Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第110話 ゼバラ兄弟の諍い

 先ほどまで男と少女が一つ床についていた離れの間に、今は3人の男が板間のうえに腰を下ろしていた。

 敷かれていた寝具は部屋の隅に放り置かれ、少女レマーナはすでにこの部屋を後にしている。

 

「何だ、まだ尻が痛むのか?」

 

 眉間に深いシワを寄せているベジーに、用件を言い終えたアンコウが尋ねる。

 

「い、いえ。尻は大丈夫です………。そうじゃなくて、今、大将が言われたことなんですが、」

「ああ」

「……それは命令ですか」

 

 アンコウは、ベジーにこのロワナ領内で反乱が起きていること。

 昼間に村を襲った連中は反乱を起こした代官の弟であるグーシの兵隊であり、ロワナ領の代官マラウト=ゼバラを探していたこと。

 今後この付近で、さらに大きな戦闘に発展する可能性があることを説明した。

 

 そして、自分たちは直ちに、このハカチ村を出立し、再びツゥンツァイの森を抜けて、コールマル領側に戻るつもりであることを話した。

 

「命令じゃない。ただし、お前がどうしようと俺は帰る」

 

 ベジーは真剣な表情で、アンコウの言に(うなず)く。

 そして、

「そうですか……私は残ります」

 と、迷いのない顔つきで言った。

 アンコウは、ベジーを説得するようなそぶりは全く見せず、

「そうか」

 と、一言(ひとこと)だけ言うと同時に立ち上がった。

 

 しかし、アンコウが歩き出す前に、

「ちょっといいか」

 と、ベジーに声をかけたのはドルングだ。

 

「ベジー。お前が婚約者の娘のことを思い、クークに帰ることを拒否するのではないかということは、ここに来る前からアンコウ様も言っておられた。

 お前の気持ちもわかる。しかし、大きな(いくさ)に巻き込まれれば、お前もろとも、あの娘も命を落とすような状況にならないとは言えないだろう。ならば、あの娘を連れてこの村から逃げればいいんじゃないのか」

 

 ドルングは、娘を連れて一緒に逃げるという選択肢を自分のほうから示した。

 ベジーが仕官したすぐの頃から彼のことを知るドルングは、ベジーに対する情も厚く、彼をこの村に置いていくことに躊躇(ためら)いが大きいのだろう。

 

 一方、一応足は止めたもののアンコウは、ベジーがここに残りたいなら好きにすればいいと思っていたし、もし、力のない娘などに同道されれば、最悪足手まといになりかねないとすら考えていた。

 

 

 

「………ドルング隊長。今日殺された村人の中に、レマーナの父親もいたんです」

「……そうか」

 

「この村の村長(むらおさ)で、私の義父(ちち)になる人でした。この屋敷の前に並べられていた棺を見たでしょう?その中の一つに義父(ちち)が入っているんです。

 でも、彼はこの屋敷で殺されたわけじゃないんです。村の異変を知り、村を守るために、すぐに屋敷を飛び出したんだそうです。義父(ちち)は兵たちに襲われている村民を守ろうとして、奴らに(なぶ)り殺されたと聞きました。

 レマーナやこの屋敷の者たちは、自分たちもひどい目にあったにもかかわらず、ひどい傷を負っていた義父(ちち)の遺体を見ながら、誇らしいと言っていましたっ。

 この村の長は代々世襲です。レマーナに兄弟は妹しかいません。だから今は、レマーナがこの村の村長の名代ということになります。

 村のために殺された義父(ちち)を誇りだと言ったレマーナは、自分一人、いや、ここにいる家族を全員連れていくと言っても、他の村人たちをおいて、この村から逃げることを了承しないと思います。

 ……ドルングさんっ、今はまだ結婚はしていませんが、レマーナは俺の妻なんですっ!結婚したら、レマーナがクークに来る予定でしたが、こうなった以上、俺がここに住むつもりです」

 

「………ベジー」

 

 ドルングはベジーを見ながら、うれしいような悲しいような顔をしていた。それぞれの思いを込めて、見つめ合っているベジーとドルング。

 

 そして、その二人の見つめ合いに参加することなく、二人の横に立っていたアンコウが、音もなくスッと歩き出した。

 そのアンコウの動きがあまりに自然で静かな動きだったため、ベジーとドルングが気づいたときには、すでにアンコウが部屋から出ていく直前だった。

 

「!アンコウ様っ」

 

「……じゃあな、ベジー」

 

 振り返ることもなく、短い別れの言葉だけを残したアンコウは、そのまま部屋を後にした。

 

 

 

 

 夜の闇の中、幾分スピードを落として、アンコウたちは馬を走らせている。

 今が太陽の光降り注ぐ昼間だったとしても、後ろを振り返ったところでハカチ村は全く見えないところまで来ている。

 

バカラッ バカラッ

 

 オレンジ色の優しい光に、森全体が包み込まれている。

 しかし、その光を知覚できているのはやはりアンコウだけ。アンコウの後ろに馬を走らせているドルングには、夜の闇に包まれたツゥンツァイの樹林しか見えていない。

 

「ドルング、このまま森の中も馬で行くぞ」

「はい」

 

 アンコウたちが今乗っている馬は、ハカチ村で買い取った普通の農馬だ。

 アンコウがクークで普段乗っているような薄い魔素に対する耐性を持つ特殊な馬ではない。

 

 しかし、ツゥンツァイの森には魔素はないし、ロワナ領とコールマル領の境にある魔素の山を抜ける無魔素の光の道をアンコウは見ることができる。

 アンコウは馬に乗ったまま、そこを抜けるつもりでいた。

 

 

 

 

「どうしたっ、マラウトは見つかったのかっ」

 

 なかなか手の込んだ意匠の施された甲冑に身を包んだ男が、いらだたしげに自分の前に進み出てきた部下に問いただす。

 

「い、いえっ。し、しかし、西のツゥンツァイの森の近くで、逃げる代官らしき一団を見たという情報が入っています」

「なにっ!?よしっ、ではあの愚かな兄に、わしが直接引導を渡してくれよう!」

 

 馬上のこの偉そうな男の名は、グーシ=ゼバラ。このロマナ領の代官であるマラウト=ゼバラの弟で、今回の反乱の首謀者だ。

 

 事は計画通りに進んでいた。しかし、最後の最後でマラウトに気づかれてしまい、その首を獲り損ねてしまったのだ。

 グーシが予定の襲撃場所に兄の首を見られるものと信じて到着した時には、すでに兄たちは窮地を逃れ、その姿はなかった。

 

「一度は逃したが、次は必ず仕留めてみせる。あのような劣等が、兄というだけで、このロワナの代官を務めていることが間違っている。

 あの劣等の首さえ獲れば、ハナモン様もおわかりになられるはずだっ」

 

 ハナモンはグローソン公ハウルに仕える有力家臣。その知行地も多く、このロワナの飛び領地には拝領以来一度も来たことがないという。

 

 そもそも初めに、このロワナの代官に任じられたのは、マラウト・グーシ兄弟の父親だった。

 その父の死後、長男であったマラウトが何の問題もなく代官の地位を引き継ぎ、何の問題もなく15年に渡って代官としての務めを果たしてきたのだが、弟であったグーシは、ロマナ領の代官の地位にあるべきは本来自分であると、年々その鬱屈とした不満を溜め込んできたのだ。

 

 自分こそが代官職に就くべきであると考えるその根拠はたったの一つ。自分は抗魔の力を持ち、兄は普通人であるということのみ。

 

 確かに兄マラウトには抗魔の力はなかったものの、代官職を務めるだけの十分な才覚はあり、その事実はこの15年間の代官としての統治実績がそれを証明している。

 ロマナもコールマル同様、豊かな土地とは言えないが、つつがなく領地を治めていることで、領民からの信頼も比較的厚い。

 

 しかし皮肉なことに、それらの事実がグーシの兄に対する歪んだ怒りを一層募(いっそうつの)らせていき、さらにグーシの怒りが殺意と変わる決定打になったのは、マラウトの長男であるレイリーの存在だ。

 

 レイリーは父マラウトと違い、抗魔の力を生まれ持っており、その性質も悪くない。

 そのレイリーが、先日15歳の誕生日に元服の儀式を執りおこない、成人として正式にゼバラ家の次期当主の座に就いた。

 

 それはつまり、15歳のレイリーが事実上ロマナの次期代官となることが世間に認められたに等しく、グーシにはどうしても受け入れることができない事実であった。

 

(あの二人さえ殺せば、わしがロワナの代官だっ!)

 

 レイリーは抗魔の力を持っているとはいえ、元服したばかりの15歳の少年だ。

 マラウトを倒せば、代官側は大混乱を起こし、レイリーを殺すのは容易(たやす)い作業だとグーシは考えていた。

 そして、次は自分が代官の地位に就くのだと。

 

 そのグーシの身勝手な考えは、決して大きく(まと)を外してはいない。

 ロマナ領の所有者であるハナモン将軍は、この地をグローソン公より加料されて以来、一度もロマナの地を踏んでいない。彼自身、この地に興味も執着も持っていない。

 

 ゼバラ親子が2代続けて代官職を任じられ、実質その職の世襲が認められているのは、彼らがハナモンより決められた税という名の貢納金物を遅滞なく納め続けていたからにすぎない。

 

 つまり、グーシが兄マラウトとその息子レイリーを(しい)したとしても、グーシがハナモンに忠誠を誓い、貢納の義務に反せず、多少の金品をバラマキ根回しすれば、ハナモンは彼が代官になることを認めるだろう。

 ロマナは、ハナモンにとって都合のよい小銭入れに過ぎないのだから。

 

 

「よしっ、ゆくぞ!我がロマナの癌、マラウトを必ずや排除するのだっ!」

 

 

 

 

 ―――ロワナ側、ツゥンツァイの森の中―――

 

「マラウト様、お加減はいかがですか?」

「うむ。出血は止まったし、痛みもかなり引いた」

 

 マラウトは、ここまで共に逃げてきた部下の一人にそう言うと、もたれ掛っていたツゥンツァイの木に体をあずけながら立ち上がろうとする。

 しかしすぐに、その顔が苦悶の表情に変わる。

 

「ぐふぅっ」

「マラウト様!無理をなさってはいけませんっ」

「だ、大丈夫だ。馬に乗っていけばよい」

 

 実際この森までは馬に乗り、潰れんばかりの勢いで走らせてきたのだが、馬が潰れる前にマラウトのほうに限界が来た。

 傷は反乱兵との戦闘中にうけたもので、命に関わるようなものではなかったものの、決して軽いと言えるようなものでもない。

 

「いけませんっ。ヒールポーションで表面的に傷がふさがってもダメージは間違いなく残っていますっ。それに、今この森から出るのは危険です。

 敵の追手が迫ってきているのは間違いなく、今ここにいるのはわずか15名ばかり、敵に遭遇すれば勝ち目は薄うございます。今は身を隠し、援軍を待つしかありませんっ」

 

「………そうか」

 マラウトは、その部下の判断が正しいと思った。

 

 マラウトは再び木の根元に腰を下ろす。マラウトのふくらはぎのあたりがブルブルと痙攣を起こしている。

 

「……ふふふ、わしも年を取ったものだ」

 

 マラウトは今47歳になる。2つしか離れていない弟のグーシが、まだまだ若々しさの残る容貌をしているのに対して、抗魔の力のないマラウトは白髪が目立ち、顔のシワも深く刻まれた年相応の容貌をしている。

 

「……グーシの愚か者め。このような暴挙に出るとは。ここまでの愚かさとは思わなんだわ」

「………マラウト様」

 

 

 

 

「ドルング、このまま森に入るっ。速度は落として俺の後ろについて来ればいいっ」

「はいっ」

 

 アンコウには油断があった。

 (いくさ)が起きる可能性を感じて、急ぎロマナ領から出る選択をしたのだが、実際には大きな戦闘に巻き込まれる可能性はそう高くはないだろうと考えていた。

 また、情報を得てから即行動に移したことで、逆にアンコウの心に根拠のない余裕を生じさせてしまい、周囲に対する警戒を甘くさせてしまっていた。

 

「……やっぱきれいだよなぁ。この光っているツゥンツァイの森はぁ」

 

 だからアンコウは、後ろからドルングが叫ぶまで気が付かなかった。

 

「矢だっ!アンコウ様っ!」

 

 まさに迂闊(うかつ)

 せめて、ハカチ村を出たばかりの時の警戒心を今も持っていれば、ドルングに言われるまでもなく、アンコウなら自分に向かって矢が放たれたことに間違いなく気づいただろう。

 

 しかし、のんきに光る森の幻想的な光景に気を取られていたアンコウは気づけなかった。

 

「チィィッ!しまったっ!」

 アンコウがとっさに、グイッと馬の手綱を引き寄せる。

「ヒヒィィンッ!」

 

 しかし、わずかに間に合わない。闇夜を切り裂き、いずこよりか飛んできた複数の矢の一本がアンコウが乗る馬の前足に突き刺さった。

ヒヒンッと馬が大きな悲鳴をあげながら、勢いよく前につんのめる。

 

ズザアアーッ ゴロゴロ ドザアァンッ!

 

 アンコウは、馬から投げ出された勢いのままに、ツゥンツァイの木の幹に激突した。

 

「グガアッ、がはっ!」

 アンコウの肺の中の空気が、一瞬で外に押し出される。

 

「ア、アンコウ様っ!」

 ドルングが慌てて、馬から下りて駆け寄ってきた。

 

 ドルングが、アンコウが倒れる木の傍まで来た時、今度は駆け寄ってきたドルングめがけて複数の矢が飛んできた。

 アンコウは、前方の低い丘の上から、馬に乗った3人の兵士が矢を射てきたのを今度ははっきりと視認していた。

 

「くそがあっ!」

 

 未だ木で体を強打した時の苦悶の表情のまま、アンコウは立ち上がり、腰の魔戦斧を引き抜く。

 

ビュン!ビュンッ!

 凄まじいスピードで魔戦斧を二閃。

  ボトボトボトボトボト、五本の矢が地に落ちた。

 

「アンコウ様っ」

 いつの間にかドルングも腰の剣を引き抜き、臨戦態勢をとっている。

 

 アンコウはギラリと丘の上を睨みつけた。

(……たったの三人。ふざけやがってぇぇ)

 

ダダダッ!

 アンコウは馬に跨った三人の兵士のシルエットに向かって、怒りと恥ずかしさのままに、全力で走り出していた。速い。

 

 

 その物凄い勢いで近づいてくるアンコウを見て、丘の上の馬上の三人は一瞬躊躇(ためら)素振(そぶ)りは見せたものの、迎え撃つ態勢をとった。

 

「よしっ、あの走ってくる馬鹿を生け捕りにするぞ」

 三人の統率者と思われる獣人の男が言う。

 その獣人の男に向かって、別の男が懸念の声をあげる。

「あの男、もの凄い速さですっ。抗魔の力保持者ではっ!?」

 

 三人が、迫るアンコウをあらためて見て、ムムッと唸る。

 おもむろに獣人の男が、ぶっとい腕に持っている弓を構えて、アンコウを狙い、矢をつがえる。

 先ほどアンコウの馬を射た矢を放ったのは、この獣人の男だ。この獣人の男も抗魔の力を持っている。

 

ビヒューンッ!

 

 男の先ほどの生け捕りにするというセリフは何だったのか、アンコウの頭部めがけて物凄いスピードで矢が飛んでいく。

 一方アンコウも、(かわ)す気配もなく、さらに走る速度を上げた。

 

 ギィンッ! 矢じりが派手に砕け散る。アンコウの魔戦斧が砕いた。

 しかも、ただ矢を排除しただけではない。

 

ビユゥゥンッ!

 

 今度は矢を射た獣人の男に向かって、射た矢以上のスピードで、西瓜(すいか)大の気弾が飛来した。アンコウは矢を跳ね除けると同時に気弾を放っていた。

 

「何ぃいっ!」

 

 最初の弓矢の攻撃で、アンコウは隙を突かれ醜態を晒したものの、敵の能力もある程度推測していた。

(敵の中に、抗魔の力の保持者が一人はいる。ただし、おそらくさほどの高位能力者ではない。所詮敵は三人。推測が外れていても、なんとかできるはずだ)

 

ドオォンッ!

「がはぁあっ!」

 (かわ)すことができず、獣人の男はまともにアンコウの気弾を顔面にうけた。

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