Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第101話 クーク 到着

 アンコウたちと山賊どもの先遣部隊との戦闘は終結した。今、アンコウたちがいる周囲で立っているのはアンコウ一味の者ばかり。

 

(九割方は殺ったが、あとは逃げたな)

 

 アンコウは周囲に転がる死体を見渡している。しかし、その死体の中には少なくない数のアンコウ一味の者も含まれていた。

 

(まぁ、仕方がないな)

 

 アンコウの表情には、怒りも悲しみも浮かんでいない。

 アンコウは、自分たちが押している戦況のまま、敵味方入り乱れる混戦になった時点で勝ちを確信した。実際に一部逃亡を許してしまったが、敵先遣部隊は壊滅したと言ってよい。

 

 ただ、混戦になったがために、アンコウ側の普通人兵が敵ダークエルフ兵と()り合う機会も当然生じ、そうなれば普通人兵は次々に黒耳長兵に倒されていった。

 

(戦争だからな、弱兵は死ぬのさ)

「十分役に立った。こいつらも……」

 

 敵味方の幾体もの死体を見つめながら、アンコウは思いを巡らしている。

 しかし、現在は未だに危地の真っ只中、いつまでもそんな物思いに(ふけ)っている余裕はない。

 

「大将、これからどうする」

 近づいてきたダッジが、アンコウに尋ねる。

「どうもこうもない。今まで以上にぶっ飛ばして、クークを目指すだけだ」

 

 70ばかりの敵を()ふっても、山賊どもの総数が、約二千いる状況に変わりはない。

 逃げることに成功した敵先遣部隊の生き残りが本隊に戻れば、緒戦(しょせん)の敗北を知った二千の軍勢が本気で追撃してくるかもしれない。

 

「なぁ、大将」

「何だ、ダッジ」

 

「こっちから奇襲をかけるってのはどうだ。山賊なんてのは、そもそも統率や規律なんてものとは縁が薄い。連中は、そんな山賊どものさらに寄せ集めだ。今戦った連中のなかには、抗魔の力を持っている人間や獣人はいなかったし、ダークエルフもそんなに残ってるとは思えねぇ。

 森を移動して、奴らの本陣に一撃を加える。完全に不意をつけば、あんたとカルミがいれば不可能じゃねぇと思う。そのあとすぐに、また森に入ってクークに走ればいい」

 

 アンコウは、ダッジの顔をじっと見ている。

(………何言ってんだ、こいつ)

 

「十分やれる目はある。山賊相手に逃げるだけってぇのは領主としてもカッコがつかねぇだろう」

 

 いま戦ったところだろうが とアンコウは思う。

 この山賊面は、そんなに戦闘狂の類いだったか と考える。

 

(………グローソンに毒されたか……いや……)

 アンコウは、ああ、そうか と思い当たった。アンコウはまだ、じっとダッジの顔を見ている。

 

 アンコウは目の前にいる(いか)つい男が元騎士で、現在進行形で騎士に恋い焦がれる夢見る中年オヤジであることを思い出した。

 

「……山賊ごときに逃げるのは騎士の恥ってか?ダッジよ」

「チッ!そ、そんなんじゃねぇ」

 ダッジの表情がなんとも言えないものに変わる。

 ダッジを見るアンコウの目が、少し鋭いものに変わった。

 

「俺に騎士道精神なんか、これっぽっちも期待するなよダッジ。

 なぁ、仮にその奇襲とやらが成功したとして、俺に何の得がある?命懸けで敵の本陣に討ち入って、一撃加えても、どう考えても壊滅させることはできない。

 で、そのまま森の中に逃げ込んだら手ブラじゃねぇか。騎士の誉れじゃあ、腹は膨れないだろ?そんなもんは他所に行ってからやってくれ。

 ……見ろよ、この連中をよぉ」

 

 アンコウは地に倒れている味方の死体を顎で示した。

 

「こいつらが先払いしてくれた命を何に使うかって話だ。俺はクークに逃げるために使う。クークで、山賊の本隊を迎え撃つつもりではいるけどな。万が一負けそうなら、クークからも逃げるぜ。

 ダッジ。迷宮に潜っていたときのお前なら、リスクがデカいだけで、たいしたお宝も期待できないような戦いは避けていただろうが。俺の下についている内は冒険者のままでいろ。騎士に戻るのは次の主君に鞍替えしてからにしてくれ」

 

 けんもほろろにそう言われて、ダッジは地面に転がっている死体をあらためて見渡す。

 

「……ふ、ふっわっはっはっ……確かにな……了解だ、主殿」

 ダッジはそう言うと、アンコウに背中を向けて離れていった。

 

 

 そして、ダッジと入れ替わるようにアンコウの前にやって来たのは、グローソン公から借り受けている行政官の一人。

 

「アンコウ様、敵の本隊が現れる前に、早くここを離れましょう」

 

 その男は、馬に跨がりながら話しかけている。そして、男が乗る馬の後ろ足は、戦いで死んだ味方の兵士の亡骸を踏みつけにしていた。

(…………寄せ集めの烏合の衆ってのは、こっちも大差はないからな……)

 

 アンコウは無言のままため息をつきながらも動き出し、乗り手のいなくなった誰かの馬の背に飛び乗った。

ブヒヒンッと、馬が(いなな)く。

 

「………テレサっ、カルミっ、ホルガっ、行くぞっ!」

 アンコウは先頭をきって、再び馬を走らせ始めた。

 

 

 テレサ、カルミ、ホルガの三人が、ぴったりアンコウについてくる。

 さらにその後ろには、いつの間にか形成されたダッジとモスカルの部下たちが率いる二つのグループがつづく。

 

「チッ!」

 アンコウは馬を走らせながら、盛大な舌打ちをする。

(嫌だ、嫌だ。こんなちっぽけな集団でも、派閥モドキができやがる。いっそ奴隷と少年兵だけで、親衛隊でもつくるかぁ………それも面倒だな)

 

 アンコウは、領主たる自分の責任は完全に棚にあげて心の内で嘆く。

 そしてアンコウたちは、クーク目指して一路(いちろ)馬を駈りつづけた。

 

 

 

 

「アンコウっ、あれがクーク?」

「ああ、みたいだな」

 

 馬を止めることなく、アンコウがカルミに答える。アンコウたちの前方、山に囲まれた小高い丘陵地の上に造られた防壁が見えていた。

 走る馬の速度を落とすことなく、アンコウは、ちらりと後ろを振り返る。

 

(……追いつかれなかったか)

 同じ道を進んできているはずの北山(ほくざん)山賊の本隊は見えない。敵の先遣部隊と衝突してからここまで一度も山賊どもの姿は見ていなかった。

 

(いい方に転んだみたいだな)

 撃破した敵先遣部隊の中には、生きて逃げおおせた者もいる。当然、緒戦(しょせん)の敗退は山賊本隊にも伝わっているはずだ。

 

(これまで以上に追撃の手が強くなる危険性もあったけど、ダークエルフ込みの部隊があれだけ、あっさりやられたんだ。連中慎重になったのかもな)

 

 アンコウはそれ以上無駄口を利くことなく、視界に入ってきた町に向かって、さらに馬足を早めた。

 

「ハアッ!」

ヒヒンッ!

 ドドドドーーッ !!!

 

 

――――

 

 

 アンコウの眼前に、防壁の門がある。クークの町の規模は大きくない。

 

(なるほどな。町の規模のわりには、しっかりした外壁を築いている。町の立地自体も籠城するのに悪くはない)

 

 アンコウらが門壁にむかって、開門を叫ぼうとしたとき、

ギギギイィィイ っと、軋み音を響かせながら門がゆっくりと開いていった。

 

 そしてアンコウは、その開いた門の内側へと、馬を進めていく。

 

 門の内側には、ズラリと出迎えの者たちが並んでいた。その多くが武装しており、町に迫りつつある山賊どもを迎え撃つ準備はできているようだ。

 

(山賊どもは、不意打ちの形で町を襲いたかったんだろうが、それはいずれにせよ失敗していたみたいだな)

 

「アンコウ様、ご無事でしたか」

 まず、アンコウの前に進み出て来たのは、使者として、ひと足先にクークに入っていたモスカルだ。

「ああ、ご苦労だったな。モスカル」

 

 モスカルに労いの言葉をかけながら、少し後ろに控えている壮年の男をアンコウは見た。

(あの男が、太守のメルソンか)

 

 再びモスカルに視線を戻し、声量を抑えて尋ねる。

「もう知ってるだろうが、途中で賊に襲われた」

「はい。援兵を出立させようとしていたところでした」

「その時、メルソンの子供たちやナグバルたちを乗せた馬車が先に逃げて、今もいっしょには来ていないんだ」

「ご心配なく、メルソン殿の御家族やナグバルを乗せた馬車なら、ほんの少し前にこちらに到着しています」

「……そうか」

 

 ナグバルはともかく、メルソンの家族に何かあった時は、メルソンとの関係が間違いなくややこしくなると思っていたアンコウは、それを聞いて ほっとする。

 

 

「御領主様、ようこそおいでくださいました。お初にお目にかかります。クーク太守を仰せつかっております。メルソンでございます」

 

 鎧兜を身にまとった中肉中背の男がそう言うと、アンコウのほうへと進み出て、ひざを折った。

 

(……この男も、どっちかっていうと、武人肌っぽい雰囲気がするなぁ)と、アンコウ。

 

 メルソンの鎧兜は、きれいに磨きあげられており、腰の剣もただの飾りというわけではないようだ。その面構(つらがま)えも、上品さがあるものの、なかなかに精悍(せいかん)である。

 

 モスカルが、さらにアンコウのほうに顔を近づけてきて、

「……アンコウ殿。少なくとも、この男がナグバルに(くみ)する心配はないかと思います」

 と、(ささやく)くように言った。

 

 元々、ナグバルに疎まれて、この北部のクーク太守の役職に実質的に左遷されたメルソンである。

 ナグバルに対して、反感こそあれ忠義などない。子供たちが手元に戻ってきたのなら尚更だ。

 

「……そうか」

 

 アンコウは、さらに一歩二歩と、跪くメルソンに近づいていく。

 

「いまは挨拶はそのぐらいで十分だ。聞いているだろうが、二千の山賊どもが近づいている。備えのほうはどうなんだ、メルソン」

「はっ!準備は整っておりまする。このメルソン、山賊の領袖(りょうしゅう)どもの首をとり、忠義の証といたしましょう!」

 

「……まぁ、とりかえず、現状の確認をしてから、このあとの対応を決めたい。時間はないが、急いで主だった者たちを集めてくれ」

「はいっ、承知いたしましたっ」

 

 

 

 

 防壁の比較的近くにある兵舎の一室に仮の司令部を設け、アンコウたちは互いの状況説明と情報交換を行った。

 

「おお、それでは敵のダークエルフを40人近くすでに撃ち取ったと」

 

 メルソンの驚きの声に続き、クーク側の在来の者たちから、オオッと、感嘆の声が上がる。

 

 たとえ数が自分達より多いといえども、寄せ集めの山賊団など恐るに足らぬとばかりの風情(ふぜい)のメルソンであったが、精霊法術を使うダークエルフ部隊だけはかなり危険視していたようだ。

 

「山賊どもの人間、獣人の中で、抗魔の力を保持する者は極めて小数です。北山(ほくざん)のような生きるにも難渋(なんじゅう)する土地に力ある者が留まり続ける理由などありませんからな。

 ただ偏屈者のダークエルフたちは別です。あの者たちは、自分達だけで集落を作り、定住することが許されている土地が限られておりますゆえ、集落をつくるなら、自然北山のような僻地になります。

 きゃつらの集落が、先般の山津波が原因で人間獣人の山賊どもに手を貸しているということは聞き及んでおりましたが、それでも百を越えるような人数を山賊どもに同行させている可能性は、これまでの経験からいってもかなり低いでしょう。

 とすれば、この町に攻撃を仕掛ける前に40ものダークエルフ兵を失ったことは、連中にとって間違いなく、かなりの痛手になっているでしょうし、連中の進軍速度が落ちているのも、それが一因かと思われます」

 

「なるほど」

 

 アンコウはメルソンの話を聞くにつれ、少々感心していた。ハリュートで、ナグバルやその取り巻きどもの相手をしばらくしていたせいもあって、

(ちゃんと仕事してるよな、このメルソンって男は)と、余計に思ってしまう。

 

 事前に聞いていたとおり、町の防壁はしっかり強化補修されており、守りを固める兵の士気も高かった。また、町の周辺部に住む農民の防壁内への収容も手際よく行われており、それらの兵や民がしばらく食べるだけの食糧の蓄えもある。

 

 町の住人や農民たちが積極的に町の防衛準備に手を貸している姿などは、ハリュートではあり得ないだろうなと、アンコウは思ってしまう。

 

(……くそっ、メルソンがコールマルの筆頭執政官だったらな。ハリュートで、そのままダラダラと過ごせたかもしれないのにっ)

 と、思わず考えてしまうものの、この手の一本気(いっぽんぎ)で真面目な男が権謀術数を用い、権力を掴みとるなどということは至難の技だろう。

(ったく、ままならないよなぁ)

 

 

 アンコウたちがクークに入ってから一刻以上の時間が過ぎても、山賊どもは姿をあらわしていない。

 そんな時、山賊どもがクーク近辺で進軍を一時停止しているとの偵察部隊からの情報が入った。

 

「……そうか。クークがすでに守りを完全に固めているってことに、やっと気づいたんだろ。それにメルソンが言うように、あのダークエルフ部隊に一撃を入れられたのが、本当に精神的に効いてるのかもしれないな」

 アンコウは地図を眺めながら、(ささやく)くようにつぶやいた。

 

(どうせなら、このまま北のお山に帰ってくれねぇかな)

 

 戦うことに消極的なアンコウに対して、

 

「御領主様っ、どうか私めに出陣の御命をっ」

「大将、俺たちも出るぜ」

 メルソンとダッジは、打って出る気のようだ。

 あきらかに、ここには積極的攻撃派のほうが多い。

 

「………なぁ、メルソン。山賊どもは食い詰めてるんだよな?」

 

「えっ、はい。先ほども申しましたが、北山の辺りは元々耕地が少ないのに加えて、ダークエルフの集落ほどではないにせよ、山賊どもの集落にも、かなり近頃の天候不順の悪影響が出ているとのことですので。

 やつらの襲撃の第一の目的は、今でも食糧の強奪にあると思われます」

 

「で、ついでに金と財宝と女も奪っていくか……。まっ、今回はあれだけの数の兵を集めてるんだ。クークを含めたこの辺り一帯の支配権も狙っている可能性も高いな」

 

「ならばこそっ!」

 メルソンが身を乗り出してくる。

 

「我が方の倍の兵数といえども、所詮は山賊。しかも、複数の山賊団を寄せ集めた烏合の衆です。自ら、あの堅牢な北山から這い出てきて早々、虎の子のダークエルフ部隊に打撃を受け、あきらかに進軍に迷いが出ている今が好機っ。

 電光石火で奴らに攻撃を仕掛け、身のほどを思い知らせてやりましょう!」

 

 これまで山賊どもには相当苦労させられてきたのだろう。メルソンは山賊どもに対する敵意を隠すことなく、攻撃を進言してくる。

 それを聞いて、我が意を得たりとばかりに、ダッジが頷いていた。

 

 その後も、次々と威勢のいい意見が飛び出してきた。そして、ひとしきり皆の意見が出終わったあとで、ただじっとそれらを聞いていたアンコウが口を開いた。

 

「………籠城する」と、一言のみ。

 

「えっ!?」

「御領主様っ」

「チッ!」

 

(……舌打ちはやめろよ、ダッジめ)

「これは決定事項だ。この場にいる者はもちろん、この町にいる者全員に従ってもらう。モスカル、メルソン。お前たち二人が中心になり、籠城の準備を進めてくれ」

 

 (しば)しの静寂(せいじゃく)が部屋を支配したあと、

 

「かしこまりました、アンコウ様。命に従い、これより籠城の準備に入ります」

 モスカルの低い声が響いた。

 

 それに従う形で、各々思うところはあっただろうが、メルソンやダッジもコールマル領主アンコウにむかって頭を下げた。

 

 

 

 

 夜、この世界の夜空の星々は、どの土地にいっても空を見上げた人の言葉を奪うほどの美しさがある。

 しかし、クークの防壁の上に立つ兵士たちは、天に輝く星ではなく、眼下に陣を構えた山賊どもの篝火(かがりび)を鋭い目つきで眺めていた。

 二千の山賊団は、日が沈みきる前にクーク眼前に姿を現していた。

 

 クーク中心部、太守の館。

 

「で、連中は一矢も放ってくることなく陣を張ったのか」

「はい、さようです。それと、ダッジとメルソン殿が、正面攻撃がダメなら夜討ちならどうかと申しておりましたが」

「夜討ちねぇ。成功しないとは思わないけど、今日はとりあえず、夜は寝るってことでいいんじゃないか?」

 

 ランタンの明かりが照らす部屋で話をしているのは、アンコウとモスカルだ。

 二人がいるのは、太守の館の客間の一室。

 本来なら領主のアンコウが、このクークを居住地に定めたのだから、この館が領主の館となるのだが、さすがに現在の状況ではそのような居住空間の環境整備に割く時間も労力もない。

 

「アンコウ殿は、何故籠城(なにゆえろうじょう)を選択なされたのですか?」

 

 アンコウが命じた籠城策に、アンコウの意を汲み周囲に先んじて従う意志を示したモスカルだが、少なからず疑問も感じていた。

 このモスカルという男も文官の普通人であるにも関わらず、グローソン公の配下らしく、なかなかに武闘派の一面も持っている。

 

「兵一千強。全兵をアンコウ殿が率い、カルミ殿ら力ある者たちを全面に押し出せば、あの程度の山賊二千なら、十分に勝機はあるのでは?」

「………逆だ。何であの程度の連中に、この有利な状況で、わざわざこっちからすぐに打って出ないといけないんだ?めんどくさい」

 アンコウは辟易(へきえき)とした表情を浮かべて言った。

 

 しっかりとした防壁。アンコウが戦ったダークエルフクラスの精霊法術なら十分に跳ね返すだけの強化煉瓦が使われている。

 合流したアンコウたちを合わせても、千を少しばかり超える程度の専属兵の数だが、クークにいた兵たちは、しっかりと組織だった動きができており、その練度はなかなかのもの。

 それに加えて、一般住民の戦闘経験者も自主的に協力参加して、補完部隊を形成しているという。思っていた以上にクークの戦争準備は整っていた。

 

「それになによりだ、山賊どもは食糧の持ち合わせが少ない。だろう?モスカル」

「はい。それは間違いないようです」

 

「この辺りの作物の収穫はすでにすんでいる。連中は、この町を落とさない限り、十分な食糧は得られない。ほっときゃ早晩、腹ペコパニックを起こすだろ。いや、連中は元からまとまりがないみたいだからな。腹ペコになる不安だけで、内側から崩れてくるかもしれない。

 とにかくだ、寝てりゃ勝てるかもしれないのに、何でわざわざ剣振りかざして突撃なんかしなけりゃならないんだ?俺はごめんだね。果報は寝て待てだよ、モスカル君」

 

 アンコウの性格をある程度理解しているモスカルは、アンコウらしい言葉だと思うが、一応重ねてアンコウに問うた。

 

「しかし、アンコウ殿。それならば、メルソン殿かダッジに兵を任せて攻撃させてはいかがですか。そのうえで、アンコウ殿は寝て待っていれば」

 

「………まぁ、それも悪くはないんだけどなぁ。しかしだ、一度の突撃攻撃でケリをつけたら、勝利のすべてがその突撃攻撃を指揮していた者の大功になるだろう。その褒賞はどうするんだ?

 なんで何もしなくも勝てそうなのに、部下に褒美をやるために戦わせなきゃならないんだ? って思うのは間違ってるかい?モスカル君」

 

 アンコウの口調は軽いが、間違いなく本音を言っている。

 モスカルは、だったらあなたが兵を率いて攻撃すればいいのでは と思ったが、同じ会話のやり取りを繰り返すだけになることはあきらかだったので、

 なるほど と言い、ただ(うなず)いてみせた。

 

「まっ、とにかく頼むよ。メルソンと二人で全体の監督を任せる。それに、俺はメルソンのことをまだよく知らない。今の状況では現場の指揮はある程度メルソンに任せざるを得ないが、一応メルソンの動向も監視しておいてくれ」

 

「承知しました。メルソン殿なら心配はいらないと思いますが、そのようにします」

 

 アンコウへの報告と、新たな指示を受けると、モスカルは現場へと帰っていった。

 

(大変だねー。下手したら、あれは朝まで、敵とにらめっこだ)

 アンコウは消えていったモスカルを思い、まるで他人事のように同情していた。

 

――――

 

 山地の夜の空気は冷える。そんななかでも、たいまつに火をともし、魔道具で明かりをつくり、モスカルやメルソンの指示の下、クークの兵や住民たちが必死に必要な作業を続けている。

 ダッジも、アンコウから借り受けたホルガと共に防壁の外に陣をはる山賊団の動きを睨みつけるように監視し続けていた。

 

――――

 

カチャカチャカチャ ゴクゴクゴク

 ものを咀嚼(そしゃく)し、何かを飲みこむ音がする。

 

 部屋の暖炉には、小さめの火がおこされ、部屋全体をちょうどよい温度に保っている。壁にはいくつもの魔具ランタンが掛けられており、十分な明るさを部屋全体に供給していた。

 

「ねぇ、アンコウ。このスープおいしいね」

 

「ああ、これはあれだな。いいバターと生クリームを使っているからだ。濃厚でコクがあるのに、全くしつこくない。

 きれいな水と新鮮な若草を十分に食べ、適度に穀物を与えられて育てられた八角赤牛から搾った新鮮な乳から作られた本物のバターと生クリームが使われているからこそ出せる味だ。

 それがまた、この角ウサギのモモ肉と実によく合っている」

 

「ほおー、バターと生クリームかー」

 

 カルミは、本当にわかっているのかどうかは謎だが、実においそうに、そのクリームスープを飲んでいる。

 

「ッパアー。おいしいねー、テレサ」

「え、ええ、そうね」

 

 この心地よい環境の部屋で食卓を囲んでいるのは、アンコウ、カルミ、テレサの三人だ。

 

 食卓の上には、その角ウサギのクリームスープの他にも料理が並べられている。

 何段にも重ね置かれた厚みのある真っ白いナンに、香草とキノコの炒めものや、色とりどりの新鮮な野菜が混ぜこまれたポテトサラダのようなものがボールいっぱいに。

 それに汁物がもう一種類、濃厚なクリームスープとは対照的なわずかに香草を散らしただけで、具は何も入っていない琥珀色(こはくいろ)の透きとおったスープが人数分置かれていた。

 

(……うまい。こっちの琥珀色のスープは、ものすごく複雑な味だ……)

 

ムムムと唸るアンコウ。

おいしい、おいしいと、次々に料理を頬張るカルミ。

 しかしテレサは、他の二人と違い複雑そうな顔をしている。

 

(……みんなまだ働いているのに)

 

 一緒に来た人たちも、クークの人たちも、町を守るために陽が沈んだ今も懸命に働いている。自分たちだけがこんなことをしていてもいいのかと、テレサは罪悪感を感じていた。

 

 アンコウは、

 『俺は領主だからいいんだ』と言っていた。

 『世の中こんなもんで、明日はどうなるかわからない。だから楽はできるときにしとくもんだ』とも言っていた。

 

(……たしかにそうなんだろうけど)

 

 それに、同じアンコウの奴隷であるホルガと自分を比べて聞くと、テレサとホルガとでは役目が違うと、あっさり言われてしまった。

 

「アンコウっ、このナンものすごくやわらかいっ」

「それは小麦のいいところだけを使っているからだ。それにこのナンは、特殊な焼き釜で作られているな。だからこそ出るやわらかさだ」

「おおー、特殊なやきがまかぁー……。ねえ、その釜、カルミにもつくれるかなあっ!」

「そんなことは知らん」

 

 だいぶんと食事が進んだ頃、執事服を着た男が新しい飲み物を小台車に乗せて部屋に入ってきた。

 アンコウとテレサの前には、新しいグラスに真っ赤なワインを注ぎ、カルミにはたっぷりと蜂蜜を溶かし込んだホットミルクを置く。

 

 そして、その執事は ピシリと姿勢をただすと、

「御領主様、このような粗末な御膳しかご用意できず、申し訳ございません」

 と、謝罪の言葉を口にし、深々と頭を下げた。

 

「あん……何が?太守に用意していた食事と同じものだって聞いたんだけどな」

 

 アンコウは、突然この屋敷にやって来て、突然食事を要求した。

 屋敷の者が御領主様に出せるような料理を作るには時間がかかるというと、アンコウが今あるものでかまわないと言ったため、太守に用意していた食事と同じものに少し手を加えたものを出すことになった。

 

 アンコウのイメージでは、太守という奴は毎日贅沢なものを食べている奴と同義である。そんな感覚のアンコウが、その食事を拒否する理由はない。

 

というような流れで、持ってこさせた料理を三人で食べていたのだが……。

 

「はい。確かにメルソン様にご用意していたものをベースにしてございますが、メルソン様は普段から我ら使用人とほとんど同じものを召し上がっておられるのです。それは、この料理をご覧になられて、すでにお気づきのことと思いますが……。

 本来なら慣例に従い、御領主様には八鮮百味の御膳をご用意しなければなりませんのに、このような粗末なものしかお出しできず、誠にもって申し訳ございませんっ」

 

 執事は再び深々と頭を下げた。どうやらマジで言っているようだ。

 

「……………。」

 どういう心情なのか、アンコウは無言。

 代わりに口を開いたのはカルミだ。

「ねえねえ、ひつじの人。これのおかわりある?」

 

 カルミがそう言いながら手に持っているのは、空になった角ウサギのクリームスープが入っていた器。

 

「は、はい。すぐにお持ちします」

 執事服の男は、後ろに控えているメイドの一人に、すぐさま指示を出した。

 

「ほんもののバターと生クリームを使ってるから、こんなにおいしいんだね、ひつじの人」

「は、はぁ、」

 

 確かに本物のバターと生クリームを使ってはいるが、それは庶民でも口にできる一般的なものであり、執事は戸惑う。

 

「きれいな水と草とコクモツを食べてる八角赤牛のバターと生クリームはすごいねっ」

「………い、いえ、このスープに使われているバターと生クリームは、ヤギの乳から作ったものですが、」

「おおー、そうなのかー。アンコウ、ヤギだってっ」

「………あ、ああ、その可能性もあるな」

「ねえ、ひつじの人、このナンもすごくやわらかくておいしいよっ」

「は、はい。ありがとうございます」

「とくしゅな釜で焼いてるから、こんなにやらこくなるんだねっ。その釜、カルミにも作れるかなぁ?」

「?つ、作れるかどうかはわかりませんが、この屋敷の釜は普通の釜ですが………」

「アンコウっ、ふつうの釜だってっ」

「カ、カルミ!」

「なに?」

「ホ、ホットミルクが冷めるぞっ。くだらないおしゃべりはやめて、早く飲みなさいっ」

「は~い」

 

 そのやり取りを聞いていたテレサが、

 「ぐふっ」 と、堪えきれずに噴き出した。

 

 アンコウは、そんなテレサのほうは見ずに、注がれたワインをあおる様に飲んだ。

(くくっ、執事めっ)

 アンコウの顔が赤いのは、酒のせいだけではないだろう。

 

 

「テレサ様、何か他のものをお持ちしましょうか?と申しましても、すぐにお持ちできるのは果物ぐらいしかないのですが」

 

 突然、執事に話しかけられたテレサは、

「えっ?」 と、驚く。

「あっ」 テレサは自分に出された料理が、アンコウやカルミに比べて、あまり減っていないことに気づく。

「い、いえ、まだ、これからいただきますら」

 

 そう言うとテレサは、目の前にあった角ウサギのクリームスープをほお張った。

 そんなテレサを横目で見ながら、アンコウはワインを飲みつづける。

 

 

(そうだ、俺たちはここで飯を食ってりゃいい。それだけで勝てる(いくさ)だ。

 ……だけど、戦いたがりがいっぱいいるからなぁ。多少ガス抜きは必要かぁ……メルソンたちの実力も一応確認しといたほうがいいだろうしな。

 あれは抗魔の力は持っているようだが、ダッジほどもない。だけど、将才はそこそこありそうだな)

 

 アンコウは明日以降の戦い方を、ワインの心地よい酔いが回ってきた頭で考えていた。

 

―――しかし、しばらくするとアンコウの頭から(いくさ)のことは消えてなくなる。その代わりに、

 

(………テレサのやつ、さっきはよくも笑いやがったな。後でいじめてやるぞ……うひひひ)

 

 ずいぶんとワインを飲んだアンコウは、いつのまにか酔いのまわってきた目でじっとテレサを見つめながら、いやらしく笑っていた。

 

 

 館の外では、ひんやりとしてきた夜の空気の中、汗まみれになりながら、多数の兵や住民たちが今も必死に働いている。

 

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