Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第115話 魅惑の双丘と三匹のおサルさん

「ハナ、鶴の間のお掃除は終わったの」

「はい、終わりました。テレサ様」

「そう。明日あの部屋で、今度買い入れする小麦の価格について、事務方の人たちと商談をしに町の商家の方が来るらしいから。その準備もしておいてくれるかしら」

「はい、わかりました」

 

 ここはクークの領主の館、その一棟。つまり、アンコウの居館だ。

 今日もテレサは忙しそうに働いている。テレサはこの館の奥向きの事柄と一部事務方の仕事に関しても、アンコウより権限を与えられ、日々その勤めに励んでいた。

 その適度な労働は、長年アネサのトグラスの宿屋で朝から晩まで働いてきたテレサにとって、なかなか心地のよいものであった。

 

 しかし、ここクークでのテレサに対する周囲からの当初の認識は、領主アンコウの愛妾奴隷であり、その認識自体は今も変わっていない。

 普通の愛妾奴隷ならば、今テレサがしているような仕事は、本来彼女の仕事ではない。

 

 館内(やかたうち)の奥向きの仕事の関しては、下働きをする 女中(じょちゅう)女官(にょかん)も、それまとめる女官長もきちんと配置されている。

 しかし、アンコウは適当なようで、かなり猜疑心(さいぎしん)が強いところがあり、初めから自分の本当に身近な部分は、よく知らない女官ではなく、信頼しているテレサに管理させるようにしていた。

 

 それがいつの間にか奥向き全般のことに及び、特別な役職に就いたわけではないものの、テレサが奥向きで持つ発言権は、かなり強いものになっていた。

 

 また、この館での仕事をする際に、テレサのトグラスでの宿屋経営の経験がかなり役に立っており、その仕事ぶりもなかなか玄人じみたものがあり評価も高い。

 しかし、あくまでこの館でのテレサの権勢基盤を固めているものは、仕事ができるできないなどということではなく、領主アンコウの愛妾奴隷という領主の寵愛あってこそのものだ。

 

 ナグバル派の監視を受けながら過ごしていたハリュートにいた時と違い、このクークでは名実ともにアンコウが最高権力者だ。

 その寵愛のあるなしで、テレサのような立場の女が持つ権力は天と地ほどの差にもなる。

 

 また、妻がいないアンコウには、クークに来て以降、この短い期間にも何度も婚姻の申し入れがあったらしい。

 しかし、こんなところで身を固めるつもりなど全くないアンコウは、どんな結婚話にも全く興味を示すことなく、

『時間の無駄だからもうそんな話は持ってくるな』と、周囲の者に命じたということをテレサは聞いていた。

 

 テレサは決して、口にも表情にも出さなかったが、アンコウが結婚話を拒絶していることに喜びを感じている自分がいることを認めざるを得なかった。

 

(………わたしって、浅ましいのかしら)

 

 アンコウは意外と猜疑心が強い。女のこともそうだ。

 娼館遊郭(しょうかんゆうかく)で女遊びをすることに躊躇(ためら)いはないが、自分の生活圏内にいる女となれば話は違う。

 

 そのような女は自分を()めることができるし、何なら寝首を掻くことも不可能ではないからだ。

 ゆえにアンコウはこのクークに居館を定めてからも、この館内(やかたうち)の女に手をつけたり、外からこの館内に女を引っ張り込むようなことは今のところ一度もしていない。

 

 今日までこの館内(やかたうち)においては、アンコウの獣欲のすべてを、テレサの肉体が一手に引き受けてきた。

 

 そのことを少なくとも、この館に仕える女たちは全員が知っている。

 館の女たち全員が知っていれば、その事実は噂話として、いずれクーク中に広がることは確実だ。

 その事実は重く、たとえテレサより年若く美しい良家の娘であっても、このクークではテレサに一目置かざるを得なくなっていく。

 

 

「さて、帳簿の整理もしておこうかしら」

 

 領主の愛妾などと言えば、派手な衣装で着飾り、無駄に宝飾品を身につけ、メイドにかしずかれて茶会などを催しているのが昼間の時間の過ごし方のようなものだか、テレサの性には合わない。

 

 テレサが今着ているものは、明るい青い色合いの光沢のある生地が使われ、多少きれいな刺繍などが施されているものの、そのデザイン自体は労働者向きの動きやすさを重視したものになっている。

 

(これでも少し派手な気がするわ)

 と、テレサは姿見を見るたびに思う。

 

 しかし、この服はテレサがアンコウに希望を伝えて、アンコウが職人に作らせてくれたもの。

 

(でも、旦那様はよく似合ってるって言ってくれたから)

 と、姿見を見ては、ふふふと笑っているテレサだった。

 

 次の仕事に取りかかるため移動をしていたテレサだが、アンコウのことを不意に思い出して立ち止まり、何かあるというわけではないが庭のほうをじっと見つめて動かなくなった。

 アンコウは、もう ひと月半近くもこの館に戻ってきていない。

 

「……旦那様、どうしてるのかしら」

 

 アンコウは誰にも相談なくロワナへ行ってしまったが、モスカルたちの調査により、かなり早い時点で、アンコウたちが自分たちの意思でロワナへ行ったのではないかということは推測されていた。

 

 その後、ロワナでは例のグーシの反乱が起こったのだが、その情報がクークに伝わった時には、

ロワナで反乱が起こったこと、

反乱は鎮圧されたこと、

アンコウは無事であり、ロワナの代官職と行動を共にしていること、

アンコウは自分の意思で、しばらくロワナに滞在すること、

 これらのことが全部、ほぼ同時に伝わってきた。

 

 このクークの(やかた)でも、それなりの騒ぎになり、一時出兵の準備などもされた。

 しかし、こちらからロワナに送った使者が早々に帰参し、直接アンコウに会って、その無事を確認し、アンコウの意思も確認してきたことが知らされた。

 

 それによって、ロワナ側が言ってきたことに嘘偽(うそいつわ)りがないことが明らかになり、この館の者たちも、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

 

「本当に勝手なんだから、あの人は、」

 と、テレサは庭を見ながら、ふぅーっとため息をつく。

 

 むろん相当に心配していたテレサだが、アンコウがどこかに行ってしまうことはいつものことでもある。

 また今回はかなり早い段階から、ほぼリアルタイムでアンコウの無事がクークにまで伝わってきたこともあり、表面上テレサは平静を保ち、今日のようにいつも通りの日常をこなしていた。

 

 そして今、皆の頼みを聞き入れ、ダッジがアンコウを連れ戻しにロワナへと(おもむ)いている。

 出立前にテレサを訪ねてきたダッジは、アンコウはロワナで食っちゃ寝の生活をしているらしいと言っていた。

 そのダッジの言葉を思い出したテレサの眉間にシワが浮かぶ。

 

「なによ。食っちゃ寝なんて、ここですればいいのに」

 

 ふぅーっ、と テレサがまた溜息をひとつ吐いた。

 

 

「テレサさん、何をしているんですか?」

 

 そんな憂いのテレサに親しげに話しかけてくる者が。

 

「あら、リューネル。どうしたの、お仕事は?」

「今日は暇なんです。何かお手伝いできることがないかと思って、こっちに来たんですけど」

 

 淡い金髪を風になびかせて、テレサの前に立っている青年の名はリューネル。人間族普通人の男で、なかなかに甘いマスクをしている。

 彼はアンコウがコールマルの領主の任を受けて、イェルベンからコールマルにやってくる途中で、アンコウの配下に加わった者の一人だ。

 

 粗暴で荒くれ者がほとんどであったその集団の中で、元商家の丁稚(でっち)あがりの兵士であったリューネルはかなり珍しい存在だった。

 リューネルは、アンコウたちがイェルベンからコールマルへと赴く旅の途中、山賊どもの襲撃を受けた際、危機一髪の状況をテレサに助けてもらい、それ以来、実にテレサに懐いている(第86話)。

 

 また、彼は商家の丁稚(でっち)あがりということもあり、読み書きができ、算術を心得ている。

 戦場では全く役に立たなかった甘いマスクのリューネルだが、クークに入ってからは、文官としてモスカルの配下で働き、重宝がられているようだ。

 

「これからちょうど、帳簿の整理をしようと思っていたんだけど」

「ああ、それはよかった。それなら僕でも役に立てそうです」

「あら、ほんとうにいいのかしら」

「はいっ」

 

 テレサに、じゃあ行きましょう と言われ、リューネルはテレサの後をついて歩いていく。

 リューネルは、本当に暇だったわけではない。わざわざ暇を作って、テレサに会いに来るのが彼の習慣になっていた。

 リューネルはテレサに恋心を抱いていた。

 

 リューネルは自分の前を歩いているテレサのお尻をじっと見つめている。

 テレサが歩みを進めるたびに、テレサの大きく肉づきのよい臀部が、彼にとっては挑発的に上下左右に動く。

 

(ああ、テレサさんっ)

 

 リューネルは、思わずテレサのお尻にむしゃぶりつきたくなる若い衝動を覚えるが、その劣情をグッと堪える。リューネルは自分の気持ちと共に、ごくりと生唾をのみこんだ。

 

 しかしリューネルも、ただのヘタレた草食系男子というわけではない。元々彼が、子供の頃より勤めていた商家を放逐(ほうちく)された理由。

 それは、働いていた商家の主人の妻女と、ただならぬ仲になってしまったからだ。

 

 15の頃のリューネルは、今以上に線の細い美少年だった。その美しく成長したリューネル少年に、主人の妻女が触手を伸ばしてきたことが始まりだった。

 リューネルは恐ろしく、いけないことだとわかっていたが、主人の妻女の強引な誘いを断ることができなかった。

 

 初めはいやいやだった。しかしリューネルは、その妻女の大人の女の手管にあっという間に落ちていった。

 初めて知った大人の世界の甘美な快楽に彼は沈んだ。彼はずるずると、いや途中からは自ら望んで、その許されざる関係を続けてしまった。

 

 しかし、そんな関係がいつまでも続けられるわけもなく、ついに彼らの不貞は商家の主にばれてしまう。

 

 激昂した主はリューネルを半死半生になるまで打擲(ちょうちゃく)し、最終的には身ぐるみを剥いで彼を旅の傭兵団に引き渡してしまった。

 奴隷にされなかったのは幸運だったが、それからの彼は地獄の青春を送ることになる。

 

 そして、戦士としてはあまり役に立たないリューネルは、雑務をこなす下働きとして、いくつかの傭兵団を放り出されるように渡り歩いた。

 そして、偶然か運命か、ある村でアンコウの一団が人員募集をしているのを知り、その一員として加わることになったのだ。

 

 とある熟女に人生を狂わせられたリューネルだが、もう今の彼にその商家の妻女に対する特別な思いは残っていない。

 ただ、その妻女との甘美な背徳の経験が、年上の豊満な女性に対する憧憬(どうけい)を、性的な興奮と共にリューネルの心に強く刻み込んでしまっていた。

 

 

 いくつもの棚が並ぶ小さな部屋に入り、調べ物をしながら、テレサとリューネルは帳簿を整理確認していく。坦々と進む事務作業。

 

「ふぅっ、少し熱くなってきたわね。窓を開けましょうか」

 そう言いながら、テレサは席を立つ。

 

(!あっ)

 そのテレサの動作を書きものをしながら、何気なく見たリューネルの手がピタリと止まる。

 

 席を立とうとテレサが前かがみになった時、わずかな時間、露わになった胸元に、リューネルの目はくぎづけになった。

 テレサの白い肌の大きい胸の谷間が、自分に迫ってきているように、リューネルは感じた。

 

(ああっ、あの胸っ。すごく大きい。すごくやわらかそうだっ)

 

 リューネルは込みあげるものを感じながら、ごくりと唾をのんだ。

 リューネルの内心の興奮に気づくことなく、テレサはそのまま窓際まで歩いていく。窓からは暖かい日差しが部屋の中へと差し込んでいた。

 

「いいお天気になったわねぇ、リューネル」

 

 と言いながら、カラカラとテレサはガラス窓を開ける。

 その瞬間、サアァァッと、心地よい冷たい風が部屋の中まで入り込んできた。

 

「ああっ、気持ちいいっ」

 

 テレサは心地よい風を肌で感じながら、明るい栗色の長い髪の毛を左手でかきあげた。

 

 リューネルはそのテレサの仕草を眩しく、湧きあがる劣情を抑えながら見つめている。

 テレサは確かに若いとは言えないが、三十路前ぐらいには見える。

 身長は160センチ半ばぐらいで、人間族の女性としてはごく平均的な背丈。やせても太ってもいないが、実に豊満な体つきをしている。

 

 そして、いまテレサが着ているアンコウから贈られた青い仕事着は、両肩部分に膨らみを持たせている以外、上半身はかなり体にぴったりとしたデザインで、テレサの大きな両胸のふくらみがかなりはっきりとわかる。

 

(ああ、テレサさんっ)

 リューネルは何度妄想の中で、テレサのその大きな胸を揉みしだいたことだろうか。

 

 上半身とは違い、テレサの下半身を覆う同じく青い色のスカートは、ゆったりとしており、テレサの足首近くまで隠している。

 しかしそれでも、テレサの腰まわり、お尻の形ははっきりとわかる。

 

 そのスカートが、外から入ってきた風にたなびき、時折テレサの白いふくらはぎをチラチラと見せた。

 

 リューネルは何度妄想の中で、テレサのスカートも下着も剥ぎ取り、その両足を掴み広げ、そのむっちりとした両もものあいだに、自らの腰を割り入れたことだろうか。

 

(ああっ、テレサさんっ)

 

 石鹸の匂いだろうか、風がリューネルの鼻にテレサのにおいを運んできた。リューネルはテレサから感じる母性に堪らない興奮を感じていた。

 

(ああっ…………)

 

 リューネルの脳が、広がる野火のような速さで、本能的な欲望の熱に侵食されていく。その熱に支配されるにつれて、彼の思考の妄想と現実の境目があいまいになっていった。

 

 

――「あら、どうしたの?リューネル」

 テレサが少し様子のおかしいリューネルに気がついた。

 

 思わずハッとするリューネル。テレサは窓際から離れリューネルに近づいていく。

 

「リューネルどうしたの?何かあった?」

「い、いえ、あ、あの、そのぉ、」

 

 つい今しがたまで、妄想の世界にトリップしていたリューネルは狼狽(うろた)える。

 

「あぅ、こ、ここの数字が合わなくて、こ、これは何の品目なのかと、」

「えっ!?どこのことかしら」

 

 テレサはそのままリューネルの(そば)に近づいていき、彼の目の前に開かれている帳簿をのぞき込む。

 すると、テレサの胸がリューネルの顔のすぐ横にきて、テレサの汗のにおいがリューネルの鼻腔に流れ込んできた。

 

「…あ…あ、あ…テレサさん…」

 リューネルの胸の鼓動がバクバクと破裂しそうなほどに跳ね上がる。

(テ、テレサさんの胸が…お、俺のものに……)

 

「変ねぇ、何か間違っているかしら」

 

 リューネルのすぐ横で、さらに前かがみになるテレサ。

 テレサの首筋からひとすじの汗が流れ落ち、リューネルの目の前で、その流れる汗がテレサの胸の谷間へと流れ込んでいった。それを見た瞬間、リューネルの理性が吹き飛んだ。

 

「テ、テレサさんっっ!」

「えっ!?」

 

 テレサの目が、リューネルの目と合う。

 

「!あっ」

 テレサは三十半ばの大人の女。長年にわたって、スケベ心丸出しの荒くれ者相手に宿屋商売もしてきた。テレサ自身も何人かの男を知っている。

 リューネルの目を見た瞬間、今彼がどういう状態にあるのかを理解した。

 

「あっ!だめよっ!何をしているのっっ」

 

 リューネルの右手が、がっちりとテレサの左の乳房をつかんだ。ずっしりとした柔らかい感触がリューネルの手に伝わり、彼の脳天をさらに痺れさせる。

 

(ああっ、やわらかいっ)

 

「痛いっ。やめてっ、リューネルっ。あなたどうしたのっ!」

 

 テレサはリューネルに対しては良い感情を持っていた。整った容貌をした礼儀をわきまえた若者で、テレサの手伝いをよくしてくれていた。

 

 そんな彼が自分に好意を持ってくれているのも、実はなんとなく気がついていたテレサだ。

 しかし、そうであっても、彼がいきなりこんな大胆な振る舞いに出てくるとは思ってもいなかった。

 

 リューネルは、女が好意を持たれて悪い気分がするようなタイプの男ではなく、それはテレサも例外ではなかったが、だからといって、テレサはリューネルのこのような振る舞いを受け入れることはできない。

 

 今のテレサは奴隷の身であり、アンコウの所有物だ。それに、たとえ奴隷でなくても、今のテレサはアンコウ以外の男に体を許すつもりがない。

 

 座っていた椅子を勢いよく背後に飛ばしながら、リューネルは立ち上がり、右手に次いで、今度は左手でテレサの右胸を鷲掴みにした。

 服の上からだが、男の握力によって、テレサの左右の乳房の形が変わる。

 

「いやあっ」

 

 テレサはそれを感じ取り、自分の乳房を握っている綺麗な男の顔を確認した瞬間、心の中で怒りが弾けるのを感じた。

 目の前にいる男がどれほどきれいな顔立ちをしていようとも、この男は自分の男ではない。こんな風に自分の乳房を触ってよい男ではない。

 

「んっ!」

 テレサは無言のまま、右ひじを斜め上から下へ、振り下ろした。

 

がごんっ! 鈍い嫌な音が部屋に響いた。

 

 テレサの右ひじは正確にリューネルの(あご)をとらえ、彼の脳ミソを揺らし、一瞬でリューネルの意識を刈り取った。

 

「!ふがっ!」

ドサンッッ!

 床に倒れたリューネルは、白目をむいて泡を吹き、ピクリとも動かなくなった。

 

 獣欲に負け、理性を失った男は愚かに過ぎる。普通人の優男(やさおとこ)であるリューネルが、抗魔の力を持つテレサを力で組み敷けるわけがない。

 

 しかもここはテレサの所有者である領主アンコウの館の中。アンコウが留守だといっても警備兵たちはあちこちに配置されている。

 そのすべてがテレサの味方だといってよい。

 

 テレサはリューネルが働いていた商家の妻女ではない。テレサが受け入れてくれなければ、今のリューネルの行動は自殺行為に等しい。

 獣欲に飲み込まれた男は、そんなことすらわからなくなる。まったくもって愚かに過ぎる。

 

――――

 

「…………」

 テレサは無言で、倒れて動かなくなった男を見下ろしていた。

 

 テレサはその部屋から逃げ出すでもなく、誰かを呼ぶわけでもなく、じっと泡を吹いて倒れているリューネルを見ている。

 

 テレサは昔、同じようなことが何度かあったことを思い出していた。

 トグラスの女将をしていた時、夫との不仲が決定的になったころ、何人かの泊まり客に同じように強引に迫られて、そのまま体を許したことがある。

 

 彼らはリューネルとは違い屈強な体つきをしている男たちだったが、拒絶しようと思えば拒絶できていた。

 彼らを受け入れたのは、その当時のテレサの意思。今では(馬鹿なことをした)と思っているテレサだ。

 

 夫やそのころ関係を持った男たちのことを考えると、テレサの心の中に必ずアンコウの姿が浮かんでくる。

 

 夫はテレサに対して淡白で、結婚当初からテレサの体を求めることは(まれ)、それでも子を為し、15の時より20年近く連れ添ったが、夫との間に心の絆はできなかった。

 それどころか、20年にも及ぶ忍耐の挙句、その夫の借金が原因で、テレサは奴隷の身に落ち、ついには、その夫の命を自身の手で奪うことになってしまった。

 

 テレサの体を抱いた夫以外の男たちは、女に飢えた野獣のごとく、その行為自体は夫とは比較にならないぐらい激しかった。

 ただ、テレサにとって一時の気散じにはなったが、それ以上に虚しさが残る 後味の悪いものだった。

 

(……旦那様は違う)と、テレサは思う。

 

 アンコウも時に乱暴にテレサを求めることはあるが、基本的にテレサが嫌がることはしない。

(あの人の手は優しい)テレサはアンコウに体を愛撫されているときのことを思い出す。

 

 しかし、本当のところそれは少し違う。アンコウの手も優しさでできているわけではない。

 

 テレサは男運がよくなかったのだ。

 死んだ夫はテレサにたいして、あまり興味自体がなかった。テレサを抱いた泊まり客の男たちは、たまたま皆強引で女の反応など関係なく、自らの欲望をぶつけることのみに快楽を感じるタイプの男たちだった。

 

 それに比べるとアンコウは、女の反応を楽しむことで快感を得るタイプの男。アンコウの手も優しさではなく、いやらしさでできていることには変わりはない。

 テレサも大人の女とはいえ、それほど男の経験を積んでいたわけではなく、その違いには気づいていない。

 

 ただ実際に、テレサはそれまで知らなかった女としての喜びをアンコウの手で知らされてしまった。

 今のテレサはアンコウに抱かれた時、どの男に抱かれた時も感じることはなかった女としての強烈な肉体の快楽を得ていた。

 

(……どうしてあんなに気持ちよくなるんだろう……あの人が私にやさしいから……)

 

 アンコウは決して女にもてるタイプではない。恋愛経験も豊富とはお世辞にも言えない。

 ただ、元の世界で得ていた知識だけは豊富に持ち、この世界に来てからは娼館通(しょうかんがよ)いを続けることによって、それらを実践技術として昇華させ、それなりに身につけてきたアンコウだ。

 

 それらのすべてをその身に(ほどこ)されれば、浅い経験しかなかったテレサは、その湧きあがる快楽に抵抗しようもなかった。また、実際に二人の相性はよかった。

 

 テレサはアンコウの奴隷となり、彼と(ねや)を共にするたびに、男女の悦楽の深みへと引きずり込まれていった。

 テレサはそれを、相手がアンコウだから得られるものだと勘違いをしていた。

 

 ただ、事実はどうであれ、今のテレサが、

(旦那様以外の男に抱かれたくはない)と思っているのも事実である。

 

 テレサはどんどんアンコウに依存しつつある。それは単に男女の性愛のことだけではない。ある意味性愛など一時のおまけに過ぎない。

 テレサは今、このクークの館で誰もが気を使い頭を下げる存在になっている。宿屋の女将をしていたころには、想像もできなかった生活を今のテレサは送っていた。

 

 人の欲は深く、一見慎ましく思えるテレサのような女でも、権勢や贅沢を望む心は持っている。

 

 小領といえども領主の館に住み、大きな寝台で寝起きしている。

 服は、高価な布地でつくられた衣装を何着も持ち、下着までオーダーメイドだ。

 食べる心配もなく、一日三食の食事は専門の料理人が支度をしてくれる。服も食器も洗い物をする必要がない。

 そして皆が、この奴隷であるテレサに頭を下げるのだ。

 

 そのすべてをもたらしてくれたのはアンコウの存在。アンコウが消えれば、そのすべてがテレサの手の中から消え去ってしまう。

 ただの普通の女であるテレサに、それらに対する執着を持つなというのは無理な話だ。テレサは自分の人生そのものを、自分の心と一緒にアンコウに依存し始めていた。

 

 

 開け放った窓から、少し強めの風が入り込み始めた。

ひゅううぅぅーっ

 机の上に置いていた書類が、一枚二枚と風に飛ばされ、机の下へと落ちていった。

 テレサがハッと気づけば、ずいぶん時間が経過したようだ。

 

「……あ、…あ、うううんっ、」

 

 床に転がっていたリューネルが、意識を取り戻したようだ。

 テレサはまだ、リューネルを見下ろしている。

 

「…あぅ…テ、テレサさん……」

 

 テレサは膝をつき、リューネルの顔をのぞき込んだ。

 

「……気がついた?リューネル」

 

 リューネルは意識は取り戻したものの、まだ思うように体は動かないらしい。意識を失う前、自分がテレサにしたことを思い出して、心も混乱しているようだ。

 

「頭にのぼっていた血はさがったみたいね」

「……あぅぅぅぅ、」

「あなたがさっき私にしたこと、旦那様に話すわ」

 テレサが冷たい口調で言った。

 

「!あっ……そ、それは……」

 リューネルの顔色が一気に悪くなっていく。

 

 リューネルも、主君アンコウという男のことは知っている。抗魔の力の保有者で、到底自分が戦って勝てる相手ではない。

 そして時に冷酷だ。何人もの山賊や敵を無慈悲に殺してきたことをその目で見ていた。

 

 テレサは、アンコウが寵愛している女だ。そのテレサに乱暴を働いた自分を、あのアンコウが許すわけがないと思った。

 

「旦那様は、あなたの命なんかに何の価値も見出さないと思う。なぶり殺しにするかもしれない」

 

 テレサはわざと冷たい口調で言い放つ。

 リューネルはその通りだと思った。

 

「ああっ、お、お許しを……ど、どうしてあんなことを……き、気の迷いで…テ、テレサ様っ、」

「だめ。許せることと許せないことがあるわ」

「あああっ、そ、そんなっ」

 

 仰向けに転がるリューネルの両眼から涙があふれ出してきた。体は(おこり)のように震え出す。

 リューネルは魔戦斧を振るうアンコウに姿を思い出し、心の底から恐怖した。

 

「ああっ、許して、許してくださいっ。テレサ様」

 

 綺麗なリューネルの顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていく。

 

(せっかくの男前が台無しね……もう)

 

 テレサはリューネルから視線を離し、ふうーっと、ため息をつく。

 そして、

パァンッ!

 小気味よい破裂音が部屋中に響いた。

 

 テレサが寝転がっているリューネルの頬を張り飛ばしたのだ。

 驚いて目を大きく見開くリューネル。

 

「……そうね。あなたにはこれまでいろいろ助けてもらったわ。今回のことだけで、あなたが旦那様に殺されるのは私も後味がよくない。………だから、今回だけは見逃してあげる」

 

「あっ、………ありぎゃとうごじゃいますぅ。テレサしゃまぁ」

 

 溢れ出る涙と鼻水で、リューネルはまともに(しゃべ)れていない。

 

「ただし!今回だけよ。次同じことをしたら許さないから」

 

 テレサは、お仕置きのつもりで、もう一回リューネルの頬を

パァンッ! と派手に張った。

 

 そしてテレサは、まだ床に転がるリューネルをそのまま放置して、その部屋を後にした。

 

 

―――――

 

「ああっ、テレサ様、テレサ様っ。申し訳ございませんっ」

 

 一人残されたリューネルは、その後もしばらく床に転がったまま涙していた。

 テレサに張られたリューネルの頬が赤く腫れあがっている。彼は後悔し反省しているのか、それにしては彼の様子が少しおかしいようだ。

 

 リューネルは泣きながら、右手を自分の股間へと伸ばしていた。

 

「ああっ、僕はだめだ、だめだ。ど、どうしてこんなっ」

 

 リューネルは、頭では本当に反省している。自分がした愚かな行為を悔やんでもいる。

 ただ、ここにきて彼の中で新たな扉がまた一つ開かれたらしい。

 

「ああっ、どうして、どうして、僕はこんなふうなんだっ。テ、テレサ様ぁっ、もっと、もっとダメな僕を叱って、叩いてくださいぃっ」

 

 リューネルの右手の動きが、さらに激しくなった。

 

………こいつは本当にだめだ。テレサの好意も、この手の奴には通じない。

 (へき)というものは恐ろしい。この手の癖に目覚めた者は、息をしているかぎり変われやしない。

 

 

 

 

「テレシャ、モグモグ、アンキョー、モグ、かえってくりゅのぉ。ングッ」

「こら、カルミちゃん、口の中にものを入れたままでしゃべらない」

「ふぁい、モグ」

 

 テレサとカルミが二人で朝食のテーブルについている。アンコウがいなくなってからは、二人での食事が基本だ。

 そして、今朝のテレサはいつになく機嫌が良い。

 

「旦那様は明後日にはクークに帰ってくるそうよ。カルミちゃん」

「おおー」

 

 昨日、ロワナにアンコウを連れ戻しに行っているダッジからクークに連絡が入った。

 それはアンコウがクークへの帰還に同意し、近々戻ってくるというものだった。また、アンコウは健康そのもので、何ら問題は生じていないということも伝えられた。

 

(よかった無事で)

 テレサの喜びは、カルミにも伝染する。

 

「よかったねーテレサ。アンコウ、おみやげ持ってくるかなー」

「ふふふ、それはどうかしらね。旦那様もあっちで忙しかったみたいだから」

 

 アンコウは割とマメなところがある男だが、土産物なしに帰って来た時、変に期待させてはカルミが悲しむだろうと思い、テレサは配慮した。

 

「そっかー」

「さぁ、おしゃべりばかりせずに食べましょう」

「はーい」

 

 今日の朝食は、やわらかい白パンと大きなチーズの塊に玉子ときのこのスープ、それに山盛りの野菜サラダが盛りつけられている。また、テレサの前には紅茶が、カルミにはオレンジジュースが置かれていた。

 一見質素なようにも思えるが、どの料理に使われた素材も、一級品であり新鮮なものだ。

 

―――「ぷはぁーっ、おいしかったー」 「ふふふ」

 

「さぁ、私はもうお仕事に行かないといけないし、今日、カルミちゃんは午前中お勉強の日でしょ?」

 

 実はカルミには、このクークに来てから家庭教師がつけられている。それはカルミが自発的に勉強することを望んだわけではなく、テレサが勧めたわけでもない。

 アンコウがカルミに、ここに居たいんだったら勉強しろと条件を付けたのだ。

 

 それがテレサには意外だった。子供に学をつけさせようなどという冒険者は少ない。

 アンコウ曰く、どんな生き方をしようとも読み書きと基本的な計算ぐらいできなきゃだめだということだった。

 

(……それはそうなんだけど。旦那様はどんな家で育ったのかしら)

 テレサはそう疑問に思い、それとなくアンコウに生い立ちを尋ねてみても、アンコウは煩わしそうに普通の家で普通に育ったとしか答えてくれなかった。

 

 また子供つながりで言うと、アンコウは資金の目途がつき次第、このクークに孤児院と子供たちの学校を、数は少なくてもかまわないからとにかく建てろと領主としての指示を出していた。

 

(そんなに子供好きには見えないんだけど……)と、それを聞いたときにも、テレサは思った。

 実際アンコウはそれほど子供が好きではない。

 

 ただ、好きでやっている領主ではないが、アンコウなりに権力者がやらなければならない仕事というものが頭の中にあるらしい。

 その事に関しては、テレサよりも、アンコウからいろいろと直接指示を受けたモスカルのほうが頭をひねっていた。

 ただの冒険者上がりの感覚ではないと、彼も感じていたのだ。

 

 

「うん、そうだよー。今日はおべんきょう。でも今日は、お昼はテレサのおやつの日だからねっ」

 カルミがニコニコしながら言う。

 

「ええ、約束だからね。ちゃんとお昼はお仕事もお休みにしたわ」

「えへへ~。テレサのアップルパイ、たのしみだなー」

 

 カルミの楽しそうな顔を見ていると、テレサも幸せな気持ちになってくる。

 カルミはテレサの手作りおやつが大好きで、その中でも特にアップルパイがお気に入りだった。

 

「うふふふ、おいしいの焼くからね」

 

 

―――

 

 テレサはこの日の仕事は早々に切り上げて、庭の一角につくられた白壁の小屋にやって来た。

 この小屋はテレサが料理をする目的だけにつくられた小屋だ。

 

 むろん館の中にはもっと立派な調理場があるのだが、そこにはこの屋敷の調理を担当する専門の料理人たちが朝から晩まで交代で働いている。

 そこにアンコウの愛妾であるテレサが入り込み、調理場を使いだすと、間違いなく彼らの邪魔になってしまう。

 

 今日のようにカルミにおやつをせがまれることもあるし、アンコウがテレサが作る口に慣れた料理を食べたいということもあった。

 そこでテレサがどうしたものかと悩んでいると、アンコウが命じて、ここに、この白壁の調理小屋をつくらせたのだ。

 

 アンコウは完成したこの小屋を見て、

『はぁー、典型的な金持ちの道楽って感じだな』と、他人がつくったものを見るようにつぶやいていた。

 しかし、この小屋のおかげでテレサは、作りたいときに自分で料理をすることができている。

 

「さぁ、早く仕上げないと、そろそろカルミちゃんが来ちゃうわね」

 

 もう調理場中に、煮リンゴと砂糖が焼けた甘い香りが漂っている。

 テレサが金属製の焼きガマのふたを開け、中を確認すると四角に形作られたアップルパイが5つ、ちょうどよい具合に焼けていた。

 

「よしっ、完璧ね」

 テレサは手早く窯の中から、パイを取り出して皿の上に置いていく。

 

「さて、私は何のハーブティにしようかしら」

 

 

 しばらくすると、

――「テレサ―っ、きたよーっ」――と、少し離れたところからカルミの声が聞こえてきた。

 

「カルミちゃーん!もうできてるわよーっ!」

 

――「はーいっ」――

 

「うふふっ」

 

 

 

 

チャポーンッ……

 

「ねぇねぇ、テレサ。アンコウ、あした帰ってくるんだよねー」

 

 カルミがちゃぽちゃぽと湯船に浮かびながら、テレサに尋ねる。

 昨日アンコウが戻ってくるということが分かってから、カルミは何度もテレサにアンコウのことを尋ねてきた。

 

 テレサは、その女らしい肉づきのよい大きな胸と大きな尻を持つ豊満な体を湯につけて、湯船の端に座っている。

 

「ええ、明日のお昼までにはクークに着くらしいわ」

 

 カルミは、「そっかー」と言って、テレサの体にぴったりとくっついてきた。カルミはテレサに対して、かなりの甘えただ。

 6歳児ならば当たり前のことかもしれないが、カルミの場合、基本的には他人に甘えることはしない。

 無表情で、人と一定の距離をあけているのがカルミの標準だ。

 

 ハーフドワーフであるカルミは、生まれた人間の村で、ひどく差別的な扱いを受けていた。カルミは、その赤子に近い年齢の頃からの記憶を失わずに今も持っている。

 そして、アンコウに出会うまでの2年間は、魔素の漂う森の中で、ドワーフの祖父と二人で過ごしてきた。そんなカルミは、他人に対する警戒心が強い。

 

 テレサとアンコウが、カルミにとって特別なのだ。

 だから、クークに来てカルミに家庭教師をつけることになった時、初めの頃カルミは相当嫌がり、テレサはかなりてこずった。

 

 普段は実に子供らしい様子を見せている童女カルミだが、一旦戦場に立てば、愛用のメイスで敵の脳天を次々に叩き割り、戦場に地獄絵図を描き出して平然としている恐るべき戦士でもある。

 

 無理やり勉強部屋に放り込めば、教師を睨みつけ、殺気を叩きつける。そんなことをされると教師も勉強を教えるどころではなくなってしまう。

 テレサの言うこともなかなか聞き入れず、連日殺気を叩きつけられて怯えた家庭教師はアンコウに泣きついた。

 

 眉をしかめ、ただ面倒くさがったアンコウだったが、とりあえずカルミを捕まえて、

「勉強しないんだったら、アルマの森にたたき返すぞ」と叱りつけた。

 アンコウがしたのはそれだけ。

 

 アンコウに怒られたカルミは目に涙をためならがら、テレサのところへやって来た。

『アンコウがおこった。アンコウが嫌なことをカルミにさせる。アンコウが森に帰れって言った』

 そう言ってきたカルミを、テレサはやさしく諭した。

 

「ねぇ、カルミちゃん。私はここでカルミちゃんの母親代わりでしょ?」

 

 カルミは、上目遣いでテレサを見ながら頷く。

 

「だったら、旦那様は私のご主人様だから、ここでのカルミちゃんの父親代わりじゃない?私はそう思うけど」

「……ちちおや代わり?」

 

 テレサが膝を折り、カルミと目線を合わせて頷く。

 

「そうよ。父親はね、子供を叱ることが一番目の仕事なの。でもそれはね、子供のことが嫌いだから叱るんじゃないのよ。子供のためを思って叱るのよ。

 勉強することはカルミちゃんのためになることなの。だから、それを嫌だって言ったカルミちゃんを父親代わりの旦那様は叱ったのよ。カルミちゃんのためにね?」

 

「……カルミのため」

「そうよ」

「ぉー、カルミのため。アンコウちちおや代わり」

「そうよ。だから、カルミちゃんの母親代わりの私と父親代わりの旦那様は、カルミちゃんがちゃんと勉強してくれないと悲しいわ」

「ぉー……そっか……」

 

 うまいことを言うものだ、もうカルミの目に涙は浮かんでいない。

 

「カルミっ、勉強するっ!」

「まぁっ!うれしいっ!」

 

 

 そんなこともあったカルミだが、アンコウがいなくなった この一か月半の間、テレサに対する甘え方が明らかにひどくなっていた。

 

(私と一緒。旦那様がいなくなって不安なのね、カルミちゃん。あんなに強いけど、まだ六つの女の子だもの)

 

 テレサは、自分にぴったりくっついて湯船に浸かっているカルミのもっさりとした髪の毛を見ながら思った。

 

「テレサぁ……」

 

 カルミが湯に浸かるテレサの両ももにまたがり、テレサにしっかりと抱きついてきた。カルミは、テレサの大きなおっぱいの間に顔をうずめている。

 

「あらあら、カルミちゃん、赤ちゃんみたいよ」

「カルミ、赤ちゃん?」

 カルミが顔をあげてテレサに聞く。

「ふふっ。そうね、ずいぶん大きい赤ちゃんだけど」

「ぉー、ねぇ、テレサ」

「なぁに?」

「テレサのおっぱい吸ってもいーい?」

 カルミは真っすぐテレサの顔を見ながら言った。

「えっ?」

 

 それを聞いてテレサは、カルミが赤子がえりしてるのかしらと思った。

 

 テレサは以前、アネサの町に住んでいた時に聞いたことがあった。

 養子に貰った子や、かなり幼い年齢で丁稚(でっち)に入った子供たちが、まるで赤ちゃんに戻ったかのように振舞うことがあると。

 

 そして、その話をしていた初老の女が、

 それは一時(いっとき)のことだから、もしその子を自分の子供として責任を持って育てるつもりなら叱らずに受け止めてやれ。もし何かの役目を課すためにその子がいるのなら厳しく叱れ

 と、言っていたことをテレサは思い出した。

 

「…そう、いいわよ。カルミちゃん」

 テレサは微笑みながら言った。

 

 テレサの許しを得たカルミが、テレサのぷっくりとした乳首に吸いついた。ちゅぱちゅぱと、本当に赤ちゃんのように吸っている。

 テレサは自分の乳首を吸うカルミを、やさしいまなざしで見つめていた。

 

(フフフッ、不思議ねぇ。本当に赤ちゃんみたいな吸い方をしてる)

 

 テレサは自分の一人娘であるニーシェルが赤子であった時のことをぼんやりと思い出していた。

 

 今、日常的にテレサの乳首を吸っているのは、もっぱらアンコウ一人。

 アンコウに乳首を吸われれば、テレサの体には淫秘な熱が巡る。しかし今カルミに乳首を吸われて、テレサの中で湧きあがってくるものは母性そのものだった。

 

 テレサの心が湧きあがってくる母性で満たされた時、わずかながらテレサの表情に陰りが見えた。カルミに対する罪悪感を覚えたのだ。

 

(カルミちゃん……)

 

 テレサは間違いなくカルミに愛情を抱いている。心の中に湧きあがってきた母性も本物だ。

 しかし、そもそもテレサが母親代わりとしてカルミを受け入れたことには、別の打算もあった。

 

 それはアンコウを自分の(もと)に、つなぎ留めておく一つの理由になるのではないかと、テレサは誰にも見せることのない心の隅で考えていた。

 

 アンコウにとって、カルミの価値は高い。カルミのその戦闘能力は間違いなくこのクークで一番のもの。

 この戦乱の世の中において、領主アンコウにとって、カルミという(いくさ)の手駒がいることは自身の存亡に直結するほどの価値がある。

 

 また、それ以上の価値もカルミは持っていた。

 カルミは、ドワーフの玉都ワン-ロン、その太祖オゴナルの王力の流れを汲みし者であり、ワン-ロンの現統治者ナナーシュ・ド・ワン-ロンの友であり、特別な愛顧を受けている。

 

 アンコウはカルミに対して、多少ぞんざいな扱いをすることがあっても、そんなカルミとの関係を自分から完全に切ることはおそらくしないと、テレサは思っていた。

 

(私よりカルミちゃんのほうが旦那様にとって価値がある……)

 

 テレサは、アンコウよりも十歳近く年上の愛妾奴隷。

 自分よりもっと若く美しいアンコウ好みの女が現れたなら、自分の価値はなくなるかもしれない という不安がある。

 

 そんなテレサが、愛妾奴隷としてアンコウとの絆を深めるのに最も有効な方法はアンコウとの子供をつくること。だけど、それは期待できない。

 テレサはアンコウの精を、間違いなく100人以上は子ができる程に、己が子宮の中に直接注ぎ込まれている。それでも子ができることはない。

 

 なぜなら、アンコウは子を欲してはいないからだ。テレサはアンコウと交わるようになってからずっと、アンコウの指示で避妊薬を飲み続けている。

 それはアンコウと奴隷契約をした当初からの約束事の一つだった。

 

 だからこそテレサの中の打算のそろ盤は、カルミの母親代わりとなることに愛情とは別の、もう一つの価値を見出していた。

 

 ただのつながりではなく、母親代わりとなればその絆は特別なものになる。カルミの持つ価値が、テレサにとっても自分を守る力となる。

 

 いつかアンコウがテレサを切り捨てようとしても、その時、カルミの存在がまだアンコウにとって価値あるものであったならば、アンコウはカルミの母親代わりであるテレサを切ることを躊躇(ためら)うに違いない。

 

 そしてテレサは、アンコウがカルミの父親代わりであるという意識をカルミの中に植え付けようともしている。

 自分とアンコウとの本当の子供ができなのなら、互いにカルミの親代わりとなり、疑似家族をつくってしまえばいい。

 

 それは、アンコウがあずかり知らぬところの話ではあるが、自分をカルミの母親代わりにと言い出したのはアンコウだし、一方的にとはいえ、カルミがアンコウを父親代わりと認識してしまえば、アンコウも無視することはできないはず。

 

 テレサは、カルミの存在を自分とアンコウとのかすがいにできないかと、ぼんやりとではあるが考えていた。

 

 

 まだカルミは、テレサの乳が出るはずのないおっぱいを ちゅぱちゅぱと吸い続けている。

 

「カルミちゃん………」

 

 テレサの心が、チクチクと痛んだ。テレサは自分のおっぱいを吸うカルミをぎゅーっと抱きしめた。

 

「ぷはぁ、テレサぁ」

「カルミちゃんっ」

 

 風呂の湯船の中で、テレサとカルミはぎゅっと抱き合っている。

 

「テレサぁ、あした、アンコウ帰ってくるね」

「……そうね、明日は旦那様と三人でご飯を食べましょうね」

 

――――大きな湯船から、水蒸気となった湯気があがり続けている。天井一面についた水滴が、所々でポタポタと落ちていた。

 

 

 

 

 2カ月近くぶりに、アンコウはクークへ帰ってきた。

 特別派手な出迎えがあったわけでもなく、町の住人たちがいつも通りの日常生活を送っている中、ふらりとアンコウたちは帰ってきた。

 

 

「よう、テレサ元気か?」

 

 領主の館の門前まで出迎えたテレサに、アンコウはまるで一日視察にでも出かけていたかのような気軽さで声をかけてきた。

 

「は、はい。旦那様もっ」

 

 アンコウは特別機嫌が良くも悪くもなく、あまり疲労もない様子であった。

 

 そしてアンコウは、(やかた)に入ると手早く旅装を解き、旅の垢を落とすため、早々に風呂に入りに行った。

 しかし、2時間ほど後、部屋に戻ってきたアンコウは、なぜかクタクタに疲れた様子を見せていた。

 

「カ、カルミのやつめ。なんであいつはあんなに元気なんだ……」

 

 カルミが、風呂に入ったアンコウのところへ突撃したらしい。

 

「ま、まぁ、カルミちゃんが、」

「百回ぐらい、湯船に放り投げさせられたぞ……」

「ご、ごめんなさい。旅帰りでお疲れでしょうに。私がちゃんと見ていなかったから」

「いや、いい。テレサが謝ることじゃないさ」

 

 テレサは一応アンコウに謝りながらも、

 そうか、それなら自分も一緒に入ればよかった と、少し悔やんでいた。

(もうカルミちゃん、一言声をかけてくれればいいのに)

 

 アンコウはいろいろ文句を言いながらも、手早く身支度を整えていく。

 

 ここはアンコウとテレサのベッドが二つ並ぶ寝室だが、二つベッドを並べても十分空きスペースがある部屋で、アンコウはこの部屋にソファやらテーブルやらタンスやら、日常に必要な家具のほとんどを持ち込んでいた。

 

 また、メイドたちのこの部屋への出入りも必要最小限にしか許しておらず、この部屋は、アンコウのというより、アンコウとテレサの本当の意味でのプライベートルームのような場所になっている。

 

「旦那様、これからどうなされるのですか」

「ん?まずはモスカルのところだな。あっちこっちから呼び出しをくらってるんだ」

 

 基本、統治のことは他人任せ領主のアンコウだが、そんな領主でも本人でなければ勝手に決済できない案件もそれなりにあるらしい。

 そのため、アンコウの(もと)にはクークに到着早々、幹部連中やあちこちの部署から怒りと懇願まじりの出仕要請が来ていた。

 

(まぁ、そんなものは放っておいてもいいんだけど、このままここに居たら、またカルミのやつに捕まってしまいそうだし)

 

「あっ、お着替え手伝います」

「悪いな」

 

 テレサが甲斐甲斐(かいがい)しくアンコウの着替えを手伝う。

 

(テレサの匂いだ。久しぶりだな……)

 

 テレサはアンコウが着ている服を整えていく。そのテレサを見つめるアンコウの目の色が、少し怪しげなものに変わっていった。

 

「……悪いな、テレサ」

「いえ、あっ!」

 

 アンコウは突然テレサの腕をとり、テレサを抱き寄せた。

 

「あっ、旦那様っ」

 

 アンコウは抱きしめたテレサの首元に顔を近づけ、思い切りテレサの匂いを吸い込んだ。

(………テレサの匂いだ)

 そして、相手の匂いを嗅いでいたのはアンコウだけではない。

(ああ、旦那様のにおい……)

 テレサも久しぶりに、懐かしい男の匂いを嗅いでいた。

 

 アンコウの唇がテレサの首元に吸いつく。

 

「あっ」

 テレサの両腕がアンコウの背中にまわり、ギュウッと抱きしめる。

 テレサの首の肌がアンコウの舌の動きを感じていた。

「ああっ」

 

 はぁはぁと、アンコウの呼吸が少し荒くなっていく。それはテレサも同様だ。

 アンコウはテレサの首元から顔をあげ、テレサを見つめる。

 アンコウの目が濁り、熱を帯びてきていることが、テレサの目にもはっきりとわかった。

 

「……だんなさま」

 

 テレサもアンコウから目を離さない。アンコウはテレサを再び抱き寄せ、唇を重ねた。

 

「んんっ、」

 

 部屋から声が消えた。互いを求めて唇を()(こす)り、二人の舌が絡み合う。深く甘美な大人の接吻。

 

―――互いの唾液が十分にまじりあった時点で、二人の唇はようやく離れた。

 

「ああっ、だんなさま」

「……テレサ」

 

 アンコウもテレサも、その顔には赤みが差し、明らかに性的な興奮を覚えている。ベッドもすぐ近くにある。

 しかし残念ながら、今はまだ陽が高く、アンコウにはむさ苦しい男の待ち人たちが、列を連ねて待っている。

 

 アンコウは熱っぽい目でテレサを見つめながらも、

「……もう、行かないと、」と言った。

 

「は、はい。そうですね」

 

 アンコウはゆっくりとテレサの体を名残惜しそうに離していった。

 テレサと同じだけアンコウもご無沙汰なのだ。男と女なら、男のほうがずっとその衝動は強い。

 テレサをこのまま押し倒したいという衝動を、アンコウはグッと(こら)えた。

 

(……まぁ、しゃあねぇなぁ。ふた月近くも休んだんだ……働くかぁ)

 

 アンコウはため息をつき、頭をかきながら扉のほうへと足を向ける。

 扉のほうに顔を向けたアンコウの目に、ロワナから持ち帰った荷物が目に入った。

 

「おっと、そうだった」

 

 アンコウは積まれた荷物の一番上に置かれていた魔具鞄をつかみあげる。そして口を開けて手を突っ込んだ。

 

―――「あった、あった。これだな」

 

 アンコウは魔具鞄の中から、さらにもう一つの袋を取り出して、床に置く。そして、その中から小さく平たい箱を取り出した。

 それを持ってアンコウは、再びテレサの前へと戻って来た。

 

 テレサは、何をしているのかしらと、不思議そうにアンコウを見ていた。

 

「はい」と、アンコウは、

 手に持った平たい木箱をテレサに差し出した。

 

「えっ?」

「ロワナみやげだ」

「あっ」

 

 差し出された飾り気のない木箱は、テレサへの土産物(みやげもの)だったらしい。

 

「あっ、ありがとうございます、旦那様」

 

 それと知ったテレサはアンコウに喜んで見せた。

 いや、実際にうれしかったのだが、アンコウの態度がかなり素っ気ないものだったため、幾分とってつけた感も出てしまった。

 

 しかし、アンコウからその質素な木箱を受け取り、アンコウの許可を得て箱を開いたテレサは本当に驚いた。

 その箱の中には、透き通った緑色をした大きな石のペンダントが入っていた。その豪奢さは、箱の質素さとは全くそぐわないものだった。

 

「………旦那様、これは………」

「ああ、テレサも分かんないか。俺も宝石には詳しくないんだけどな。それは希少石のエメパウラらしい」

「エメパウラ………」

 

 テレサは木箱をテーブルの上に置き、ネックレスをそっと手に取る。

 それは銀色に輝く精緻な彫刻が施された厚め石座に、栗ほどの大きさがある綺麗な半透明の翠色の石が嵌めこまれていた。

 

(……すごい、キレイ……)

 

「あー、見たらわかると思うけど。それ、中にちっちゃい虫が入ってるだろ?まぁ、石は本物だからさ。その辺は大目に見てくれよ」

 

 そのネックレスは、アンコウがロワナに店を構えている ある商人から手に入れたものだ。

 アンコウが言うところの、『人格者気取りのロワナ領代官職のマラウト』は、町の民衆からの人気もたいへん高く、その商人も、そんなマラウトシンパの一人。

 

 アンコウは、何人ものロワナの富裕商人に会う機会があったのだが、実際に会って話をしてみたところ、皆から、それはもう恐ろしく感謝されてしまった。

 そして、その感謝の気持ちにつけ込んだアンコウは、言葉巧みに、多くの商人から様々な贈り物を頂戴した。

 

 テレサに、お土産として渡したエメパウラのネックレスも、感謝の気持ちとして、金持ち商人から頂戴した贈り物の一つだった。

 なんでも、イェルベンの有力貴族に、(まいない)として送る宝石の一つになるはずだったのだが、石の中に虫が入っていたため、その贈答品からは弾かれてしまったらしい。

 

 テレサは魅入られたように、そのエメパウラのネックレスをじっと見つめて動かない。

 その様子を見て、アンコウはテレサが気に入らなかったのかと思った。

 

「ま、まぁ、あれだ。確かに虫は入っているけど、ちっちゃいからな、まわりの人間には見えないさ。そ、その金属細工自体はちゃんとした一流の職人がしたみたいだしさぁ……えーっと、」

 

「あっ、ありがとうございますっ、旦那様っ!うれしいっ、大切にしますねっ!」

 押し黙っていたかと思うと、一転喜びの声をあげたテレサ。

 

「お、おう……そ、そうか」

 

 女はやっぱりよくわからないな と、アンコウは思う。

 まぁ、嫌がられるより喜ばれた方がいいに決まっているとアンコウは少しホッとした。

 

 アンコウはおもむろにテレサの手からネックレスを取り、そのままテレサの首にかけてやる。

 そして、テレサの首の後ろに回されたアンコウの手が離れる。

 すると、大きく綺麗なエメパウラの翠石が、テレサの胸元を綺麗に飾っていた。

 

「うん、似合ってるな。綺麗だと思うよ、テレサ」

 アンコウは自然な口調で、笑みを浮かべながら言った。

 

 そのアンコウの野暮ったい微笑みを見た瞬間、テレサの心臓が、ドクンッと跳ねた。

 蓼食(たでく)う虫も()()き と言ったところか。

 

「だ、だんなさま………」

 

 一瞬()が空いた後、テレサはアンコウに抱きつこうとするが、アンコウはそれに気づかず、一瞬早く後ろに向かって動き出していた。

 

(あっ…旦那様、)

 

 

 アンコウは再び扉近くまで歩いていき、テレサに渡した木箱が入っていた袋を持ち上げた。

 

「さてと、あとこれもだな」

 

 そして、それを持ってテレサのところにまた戻ってくる。そして今度は、その袋ごとテレサのほうに差し出した。

 

「これはカルミに渡しておいてくれよ」

「えっ」

 

 テレサはアンコウからその袋を受け取り、袋の口から中身を覗き見る。

 その袋の中には大きなサルのぬいぐるみらしきものが入っていた。

 

「あっ、これ、」

「それはカルミの分の土産だ。じゃ頼んだぜ」

 

 そう言ってアンコウは踵を返し、扉のほうへ向かって歩いていこうとする。

 

「あっ、待ってくださいっ。これは旦那様からカルミちゃんに渡してあげてくださいっ」

 

 テレサは昨日、カルミがアンコウからのおみやげを期待しているかのようなことを言っていたことを思い出した。

 

「………いや、俺はこれから仕事だから、」

 アンコウは一応足は止めたものの、かなり気が進まない様子。

 風呂場で相当カルミの相手をさせられたようだ。

「渡してあげてから、すぐに行ってくださいっ」

 

 カルミの気持ちを知るテレサは、なかなか引く様子がない。

 何だ、やけに熱心だな。面倒くせぇ とアンコウは思い、そのまま無視して出ていこうとしたのだが、この時はテレサのほうに運があったようだ。

 

 

バタンッ!ドンッ!

 アンコウが出ていこうとしていた扉が勢いよく開いた。

 

「アンコウ!遊ぼう!おにごっこ!」

 小ぶりアフロ娘、カルミだ!

 

「無理だっ!」

 アンコウは反射的に拒否した!

 

 アンコツとカルミは、この後、遊ぼう、無理だと押し問答を続けたが、ここはテレサがアンコウ側に立ち、カルミに諦めさせた。

 

―――「旦那様はこれからお仕事なのよ。みんなのためのお仕事なの。これ以上わがままはダメよ、カルミちゃん」

 

「……は~い」

「でも、夕食は一緒に取ってくださるのよね、旦那様」

「……あぁ、晩飯はこっちで食べるよ」

「ねっ、晩御飯は三人で一緒よ。カルミちゃん」

「うん……わかったっ」

「えらい、えらい。それにね、旦那様がカルミちゃんに渡したいものがあるんですってっ」

「?」

 カルミが小首をかしげる。

 

 アンコウは、ハァーと、疲れるとばかりに息を吐き、テレサが床に置いていた例の袋を持ち上げた。

 そして今度はカルミの前に。

 

「ほらよ、カルミ。ロワナのおみやげだ」

「!?ほおーっ、おみやげだっ!」

 

 カルミは袋の中から、おみやげを取り出した。それは大きなぬいぐるみだった。

 アンコウは自分が買って来たものながら、それを見て微妙な表情になる。

 一つ目の猿が、かわいらしく?デフォルメされた大きいぬいぐるみで、スカートを履いているのだから、一応女の子なのだろう。

 

 アンコウがこれを買ったカナンの玩具店の店主に聞いたところ、この人形は長年カナンの町で愛されているロングセラーキャラクターらしい。

 アンコウにはいまいち理解できないキャラだったため、他のも見てみたのだが、よりリアルな猿のぬいぐるみやら、夜になったら動き出しそうな薄気味悪い人形やらしか他にはなかったので、結局これを買ってきた。

 

 しかし、あらためて見ても、アンコウにはこのぬいぐるみのロングセラーの理由がわからない。

 

(……何でしっぽがヘビなんだよ……まぁ、これでもこっちの世界のモンチッチみたいなもんなのか)

 

 アンコウとしては首を傾げるほかないセンスなのだが、それを貰ったカルミは、そのデフォルメ一つ目猿子のぬいぐるみを両手で持ち上げて、目をキラキラさせながら、

 

「おお~~っ」 と声をあげ、明らかに喜んでいる様子だったので、

(こっちの世界の子供にはウケるんだな)と、アンコウは納得した。

 

「アンコウっ、ありがとっ!」

「お、おう。まぁ、ぶん回して、しっぽをちぎらないようにな」

 

 そんな二人の様子を見て、テレサは ふふふと笑っていた。

 

「じゃあ、俺は仕事に行くから」 とアンコウは部屋を後にした。

 

 

―――

 

 

 その日の夕刻、仕事を切り上げたアンコウは、テレサ、カルミと約束どおり夕食をとった。何の変哲もない、これまでどおりの三人での食事。

 

 カルミとテレサは、アンコウにロワナでのことをいろいろと質問し、アンコウはそれに適当に答えていく。

 終始、話し声が聞こえ、笑い声も聞こえる和やかな普通の食事風景。

 

 そして、カルミが座る椅子の横にはもう一つ椅子(いす)が置かれ、その椅子には変なデフォルメがされた一つ目の女の子ザルのぬいぐるみが置かれていた。

 また、カルミのもう一方の隣の席に座る テレサの胸元には、首からさげられた美しいエメパウラの大きな翠石(すいせき)があった。

 

 アンコウたちが食事をしていた部屋には、いくつもの豪華な燭台に火が灯されていた。

 そこにはまったく暗さも陰りもなく、部屋中が明るく輝いているようだった。

 

………そして、三人の食事が終わるころには完全に夜のとばりが下りていた。

 

 

 

――――――

 

「……ああんっ」

 

 ソファに座る上半身裸のテレサ。テレサの胸元にはアンコウの頭がある。

 

 テレサは、リューネルに胸を鷲掴みにされた時のような怒りなど全く感じることはない。

 カルミに乳首を吸われた時のような母性が湧きあがることもない。

 ただただテレサは、一人の女という(けもの)になっている。

 

「アンッ、だんなさまぁ」

 

 陽が沈めば、クークの空気は冷えてくる。しかし、上半身裸のテレサの胸元と、アンコウの背中には汗が流れ落ち始めている。

 限られた燭台(しょくだい)の炎が部屋を照らす中、アンコウとテレサはソファの上、互いの肉体を(いじく)り合い続けている。

 

 アンコウがテレサにきれいだと囁き、テレサの女体を褒める言葉を吐く。

 劣情に燃え盛る男が吐く言葉でも、同じく悦楽の奔流に飲み込まれ始めている女には甘美な響きとなる。

 

「テレサっ」

「はぁあんっ」

 

 互いに最後に異性と抱きあったのは、ふた月ほど前、その時もアンコウの相手はテレサ、テレサの相手はアンコウだった。

 男が女を、女が男を、互いに求めあう時間が流れる。

 

 いつの間にか、テレサが身に纏っていた高級な絹布を使った夜着も、レース付きの白いオーダーメイドの下着もすべて床に落ちてしまっている。

 

「……テレサ、ベッドに行こう」

 

 アンコウに促されて、テレサは立ち上がる。

 アンコウはテレサの肩を抱き、テレサはアンコウの体にぴったりとしがみついている。

 

 テレサの目にも、アンコウの引き締まった汗ばむ肉体のすべてが見えている。

(ああ、だんなさま。私のもの………)

 移動しながらも、興奮したテレサの唇がアンコウの胸元を這う。

 

 アンコウとテレサは、もつれ合い、倒れ込むようにベッドに落ちた。

 

 そして、夜の闇がさらに深みを増していく――――

 

「アンッ、アンッ、ああっ、アンンッッ、」

 

 悦楽の熱に支配されたテレサは、もう何も余計なことを考えることができなくなっている。ただひたすらにアンコウを求めるだけ。

 

「テレサっ、テレサっ」

「ああっ、アンコウっ、いいんっ!」

 

 テレサの手が時にベッドのシーツをきつく握りしめ、時にアンコウの体をきつく抱きしめる。そこにはリューネルの手を拒絶した冷たい女の顔も、カルミの頭を抱きしめた母性あふれる母の顔もない。

 淫秘ないやらしい女の顔をしたテレサが、ただ体中を巡る悦楽の炎に身を任せていた。

 

 そして、今のテレサにとって、自分を凌辱し、卑しき雌に堕落させることが許されるのはアンコウという男ただ一人。

 

「アンコオォっ、もっと、もっとおっ!アンンッ!」

 

 テレサの激しく悩ましい雌の声が、夜の闇の中、響き続けた…………

 この夜テレサは、夜の闇が白み始めるまで、寝ることを許されなかった。

 

……………ああぁ、だんなさまぁああっ……………

 

 

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