最初の部屋を出た歩美は、先に伸びる廊下を奥へと進んでいた。
廊下は薄暗く、見通しが悪い。
壁には一応常夜灯が点いてはいるが、光度はかなり抑えられていて最低限の明るさである。
まるでお化け屋敷の中を不安の中で歩いているような、そんな不穏さを彼女は感じていた。
「怖い……でも、頑張るんだもん」
恐怖を感じつつ、それでも彼女は歩を進める。
自分が何とかしなければコナンや哀達の命が危ない。
大事な仲間達を助け出せるのは自分の頑張りにかかっているのだ。
歩美は意を決っして廊下の先に向かっていく。皆を助けるために。
「あ……あそこ、灯りが点いてる」
ふと、彼女は先の壁に扉が1つあるのを見つけた。
そこからは隙間光が漏れており、中は灯りが点いているのがわかる。
「だ、誰かいる……!?」
ピエロの存在を意識し、歩美に緊張が走る。
まさかこちらを待ち構えているのではと彼女は不安になった。
問題を出して答えさせるという話だったが、それは嘘で自分を捕まえるつもりなのかもしれない。
彼女は扉に耳を押し当てて中の様子を伺ってみる。
すると、何やらピコピコという電子音がした。
「この音は……?」
ゲームチックなデジタル音が耳に聞こえ、彼女は気になった。
とりあえず、慎重に少し扉をあけてみることにする。
『ガチャリ』
ドアに鍵はかかっておらず、普通にあける事が出来た。
歩美はおそるおそる僅かに開けたドアの隙間から中をのぞいてみる。
すると、部屋の中はかなり明るかった。
LEDライトとおぼしき多くの電球が部屋全体を照らし出している。外の薄暗さとは正反対だ。
「ここは……?」
彼女が部屋の中に足を踏み入れると、目の前にいくつかのゲーム機が見えた。
UFOキャッチャーや対戦格闘ゲームの機械が設置されている。
ダンスゲームのような機械もあり、床のタイルがピカピカと光っていた。
「うわ~っ!ゲーム機が一杯ある!」
歩美は眼前に広がるゲーム機の所へ駆け寄る。
まさかこんなコテージに"ゲームセンター"のような所があるなどとは思わなかったのだ。
彼女がまず向かったのは、UFOキャッチャーの筐体である。
大型のゲージの中には景品の山が広がっていた。
それらはぬいぐるみであり、愛らしいテディベアが様々な表情で形作られている。
「かわいい」
ガラスウィンドウに両手をぴとりと当てて、歩美はそれらに見入った。
彼女はそういうものに目がないため、つい意識を奪われてしまう。
このゲームをプレイするにはいくらいるんだろう……?と彼女はコインの投入口を見てみた。
すると【¥500】と書かれている。
「えーっ、1回500円もするんだ」
UFOキャッチャーにしては値段が高く、彼女はげんなりする。
小学生にとって1回500円は安くなく、数回もすれば財布の中が空になってしまうだろう。
これではやりたくても手を出せそうにない。
「はぁー……折角遊びたかったのに」
「ふフ、ならコインをあげようカ」
「!」
不意に左横から声がし、彼女はばっと振り返った。
するとそこにはいつの間にか人が座っていた。
ピエロの仮面を被った、何者かが。
「あ、ぁ゛、、!」
「ご機嫌ヨウ。吉田歩美クン」
軽やかに挨拶をしてくるピエロ。
突然のピエロの登場に、歩美は面食らう。
彼はほとんど彼女の真横に座っていたのだが、しかし歩美は気付けなかった。
全く気配を感じかったからだ。
驚きのあまり、彼女は声が裏返ってしまう。
「ぁ゛……!ピ、ピエロ゛、、!」
「くく、ロレツが回っテナイ」
肩を飛び上がらせて後退する彼女にピエロが微笑ましく笑う。
「ど、どうして私の居場所が……!?」
「君の居場所を把握してタわけじゃナイサ。ボクはずっとここで待ってイタんだヨ。キミをネ」
仮面ごしにピエロが笑みを浮かべる。
声を聞く限りこのピエロは男のようだ。体格や背丈を見るに、大学生~青年くらいだろうか。
「まずは座りなヨ」
「……!」
ピエロが自分の横の席を指差す。
「………」
「立ってるとしんどいデショ?」
「っ……じゃ、じゃあ」
ピエロは彼女の事を気遣ってくれているようだ。
警戒しつつも、ひとまず歩美はピエロの言う事に従う。
ためらいがちに彼女はピエロの隣の席に腰を下ろした。
「うん、いい子ダネ」
「あ……コ、コナン君や哀ちゃん達はどうしたの……!」
歩美は他の少年探偵団の事を思い出し、ピエロに問いただす。
「コナン君に哀チャン?……ああ、キミのお仲間の事ダネ」
「皆は無事なの…!?」
「安心シナよ。全員無事サ」
彼が言うには、今のところコナン達4人は命に別状はないらしい。
薬でぐっすりと眠っているとのこと。
「よ、よかった……」
「さっき別のピエロがメールした通リ、キミがボクらの出す各条件をクリアするごとに、彼らを1人ずつ解放しよう」
「……!」
ピエロの言う事に、歩美は慌てて質問する。
「わ、私がピエロさん達の出す問題に答えられれば、皆を解放してくれるんだね……?」
「ソウダヨ。嘘はツカナイ。ヤクソクシヨウ」
ピエロは歩美の問いに頷いて答える。
「ただし、ボクらが出すのは"問題"だけとは限らないガネ」
「え……?」
「何か別のお題ノ場合モあるヨ」
小首を傾げて?を浮かべる歩美にピエロが説明してやる。
「例えば、今からボクがするのハ遊びダネ」
「遊び?」
「見た通りここはゲームの部屋サ。部屋中に色んなゲーム機があるダロウ?」
彼に言われて歩美は部屋の中を見渡してみた。
確かに部屋の各所に様々なゲーム機が置かれている。
この部屋は普通のコテージの部屋と比べて面積が大きく、その分さながらゲームセンターの様相を呈していた。
「この部屋、何だかゲームセンターみたい」
「ソウダネ。ゲームセンターをモチーフにして作っタカラ、その通りサ」
「それで、このお部屋で遊びって何をするの?」
「ゲームセンターでやる事と言えば1つ。ゲームさ」
ピエロはコインを1枚ポケットから取り出して言う。
彼の手には500円硬貨が握られていた。
「まさか、UFOキャッチャーで勝負?」
「このゲームだけじゃないケド、まずはそうダネ。最初はUFOキャッチャーで対決といこうカ」
彼は立ち上がり、傍にあったホワイトボードにペンでメモを書いていく。
「色んなゲームを合計3種類遊んで、勝ち数の多い方ヲ勝者トシヨウ」
「色んなゲームを?」
「ソウ。例えば、最初にUFOキャッチャーで勝負スルと、それでゲーム1種類にカウントダ」
ピエロのルール説明によると、様々なゲームを遊んで対決するらしい。
3種類ゲームを遊び終わった時点で勝ち数の多い者をWINNERとする。
「ワカッタかい?」
「うん、3つのゲームを終わった時点でたくさん勝ってる方が勝ちだね!」
「ソウ。単純明快サ」
楽しげに笑ってピエロが言う。
歩美も連れて微笑んだが、先程のメールを思い出して顔がひきつった。
「ぁ……も、もし私が負けちゃったら?」
「うん?もちろん"さっきメールで書いた通り"サ」
「……!」
ゴクリ!と歩美の喉元を唾が通り抜ける。
一気に彼女の両肩がこわばった。
「み、皆殺されちゃう……!」
「ふフ、ちゃんと覚えてイルようだネ」
「…………」
途端に恐怖が歩美の身体を襲う。
ガクガクと彼女の両足が震え始めた。
「……くく、でもセッカクのゲームセンターだしネ。怖がって遊ぶのは勿体なイ」
「え……?」
ピエロが含み顔で微笑む。
仮面の下での話なので歩美にはわからないが。
「今回は特別ダ。もしキミが負けても仲間を殺スのはナシにシテあげよう」
「ほ……ほんと?」
「アア」
負けてもコナン達は殺されなくて済む。そう聞いて歩美の顔がほころぶ。
「それなら…安心かも」
「ふフ。そうダネ。そしテキミが勝てバ彼らの居る場所の情報ヲ与えヨウ」
「ほんとう?」
パアッと彼女の顔が笑顔になる。
「やったあ!それなら楽しんでゲーム出来そう」
「くく、だが流石に負けて何もペナルティなしじゃ甘すぎるナ。もしキミが負けタラ罰ゲームハ受けてモラおうカナ」
「ば、罰ゲーム…!?」
ビクリ!と歩美の肩が跳ねる。
ピエロは怖がる歩美の様子にまた微笑ましく笑った。
「くふフ、なあ二、簡単ナモノさ。お尻ペンペンダネ」
「え……?」
彼が傍にあったクッションを軽くポンポンと叩いた。
弾みでクッションがバウンドする。
「お、お尻ペンペン?」
「ソウダヨ」
「………」
歩美は想像してみる。
悪いことをした時にお仕置きとしてやられるあれである。
もしこのピエロさんにやられたら……おそらくかなりの強さで叩かれるはずだ。
そうなると相当痛いだろう。
「ヒッ……!」
「ふふ、どうカナ」
歩美の顔がまた恐怖にひきつり、ピエロは楽しげに笑った。
さっきから彼女の表情が色々変わるので、彼は見ているだけで面白い。
「こ、怖いけどやるもん!勝てば皆の居場所がわかって皆を助けるのに近づくんだから」
「ふふ、そうカ。流石キミは勇敢ダネ。素晴らしいヨ」
ビビっても逃げずにトライする彼女にピエロは満足する。
か弱そうに見えて彼女のこういう所が彼らは大好きなのだ。
「ああ、ちなみにその罰ゲームは最初のUFOキャッチャーで負けた場合だカラネ」
「え?ど、どういうこと…?」
「3種類のゲームそれぞれに負けた場合の罰ゲームがあるという事サ」
「……!そ、そうなんだ、、、」
罰ゲームはゲーム毎にあるらしい。
勝つには3種類のゲームを遊び終えた時点で勝ち越していなければならないが、罰ゲームは1回負けただけでも受けないとならないのだ。
「それでもゲーム勝負ヲやるかイ?」
「も、もちろん…!皆を助けるためだから!」
「クク、ソウカ。その心意気、イイネ」
話を聞いても尚臆さない歩美の勇気にピエロが満足する。
推しの子の良い所が見れるとたまらなく嬉しいものらしい。
「じゃあ早速ゲームを始めヨウか」
ピエロがポケットの中に手を忍ばせて言った。
彼の手には500円硬貨が握られている。
「まずはUFOキャッチャーからダネ」
「負けないもん!」
「ふふ」
ハーフガッツポーズで意気込む彼女の声に、仮面の下でピエロがほくそ笑んだ。
(くく……仕草がいちいち可愛い子ダネ全く)
愛らしい彼女に、しかし手加減するつもりのないピエロだった。
彼はルールを説明する。
「制限時間は10分。ぬいぐるみをより多く取れた方が勝ちダ」
「お金は……」
「問題ナイ。ボクが必要分出してあげヨウ」
とりあえずの分として歩美に20回分の硬貨が渡される。
マネー切れの心配はなくなりひとまず彼女はほっとした。
「断っておくケド、普通のクレーンゲームのように筐体によってクセがあったりハシナイヨ」
「爪が動かしにくかったりはしないってこと……?」
「ソウダ。客に不利になるような設定はしていナイ。だからスムーズに動かセテ楽しメル」
つまりは純粋な実力勝負という事である。
「わかった、なら大丈夫そう…!」
「ヨシ、じゃあ早速始めようか」
いよいよ二人のゲーム対決が始まる。彼女は意を決して1枚目のコインを投入した。
ウイイーン
ウイイーン
ウイイーン
ガチャ
キャッチャーがボタンで操作され、調度ぬいぐるみの真上で止まった。
そして爪が開くと、ゆっくりと降下して品物の傍まで降りてくる。
ぬいぐるみの両端から爪が折り込まれてがっちりとキャッチした。
「よし…!」
キャッチに成功して歩美が声を上げる。
だがまだキャッチしただけだ。
途中で品がこぼれ落ちないとも限らない。
彼女は緊張しつつクレーンの帰りを見守った。
ウイイーン
ウイイーン
カチャリ
心配は杞憂に終わり、クレーンは最後までぬいぐるみをこぼれ落とす事はなかった。
搬入口の真上で爪が開き、彼女は見事に品物をゲットする事に成功する。
「や、やったぁ!」
1つぬいぐるみを獲得し、歩美が歓喜の声を上げた。
「くく、まずは1つ目オメデトウ」
その様子を見ていたピエロが彼女を祝福する。
彼は自分のクレーンを操作しつつ、脇目で彼女のプレイを見ていた。
歩美がそちらに目を移すと、ピエロの動かすクレーンもぬいぐるみを1つキャッチしている。
ウイイーン
ウイイーン
カチャリ
「ヨシ、ゲットダネ」
ピエロもすぐさま1つを搬入口へと落とす事に成功した。
喜ぶ間もなく追いつかれ、歩美が焦り顔になる。
「く……!」
「ククク、負けナイヨ」
楽しげに言うピエロ。
歩美はすぐに切り替えて2つ目のぬいぐるみを狙いに次のコインを投入した。