Ankou°˖◝(⁰▿⁰)◜˖ 異世界をゆく   作:かまぼ子ロク助

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第116話 調略 北山山賊同盟

 コールマル領北西部山岳地帯、レスカル村。レスカル村は北部山賊同盟に名を連ねる一村である。

 

 レスカル村は、先頃(さきごろ)クークで大敗を喫した領主アンコウとの戦いにも参加していた。

 しかし、レスカル村は山賊同盟側と領主軍が全面衝突する前に前線から離脱していたため(第102話)、村の戦闘員はほぼ無傷で今も残っている。

 

 

村長(むらおさ)ぁ、なんですかその金貨は?」

 

 村の中でもひときわ大きい木造の藁ぶき屋根の建物の中、レスカルの村長キームルが、丸い藁編(わらあ)み座布団の上に胡坐をかいて座っている。

 

「ああ。これはな、クークのアンコウからの贈り物だ」

 

 もじゃもじゃの胸毛をあらわに、キームルは金貨の入った袋を自分の目の前に居並ぶ手下どもに大きく開けて見せた。

 おおおっ と言う歓声が一斉に沸き起こる。

 

「……で、ですがアンコウっていやぁ、確かあの新しい領主の名前じゃあ」

 

 キームルをはじめ、居並ぶ男たちの多くが先のクークでの戦いに従軍していた。

 敗北する前に戦場を離れたとはいえ、自分たちが属する山賊同盟を完膚なきまでに叩きのめしたアンコウは敵であり、少なくともこのような贈り物をもらう(いわ)れはない。

 

「………そうだ、あの新しい領主からの贈り物だ。これだけじゃない。もうすぐ領主の家来どもが、この村に食料や物資を運びこんでくる」

 

 キームルの言葉を聞いた手下の男たちは驚きを隠すことなく、いったいどういうことだと互いに顔を見合わせる。

 

「あ、あの、お頭、何であの領主が俺たちに金貨や食料をくれるんですかい?」

「ああ、むろん、ただってわけじゃねぇ。領主の野郎は俺たちにゲジムとナバの村を攻めろと言ってきた」

 

「なっ!?」 「そりゃあ、いったいっ」 「ど、どいうことでございますかいっ」

 男どもが口々に驚きと疑問の声をあげる。

 

 ゲジムとナバと言えば、この北山山賊同盟の中で、一、二を争う大きな村である。いや、だった というべきか。

 ゲジムとナバは、先の山賊同盟によるクーク侵攻戦を提案し、実際に主導した。

 そして大敗を喫したのだ。ゲジム、ナバ両村の村長(むらおさ)は討たれ、参戦していた村の男たちも、かなりの数が村に帰ることができなかった。

 

(今この北山で、一番多くの兵を動かせるのは俺たちよ)

 レスカルの村長キームルはニタリと笑う。

 

「くっくっくっ、」

「む、村長ぁ?」

 

「あの新しい領主もバカではないみたいだな。俺たちレスカルの力をわかっているようだ。ゲジムとナバは、今ボロボロになっている。それを俺たちが攻め滅ぼす。

 で、あのアンコウという領主は、俺たちに金貨と食料だけでなく、北山の半分を所領としてくれるそうだ。悪くねぇ取引だ」

 

 キームルの周りを囲む男たちがざわめく。

 

「し、しかし村長、確かにゲジムとナバは弱っちゃいるが、俺たちだけで二村を攻めるのは無理がないか?」

「俺たち、だけじゃねぇ。テジクと黒耳どもも、こちら側についた」

 

 おおー と、ざわめく男たち。

 

 こちら側についたとエラそうに手下どもに語っているキームルだが、別に彼が何か工作したわけではない。

 テジク村とダークエルフの集落に根回しをしたのも、アンコウたち領主側が行ったことだ。

 

「確かにこのあいだはクークで負けたが、あの領主は俺たちの力を恐れているのよ。さんざん金や物をばらまいているらしい。

 なに、一時(いっとき)は新米の御領主様の顔を立ててやろうじゃねぇか。それで北山の半分は俺たちのものよ」

 

キームルは、ガハハ と声高らかに笑う。

 

 より正確に言うと、領主アンコウからはゲジム、ナバを滅ぼした後は、テジク村、黒耳村を含む北山の西半分をキームル個人の所領として認めるという提案がなされていた。

 それはつまり、

(このキームル様が、ここいら一帯を治める豪族になるってことよぉ)

 という、キームルが断る理由は何もない話であった。

 

 

 

 

「ぎゃあああーーっ」「いやああーっ」「たすけてええーっ」

 

 村落一帯、あちこちから悲鳴があがっている。

 ここは北山山賊同盟の一村、ゲジムだ。

 

 レスカル、テジク、黒耳の三か村合同軍は、一昨日突如ナバ村に攻め入り、村中に火を放ち攻め落とした後、そのままこのゲジム村に向かって侵攻してきた。

 すでに()(すべ)なく蹂躙(じゅうりん)されたナバ村と同様、ゲジム村も、攻め入ってきた合同軍に対して、効果的な反撃をできるだけの力はなかった。

 

「大人の男は全員殺せっ!女とお宝は根こそぎブン獲れっっ!」

 

 目を血走らせたキームルの興奮に満ちた命令が下る。

 しかし、キームルがわざわざ命令するまでもなく、すでに攻め入った山賊たちによる略奪、暴虐行為が村中で行われていた。

 

 村中の建物から火とともに煙が立ちのぼり、収奪品を抱えた男たちが威勢よく道を歩き、その道には幾体もの男たちの血まみれの死体が転がる。

 それに飢えた兵士たちに組み敷かれる女たちの数えきれない悲鳴がこだましていた。

 

 しかし、村中に転がる死んだゲジムの男たちも山賊。彼らも自分たちを殺した男たちと同じことをあちこちで(おこな)ってきた。

 ゲジムの女たちが着ている服や装飾品の多くも、他者から略奪して手に入れたものだ。因果応報と言えなくもない。

 

 弱き者はすべてを奪われ、強き者がすべてを手にする。ただそれだけの戦乱の真理。

 

「ぐわっはっはっ!野郎どもっっ!何ひとつ残すなっ!全部俺たちのものだっ!このレスカルのキームル様がこれからは北山の支配者になるんだっ!ハッハッハッー!」

 

 キームルの興奮しきった雄叫びが轟く。

 そんなキームルに近づいてくる騎馬の一隊。

 

「おい、キームル。俺たちの取り分もちゃんとあるんだろうな」

「おおー、テジクの頭目か」

 

 キームルに近づいてきていたのは彼らとともに、ゲジム、ナバに攻め入ったテジク村の村長(むらおさ)だった。

 

「無論だ、テジクの。好きなだけ奪い取って、自分たちの村に持ち帰るがいい。それにナバ村のことは、これからはテジクに任せようと思っている」

 

「おおーっ、それは剛毅(ごうき)なことだ、レスカルの。今後俺たちテジクはあんたを北山の盟主と認め従うぞ」

 

「おおっ、それは頼もしいな、テジクの。わっはっはっはっー!」

 

 キームルの馬鹿笑いが周囲に響き渡る。

 その時、馬鹿笑いを続けるキームルの眼前を何かが横切った。

 

ヒユューンッ!

 

「ぎゃああーーっ!」

 

 突如響く絶叫。

 

 その声の主は、キームルと話をしていたテジクの頭目その人。

 テジクの頭目(とうもく)の目に、深々と一本の弓矢が突き刺さっていた。

 

「!なっ?」

 

 悲鳴をあげながら馬の上から崩れ落ちていくテジクの頭目。

 

「お、お(かしら)ああー!?」

 

ドサンッ! と地に落ち、彼の悲鳴は永遠に止まった。

 

「な、なにいっ!?」

 

 突然の事態に驚き狼狽えるキームルと山賊たち。

 

「頭目っ、頭目っ!」「ど、どうしたっ!」「どこからうってきたんだっ」

 

 そんな彼らの視界の中に、湧き出るように一つ二つと人影が現れた。

 ある者は木の影から、ある者は屋根の上から、ある者は何もないところから突如魔法のように、ある者はそれまで見知った者の顔が突然別人の顔へと。

 

 そのいずれもが黒い褐色の肌を持ち、半ばほどからダラリと垂れた長い耳を持っていた。

 

「ダークエルフっっ!」

 

 それは彼らの味方であるはずの者、北山の黒耳たちの里 キルフェの戦士たちだった。

 その中に、黒い長マントを身に纏う年配のダークエルフの姿。

 その男を見たキームルが(つばき)を飛ばしながら叫んだ。

 

「こ、これは、何のつもりだっ!クリャップ!」

 

 

―――――半月前、クークの領主の館

 

 アンコウは椅子を執務机の反対側に向け、部屋の大きな窓から真っ青な空に浮かぶ入道雲をガラス窓越しに眺めていた。

 

(……あの(とんび)みたいな鳥、ここじゃあ、よく飛んでるなぁ)

 

 基本、任せられる仕事は部下任せのアンコウだが、働かざるもの食うべからずの精神で多少は仕事もしている。

 

「アンコウ様、アンコウ様」

 

 そんなアンコウに先ほどから話しかけているのはモスカルだ。

 普段のモスカルは、相変わらずイェルベンにいた時と同じ文官服に身をつつんでいる。その整えられた身だしなみは、仕事のできるベテラン官僚の雰囲気を醸し出していた。

 

「ああ、聞こえてるよぅ。何だモスカル」

 

 アンコウがやる気なさげに、外の景色を眺めたまま答える。

 

「北山のキルフェの里から代表者が来ております」

「キルフェ……ダークエルフの村だったな」

「はい」

「ここに来たってことはうまくいったのか」

「はい、おおむね」

「そうか。連中が来たことは周りにはふせてあるのか」

「はい。極秘裏に、誰の目にもつかぬように控えさせております」

「そうか。じゃあ、長居させるわけにもいかないし、今すぐ通してくれ」

「はい」

 

 

――――

 

 

「………御領主様、今モスカル殿が言われたことを信じてよろしいのか」

 

 アンコウの目の前に三人のダークエルフ、その一番年長と思わる男がアンコウに聞く。

 

 ダークエルフは基本的に髪の色も黒色だが、この男の長髪はすでに白髪になり、顔に刻まれたシワも深い。背筋は未だシャンと伸び、おそらく今も戦場に立つ力を持つと思われるが、その年は150は越えているだろう。

 男の名は、クリャップ。キルフェの里の長老だ。

 

「ん?そうだな、嘘はついてない。だけど、そう簡単にお前らが信じられないっていうのももっともだ。だから信じる信じないはお前らの好きにしたらいい」

 

「…………」

 クリャップはどういうことだと訝しげな顔でアンコウを見つめている。

 

 自分たちに味方につくようにと、水面下で接触してきたのはアンコウのほうなのだ。

 

「悪くない条件は提示した。それを蹴るってんなら、これ以上条件を上乗せするつもりはない。お前たちは敵のままってだけだ。この条件に乗ったふりをして俺たちを裏切るってんなら、やっぱりお前たちは敵のままってだけだろ?

 クリャップ、勘違いするなよ。俺たちは、今の北山の山賊ども全体を殲滅するぐらいの力は持ってるんだぜ?このあいだの戦いで、北山全体の戦力は間違いなく大きく減少した。いくつか無傷の村が残っていたとしてもな。

 それに対して、こっちは今すぐにでも北山を除く北部コールマル全体から兵を集めることができる。多少時間をかければ南部からだって兵を集めることができる。

 お前たちが田舎の中の田舎に留まらざるを得ない格落ちのダークエルフだとしても、最低限度の情報収集はしているんだろ。俺が事実を言っていることは、お前はわかっているはずだ」

 

 クリャップはアンコウをじっと見つめたまま無言。クリャップは、アンコウが本当のことを言っていると知っている。

 と同時に、

(事実であっても、簡単には信用できない)というのが、クリャップの思いだ。

 

 アンコウは自分たちの軍門に降れと言った。その見返りに北山地域の半分をくれてやるといった。

 しかしクリャップは、アンコウが全く同じことをレスカルのキームルに言ったことも知っていたのだ。

 

 ただ、元々知っていた情報ではあったが、先ほどモスカルの口からも、その事実は隠すことなく語られており、自分たちが(だま)そうとしているのは、レスカルのキームルたちのほうなのだと語っていた。

 

 クリャップの深い顔のシワに、汗が伝い落ちてくる。

 彼は悩み逡巡している。今、村全体の存亡がかかった決断を強いられているということをクリャップはよくわかっていた。

 

 

「……いいかげんにしてくれよ、クリャップ。選択肢なんかないだろうが。この条件を飲まなきゃ、お前たちは俺たちの軍隊に攻め滅ばされるんだぞ?

 いいか、俺はお前たちの()()()約束は反故にするつもりはない。この条件を飲んで、後は天にでも祈っとけよ」

 

「……ふたつお聞かせ願いたい」

「なんだ」

 

「あなたが今言われたとおり、我らキルフェの里だけではなく、なぜ北山全土の山賊すべてを殲滅しない。そうすれば、全土があなたのものになるはずだ。先の戦いで、それだけの戦力の差ができたことは我らも認識している」

 

「ああ、そりゃあ、いらないからだ。かといって、今のままで放ったらかしにしておくこともできないからな。なら、面倒なことはできるだけ人にやらせるのが一番楽だろ?」

 

 アンコウの人を食ったような答えに、クリャップはただただ驚く。

「なっ!?そ、それはどういう」

 

 だがアンコウは、それ以上説明を足そうとはしなかった。

 

「……で、二つ目の質問はなんだ」

 

 クリャップは一度大きく息を吐き出し、気持ちを落ち着けてから再び口を開いた。

 

「なぜ我々なのかという疑問がある。一つ目の質問の答え、その理屈ならなおさら北山の半分を任せるのはキームルでいいはずだ」

 

 なぜアンコウと同じ人間族のキームルではなく、忌み者であるダークエルフの自分たちに任せるのかが、クリャップには全く分からないところだった。

 

「ああ、それも簡単な話だ。北山の盗賊どもより、ダークエルフであるお前たちの方が役に立ちそうだってことと、あのクソ山賊連中に比べれば、まだお前たちの方が信用できるってだけの話だ」

 

 その答えにクリャップは、今度は言葉がすぐに出ないほど驚かされたようだ。

 

 北山のダークエルフの里にいる者たちは、同種族の平均的な能力と比すれば、その力は高いとは言えない。

 強い力を持つ者たちは、間違いなくこんな辺鄙(へんぴ)な里からは離れていくから、それは当然のこと。

 

 しかし、ダークエルフは皆、抗魔の力を生まれ持つ種族。普通人の人間族よりも二流三流の集まりだとしても、ダークエルフの戦闘能力のほうが確実に上回る。

 一方、北山を根城にしている山賊たちの中に抗魔の力を持つ者はかなり少ない。

 ゆえに、数では圧倒的に劣るダークエルフたちの里が、北山で滅ぼされることなく、今まで存在し続けてこれた。

 

 だがそれゆえに、通常自分たちより強い力を持ち、外部に対して閉鎖的なダークエルフにたいして、北山の山賊たちだけではなく、コールマルの歴代の為政者たちも、強く警戒し、感情的な嫌悪感を持ち続けてきた。

 

 そのことをクリャップもよく知っている。だからこそ、まだ信用できるなどというアンコウの言葉に驚き、より思考の混乱を強めた。

 ただ、いくら考えたところで、クリャップたちに選択肢がないという事実が変わることはない。

 

「後のことは心配するな。個の力じゃ圧倒的にお前たちが上なんだからさ。領主の後ろ盾があれば、人間の村もお前たちに従わざるを得なくなるだろ。いくら北山の人間たちがお前たちのことを嫌っていたとしても、だ。

 こっちとしては、提示した貢納と労役の義務を果たしてくれたら、後はお前たちの好きにしてくれたらいい」

 

 アンコウがクリャップに提示した貢納と労役の義務というのも、厳しい内容のものではなかった。

 

 クリャップはアンコウから目をそらし、しばらく目を閉じた後、意を決したように再び顔をあげた。

 

「………わかりました。我らキルフェの里は御領主様に従います」

 

「そうか。だけどな、クリャップよ。今の時点で、相手を完全には信用していなのはこっちも同じだ。まずお前らから誠意を示せ。言葉じゃなく、行動でだ」

 

「………はい、承知しました」

 

 

――――クリャップたちが部屋から消え、残されたのはまたアンコウとモスカルの二人。

 

「さすがだなモスカル。よくあいつらを連れて来てくれたよ」

「いえ。まっとうな状況判断ができるものなら、あの条件を提示されたら来ないわけにはいかないかと」

「でもよ、その状況判断ができないやつが山ほどいるだろ」

「まぁ、それは確かに。では、アンコウ殿。こちらからは誰を北山に派兵させますか」

 

「そうだなぁ、地場の豪族どもを中心にやらせよう。クリャップたちのついでに、連中にも踏み絵を踏ませようか。アンコウ様のために命懸けられますかってな、ハハハ。

 主だった村を潰した後は、そのまま北山全体を押さえさせる。人選はお前に任せるよモスカル」

 

「はい、承知いたしました」

 

 

 

 

「シク様、始まったようです」

走り寄ってきた歩兵の男が、馬上のシクを見上げ伝達した。

「そうか」

 

 シクは、コールマル北部に領地を持つ土豪だ。アンコウが初めてコールマル入りをした時、領境までアンコウを出迎えに来ていた男である。

 

 シクたちが潜む山林の先に、キームルたちに襲われているゲジムの村があり、そこでキームルたちの仲間であったはずのキルフェの里のダークエルフ兵たちが裏切りの狼煙(のろし)をあげた。

 

 ここに潜むシクたちコールマル北部の土豪たちはアンコウの命令を受けてここにきている。

 

 彼らのすべてが、アンコウがクークに拠点を構えて後、ハリュートからクークに屋敷を移し、そこに自分たちの家族の何人かを住まわしている。

 体のよい人質であり、彼らがアンコウに逆らうことは、即その家族らの命に直結する事態を生む。

 

 ただ、主君や権勢者に人質を差し出すことはこの世界の何処に行っても当たり前の話。

 シクをはじめ、彼ら北部に領地を持つ土豪の大部分は、ナグバル派が牛耳っていたハリュートの執政府によって冷遇されていた者たちであり、アンコウの支配自体を無条件に拒否しているわけではない。

 

 シクなどはナグバルの尊大な態度に辟易(へきえき)していた者の一人であり、今は積極的にアンコウ従うことに舵を切っていた。

 

「よいか。ここで我らのアンコウ様への忠誠が本物であることを示すのだ。アンコウ様の調略により、敵はすでに分断されている。ダークエルフどもはこちらの味方だ。

 レスカル、テジクの山賊どもを皆殺しにせよとのアンコウ様の命だっ。賊どもの首を一人残らず斬り飛ばすぞっ!」

 

 シクが周囲に檄を飛ばすと、

オオーーッ!! という野太い合唱が山林に響いた。

 

「ゆけーーっ!!」

 

 

 

 

 結局、北山山賊どもの制圧は、アンコウ側の圧勝で終わった。北山山賊同盟の中心となっていた村々は、そのすべてが壊滅的な打撃をうけた。

 

 

 アンコウは、長い昼寝の時間を終えて執務室に戻り、まだ少し眠たそうな顔で椅子に座っている。

 

「いつまで昼寝の時間をのばすつもりだ、大将よ」

「ん?眠たいものは仕方がないだろう、ダッジ」

「昼寝をするなとは言わないが、ここは仕事をする部屋じゃなかったのか」

「午後は書類仕事はやめだ、ひとを待ってるって言ったろ」

 

 アンコウは領主として、この執務室に人を呼び出していた。

 

「クリャップって言ったか、北山のダークエルフの(おさ)らしいな」

 

「ちょっとした戦後処理の確認事でな。それに連中の密偵としての能力を、これからただで使い倒してやるつもりだ。今日は、その念押しもかねて呼びつけた」

 

「はっ、それはまた。連中も、退屈で暇を持て余す心配をする必要はなくなりそうだな」

 ダッジは、かわいそうにとでもいうように肩をすくめて見せた。

 

 しかし、ダッジが北山のダークエルフに本気で同情するなんてことはあり得ないし、それはアンコウもよくわかっている。

 

「ダッジは、まだ奴の顔を見ていなかっただろう。これから一緒に仕事をすることもあるかもしれないからな、今日は顔を見て行けよ。信用できる奴なのかどうかは、まだ知らないけどな」

 

「なんだそりゃ?信用できない奴と仕事をさせる気かよ」

 

 ダッジは眉をしかめて、(いか)つい顔をさらに厳つくさせて、アンコウを見た。

 

「ハハッ、そんなのいつものことだろう。全幅の信頼のおける仲間になんて、俺は恵まれたことはないぞ」

 

 軽く笑いながら、机の横に立っているダッジを見かえした。

 

「………ふんっ、確かにそりゃあそうだな」

 そう言ったダッジの口元も笑っていた。

 

 ダッジも今は一応アンコウの家臣だ。つまり自分も全幅の信用とやらは置かれていないということになる。

 ただ、ダッジ自身も、アンコウに絶対的な忠誠心を持っているわけではないので、苦笑しながら納得するほかない。

 

「まぁ、あの黒の耳長たちは使える。それに連中の利益の保証をすれば、すぐに裏切ることはないだろうと今は思っている」

「……なるほどな。確かに、味方にすれば、ダークエルフは貴重な戦力になる」

 

 アンコウは椅子に座り、ダッジはその横に立ったまま、2人はしばらく会話を続けていた。

 

 

 

コンッコンッ

 アンコウたちがいる執務室の扉がノックされた。

「アンコウ様、お連れいたしました」

 

 どうやら待ち人が来たらしいと、アンコウとダッジは話をやめて、扉のほうへと視線を向けた。

 

「入れ」

 と、アンコウが言うと、扉がガチャリと開く。

 

 案内してきた文官に促されて、部屋の中へと、白髪のダークエルフの男が入ってきた。キルフェの里の長老、クリャップだ。

 

 クリャップは、アンコウが座るアンティーク調の執務机の前まで来ると、片膝をつき、(こうべ)を垂れた。

 そして、領主であるアンコウに対して、何やら丁寧に挨拶の言葉を連ねた。

 口をはさむことなく、その姿をじっと見つめていたアンコウ。

 

「クリャップよく来たな。頭をあげてくれ、そのままでは話がしにくい」

 

 

――――

 

 

「………ほんとうに我らにくださるのか」

 

「ん?ああ、そういう約束だからな」

 

 アンコウは約束したとおり、北山の山賊どもが占拠していた西半分をダークエルフたちが住むキルフェの里が総べることを正式に認めることを伝えた。

 

「ただし、きちんと税は収めてもらうし、相応の働きはしてもらう」

 

 クリャップが手に持つ書面に書かれた税の額は特別高いものではなく、アンコウの求める主に密偵としての仕事は、彼らの本領といえるものだった。

 正直言ってクリャップは、アンコウが事前の約束を最悪反故にするか、良くても相当修正がされるだろうと思っていた。

 

 しかし、この書面に書かれた条件は事前の口約束と何ら変わることなく、これならば里に持ち帰っても反発する者は誰もいないだろうと、クリャプは納得した。

 

「気に入らないんだったら、その書付(かきつけ)をおいて里に帰っても構わないぞ、クリャップ」

 アンコウはごく自然な口調で言った。

 

 冗談で言っているわけでも、何かの駆け引きをしているわけでもない。本気でお前たちの好きにしろとアンコウは思っている。

 

「ただ、無事にキルフェの里に帰してはやるが、その後で討伐軍は送る」

 

 アンコウはごく当たり前の話をしている。本来、北山一帯もアンコウの領地に含まれいる土地であり、そこで一度は弓を引いたキルフェの里の連中を、彼らがアンコウに服従することなしに放置するわけがない。

 

「その時はダッジ、お前が行ってくれ。ヒマそうだしな」

 

 アンコウはからかうような調子も含ませながら言ったが、目は笑っていない。

 

「命令ならもちろん行くがな。ダークエルフ相手だ、それ相応の戦力はつけてくれよ」

 

「当然だ。何人でも、好きだけ兵隊を連れて行けばいい。ただし、2度も3度も同じことをやられたら面倒すぎる。

 ………その時はダッジ、根絶やしにしてこい」

 

「……ああ、了解した」

 

 アンコウとダッジが、当事者であるクリャップの目の前で、極めて物騒な話をしている。

 間違いなく脅しではあるのだが、もしクリャプが従わなかった場合、単に行動がともなわない脅しで済ますつもりもなかった。

 

 ただ、脅されようがされまいが、クリャプの答えはもう出ていたようだ。

 

 クリャップは、アンコウたちの脅しに何ら感情を動かすことはなかったが、再びその場に膝をつき、(こうべ)を垂れた。

 

「我らキルフェの里はアンコウ様の命に従い、この約定に決して背かぬことを誓います」

 

 そう言うと、クリャップはさらに深く頭を下げた。

 その姿を見たアンコウもダッジも、それ以上脅しの言葉を連ねることはしなかった。

 

 

――――

 

 

 パチリと、アンコウは飛車前の歩を突いた。

 ダッジは指し始めた盤面をゆったりと眺めている。

 

「ダッジ、クリャップのやつをどう見た」

 

「……冷静に損得のそろばんは弾ける。感情的に動くことは少ない。老成したダークエルフによく見るタイプだ」

 

「……そうだな、今回は自分たちに益が多いと見たんだろう。だけど、損が多いと見た場合には」

「手の平を返すことを躊躇(ためら)わない。まぁ、黒の耳長なんざ、そんなもんだろう」

 

「へっ、ダッジ、そういうお前はどうなんだ」

 

「今のところ裏切るつもりはねぇ」

 ダッジはパチリと駒を動かしながら、顔色を変えることなく言った。

 

「今のところはね、正直で何よりだ」

 

 アンコウも別段気分を害した様子もない。

 

 そのまま穏やかに話をしながら、アンコウとダッジは将棋を指し続けた――――

 

 

「くそっ、また負けた」

 

 アンコウは悔しそうに詰んだ盤面を見ている。

 

 ダッジは舌打ちをしているアンコウを見ながら、器に残っていた茶を飲みほした。

 そして、飲み終わった茶器を置くと、おもむろに立ち上がろうと動き出す。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」

 

 腰を浮かしたダッジをアンコウが、

「待てよ」

 と、呼び止めた。

 

 そして、何やら折りたたんだ紙のようなものを将棋の盤面の上に、ポンと投げ置いた。

 

「ん?何だそれは」

「持ってけよ、勝者の取り分ってやつだ」

 

 今の将棋は、何かを賭けて指していたわけではない。それは二人ともわかっている。

 

「何か知らねぇが、良いもんだったら貰ってくぜ、大将」

 

 ダッジは軽い調子で言い、その投げ置かれた紙を手に取った。

 そして、その紙を広げ見ると、それは地図のようだった。

 

「何だ?これは北山の辺りの地図か」

「ああ、そうだ」

 

 ダッジが広げた北山の地図は、何やら大きく2つに色分けされていた。

 

「西側の青に塗られた地域がキルフェの連中にくれてやった土地だ」

「ふぅん。何もねぇ山奥の土地だが、気前のいい話だな。まぁ、これで連中もしばらくは裏切らねぇだろう」

 

 アンコウの欲望の在り方は、まだ冒険者の頃とあまり変わっておらず、支配する土地に執着も持っていない。

 以前からアンコウ本人が言ってることでもあるが、コールマル領主という地位も、捨てる時にはあっさりと捨てるのだろうとダッジは思った。

 

 土地持ち騎士の家門に生まれ育ったダッジだ。その家は没落し、とっくに失ったその地位に今も執着している自分のことを思うと、ダッジは何とも言えない複雑な気持ちになった。

 

 その複雑な思いを抱えながら、ダッジはじっと地図を見ていた。

 座ったままのアンコウは、そんなダッジを興味なさげに眺めている。

 

 

「で、東側の赤く塗られた地域だけどな。そこはお前にくれてやるよ、ダッジ」

 

 アンコウがそのセリフを言った瞬間、ダッジの周囲から時間が止まったような空気が流れる。

 アンコウはそんな空気は意に介さず、ズズッとお茶をすすった。

 

 ダッジは顔だけ動かして、アンコウを見た。

 

「なん、だって」

「だから、やるって言った。お前の所領にしろ」

 

 それはつまり、ド田舎の土地ではあるが、ダッジは下っ端のさらにその下っ端の土地持ちの領主になるということだ。

 地図を持つダッジの手が、細かくぶるぶると震えだしている。

 そのままダッジは、何もしゃべらなくなった。

 

 

「なんだ、いらないんだったら別にいいんだぜ」

 

 アンコウは手を伸ばして、ダッジの持つ地図を取ろうとする。

 

「い、いらねぇなんて、言ってねぇだろうがっ!」

 

 ダッジは叫びながら飛ぶように後ろに下がり、地図を強く握りしめていた。

 

「……そうか。じゃあダッジ、お前に言っておく。その土地をどう治めようと自由だ、お前の好きにしたらいい。ただし、そこを治めるついでに、西隣りの黒耳たちの様子も見ておいてくれ。俺に悪さをしないようにな」

 

 ダッジは、アンコウが北山のダークエルフたちが反乱を企てないように監視しろと命じていると理解した。

 

「……わかった」

 

 さらにアンコウは、ゆっくりと立ち上がり、ダッジの間近(まぢか)まで歩いていった。そして、ダッジの顔に自らの顔を近づけ、覗き込むように見た。

 

 アンコウは蛇のように感情のこもらない目で、ダッジを見つめている。

 ダッジは思わず、ごくりと(つば)を飲み込んだ。

 

 そして、アンコウは話し出す。

 

「……それによダッジ、お前もだ。絶対に俺に悪さをしようとは思うなよ。

……もし、なめた真似をした そのときは……わかっているだろうな」

 

 アンコウのその目と口調に、ダッジは背筋がぞくりと寒くなる感覚を覚えた。

 

「わ、わかってる。絶対に裏切らない」

 

 アンコウはそれを聞くと、ニッコリとあからさまに作ったような笑みを浮かべて、再びダッジから離れて、元いた椅子に座った。

 

 椅子に腰かけたアンコウが、またダッジを見る。

 しかしダッジは、また地図を見つめ、何とも言いようのないような表情のまま、先ほどと同じ場所に立ち尽くしていた。

 

(……そんなに呆けるようなもんかよ、ダッジ)

 

 なかなか動き出そうとしないダッジに、アンコウのほうから話しかけた。

 

「……それともう一つ、これは昔馴染みの冒険者としての警告だけどな、」

 

 アンコウは、そこで意図的に言葉を区切り、ダッジの顔をじっと見つめる。

 アンコウに話しかけられて、ダッジはようやく覚醒したようだ。ダッジは慌てて顔を上げ、一度大きく深呼吸をしてから声を出した。

 

「なんだ、大将」

 

「………いいか、ダッジ。そんな土地、どんだけもらったところで、クソほどの価値もないぞ」

「な、なに?」

「ド辺境で行き場のなくなった山賊どもが、村をつくってるような土地だ、そのまんまの意味で価値がない。それに、そんな土地の御領主様なんて肩書は、我らが御館様 グローソン公の野郎が鼻毛を抜くついでに掃き捨てられておかしくない代物だ。

 いいかダッジ、そんなもんに執着なんかするなよ」

 

 アンコウが何かを見透かしたような目でダッジを見ている。

 ダッジは何か感じるところがあったのだろう。アンコウから視線を外すと、わずかな時間 宙を見つめ、大きく息を吐きだした。

 

 そして、顔をあげたときには、体の震えは止まっていた。ダッジは声を出すことはなく、アンコウを見ながら頷いて見せた。

 

「………俺の話はそれだけだ」

 

 そう一言いうと、アンコウはダッジから視線を離し、黙って将棋の駒の後片付けを始めた。

 

 

――――

 

 

 カチャリと、アンコウの執務室のドアは閉められた。

 ドアを閉めたのはダッジ。ダッジは今、執務室の外、廊下にいる。

 しかしダッジは、ドアノブをつかんだまま動かない。

 

 しばらくしてようやくダッジはドアノブから手を離し、2歩3歩と扉から後退した。

 しかし、ダッジは真剣な顔つきのまま、未だ執務室の扉を見つめている。そして何を思ったのか、ダッジはおもむろに腰の剣を引き抜いた。

 

 ダッジは直立した姿勢のまま、その抜身(ぬきみ)の剣を目の前にかかげ持つと、ゆっくりと剣で空を十字に切るように動かし、次に円を描くように切っ先を動かした。

 そしてまた、剣を眼前にかかげ持つ。その動作を3度ほど繰り返した。

 

 それは実にきれいで流れるような動きだった。

 

 そして最後に、足をそろえ直立した姿勢のまま、かかげた剣を右斜め下に斬り下ろすように素早く動かした。

 

 何かの儀式のような一連の動きを終えると、ダッジはゆっくりと剣を戻し、鞘に納めた。

 そしてダッジは、アンコウの執務室の前から姿を消した。

 

 

 ダッジがいなくなった執務室前の廊下に、待っていたかのように姿を現した者がいた。

 イェルベンで一般的に使われている文官服に身を包んでいる男、その男はモスカルだった。

 

 モスカルは、単に日々の仕事のため、アンコウの執務室を訪れただけだったのだが、扉の前にダッジがいたために、しばらく様子を見ていたようだ。

 

「………あれは確か、メイラン騎士の誓いの儀礼の所作だったか。メイラン騎士の決意と高潔さ、その覚悟を表す作法であったはずだ。

 ……メイランが滅んでもうずいぶんと経つ。なつかしいものを見た」

 

 モスカルは過去の記憶の出来事に思いを巡らせながら、廊下を歩き、執務室の前まで来た。

 

 ダッジとアンコウとの間に何かあったのだろうと思ったが、モスカルにはそれよりも日々の行政処理をすることのほうが重要だ。

 刹那の懐古の思いさらりと流し、モスカルは、できる行政官の顔に戻った。

 

 最近、仕事をさぼりがちなアンコウに、今日こそは抱え持ってきた書類の処理をしてもらわねばならない。

 

 そして、モスカルは執務室の扉をノックした。

 

「アンコウ様、モスカルでごさいます」

 

 『今忙しいから後にしてくれ』というアンコウの声が聞こえた気がしたが、モスカルはその幻聴をまったく無視して、颯爽と執務室の中へと入っていった。

 

「アンコウ様、お仕事の時間でございます」

 


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