彼方からの手紙   作:冴月

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 異世界だなんて、絶対にはない。香澄はそう、密かに考えていた。

 SFとか、ファンタジーとか。小説とかそういったもので良く現れるようなパラレルワールドとか、別世界だとか言うものは、絶対的に現実では起こりえない事象であり、非日常だ。

 "八月のif"みたいにもしかしても歌う時はあったけど、それが同時に存在している迄は考えていなかった。

 現実を準えて作られているものも多いが、そのどれもが実際には起こりえない。作者や、筆者が練り上げた世界の法則に従って動いていく。そのどれもは、大概の場合、香澄のいる現実では起こりえない。小学校の高学年くらいから、少年少女たちはその現実に向き合う事になる。

 

 ……そういえば、最近有咲やりみがハマっているというファンタジーの小説では、異世界に転生するものが多かったっけ。りみと有咲が小説の貸し借りをしていて、ちょっとだけ興味が出た香澄も見せてもらう事もあった。

 こういう、アニメ本とか、映画もそうだ。小さい頃はよく、妹の明日香と共に少女が変身して戦うような少女戦隊というものや、男の子が見るような仮面のライダー。5色の戦隊ヒーローや、巨人になって戦うようなやつも見たりしていた。

 

 ーー確かに楽しそうだけど、本当にこういったことはあるのだろうか? ましてや、完全に非日常な世界なんて、存在するのだろうか……。

 そんな簡単な感想を有咲に呟き、「そういうことじゃなくて。本当にあるとかないとか、あんまり考えないものだぞ」と言われたのは記憶に新しい。高校に入り、バンドやライブ等の現実にときめきを覚えていた香澄だから、呟いている事だった。バンドとか演奏とかをしていて感じるキラキラドキドキとは、また違う感情。ありもしない空想の出来事に浸り、それを追体験する事で得られる高揚感は、香澄にとって新しかった。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……そんな風に考えてしまう、現代文の授業だった。ただひたすらに眠気を誘う太陽の陽気と、教師の低い声。黒板にコツコツと板書を書くチョークの音が、リズム良くて気持ちいい。だけど、授業の内容はちょっとだけ退屈だった。

 机の中を漁り、有咲が新しく貸してくれた小説(ライトノベル、というらしい)を開いてみる。教科書を立てて中身を読んでいる振りをして、その裏に小説を隠す。はるか昔から伝承されている、授業中のサボり方だ。

 その本の中で、ひとつのシーンが綴られている。

 

 ーー彼女は、人の目を見ることが出来なかった。小さい頃あった経験が原因で、話すことすらままならなかった。

 だから、机の木目だけを眺めていた。癒されるその木目を見ながら、何気なく問いかけの言葉を書入れていた。

 すると、とても凄いことが起きた。誰かからか、返信が帰ってきていたのだ。大切な、小さな小さなメッセージ。そのやり取りが、とても楽しくて、たのしそうで。かけがえなく、運命のような、偶然のような……。

 

「戸山……。戸山!」

「……ひゃい!?」

 

 大きな音を立てながら、ついつい立ち上がる。硬い椅子の足と、教室の堅い木の床がぶつかりあった。

 視線が香澄に集まるのを感じた。が、別に大した問題は無い。どこからかは分からないが、ため息をはいている音も聞こえた。

 座席表を手に、香澄を睨む教師と目が合う。香澄は、当てられたのだとやっと理解した。

 

「戸山、次の所を読んでみろ」

「はい! えっと……」

 

 当然ながら、授業を聞いていなかった香澄はどこからか分からない。教科書の頭から端まで目を通すものの、当然分からなかった。

 どうしよう、正直に言おうか……とか。でも、小言を言われるのはなー……とか。そんなことを考えていると、

 

「……香澄、88ページの3行目からだ」

「! えっと。大切なのは意志と勇気。それだけでね、大抵のことは……」

 

 隣からかかる小さな助言。それによって、香澄はなんとか続きを読むとができた。

 ほっと胸を撫で下ろす。安心して席に座った後に、香澄は隣の助言者に声をかけた。

 

「有咲、ありがとね」

「ああ。別にいいけど、授業くらいちゃんと聞いとけよなー」

「ちゃんと分かってるってー」

「……ほんとに分かってるのか?」

 

 金髪で、ツインテールを若干巻いている少女、市ヶ谷有咲。彼女は、顔こそ前を向いていたものの、視線だけをこちらに寄越していた。香澄の分かっているのか分かっていないのか、その微妙な反応に有咲はため息を着く。

 まぁ、いいか……。と言った感じで、有咲の視線は板書へと向いた。解説はちょうど、香澄が読んだところについてだった。真剣に板書を睨む有咲の横顔を見て、ちょっかいをかけたくなる。が、怒られるのでやめておく。

 香澄はまた、暇をもて余すことになった。ぼんやりと窓の向こうの、青い空を流れる雲を眺めた。

 モコモコと、ふわふわと浮かぶ雲。隙間を縫うように飛んでいく鳥。燦々と照らしてくるが、暖かい陽気で包んでくれる太陽。たまに、グラウンドで授業をしている教師の声が聞こえてくる。座学よりも、体を動かすタイプの香澄は、一層退屈に思えた。

 持て余す香澄は、中断された本を読む気にもなれなかった。こういった物語を読む時は、一気に見てしまうのが良い気がしていたからだ。

 

 ーーそうだ。この小説みたいに、私も書いてみようかな。

 

 シャーペンを取り出す。ペンの後ろを少しだけノックして、シャーペンの芯を出す。いざ書こう……と思ったが、何を書けばいいのか分からない。というか、何を書いたって返信なんて返ってくるわけがないことに香澄は分かっていた。この花咲川女子学園は定時制なんて存在しないし、移動教室では香澄の席は使われにくい。

 だったら、何を書こう……。

 多分、書くならきっと私らしい言葉がいい。この後、私が卒業した時。この書いた事を誰が見るかも分からないし、ずっとずーっと後に残っていくかもしれない。私の知らない所で、もっと後に返信が来るかもしれない。

 そう思うと、香澄はドキドキしてきた。ワクワクしてきた。決して私が知ることは無いけれど、確かに私の届けたいことが伝わるのだから。

 長くは書けない。バレたら消されるかもしれないし、そもそもそんなに長く書けるスペースがない。

 それなら。

 

ーーねぇ、聞こえる?

 

 それは、香澄の大切なものも添えていた。香澄の大切な、メンバー達の数だけ星を添えておく。

 

「……じゃあ、今日はここまで。明日は続きからやるからな」

 

 教師は、教科書を閉じて教室から出ていった。黒板を消す係の生徒が2人、席を立って黒板を消していく。

 大きく腕を振りながら白い文字が、消えていく。黒板消しでなぞった所から、白から黒へと戻っていく。

 こんな感じで、私の机に書いた言葉も、消えちゃうのかななんて、香澄は思ってしまった。

 

「おーい、香澄。次体育だぞー」

 

 見ると、有咲が体育着を持って教室の入口に居た。置いていかれる訳にはいかない。香澄は、「ちょっと待ってよー!」と、急いで席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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