかなかの重量感があり、彼は少々手を焼いた。
ぐーすかと眠っている元太はいまだ起きる気配がない。
「ま。まだ薬の効果は6時間ほど残ってるからな。薬が切れる頃には全てが終わっているだろう」
彼を自由にする事に関して、ピエロは全く不安視する様子がなかった。
ただでさえ団員のなかで一番推理力が低い元太だからという事もあるが、まだ薬の効果時間にはかなり余裕がある。
万が一元太が起きたとしてもその頃にはもう謎解きゲームは終わっているのだ。
「あの子が最後までノーミスでクリアすれば、我々は大人しく手を引こう。顔は見られているが、あれは“変装”した偽りの姿だ。逃走しても我らの身元がバレる心配はない」
彼らが事件前に探偵団の前に現われた時の姿は、実は本当の姿容姿ではなかった。
怪盗キッドのように別人の顔の皮を被った変装だったのだ。
なのでもし通報されたとしても本来の姿は別にあるので警察に捕まる事はない。
「そしてもし彼女が間違えたら……その時は、クククク」
ピエロが狡猾な声で不気味な笑みを浮かべる。
彼らは探偵団の中でも歩美には甘い方だが、もし間違った場合には一切の容赦をしないつもりだ。
そしておそらくそうなる可能性が高いだろうと彼らは予測していた。
いくら彼女が探偵団の一員で意外に鋭い推理力を持っているとはいえ、根は可愛いお嬢ちゃんである。自分達の用意した問題を全て解けるはずが無い、と。
「まあ、これから彼女がどれだけやれるか楽しみダ」
元太をソファに寝かし終えると、ピエロはくるりと踵を返して元来た道を通っていく。
数秒後、元太以外誰も居なくなったリビングはまた静寂に包まれた。
その頃、歩美はまだ苦戦していた。
台の上で中腰で周囲を見回していた彼女だが、どうしても猫のぬいぐるみを見つける事が出来ない。
既に探索時間は30分を越え、彼女は不安の色を濃くしていた。
「駄目……やっぱりどこにも猫さんが見当たらない」
どうやら棚の上には捜し物は置かれていないらしい。
腕時計型のライトで一通り辺りを探してみたのだが、見落としはないと言えるまで彼女はひとしきり探し終えていた。
「上は一通り探し終えたけど無いって事は――後はどこを探したらいいの……?」
どこを探したらいいのかわからず、彼女は途方に暮れる。
目線の高さは探し終え、死角となっている上方も探し終えたのだ。
残る場所はもはや無い――。
彼女がそう思った時だった。
ふと、彼女の脳裏にコナンの顔が浮かんだ。
彼ならこんな時、どう言うだろうか。
【捜し物が見つからねーって?地上と上は探したんだな。なら、まだ探してない場所があるじゃねーか】
記憶の中の彼はこんな事を言う。
【上が駄目なら、下を探してみりゃいいんだよ】
「……!」
彼女ははっと思い至る。
そうだ、まだ“下”には意識を向けていなかった。
下と言っても、棚や台の下はとっくに彼女は調べている。
そういう意味での下ではない。
「もしかしたら、床の下に何か隠されているのかも――」
彼女はある可能性に思い至る。
この部屋の床には仕切りがしてあり、大きなタイルが敷き詰められている作りになっていた。
だが、もしそれが取り外せるとしたら…?
床の下に何かが隠されているかもしれない。
「よ、よーしっ、早速調べてみようっ」
思い立ったらすぐ行動に移す歩美は、すぐに台から地面へと降りる。
床を確認すると、やはり一定の間隔でタイルが敷き詰められているようだ。
床に敷かれたタイルを彼女は凝視してよく見てみた。
すると、彼女はあるポイントで違和感に気付く。
「ここ、何か他よりも光ってるような……」
1枚のタイルだけ、枠線の部分から僅かに光が漏れている気がしたのだ。
彼女は床にかがみ、そこのスリット線にそって指を当ててみる。
そして爪先をゆっくりと挿し込んでみた。
ギッ
「あっ」
思わず歩美から短く声が上がる。
力を入れてみると、思いの他タイルが簡単に持ち上がったのだ。
重さはあまりなく、少女の彼女でも問題なく持ち上げる事が出来た。
「床の下にスペースがあったんだ……!」
もしやと思って試してみたが、どうやらビンゴらしい。
取り外したタイルの下には、人がすっぽり入れるほどの空間が出来ていた。
彼女は腕時計型のライトを点灯させて、出現した底の暗闇を照らしてみる。
光が当たった先には、階段が見えた。
そして、その少し降りた所に1体のぬいぐるみが置かれていた。
「あっ、猫さんのぬいぐるみ!」
彼女が探していた物がそこにあった。
30分以上探して見つけられなかった物が、ようやく見つかったのである。
すぐに彼女は底に潜って階段を降りようとした。
しかし、一歩踏み出そうとした所で、彼女ははっと思いとどまる。
ついさっき自分は似たような場面でトラブルに見舞われた事を思い出したのだ。
安易に先へ進んだ結果、階段がスロープ状に変化し、それに引っかかって滑り落ちてしまった事を。
「もしかしたらまたトラップがあるかも……ここは慎重に行かないと」
彼女はそーっと慎重に階段に足を踏み入れる。
そしてゆっくりと1段ずつ下へ降りていく。
もし急にスロープ状になっても足を滑らせるのを防ぐ工夫を彼女はして進んだ。
「やった、取れた!」
時間をかけてついに彼女は猫のぬいぐるみを手に入れた。
拾い上げると、歩美は胸に大事そうにそれを抱く。
苦労してようやくゲットしたのだ。
喜びもひとしおであった。
(でも、この後どうしようかな……)
ぬいぐるみを得た後で、すぐに彼女は逡巡した。
階段はまだ下へ先へと伸びている。
このまま進むか。
それとも戻るか。
(そういえば、さっきピエロさんからのメールで猫のぬいぐるみの写真を撮って送ればドアの鍵を開けてくれるって書いてあったっけ)
今自分はそれを手にしている。
スマホで撮って送ればドアの鍵を開けてもらえるはずだ。
このまま先へ進んだ場合、それをする必要はなくなる。
だが犯人の意に沿わない事にもなり、それは危険な橋でもあった。
(先も気になるけど……やっぱり戻ろうっと)
彼女は下へ降りるのを諦めて、元の部屋へと戻る事にした。
折角目的のぬいぐるみを手に入れたのだ。
危険を犯すよりもピエロの指示通りに従った方がいいと彼女は判断した。
「ふぅ、よかった……今度は滑り落ちなくて」
床の穴から元の部屋へと帰還した歩美は、息を吐いて安堵する。
既に2度罠にかかってやらかしているため、それを避けれた安心感が強い。
「さ、このスマホでこれを撮って送らないと」
早速彼女は写メで撮って画像をメールに添付する。
そして、送信ボタンを押した。
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20秒ほど経って、すぐに返信のメールが届いた。
「あ、もう返ってきた…!」
すぐに彼女はメールを開いて見てみる。
【よし、正しく猫のぬいぐるみを見つけたようだナ。いいだろウ、これで見事クリアーだ】
「やった……!」
2問目の問題を完全に達成し、彼女は軽くガッツポーズする。
【わかりにくい床下に隠しておいたはずだが、よく気が付いたな。吉田歩美、君はなかなか出来る探偵らしい】
「ふん、当然だもん」
彼女は誇って胸を張る。
だが、手を焼いている中で正しい答えを導き出せたのは、記憶の中のコナンの助言があったからだ。
歩美は内心で彼に感謝した。
(コナン君のおかげで正解できた……やっぱりコナン君は凄い)
猫のぬいぐるみを胸に抱きつつ彼女は彼を想った。
早くコナン君に会いたい。
全ての謎を解き明かして、絶対に彼を救い出すんだ――そう彼女は決意を新たにした。
【約束通り鍵は開けておいタ。次の部屋へと向かうがイイ】
メールにはそう書かれていた。
彼女が扉の元に再び言ってみると、ピエロの言う通り鍵があいていた。
「いつの間に鍵があいたんだろう……鍵があく音なんてしなかったけど」
この部屋に戻ってきた後はそのような音を彼女は聞いていない。
鍵があけられれば音がしてわかるはずだからだ。
という事は、自分が床下に潜っている間に誰かがあけたという事である。
「おかしいなあ、私その時はまだメール打ってなかったはずなんだけど」
歩美は不思議そうに首を傾げる。
だが、とりあえずドアを開ける事が可能となったため、彼女はさほど気にせずに先へと進むことにした。
ドアを開けて部屋から出た歩美は廊下の奥へと進むことにする。
【コテージ最深部】
地下の最奥では、ピエロがモニター画面を眺めていた。
そこには歩美がぬいぐるみ部屋から出て廊下の先へと進んでいく様子が映っている。
「ふふ、行ったカ。あれだけ苦戦していたのによく自力で突破したものダ」
見事自分の力でぬいぐるみを見つけ出してみせた彼女にピエロは笑みを浮かべる。
わかりにくい床下へ隠しておいたのだが、彼女はちゃんとそれを見つけ出してみせたのだ。
「どうやらあの子はちゃんと期待には応えてくれそうダ。ククク」
満足そうに笑って彼はモニター画面の映像を見つめる。
コテージの各地点には複数の監視カメラが設置されており、適宜映像で状況が把握できるようになっていた。
そのため館内を歩く歩美の様子もほぼリアルタイムで見る事が出来、彼女の行動を監視下に置く事が出来る。
「あのまま階段を下に降りてきたらまた罠にかけてやるつもりだったガ。感が効いたのか上手く回避したナ。ふふふ」
あの階段は歩美が不安視した通り、またスロープ変化の仕掛けが施されていた。
あのまま下へ降りていっていたらピエロはそれを作動させるつもりだったらしい。
危ない所で彼女は難を逃れていた。
「さ、次の部屋はすぐダ。また楽しませてくれヨ」
廊下の先へと進む彼女を見て、ピエロは不敵に笑う。
その彼の背後には、3人の子供達が柱に縛られてくくりつけられていた。
光彦、哀、コナンである。
彼らは目を閉じて眠っているようだ。
「……なあ、起きてるんだろ」
ピエロが気付かないほどの小声で、コナンが呟いた。
「………あら、あなたもそうだったのかしら」
「ああ、俺が簡単に眠らされるわけねえだろ?まあ光彦は寝ちまってるみたいだけどな」
コナン、哀は目を閉じつつも会話をかわしている。
光彦だけはぐっすりと眠りこけているようだ。
「あの料理、何となくやべえ感じがしたからな。念のため博士から事前にもらってた睡眠防止薬を一緒に飲んどいてよかったぜ」
「あなた、いつの間にそんな物博士からもらってたの?」
「そういうおめーも同じ物を飲んでたんじゃねーのか?」
「……まあね。私も嫌な予感がしたから一応食事と一緒に隙を見て飲んでおいたわ」
彼らは博士から特殊な薬をもらっていた。
それは睡眠防止薬というものだ。
もし何かの折に黒の組織に出くわして、彼らに睡眠薬を盛られた場合、そのまま眠ってしまえば危険な状況に陥ってしまう。
それを未然に防ぐため、睡眠薬の効果を打ち消す作用のある錠剤を博士に作ってもらっていたのだ。
もちろんいつも飲んでいるわけではないが、危険を感じたら彼らはそれを飲むようにしている。
「でその睡眠防止薬が見事に役に立ったわけだ」
「寝たふりをしている私達に気付かず、彼らは上手く嵌めたつもりでいるみたいね」
2人は寝たふりをしているだけで、しっかりと起きていた。
ピエロ達はまだその事に気付いていない。
「ところで……あいつら、さっきから歩美ちゃんに何か問題を出して解かせてるみてーだが」
「ええ、女子の吉田さん1人を標的にするなんて。看過できないわね」
2人はピエロが定期的にここのモニター画面で歩美の映像を監視しているらしい事を把握している。
犯人の意図まではわからないが、何故か歩美1人に面倒な事をさせているようだ。
「ヒヒヒ、さてこいつらはちゃんと眠ってるかナ」
ピエロがこちらへとやってきて状況を確認しに来た。
彼は適宜こうして眠らせた子供達の状況確認をしに来ている。
「…………」
「…………」
コナン達は何食わぬ顔でまた寝たふりに戻った。
まるで本当に眠っているかのように寝息を立てるふりをして。
「よし、ぐっすりと眠っているようダ」
彼らがすやすやと眠っていると思ったピエロは満足気に頷いた。
しかし、2人はしっかりと起きていたのであった。