ただ広いだけの部屋、ぽつんと置かれたドレッサー。そこは、今のこの屋敷の主たちを表したかのような部屋だった。
「桜色のワンポイントを入れても面白そうですね」
春ですし、と、スーツ姿の女性が呟いた。
しかしそれは自身に向けての言葉ではない。彼女の前、大きな鏡の前に座っているのは彼女の主である。
提案に反応して、主はゆっくりと首を横に振った。呼応するように、長く伸びた金の髪が揺れる。
「目立つものは避けます」
相変わらず抑揚のない声だった。
「お父様が何を求めているのかもまだ分かりませんので」
言いながら取り出したのは学生証だ。
如月幸、名前はそう書かれている。
「そんなに難しく考えなくても良いのではないでしょうか」
「そうはもいきません。わざわざこちらへ呼び寄せたぐらいです。何かはあるでしょう」
そりゃあ何かはあるんですが。執事を自負する女性は思う。しかし言葉に出すことはない。
何かはある。何もない訳はない。彼女は答えを知っている。
ただそれは、主の考えるものとは方向の全く違うものだった。
「秀知院学園──財閥との関係も深いです」
「そうですね。今代は四宮の直系が在校中だとか。学年は違うようですが」
あらかじめ校内の状況については調べ上げていた。その行為は主の父、今こうして学校へ通うこととなった原因からすれば喜ばしい行為ではなかったが、彼女も彼女でこの主を何もなしに放り出すのは不安だったのだ。
「関わることは避けます──まぁ、関わることはないでしょうが。これなら」
そう言って視線をまた落とした。その先にあるのは学生証、その名前の部分。
「ま、難しいことは考えるのをやめましょう。花の高校生活ですよ、青春青春!」
「そのような気分ではないのですが」
「またまた〜最初っからそれじゃあダメですよ」
女性は前に回って、主の両頬を、両手で包んだ。
目が合う。
こうして無理やりにでも合わせなければ、交わることのない視線が交差した。
光を反射して金の髪が煌めく。深い黒の瞳が揺れ、垂れ目ながら切れ長の目は不安そうに視線を逸らした。
雪のように白い肌にくっきりと浮かんだ唇。
少年がまだ幼い頃、お姫様のようだ、と、誰かが言った。年を経てその輝きは衰えることはない。
目の下に出来たクマだけは、メイクで隠したが。
「大丈夫、大丈夫」
優しく、ただ優しく語りかけた。
隠した不安を拭うために。
こんな時だけは、少年にとって揺り籠であろうこの屋敷が、鳥籠や監獄に彼女には思えるのだった。
そうしてこの春、少年は数日遅れで秀知院学園へと入学をすることとなった。
そろそろ原作のストックも溜まったので、続きを書こうかな!と自分が書いたものを読み返したら、書き直したくなりました。
前回と違って、ゆっくりと更新させて頂きますので、気長にお付き合い頂けると嬉しいです。
展開はほとんど変わらない予定です。加筆をそれなりにします。
よろしくお願いします。